二人、手を合わせ。畦道。 作:プルウィア応援委員会
「悠陽の中でバーチャルっていったら誰」
「2001のハードモードのチャル、かなぁ」
「誰それ」
楽屋──といっても芸能人のソレでなく、すぐ隣に事務所があるような待機部屋。スタジオに繋がっている休憩所。
ショーパンにTシャツ1枚と、春先にしては薄着と言える格好をしているのは、これから更に上に厚みのあるものを着るのと、そして激しく動くから、である。
私。
私と、彼女。どちらも互いを見ることなくスマホを触っている。
さっきみたいな何の益にもならない会話をして──スタッフの「入りお願いしまーす」という声に、立ち上がった。
さて、ライブの時間です。
お疲れー、お疲れ様です。お気をつけてー。
と。
挨拶もまばらに帰り支度をしていく。
つい先ほどまで、背を合わせ、肩を擦り合わせ、シンメトリーなダンスとウィンクを完璧なタイミングで出していた彼女はどこにもいない。
いるのは真っ黒なダウンにジーパンと、飾り気のない格好で未だスマホを触っている現代女子だけ。キラキラした彼女も、みんなを元気にする少女も、全部靄となって消えてしまった。
ま、それは私もだけど。
「悠陽さー」
「えっ、あ、うん。何」
「曲にアツくなるのはいーけど、あんまりフェイク入れ過ぎないで。最近また多くなってる」
「ごめん」
「だからって無くさないでね。アンタの武器なんだし」
「うん」
スマホから顔を上げていないから気付かないのだろう。
彼女をずーっとじぃっと見ていた私が、突然声を掛けられて驚き、取り繕ったその変顔に、など。
片手間のように見えて、言う事ばっかりはしっかりしている。的確で正確でためになる。ただの指摘じゃなく、ちゃんと褒めてもくれる。
こういうところが瀬里奈のカリスマ性、ってやつなんだろうなぁ。
「そろそろゲームやめないと、電車いっちゃうよ?」
「ん。……いーよ、次のあるし」
「そっか。それじゃ、お疲れ。先上がるね」
「ん」
スタッフさんたちにお先失礼しまーす、なんて言って、事務所を後にする。
……ホントは一緒に帰って、色々話したかったな、とか。
叶わぬ妄想。
特に満員でもない電車に乗って、特に真っ暗でもない街路を通って、それなりにするマンションへ入る。まぁ、自宅。私には分不相応な自宅……だけど、一人暮らしをするなら最低条件がコレ、と提示されたのがここだったので、仕方がない。過保護な親。大好きだけど。
手洗いうがいを済ませ、着替えを済ませ、髪を解けば緊張も解ける。
ケータイを持ってぽふんとベッドに倒れ込めば、洗剤のいい香りが鼻腔を衝く。
枕を胸に抱いて仰向けに。見るのはまばらな情報。SNSだから、当然。暗い話題を見ないようにしつつ、同業界のHOTな話題を調べていく。
結論。
「……最近何にもないなぁ」
勿論そんなことはない。
日々変動している。興味ない人には変わらないように見えるだろうけれど、少なくとも渦中、あるいはその端っこの方にいる私達はちゃんと流れを感じている。
けど、やっぱり。
最近色が薄いなぁと感じる。
デビューした直後はもっと輝いていた日常が、最近は色褪せている。ううん、違うかな。色は変わってない、が正しいか。変わってないから新鮮味がない。知らないものばかりだった世界が恋しい。
といっても。
新たな出会いを探そうにも、私は一応事務所所属で、しかもコンビで活動している。
私だけがどうこう、とか。一人で誰かに、とか。
それをして抱える可能性のあるリスクを考えると、迂闊には行動できない。腰が重いし指が重い。自分から動こうと思えばいくらでもいけるはずだ。SNSでの繋がりの中には、他企業他業界の人たちも大勢いる。それでも、やっぱり。そういうリスクを言い訳にしてしまうと、動けなくなってしまう。
それすらも言い訳か。
リスクがあるから、じゃない。
結局私に主体性が無いだけ。やる気はある、なんていうのは自己暗示。そういう自分になりたいだけ。
自己分析。
結論。すごくナイーブ。
「もしもし」
『あらぁ、どうしたの、ゆーちゃん。何か辛いことでもあった?』
「ううん。ワンコールで出てくれてありがとう」
『やだ、当然よぅ。アタシ達は今からが活動時間なんだし、何よりゆーちゃんからの電話だもの。たとえ目の前で人が刺されていても貴女を優先するわ』
「それはそっちを助けてあげて」
所謂、ママさん。
