二人、手を合わせ。畦道。   作:プルウィア応援委員会

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百合営業の変容

「うーん……伏倉さん、もう明日から来なくていいよ」

「……はい」

 

 肩を落として帰る……ことはない。

 

 別に、もう慣れた事。これで幾つになるだろう。わからない。数えるのも億劫だ。

 本当はアルバイトであっても一方的に解雇するのは不当であるとわかっていても──同時に己の"使えなさ"も理解しているので言葉に紡がれることはない。

 

 私、伏倉瀬里奈はプライドだけの人間だ。

 技術も無い。知識も無い。手先も器用じゃないし、運動もできない。あるのはネットで調べた付け焼刃のセンスと、人一倍強い正義感だけ。

 だから、不和を起こす。

 なにもできないクセに他人には指摘して。なにもできなクセにサボりがあれば注意して。

 

 わかっている。誰もが思っているはずだ。

 

「"お前は何もできないんだから黙ってろ"……って?」

「……」

「およ、だんまりじゃん。瀬里奈ー?」

 

 今、私の顔は露骨にひきつっている事だろう。

 嫌な奴に会った──十人が十人、そう言い表すだろう顔を。

 

「当てたげる。またバイトクビになったんっしょ?」

「……今気分悪いから、どっかいって」

「はい図星~。ほれほれ、ヤな気分の時は甘いモンでも食べてぶっ飛ばせー。ってことで、食いにいかね?」

「どっか行ってって言ってるのに……」

「いーからいーから!」

 

 私の粗雑で未熟なセンス。ファッションだとか歌だとか、流行を追いかけてそれを真似しているだけのハリボテと違って──圧倒的なカリスマを持つ、自称私の親友。

 詳しくは聞いていないけれど、読者モデルをやっているとかやっていないとか。私とは違う、キラキラした存在。

 姉はアイドル。妹である彼女は読モ。名を、世井唄葉。

 

 煌びやかだ。天性の何かが、私とは圧倒的に違う。

 

「行くから、引っ張らないで」

「引っ張らないと逃げるじゃーん」

 

 わかられている。

 だからもう、抵抗はやめる。引き摺られるままに目的地──彼女のお気に入りのカフェへぶち込まれた。

 

 

 

「ここマジ穴場なんだよねー。人全然いないし、ケーキ美味しいし、マスターかっこいいし~」

「……こんなに高いの無理なんだけど」

「奢ってあげる、って言ったら怒るっしょ?」

「当たり前。いくら友達だからって、お金の貸し借りは……」

「だからホレ。お得意様割引券でね、ケーキ一個でもう一個好きなのこっちのメニューから選べんの。タダ。無料。ならいいしょ?」

 

 渡してくるメニューには、確かに、通常メニューよりかは少しばかり控え目の大きさをしたケーキ類が並んでいる。

 流石に、これ以上断るのは……唄葉にはともかく、このお店に悪い。

 

「……あたし決めたけど、瀬里奈は?」

「チーズスフレ」

「やっぱ好きだねーチーズケーキ系」

 

 唄葉が手を少し上げる。

 それだけで、先ほどまでカウンターにいた店長さんがこっちへ来た。

 呼び鈴があるわけでもない、声を発したわけでもないのに、良く気付くものだ。人が少ないとはいえ一切いない、ということはないのに。

 

「えーと、あたし春の果物とチョコチップのクリームシフォンで、コレ使えますか?」

「はい」

「じゃあこのチーズスフレ。どっちも1コずつで」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 言って去っていく店長さん。

 気付けばテーブルにコーヒーが二杯あった。テーブルに備え付けられたおしゃれなシュガーポッドを唄葉が持ってくる。

 早業が過ぎる。ここは私の知っている世界じゃないのだと痛感する。

 

「でさ、瀬里奈」

「……何」

「とりあえずそのしかめっ面、崩しなって。そーゆー顔になっちゃうよ?」

「元からこういう顔だけど」

「なーに言ってんの。ほらこれ、高校ん時の瀬里奈の写真。めーちゃ笑顔。かっわいー」

「は? なんでアンタがそんなの持って」

「とあるスジからね~」

「……今すぐ消して。当人の知らないトコで写真回すとか、やってること最低なんだけど」

「映ってるの瀬里奈だけじゃないからセーフ」

 

