それにしても自分にもこんな言葉を使うような一面があるとは…。
あと、金剛のロジックに弱点がある点は、何卒お見逃しを。
夜。K電鉄K駅近くにあるブリティッシュパブに一人の女が入店した。
髪型はワンレンボブ。眼鏡。黒いジャケットとタイトスカート。白いオフィスシャツに…大きめのバッグ。
一口に言って、地味な女。
女はカウンターでビールをオーダーし、席を探した…。
「おーい、田中じゃん。」
店の窓際、丸テーブルの席から、声をかけられた。
声をかけたのはライトグレーのジャケットを着た若い女だった。
田中と呼ばれた女は、声をかけ返した
「ああ、中村じゃない。」
「奇遇だねぇ。ちょっとこっち来て飲まない?」
誘われるまま、田中は中村と同じ丸テーブルの席に着いた。
「で、何してたの?」
「ちょっと、インスタントセックス。」
「ははっ!いつも通りねぇ田中は。…どんヤツだった?」
「チャラい大学生だった。」
「それで、どうだった?」
「大したことなかった。挿入れて、出して、ドヤ顔して…それだけ。」
「へぇ…。」
「…まあ、あのマヌケなドヤ顔は見てて笑えたけどね。」
「アハハ!さすが田中だわ!それにしても、なんで男って馬鹿ばっかなのかなぁ?」
「いつも言ってるけど、まぁ男なんて結局ヤることでいつも頭一杯の生物だしね。」
「そんなところも、さっすが田中。そのスタイル・フィロソフィーにシビれるあこがれるゥ!」
二人が会話を弾ませていたところ、隣の丸テーブルの席に着いていた女が立ち上がり、二人に近づいてきた。
両サイドにシニヨンを結った茶色のロングヘア。
黒のフライトジャケットに、ワインレッドのワイシャツ。白のパンツ。
手にはビールのグラスと、フィッシュアンドチップスの籠を提げていた。
「Hi!nice to meet you!」
「え?あ、あんた、誰?」
中村に問われて、フライトジャケットの女は答えた。
「Oh!sorry!ワタシは『金剛』といいマス!interestingなお話が聞こえてしまって、つい声をかけてしまいマシタ。」
「男の悪口、デスか?実にinterestingデス。実はワタシも男というヤツには悩まされていたことがありましてネ?」
「ちょっとワタシも、お話に交ぜてもらえマセンか?」
風変わりではあったが、金剛と名乗ったこの女も気は合いそうに思われた。
二人は、この女を会話に交えることにした。
「Thank you!ところで田中サン…デシタか?お見受けしたところ、アナタはなかなかgreat!な女性のようデスね?」
「そんじょそこらの男どもでは、とてもアナタには敵わないデショウ。」
「一つアナタの武勇伝を聞かせてもらえマスか?」
「武勇伝って言われてもね…。」
「おバカな男を遣り込めて、打ち負かしたエピソードなんか、聞かせてもらえると嬉しいのデスが。」
「そうね、そんな話なら…最近あったことなんだけど…。」
会社に、普段から愛妻家とかイクメンを気取っている男がいる。
その男が、子供ができてから奥さんとはセックスレスになったと言っていた。
それで「一緒にいたいって言うのと、セックスしたいって言うのは別ですよ。ちょっと私とセックスしてみませんか?」と言ったら、誘いに乗ってきた。
いつも「俺は妻と子供を愛してるんですよ」とか偉そうに言っているのに。
そしてコトが済んだらその男は田中との浮気を後悔し始めた。
「俺はただセックスがしたかったんじゃない、妻とのセックスがしたかったんだ」と言い出した。
「…それでいて、反省して誠心誠意謝れば、奥さんも許してくれるはず…とか言ってんのよ。だから言ってやったわ。『あんたは女を下に見過ぎ』ってね。」
「馬鹿よね、女を何だと思ってるのかしら?」
「所詮男なんて脳より勃起に血液使ってるような頭の悪い生物だしね。」
「男は脳より勃起に血液を使ってるような生物、デスか。」
「そう、いくら偉そうに愛だ何だと言ったって、結局―――後でどれだけ後悔することになっても、女とヤることしか考えられない下等生物。それが男ってわけ。」
「なるほど、そしてそう言うアナタは生物ですらない、というわけデスね。」
金剛は和やかな笑みを湛えたままそう言った。
場の空気は、明らかに凍り付いた。
田中は金剛に問うた。
「…どういう意味?」
「アナタが同僚の方とセックスしたのは何故でしたカ?」
「イクメン愛妻家気取りの化けの皮を引っ剥がしてやろうと思ったの。大成功だったわ。」
「セックスそのものを楽しむためではなかったわけデスね?」
「当たり前じゃない。どうして私が取るに足らない量産型と楽しまなきゃならないの?」