とある縁で知り合った人。その時ちょっと私がお金を貸してあげた事を大層恩義に感じてくれていて、こうして特別扱いをしてくれている。貸したお金はすぐ返してもらったというのに律儀にもほどがある。
人生経験が豊かだから、こうやって相談だとか、単純に心寂しい時に会話相手になってもらったりする人。
『それで、どうしたの? つらいことじゃないなら……つまらないこと?』
「うん。……みんな頑張ってるのに、つまんないって思ってる自分がいる。ヤな奴だね、私』
『ううん? 今、取り繕ったでしょ。それっぽい理由にしようとした……違う?』
「……」
言葉に詰まる。
その通りだったから。自分が嫌な奴とか、そういう事を話したいわけじゃなかった。けど、直前で。自分の弱さをさらけ出すのが怖くなって、偽りの弱さを吐き出した。
それを見抜かれた。
「篠原さんには、敵わないね」
『伊達に30年偏屈なのの相手してるわけじゃないわ』
「そっか」
後ろで「変なのとは失礼なー」とか「ママが一番変だよ!」とかガヤが聞こえてくる。
そっか。
仕事中か。
『気にしなくていいのよ。ゆーちゃんはもう解消したと思っているだろうけれど、アタシにとってゆーちゃんが命の恩人であることはこの先一生変わらない事実。だから、貴女が迷い、悩んでいるのなら。そしてアタシの言葉が役に立つのなら、それを全部貴女に上げるつもり』
「……うん。ありがと。でも、もうちょっと自分の中でまとめたくなったから、相談は今度にするね」
『そう? ……ええ、いいわ。しっかり悩みなさい。貴女はまだ若いのだから』
ガヤが「若い子を出せー!」とか「おい馬鹿ママのオキニに手ェ出したらぶっころされっぞ!」とか……まぁ、下品、とまでは称さないけれど。お酒に酔いまくっている人々の声が響く。
スナックってそうワイワイ騒ぐトコだっけ?
『ウチは特別、よ』
「……私ってそんなにわかりやすい?」
『ふふ、アタシは心を読む術を身に着けているの。電話越しでもね』
「篠原さんならありそう……」
『それじゃ。また、掛けたいときに電話して。二十四時間受け付けてるから』
「うん。ありがとう」
電話が切れる。
自分でまとめてみる、なんて。
カッコつけちゃって。
そんなこと、できやしないのに。
「顔死んでるけど、大丈夫?」
「え? あ、うん。ちょっと低血圧なだけ」
「……落ち込んでるのは、透けるから。まだ始まるまで時間あるし、カラオケでも行って吐き出してきたら?」
「ううん、大丈夫。ちょっとストレッチすれば治るよ」
「そ。……ならいいけど」
やっぱり私ってわかりやすいんだろうなぁ。
瀬里奈にも見透かされちゃった。
ここで。
……ここで「ねぇ」、なんて喋りかける勇気は、私にはない。
瀬里奈は要所要所でちゃんと話しかけてくれる。必要なことを言ってくれるけど……私には、やっぱり無理。ほら、やっぱり。リスクとか事務所なんて建前を並べてたクセに、結局"声をかける"という勇気のない奴だったって証明された。
そんな反省はおくびにも出さずに、笑う。笑うのは得意だから。
「マネ」
「どうしましたか?」
「ちょっと悠陽連れてくから、20分前なったら連絡入れて」
「わかりました」
私の目の前で、私に関する事が一瞬で決まった。
口を挟む隙間も無ければマネージャーが理由を問う事もない。それは瀬里奈への信頼ゆえか、それとも私はそんなにヒドイ状態なのか。
「行くよ」
「あ、ちょ」
「引っ張るのダルいから、ちゃんと自分で歩いて」
「じゃ、じゃあ引っ張るのやめて……」
子供みたいに手を引かれ、事務所を出る。
怒った雰囲気を崩さないままの彼女に連れられるは、宣言通りのカラオケ。
手慣れた様子で受付を済ませ、明るい通路を抜ける。二十三番。通路と違って部屋の中は真っ暗で、宣伝を流すディスプレイだけが光っている。目に悪い。
暗すぎると感じたのは彼女も同じだったようで、不機嫌な顔をしながら部屋の電気を調節するスイッチを探す……も、見つからない。
どうやら客は触れることのできないようになっているらしい。
「この部屋ハズレ……」
「変えてもらう?」
「変えてもらいたい?」
「大丈夫」
「……そう。じゃ、いーか」
座る。コの字型のソファに、対面で。
決して隣には座らない。向く方向はディスプレイだから、対面ですらないのかもしれない。
「適当に入れて」
「瀬里奈の知ってる曲じゃなくてもいい?」
「いーよ。私も悠陽の知らない曲入れるし」
こういう時。