 無駄だ。

 もう何言っても無駄。それなりの付き合いだから、知ってる。

 相手をするのも面倒なので、椅子に背を預ける。気分の悪い所に唄葉の相手なんかするものじゃない。

 

「……唄葉はさ」

「"お姉さんに嫉妬した事とか、ある?"……だったりする~?」

「せーかい」

「お、ちょっと肩ほぐれてきたね。で、嫉妬? うんめちゃあるよ。毎日してるくらい。あの人、家に帰ってくるたび色んなことであたしにマウント取って来るし~」

「マウント?」

「どうぞ」

「誰々に可愛いって褒められた、だとか、誰だと友達になった、だとか。新しいCM貰ったとか、新しい曲貰ったとか、ケッコー赤裸々。あたしがそーゆーの羨ましがるの知っててやってくるのが超うざい」

「アンタ前、仲良いって言って無かったっけ」

「仲はいいよ? お姉、あたしがやること全部肯定してくれるし。パパとママよりいっぱい褒めてくれるし、お金もくれるし。ほとんど貰ってないけど。……でも」

 

 コーヒーカップにストローを差して飲む、なんていう冒涜的な事をしながら、唄葉は少しだけ目を伏せる。

 

「あたし、あの人超えるの諦めてないから」

 

 ──それは、煮えたぎるマグマみたいな目。

 嫉妬だけじゃない。羨望とか憧れとか、ううん、もっともっと沢山の感情を詰め込んだ目。私の持っている日々への不安や苛立ちなんて、ちっぽけなものなのだと教え込まされるかのような、強い強い感情の発露。

 

「なんちゃてー。ほら、瀬里奈。ケーキ来たから。食べよ食べよ。むつかしー話は甘いものでドーン! ね?」

 

 唄葉がそうなっていたのは一瞬のこと。

 すぐにいつものおちゃらけた感じになって、そしてホントにいつの間にか来ていたケーキを提示してくる。

 いやだから、早業が過ぎる。いつの間に置いたのか。というか声をかけるくらい……いや、かけられたような?

 

「ん-、流石。ちょーおいし」

「高い味がする……」

「ぷっ、ちょっと、ヘンなこと言わないでよー」

 

 フォークを入れてまず感触がなかった。口に入れて溶けた。

 仄かに香るレモンの風味と、濃厚でまろやかで、けれど後味がしつこくないチーズの芳醇な匂いが鼻腔を突く。一口食べ終わって、口に残るのは微かな酸味のみ。くどいとか、甘ったるいとか、そういう感想が一切出てこないソレは、すぐにでも二口目に行きそうになる。

 行きそうになって。

 

 それはもう、ニヤッニヤとこちらを眺める視線に、思わずフォークを置いた。

 

「食べづらいんだけど」

「ん-? いやだって、ようやく眉間の皺が取れたからさー」

「うざ」

 

 なんか嫌なので、意識して顔をしかめる。顰めて食べる。

 

「そんな怖い顔で食べたら勿体ないってー。元の値段見たしょ?」

「……そうだった」

「折角美味しいんだから、笑顔で食べないと」

 

 それは、その通りだと思う。

 こんなに美味しいものを嫌な気持ちと一緒に食べるなんて言語道断だ。仕方がないから、今だけは外界の情報もさっきまでの事も何もかもを忘れて、このスフレに一意専心しよう。

 甘さ控えめのチーズスフレ。少なくとも同じ系列、同じジャンルで比べて、今の所これがNo.1だ。私の中の美味しいチーズケーキランキングがいとも簡単に更新されてしまった。惜しむらくは値段だけど、だからこその味、と言う感じはある。

 もし、次。

 ここへ来る事があったら……今度は一人で来よう。それで、何かの記念で。お金を貯めて。今唄葉が食べているサイズで、何かまた一つ食べてみたい。

 

「いつか話してくれた同僚ちゃんは誘わないの?」

「……今食べてるから後にして」

「あちゃ、地雷? 前は楽しそうに話してたのに、もしかして喧嘩した?」

 

 無視する。

 ……今、悠陽のことを思い出したいとは思えない。

 

 そこから先、唄葉は特に何を言う事もなく、自分のケーキに集中してくれた。それが普通なんだけど。

 

 はぁ。

 奢ってもらってなんて言い草だ。割引券で私の分が無料とはいえ、それは唄葉がここに足繫く通っていたからの結果。突然降って湧いたわけじゃない。

 