「じゃあやっぱりアナタは生物ですらありマセン。アナタはただのオナホです。」
「……!?」
「何を驚いているのデスか?だってアナタはセックスを楽しむつもりもなく、相手を楽しませるつもりもなく、ただ挿入れられていただけ。これって正にオナホですよね?」
「……!」
「ああ、でもコトが済んだ後、賢しらぶったセリフを吐かないだけ量産されてるオナホの方が良いかもしれマセンね。さしずめアナタは、欠陥オナホと言ったところデスか。HA,HA,HA.」
和やかな笑みと共に繰り出された明らかな侮辱。
田中は金剛の左頬に渾身の平手打ちを放った。
…だが金剛の頭は全く動かず、平手打ちの力はそのまま田中の手に跳ね返った。
「あ…グッ…!」
「大丈夫デスか?…手を上げる前にワタシが『何』なのか、ご自分の記憶を検索するべきデシタね。鉄塊に自分の手を叩き付けるなんて、
痛めた手を庇う田中に代わって、中村が金剛に問うた。
「あ…あんた…艦娘だったの?」
「Yes.戦艦金剛デス。この顔は結構知られていると思っていたのデスが。」
「あんたとは話が合うと思ったのに…てか、あんたも男には悩まされてるとか言ってなかった?」
「かつては悩まされてはいマシタが、今は悩まされていマセン。」
「どういうこと?」
「ワタシを悩ませていた男…提督デスが、かつては
「でも今は、あまり立派とは言えないモノをおっ勃てて、最低一度はワタシを孕ませてみせると頑張ってくれてマス。」
「はっ!いくら聖人君子ぶったって、あんたの提督も所詮ヤりたくって仕方ないケダモノだったってことよね!あんたもそんなケダモノに良いようにされてるってことよね?女として恥ずかしくないの!?」
「No,全然。ところでアナタは提督のことをケダモノと言いましたが、アナタにとってケダモノであると言うことは恥ずべきことなのデスか?」
「当然でしょ!人間は万物の霊長ってヤツなの!ヤることしか頭にないケダモノを人間とは言わないわ!」
「おかしなことを言いマスね。人間は歴としたケダモノですヨ。」
「何言ってんの!?人間がケダモノなわけないでしょ!?はっ!所詮あんたは艦娘!女の形をしていても、男に媚び諂うモノにすぎなかったって訳ね!滑稽だわ!」
「人間は、交尾を通して生命を繋ぐ歴としたケダモノですヨ。」
「ご存知の通り
「どれだけその威容を讃えられようと、物は物に過ぎなかったのデス。」
「それが、何の因果か、今ワタシたちは人間というケダモノの肉体を得てこの世に顕現しマシタ。」
「ワタシたちは女の体を持つ存在として、男と交わり子を生すことができマス。それだけでなく、人間の女とも艦娘とも交わり、子を生すことができマス。」
「そして提督の欲望と悦びをワタシの中で感じるとき、ワタシは女というケダモノでいられることに喜びを感じマス。」
「そしてワタシの欲望を武蔵や比叡が…他の艦娘が受け容れてくれるとき、武蔵が両脚でワタシの腰を締め付けるとき、比叡が『気持ちいい!嬉しい!』と言ってくれるとき、ワタシは人間というケダモノでいられることに幸せを感じマス。」
「かつて物に過ぎなかったワタシは、人間というケダモノになりました。ケダモノの肉体を得ることができました。」
「人間というケダモノの肉体を得て、提督と、武蔵や比叡とケダモノのように交わることができて、ワタシは強い喜びを感じていマス。」
「こんなに素晴らしい肉体を持つ人間とは、何て素敵なケダモノなのだろうとも思っていマス。」
「しかし元から人間である筈のアナタは、自分が人間というケダモノであることを恥としていマス。」
「アナタは自分が人間というケダモノであることを恥とし、そしてその恥を
「そんな小賢しい屁理屈を捏ねなければならないほど、アナタは自分が人間というケダモノであることが恥ずかしいのデスか。人間であることが恥ずかしいのデスか。」
「アナタはこんなにも素敵なケダモノとして…人間として生まれてきたノニ。」
中村は言い返すことが出来なかった。
中村に代わって、田中が金剛に指摘した。
「あなた…提督とか言う人とだけじゃなくて、武蔵とか比叡とかともセックスしてるのよね。」
「Yes.」
「あなたも結構なクズよね。」
「何故デスか。」
「何故って…あなた、少なくともその三人とセックスしてるってことでしょう?三股かけてるってことでしょう?自分のクズさがわからないの?」
「全然。」
「あなたね…じゃあ、提督と武蔵がセックスしてたら、あなたはどう思うの?」
「武蔵に精を放つ提督はとても素敵デス。提督の情欲を受け止める武蔵はとても艶やかデス。」
「え…。」