……仲のいいコ達なら、互いに知っている曲を入れて、タンバリンやら合いの手やら、あとはハモりやらを入れて騒ぐんだろうけど。
無理だなぁ、私達には。
曲を予約する。
「……低血圧って言って無かった?」
「え、うん」
「これ……かなりがなるし、シャウトする奴だけど」
「あれ、知ってたんだ。こういうの興味無さそうなのに」
「ああ、まぁ、知り合いがね」
「そっか」
瀬里奈がこうやって言葉を濁すということは、突っ込まれたくない友人関係の一つであるということ。それが後ろ暗い関係であるのか、単に恥ずかしいからなのかは知らないけれど。
入れた曲はヴィジュアル系。こういうのに興味無さそう度合でいえば、私の方が上。見た目にV系要素一つもないし。
私がコレを好きになったのも、知り合い経由。
だから入りまでは彼女と一緒。
嬉しい、かな。
さて──まぁ、心配されていた通り、悩みがあったのは事実なので。
それを吹き飛ばす勢いで、叫びましょう。
曲名は『TYRANNO』。ゴリッゴリのヴィジュアル系バンドでシャウトシャウトシャウトな──その通り、低血圧の奴が歌う曲ではない。
それはそうだ。
だって私、低血圧じゃないし。
爆唱する私を。
彼女は、酷くつまらなそうに見つめていた。
一時間とちょっとを経て。
カラオケから出て、事務所に戻ってきた私達。
今まさに連絡を入れようとしていた、という風体のマネージャーさんに「ご迷惑をおかけしました」と謝罪を入れて、更衣室に入る。
「悠陽さ」
「うん。なに?」
「何悩んでるのか知らないけど。私は悠陽の歌、好きだから。そこは自信持ってよ」
それだけ言って、早々に着替えて行ってしまう瀬里奈。
彼女は知らないだろう。気付かないだろう。
対象が私の歌、なのだとしても。
私に好き、と言ってくれた事実にほんのり頬を染めている、ということなど。
……なんちゃって。多分鏡を見ても、私の顔に一切の変化はないだろう。
さて、始めよう。
悠陽と瀬里奈──ではなく、朝露トトリと夜風ハコビの百合営業を。
「はーいプルウィアでーす」
「トトリ、投げやり過ぎ。みんな、昨日のライブ見てくれてありがとう。まだ見てない人は、概要蘭のURLから飛べるからね」
「全編無料だから見てねーん」
朝露トトリと夜風ハコビは、プルウィアという名でコンビのVTuberとして活動している。
ダラダラで怠け者なトトリとサバサバしているけれど真面目なハコビ。対照的な二人は、けれど持ちつ持たれつの凸凹コンビとして一世を風靡……しているのか、していないのか。
とにかく、プルウィアの二人はコンビであると認識されていて。
そして、そして、二人は付き合っていると──まことしやかに囁かれているのである。
「それで、今日は何やるの?」
「ライブの振り返り……は夜の個人配信にでも回すとして」
「えっ」
「今日は──体力テストよ」
一応歌って踊れるアイドルを名乗っている二人は、体力なんか有り余っている。……というイメージがついているため、まさか、まさか運動の苦手な方がいるだなんてまさか。
無論、ファンは知っているので驚きはしないのだけど。
「えー、いいよ。結果見えてるじゃんか」
「少しはやる気というものを見せて。ほら、座らないで立つ」
「引っ張って~」
仕方ない、とばかりに伸ばされた手を掴むハコビ。
手と手が触れ、ぎゅっと結ばれた瞬間──ぐい、と。
トトリがハコビを引っ張る。それは一瞬のことだ。腕の動きに気付かない視聴者の方が多かっただろう。それくらいの速度で、それくらいの小さな挙動で。
転んだハコビが、トトリの上に覆い被さる──というアクシデントが発生する。
「きゃっ!?」
「ぐえっ」
いつもはサバサバしているハコビが女の子らしい悲鳴を発し、潰されただらけ星人はとても女の子らしい悲鳴を出す。それはそう、潰されたカエルのような、という修飾が付くけれど。
造られた花も触れられなければ気付かれない。近づかれなければ気付かれない。
……尤も。
画面に映らない、トラッキングされない彼女の表情は憤怒のそれ。当然だ。された側は気付く。明らかに引っ張られたし、踏みとどまろうとした足も払われたし。
けれど視聴者にそれは見えない。
見えないから。見えないまま。
「ハコビ、流石に、苦しい」
「……ごめん」
自分で引っ張っておいて、という恨み言は、けれどプロ意識が喉から外に出すのを制し、思ってもいない謝罪の言葉を返す。
