ロドス・アイランド。鉱石病と日々闘うこの製薬会社においても通常の企業と同様に福利厚生として定期的なレクリエーションが存在する。基本的に多くのオペレーターたちに待ち望まれているイベントであるが例外もまた存在する。今ベンチに座っている特殊オペレーターの任につくキララもその一人だ。
「お、ドクターからメッセージだ。漫画の感想かな?……仕事の話だったらダルいな。え~と何々……ゲ」
キララは情報端末を手にその可憐な雰囲気を台無しにするような引き攣った顔を見せた。そして送られてきたメッセージを読み進めるごとにワナワナと震え、みるみるうちに顔色を悪くしていった。
「レクリエーションの出し物をチームで用意しろって……!?しかも全員知らない人じゃん。本気で言ってる……?」
ひとまずドクターには抗議のスタンプを送っておく。しかし決定が覆ることはないのだろう。キララは気を重くしながらもどうにかこの降って湧いた業務をどうにかするために思考する。
キララの膝元に置かれた情報端末の画面にはチームメイトの名が記されていた。
Fチーム キララ・ソラ・フィリオプシス
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ロドス内の小さな会議室にて三人のオペレーターが顔を見合わせていた。特殊オペレーターキララ、補助オペレーターソラ、医療オペレーターフィリオプシス。彼女らは普段から会話を交わす仲ではない。それどころか任務でも同行したこともない面々であった。そんな彼女らがいざ会議と言っても円滑な話し合いなどできはしない。会話には役割が必要であった。
フィリオプシスがホワイトボードの前に立ち淡々とした声を上げる。
「会議の進行管理権限を入手しました。これよりレクリエーションFチームの出し物会議を開始します。フィリオプシスからはラーメン屋台の出店を提案します。キララさんは何がよいと思われますか」
「ウェ!?」
不意に言葉を向けられキララはびくりと肩を上下させる。それに驚いたソラもまた身を竦めフィリオプシスのは身は細くなった。
他のメンバーにも動揺を与えたことに居心地の悪さと妙なおかしさを感じながら顔を赤くしたキララは咳払いを一つする。
「う、うん……レクにそんなスゴイ期待してる人もいないと思うし。みんながパーッと楽しめたらいいんだよね。ウマブラの大会とか……どう?」
ウマブラとは、大乱走ウマッシュブラザーズの略称である。長距離を爆弾や狙撃などの何でもありな妨害付きで走破するというレースゲームでプレイヤーキャラクターはいずれもカジミエーシュの騎士競技で優秀な成績を収めたクランタたちである。なおロドスの重装オペレーターにして元カジミエーシュ騎士であった二アールもまたプレイヤーキャラクターとして登録されている。もっともあまりに性能が高すぎるために公式大会では使用禁止の制限がかけられているのだが。
言ってはみたもののそれほど自分の案が通ると思っていないのかキララは発言が終わると着席し目を逸らす。それをこれ以上の意見はないと判断したフィリオプシスは次の班員に目を向けていた。意見者は既に手を上げている。
「ウマブラ、記録しました。それでは次、ソラさんお願いします」
促されたソラは手を上げたまま勢いよく立ち上がる。
「はーい!あたしはFチームのみんなでライブをやりたいな!」
天真爛漫に発せられた実にアイドルらしい意見に対しフィリオプシスは淡々と記録を取りキララは殺人事件に巻き込まれたような表情を見せた。
青い顔のままキララがおずおずと手を上げフィリオプシスが促す。
「……えーと……私らが……ていうかその私もアイドルするの?マジ?」
歯切れの悪いキララの確認にソラはハキハキと答えた。
「そうだよー。あたし一回ユニット活動やってみたかったんだけど事務所がなかなか許可してくれなくて」
仕方なさそうに笑うソラの言葉にフィリオプシスは表情を変えないまま首を傾げる。
「疑問、それでは今回も許可は下りないのでは?」
「ん~今回は規模的に小さいし公に配信されるわけじゃないからイメージ戦略がどうこうっていうのも大丈夫じゃないかな~。それに止めろって言われてもやるよ。事務所の言う通りに動くだけじゃやりたいことも全然できないしね!」
フィリオプシスは首を戻し平手に拳の底をポンと当てて言った。
「納得しました。ユニット活動というとソラさんのようなフリルの多いコスチュームをフィリオプシスも着用することが可能なのでしょうか」
「そうだね~!やっぱりユニット活動と言えばお揃いの衣装だよね!!デザインどうしよう?可愛いのがいいよね!」
「はい、ここはやはりバイビークさんに相談するのが最適かと」
「ちょ、ちょいちょいちょっと待って、マジでやる流れライブ?決まり!?ねー、ちょっと考え直さない!?」
既に出しものが決まったような流れにキララは大慌てで言葉を挟むが二人の意志は固かった。
「却下です、フィリオプシスは既にライブにおける振り付け、衣装、演出、物販に至るまで計算を開始しています。この流れはドクターものであっても停止コマンドを受け付けません」
「経験者な分あたしがしっかりリードするから!大変だと思うけど絶対楽しいよ!!」
ヒートアップする二人に押されキララは視線を下に向け提案する。
「じゃあ、私設営やるからライブには二人で……」
後ろ向きなキララの手を身を乗り出したソラが引き揚げるように取った。
「キララちゃんと一緒にライブやりたいんだよ!可愛いしみんなも喜ぶって!」
「そ、そんなこと……」
「肯定。キララさんは客観的に評価してかなり可憐な容貌をしていると言えます」
美少女二人から可愛いと直球で褒められキララは茹で蛸のように顔を真っ赤に染め上げると蚊のないたような声でまたも反論を投げかける。
「私、運動も人前も得意じゃないし……アイドルなんてゲームでしか経験ない……しかもプロデュースする側」
そんなキララのなけなしの反論もソラは明るく蹴散らしていく。
「あ、もしかしてあのアイドルゲーム?凄いリアルなんだってね~。それやってるならむしろ普通の人より詳しいじゃない!いけるいけるって!」
「情報のアップデートがなされました。キララさんはアイドル先駆者なのですね。フィリオプシスにも知識を共有していただきたいです」
「あ~……うー……」
逃げ道を次々に塞がれ頭を抱えて唸るキララ。額を机にくっつけたその脳裏によぎるのはこれまでの人生とウタゲ、ロドスに来て出来た友人たちそしてドクターの顔だった。
もし自分がこの仕事をやりきったとしたら、彼女らは……もしかするともしかするとなのだが。先程のように可愛いと言ってくれるだろうか?
そんな未来を想像して、直ぐにそれを否定してそれでもその可能性を否定しきれず唸る。ひとしきり小声で言い訳を並べて。そして意を決したように顔を上げた。
「……わかったやるよ。これでいい?」
「やったー!!」
「全会一致。これにて決定ということですね」
出し物が無事に決まったことで盛り上がるFチームのメンバー。そんな中ソラは二人に手を差し出すとこういった。
「えへへ。これからよろしくね。頑張ろ!」
「こちらこそ。フィリオプシスをよろしくお願いします」
「あー……うん。よろしく~」
初対面の相手でも物怖じせずにグイグイとコミュニケーションを取りにくるソラと独特の空気と圧を持つフィリオプシスにキララはどこか親友であるウタゲを思い出していた。
「それじゃ私らのユニット名なんにする?」
「あ、それ決めなきゃ。可愛いのがいいよね」
「データベースを検索。提案なのですが神座次郎というのはいかがでしょうか」
「「それはちょっと……」」
Fチームもとい甘光(アマテラス)の活動がこの日から始まったのだった。