「ワタシは提督のことも武蔵のことも好きデス。提督は自分を好いてくれる人や艦娘を捨てられるような人ではありマセン。武蔵はワタシから見れば、女神のようなwhoreデス。」
「女神のような…whoreってビッチってことよね…褒めてるの?貶してるの?」
「褒めるを通り越して、崇敬していマスよ。ウチの武蔵は艦娘として誰かを、何かを護る使命だけではなくて、ビッチ呼ばわりされても人間や艦娘を悦ばせ、癒やし、慰め、時には救う使命を持ってワタシたちの前に顕現しているのデス。ワタシはそう信じていマス。」
「………。」
「楽しもうとも楽しませようともせず、ただ気に入らない相手を陥れ、貶めるためだけに自分自身をも欠陥オナホに貶めるような人とは違いマス。うちの武蔵はビッチではありマスが、この世に、少なくともワタシたちにとっては絶対に必要なビッチなのデス。」
「………。」
「論点がズレてしまいマシタね。ワタシが提督、武蔵と比叡の三人とセックスしてることと、武蔵と提督もセックスしていることについてデスが…。」
「………。」
「セックスは『気持ちいい』を分け合い、親愛の情を伝え合う行為であり、遊びデス。互いに好意があり、かつ受け容れることができるのなら、セックスするということはnaturalな流れデス。妨げられるべきではありマセン。」
「あ…呆れたわね…あなたたちって…揃いも揃って頭の中がピンク色なのね。反吐が出るわ。」
「広く世間に受け容れられるようなことでないことは認めマス。デスが、女は…あるいは男女はともに純潔・貞淑であるべきという規範は、どれだけ多くの人に支持されていようとも、唯一絶対のドグマではありマセンし、普遍にして不変の正義などではないのデス。」
「………。」
「大体、人間は純潔・貞淑であるべきという規範は本当に正義なのでショウか?」
「…どういうこと?」
「人間に純潔・貞淑であることを求める規範は時として、傷つき、悩み、苦しむ人を、さらに傷つけ、悩ませ、苦しめていマス。しかもこの規範は、慰めを、癒やしを、救いを求める人の手を振り払いマス。こんな規範が本当に正義なのでショウか。」
「………。」
「そしてこの規範は、人を陥れ、貶め、傷つける凶器として用いられることすらありマス。」
「…当てつけのつもり?…何が言いたいの?」
「当てつけ?何のことデスか?…でもマア、結論としては…。」
「ワタシは…ワタシたちは、純潔・貞淑と言って人や艦娘を傷つけ、押さえつけるぐらいなら、whoreだbitchだと言われる方を選びマス。」
「それであなたは量産型のクズとよろしくやって喜んでるってわけね。はっ、やっぱりあなたたちはクズにふさわしいビッチだわ。」
「男はみんな量産型のクズ、デスか?」
「そうよ、九割はね。残りの一割はクズ以下のクズ。」
「男がみんなクズである理由をご存知デスか?」
「は?クズはクズだからでしょ。…でも、あなたも男はクズだってことは認めるのね。」
金剛は田中の確認を無視し、押し切るように再度尋ねた。
「それで、理由はご存知なのデスか?」
「うるさいわね、知らないわよ。さっきも言ったけど、男がクズなのに理由も原因もないでしょ。」
「ありマスよ。」
「はあ?」
「男がみんなクズであることには、理由があるのデス。知っておいても損はないと思いマスよ。」
「へえ…聞かせてもらおうかしら。」
「では…田中サン、ワタシとお友達になってくれマスか?」
「は?」
「ワタシとお友達になってくれマスか?」
「嫌よ。」
「何故デスか?」
「なんで私があなたと友達にならなくちゃならないのよ。大体あなたさっきから…。」
「…アナタのことを欠陥品のオナホと呼んで侮蔑している…からデスね。」
「…わかってるんじゃない。」
「Yes.自分のことを侮蔑する人と一緒にいてくれる人は、そうそういるものではアリマセン。男なんて脳より勃起に血液使ってるような頭の悪い生物だと思っている女性と一緒にいてくれる男性も、そうそういるものではアリマセン。」
「………。」
「いるとすれば…こんな女性を人間ではなく、オナホだと割り切れるような男性だけでショウ。」
「………!」
「人を侮蔑する人の周りに寄ってくるのは、人を侮蔑する人ばかりというわけデス。人の世というのはよく出来ているものデスね。」
「はっ!馬鹿馬鹿しい!私が男のことをどう思ってるかなんて、黙ってれば誰にもわからないことよ!私が黙ってたって、男なんてみんな…!」
「男性に対するアナタの侮蔑は、黙っていても隠しおおせるものではアリマセン。」
「どういう意味よ?」
「浮気したことを反省して誠心誠意謝れば、妻も許してくれるはずと思っている男性に対して、アナタは『あんたは女を下に見過ぎ』と言い放ったのデシタね?」