 そんなことをつらつら考えながら、小さなチーズスフレを完食した。

 

 

 

 

「で、よ」

「なに」

 

 大きさの問題で、私が食べ終わって尚唄葉がシフォンを食べている時のこと。

 あまりにも行儀の悪いことに、唄葉は肩肘を突いて、フォークを私にビシッと向けてきた。対面で、ここが静かなお店じゃなければ頭をひっぱたいていた所だ。

 

「いやさ、バイトの事だけかと思ってたら、なんか重そうじゃん。なに? 話してみ? お姉さんが聞いたげる」

「同い年だけど」

「ノリじゃんノリ。同僚ちゃん、可愛い子なんしょ? 何、実は裏じゃヤな子だったとか?」

「そんなことはっ! ……あ、ごめんなさい」

「お、おぅ。めちゃ怒るじゃん」

 

 声を荒げた瞬間に、喉を抑えた。

 別に今、そこまで大声を出すような事は言われていないはずだ。私は別に悠陽が貶されたところで……まぁ、何も思わない事はないけれど、そんな身を挺してまで庇うような関係になったつもりはない。

 特にこんな静かな場所で怒鳴るなんてありえない。猛省する。

 

 ……本当に、なんで今私、怒ったんだろう。

 

「ごめんごめん、余計なコト言った。でも、それなら尚更なんで悩んでんの? あー、あれ? 喧嘩して、自分が悪かったけど謝れてなくてどうしよう、的な」

「アンタさ、探偵とかになった方が良いよ」

「じゃ、全部アタリ?」

「……うん」

 

 ここまで図星を言い当てられては仕方がない。

 そうだ。

 

 私がこうも苛立っているのは、自分に対して。

 あの時。確実に要らない事を言った。確実に余計なコトを言った。そしてそれを、すぐに謝れなかった。

 

 その通りなのだ。

 事前に言われていたら、絶対に知らない演技なんてできない。足を掛けられる瞬間、手を引っ張られる瞬間に身構える。私の運動神経は良くないし、顔にもすぐに出てしまうから。声も上ずるだろう。顔は強張るだろう。

 私はあの子みたいな自然体、というものができない。

 ホントは夜風ハコビだって、ギリギリだ。意識して意識してやっとできていること。

 

「なんも出来ないクセに、文句ばっか付ける自分に嫌気差してる」

「瀬里奈もイイトコあると思うけどネー」

「たとえば?」

「不正が許せないトコ」

「……それね、イイトコじゃなくて悪いトコ。空気を読むのが耐えられないって性格、社会じゃ生きていけないんだって最近ずっと思ってる」

「えー、そーかなー。一人くらい瀬里奈みたいなのがいないと、みんながみんな緩んでダレてって、ぐっだぐだの組織になりそーだけど」

「アンタみたいに?」

「そそ」

 

 皮肉のつもりだったのに肯定されてしまった。

 ……唄葉のこういうところ、苦手だ。見透かしてくるところも苦手だけど、何より"自分がどういう立ち位置にいるのか"を完璧に理解している……天才肌なところが、苦手。

 同時に尊敬している部分でもあるけど、絶対に言うつもりはない。

 

「瀬里奈が今何の仕事してるのかは聞かないよ。前拒否られたし。けどさ、あたし的に瀬里奈は親友だからー、そーやって悩んでるの見過ごせないワケさ。あ、"親友になった覚え無い"とか言っても無駄だから。ぜーんぶお見通し」

「親友になった覚え無いんだけど」

「だから無駄だってー」

 

 唄葉は、シフォンケーキの最後の一欠片をフォークに乗せて。

 

 それを、こっちに差し出してきた。

 

「……何」

「あーん」

「要らない。それに、最後の一口とか、他人に渡していいの? 散々ゆっくり食べ進めてたクセにさ」

「瀬里奈は他人じゃないし、また来て食べればいいし」

「……だとしても、要らない」

「それならしょーがない」

 

 最後のかけらを食べる唄葉。美味しそうに、嬉しそうに。

 自分で買ったものなんだから、それで正解だ。

 

「もーちょいあたしとか、周りを頼りなよ。案外簡単に解決するかもよ?」

「少なくともアンタに相談しても徒労に終わりそうだけど」

「あはは、せーかいかも」

 