彼女とて理解しているのだ。百合営業。
問題ない。ハコビは運動のできないドジっ子、というレッテルを貼られようが、それが真実でなかろうが、稼げたのならそれでいい。十割お金のためにやっている、ということはない。けれど八割くらいはそうだ。やりたいことと稼ぎの手段が重なっていたから、多少のレッテル貼りは許容する、という話。
「ちょ、お腹、ぐえぇっ」
「あ、ごめん」
トトリの腹部に掌をがっつり当てて起き上がったのは、果たして天然かせめてもの仕返しか。
兎にも角にも角煮にも。
体力テストは……まぁ、想定通りの結果に終わるのだった。
「はぁっ、はぁっ……」
「ほーんと体力ないよねー。これでダンスは完璧だからすごいけどさ」
「うるさい……」
「えい」
「ひゃっ!?」
体力テストはトトリの圧勝。肩で息をするハコビは、恨めしそうにトトリを睨んでいる。
反抗的なハコビの態度に何を思ったか、脇腹へ軽いチョップを入れるトトリ。それがどこに触れたのか、これまた可愛らしい悲鳴を上げるハコビ。
ハコビの顔はどんどん険しくなっていくけれど、トトリはそれに気付かない──フリして更に更にと追撃をする。
段々、段々と。
見えてはいない。映ってもいない。けれど視聴者にも見えている事だろうハコビの堪忍袋の緒──それが、ブチっと切れた。
繰り出されるは無言のニー。
それを難なく受け止めて、「ごめんごめん」なんて嘯いて。
「それで、スタッフさん。前回から記録って伸びましたー?」
「ちょっ……!」
「あ、私は上がってて、ハコビは……二段階落ち?」
「……」
「ハコビ、運動しなきゃダメだよー。そうしないと、胸じゃなくお腹に肉がついちゃどわっは!?」
「流石に調子乗り過ぎ……!」
今度はニーじゃなくハイキック。
ダンスはできるハコビ。体力勝負はともかく、体自体は柔らかいし、足も高くまであがるのだ。
とはいえ威力は出ない。ハイキックを顎で食らったはずのトトリは、けれど大きなリアクションをした程度でダメージを負っている様子が無い。
運動不足でドジっ子なハコビと対照的に、トトリは頑強で体力があり、色々強かなのである。
「配信は、そろそろ終わるけど……この馬鹿への仕返しは裏でやっとくから、安心して」
「うぇー!? 安心できないけど!?」
そうして、「頑張れトトちゃん」だとか「骨は拾う」だとか、「返り討ちにされそう」だとかいうコメントを境に幕が下りる。
朝露トトリと夜風ハコビ。これが仲良しコンビの日常である。
「お疲れさまでしたー」
「お疲れ様」
まばらに片付けが為されていくスタジオで、私もそろそろ着替えを、と思っていた……所で、引き止められる。
誰にって、瀬里奈に。
「あ、何?」
「ああいうことするなら、事前に言ってっていつも言ってるよね」
「でも事前に言ったら瀬里奈、知らない演技できない……よね?」
「……」
「大丈夫、どんな転び方しても絶対怪我しないようにしてるし……」
「もういーよ。言い訳は聞き飽きた。ああいうの、心臓に悪いからやめて。もう言ったから」
「う、うん。とりあえず更衣室いこ?」
「……」
更衣室に入って──けれど苦言は続かない。
むすっとしたまま、普通に着替えて、足早に出て行ってしまった。
ダメ、だったかぁ。
私も急いで着替えて更衣室を出るけれど、瀬里奈の姿はなく。マネさんに彼女の行方を聞けば、速足で帰ったとのこと。
「……やり過ぎ、だったと思いますか?」
「どうでしょう……いつも通りの範疇にも思えますが、ハコビさんご本人があれだけ怒っているので、今後はやめるべきであると私は考えます」
「で、ですよね。喧嘩は……したくないし」
そう。
普段となんら変わりない悪戯だった。いつもああいうことをしていて、いつもなら彼女は「別に」なんて言ってどうでもいい素振りを見せる。
けど、今日のは……明らかな拒絶。
何かあった、ということだろうか。
「私もハコビさんの様子は伺っておきます。けれど、大事なのは」
「私と瀬里奈がどうするか、ですよね」
「はい」
私達はコンビだ。
だから、そこに不和が起きたのなら、外部の力ではなく自分たちの力で解決しなければならない。だってそうしなければ、背を合わせて歌う、なんてことは。タイミングを合わせて踊る、なんてことは、できないから。
仲直り。
しなければ。
……個人的な、私の心の安寧のためにも。
なんて。
そんな主体性は……やっぱり、私には無いんだけど。