「言ったわよ。だから何?」
「何故デスか。」
「浮気しても反省して誠心誠意謝れば奥さんも許してくれるなんて、女を下に見てるとしか思えないでしょ。」
「反省して誠心誠意謝れば許してくれるはずと考えるのは確かに甘ったれた料簡デスが、その料簡と男性が女性を下に見ているかどうかは
「女を下に見てるんじゃなかったら何だって…。」
「こんな甘ったれた料簡を持ってしまうのは、男性が女性を、優しさ・寛容さという点で
「………。」
「このように違う理由だって考えられるのに、何故アナタは男性が甘ったれた料簡を持ってしまうことと、男性は女性を下に見ているという見方を結びつけたのデスか。」
「それは……。」
「…それはアナタが常日頃から
「………。」
「反省して誠心誠意謝れば許してくれるはずと言った男性に対して、アナタは『あんたは女を下に見過ぎ』と言いマシタ。しかも他にも理由や原因は想像できるのに、それは男が女を下に見ているからだ、と決めつけマシタ。あたかもそれは自明の理であるとでも言うように。これはアナタが普段から特に意識することもなく、それこそ
「………。」
「男性におはよう、お疲れ様ですと声をかけるとき、男性から何か指示を受けるとき、あるいは男性に何か指示をするとき、どこかのお店で男性の店員に眼差しを向けるとき、そのときのアナタの言葉、振る舞いには男性一般に対する侮蔑が滲み出ているのデス。」
「あなた馬鹿なの?そんなわけ…。」
「本当にそう言い切れマスか。同僚の男性に『あんたは女を下に見過ぎ』と言い放ったとき、自分が単に男性を見下したかっただけだと意識できマシタか。単に男性を見下したかっただけなのかもしれないと、自分を疑うことが出来マシタか。」
「………。」
「できなかったデショウ。男性一般に対する侮蔑は、それほどまでにアナタの血肉になっているのデス。もしかすると、アナタの存在自体が男性一般に対する侮蔑になっているのかもしれマセン。」
「………!」
「そんな女性にマトモな男性が近づいてくるわけがありマセン。この先アナタに近づいてくる男性は、アナタをただのオナホだと割り切るような男性ばかりデス。これが、男がみんなクズである理由デス。
「あ、あなた…!」
「そしてコトが済んだ後に賢しらぶったセリフを吐くようなオナホは欠陥品デス。欠陥品はやがて廃棄され、その後顧みられることはありマセン。アナタは見下しているつもりの男性から、欠陥品のオナホとして見下されたまま一生を終えるのデス。」
金剛の言葉に気圧された田中を、中村が庇った…。
「た、田中。こんな奴の言うこと気にすることないよ。私がいるじゃない。」
「中村サン、アナタは田中サンとレズビアンセックスができマスか。」
「そ、それは…。」
「田中サンの孤独を癒やすために、田中サンに一生寄り添うことができマスか。」
「………。」
「…田中サン。これが、今のアナタなのデスよ。」
中村は、金剛の言葉を止めるには少々冷静で賢すぎた。
「あなたなんかに…。」
「?」
「あなたなんかに何がわかるの!知った風な口を利いて!私は…!」
「その後に続く話はアナタの暗い過去デスか、壮絶な体験談デスか、それとも男性を侮蔑するアナタの、苦しい胸の裡というやつデスか。」
「………!!」
「人を見下し、侮蔑することを正当化するような話など一顧だにするにも値しマセン。時間の無駄デス。」
「く…この…!」
「アナタはワタシが『ワタシに侮蔑されるアナタが悪い!アナタを侮蔑するワタシが
「…ここまでのワタシの話は、アナタが話した武勇伝を材料としていマス。」
「ということは、アナタが欠陥品のオナホであることを示しているのは、アナタの武勇伝…これまでにアナタが言ってきたこと、してきたことだということになりマス。」
「もし、アナタに自分は欠陥品のオナホなんかじゃないと言うつもりがあるのなら、あくまでも自分は人間だと言うつもりがあるのなら…。」
「アナタがするべきことは、ワタシに手を上げることでも、ワタシの同情を買うことでもありマセン。」
「じゃあ…何だって言うのよ…。」
「答は既に言っていマス。自分で考えてクダサイ。」
「馬鹿にしてるの!?」
「でもアナタは男性と違って、賢い生物なのデショウ?」
「………。」
「田中…行こ……。」
「………。」
田中と中村は店を後にし、丸テーブルの席には金剛一人が残った。
残った金剛は思った…。
(聞くに堪えない誰かに対する侮蔑の言葉、田中という名前…もしかして、と思いマシタが…まさか本当に武蔵が言っていた田中サンだったとは…世の中って、狭いものデスねぇ…。)