 コーヒーを飲み干した唄葉は──さっき見せた、燃えるような眼を私に向ける。

 突然のことに固まる。

 

「その同僚ちゃんが、どういう子でも、良い子でも悪い子でも……あたしの瀬里奈を泣かせるよーなら、許さないから」

「……誰がいつアンタのになったの」

 

 顎に伸びてきた手を払って、立ち上がる。

 飲食が終わったカフェに長居するのはあまり好きじゃない。

 

「先に立ち上がってさ、瀬里奈お金払えないでしょー」

「うっ」

「ま、わかったわかった。それじゃいこっか」

 

 悔しい事に。

 癪なことに。

 

 カフェを出た後、気分は……かなり、晴れていた。何も解決していないけど、話すだけで、気とは晴れるものなのだ。

 

 

 

 

 唄葉と別れた後、何気なしに開いたスマホを見て、それを取り落としそうになった。

 

 今日は休日だ。

 VTuberとは、配信者とは消費の早いコンテンツだからと、土日に休日を設けている私達。基本的に配信は学生も社会人も帰ってきている夜だけで、動画との割合は4:6と、動画投稿者、という面が強い。だからこそ土日はモチベーションの向上や一週間のための情報収集などに使う完全なる休日であり、その間は配信はしない、という基本の約束がある。

 スタッフ達にも休日が必要なため、それを踏まえても土日は事務所に行くべきではない──のに。

 

 トトリが、配信をしている。

 それも、何をするでもなく寝転がって、雑談さえもせずにダラダラダラダラと……。

 

 配信者とは消費の早いコンテンツだ、というのを言ってきたのは外ならぬトトリ……悠陽の方だ。長く噛み締めてもらうには毎日配信毎日投稿ではなく定期日程での配信の方がいいと。必ず追えなくなる人が出てきて、そういう人を振り払って行くのは勿体ないと。

 実際配信は見ないけど動画は見る、という人たちは沢山いる。こちらの編集で短くまとめた動画の方がやっぱり再生数の伸びは良い。配信は配信で視聴者のナマの声が聴ける、というメリットがあるけれど、再生数の伸びや収益を気にするなら動画と配信を半々にした方がお得だ。

 広告収入に投げ銭、また、配信や動画コンテンツを基にしたグッズ展開など、収益を得る方法を満遍なく取り入れるのなら、消費抑え目、百合営業、少しばかりのセンシティブ、ターゲット層の固定といった様々が必要だと彼女は語っていた。

 

 悠陽は頭が良い。実際それに従ってやっているだけで、プルウィアはそれなりの登録者を得ているし、事務所としての収益も上げている。初めに考えていた自転車操業なんてものが訪れる事はなかったし、私達にもスタッフにも体調を崩すような負担はかかっていない。

 

 彼女は思慮深く、色々なことを考えられる人だ。配信では馬鹿を装っているけれど、実際私なんかより百倍頭の良い子だ。

 

 だからこそ、イラっと来てしまった。

 何をやっているんだと思ってしまった。

 

 私のダメな所──何もできないクセに正義感だけは人一倍な部分がメリメリと音を立てて露出し、普通に帰る予定だったつま先を事務所の方へ向ける。

 

 全力ダッシュだった。

 

 

 

 

 ニ十分も三十分もダラダラしていたトトリのお尻を蹴り上げて、歌枠に変えて。

 そのまま、いつも通り別れて。

 

 私は帰り道、頭を抱えていた。

 

 完全に謝る機会を逸したからだ。私が事務所に辿り着いた時、スタッフも悠陽も私を気遣うような目をしていたのを覚えている。あれは、昨日喧嘩別れ気味に事務所を出たからだ。私が勝手に怒って苛立って、怒って。

 ……ああ、わかる。

 なんで唄葉に悠陽を……あの子のことを「ヤな子だった」と言われた時に、ああも怒ってしまったのか。

 

 簡単だ。

 図星だったのだ。

 

 裏ではヤな子だった。

 それは──私が。あの子じゃなくて、私が、そうだった。

 

 そういう人を半ば見下して生きてきたのに、いざ自分がそういうものになっている事を自覚すると、苦しくて苦しくてたまらない。

 最初にごめんの一つでも言えていたら。

 ……ああ、本当に。

 

 

 そうやって肩を落として俯いて歩いていたのが祟った。

 視界に相手の靴先が入った時には時すでに遅し。私は誰かの身体にぶつかり、弾かれ、尻餅をついてしまう。

 

「げ、大丈夫か? すまん、考え事してて……」

「こちらこそ、すみません。前を見ていなくて」

「大丈夫か? あー、立てるか? 腰打ってないか? 病院、行くか? 救急車呼ぶか?」

「だ、大丈夫です。大丈夫ですから──痛ッ!?」

「おぅ!?」

 

 捲し立てるような心配にこちらも少し焦って、早く立たなければという思いから勢いよく顔を上げ……頭突きをかましてしまう。

 ああもう、こんな所でドジを踏まなくてもいいだろうに。

 

 痛む頭を押さえる……前に、ちゃんとその人を見る。

 

 ヒュッと喉が鳴った。

 

「あててて……」

「ご──ごめん、なさい」

 

 その人は、その子は……見るからに、不良生徒、と言った感じの男の子。

 どこかの高校の制服に、これでもかと染めた髪、バチバチに空いたピアス。確実に私より年下なのに、私より背が高くて、威圧感も凄くて。

 

 こういう人には関わらないように……見て見ぬふりをしてきたから、対処がわからない。

 この先社会に馴染めないだろうそういう人たちに苛立ちを覚えながらも、何もできない私では何もできないからと、結局、保身に走っていた私では。

 

「あの、ご、ごめんなさ」

「痛ってー……。すんげー石頭」

 

 どうしよう、と。

 いや、どうしようもなにも、許してもらえるまで謝るしかないと、そうやってぐるぐるぐるぐる考えていたところに──もう一人が現れる。

 

「マサゴ、何やって……。よし、マサゴ、一緒に警察行こう」

「待て待て待て、ぶつかっただけなんだわ。確かに俺の方が体格良いからぶっ飛ばしちゃったけど……って、あ、だから、大丈夫か?」

「マサゴ……私達、約束しただろ。殴ってきた奴にしか殴り返さないって」

「いやだから勘違いなんだって!」

 

 それは、女の子だった。

 こっちも男の子と同じ色の髪色に、同じ位置に開けたピアス。身長はそこまででもないけれど、強い眼光が私を射止めて……知らず、生唾を飲み込む。

 

「大丈夫か、女性。立てるか?」

 

 言って差し出された手。

 ……。

 

 ……女性?

 

「京子……初対面の人で呼び方わからないからって女性はねーだろ女性は」

「そうか? ならなんて呼べばいい」

「え? ……えーと、女の人、とか」

「変わらなくないか」

「いやこっちの方が流石に常識だろ」

 

 その、毒気を抜かれるやり取りに、ようやく落ち着いて来た。

 息を整えて。

 

 手を借りずに、立つ。

 

「お、立てたか。あー、マジで痛いとこないか? やばかったら金出すんで病院とか」

「大丈夫。それに、前を見てなかったのも頭突きをしてしまったのはこっちも同じだから。心配してくれてありがとう」

「お……おう」

 

 どうやら二人はカップルらしい。

 不良生徒のカップル、というのは扱いに困るけれど、悪い子達じゃない……のだと思う。不良生徒な時点でどうかとは思うけど。

 

「……チッ」

「ひっ」

 

 突然女の子の方が舌打ちをする。流石に怖い。

 

 彼女は舌打ちをし、顔を顰めると、制服のスカートのポケットから、ある紙を取り出した。

 

「これ」

「え……と」

「私の連絡先。後々不調が出たら連絡してくれ。警察にも立ち会う」

 

 紙に書かれていたのは、電話番号。

 ……電話番号書かれた紙持ち歩くって何? ……何か、活動とかしてる人?

 

「世界で一番ウザい友人に今日は持っていろと言われただけだ。女性、今すぐフラつくなどの症状がないのなら、私達は行くところがある。すまないが──」

「あぁ、大丈夫、本当に大丈夫だから! こっちこそごめんなさい。その、じゃあ私急ぐから」

 

 私は不正なんかを許せないタチだけど。

 こういう、どう取り扱ったらいいかわからないものに対しては、無力だ。

 

 だから逃げる。逃走を選択する。

 

 その場から脱兎の如く逃げて。

 

 

 

 恐怖したのは、家に帰り、洗濯をしようとしたその時、服のポケットから電話番号の書かれた紙が出てきた事だろう。

 

 受け取った覚え、ないんだけど……。

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