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一部問題を抱えつつもそれなりに順調に進んでいたと思われた甘光の活動であったが思わぬ問題が発生することになる。それは甘光のダンストレーニングを終えた後のことだった。ダンスレッスン室を後にしようとする中フィリオプシスが唐突に切り出す。
「皆さん、一ついいでしょうか。フィリオプシスは……」
「「フィリオプシスは?」」
感情の読み取りづらいフィリオプシスであったがそれでもこのときばかりは少しこの先の言葉を躊躇っているように見えた。
「フィリオプシスは、ステージに立つことを断念し、裏方に回ろうと決定しました」
「「……は?」」
それは諦めの言葉だった。突然宣告された言葉を理解出来ず、受け止められず。二人はただ戸惑う。彼女らが何か次の言葉を放つ前にフィリオプシスは動く。
「それではフィリオプシスは通常業務に戻ります」
「待っ……」
甘光の元を去るフィリオプシスを引き留めようとキララが腕を伸ばすがその手はすり抜け届かない。
が、触手は届いた。
「進行不能」
「確保―!!」
突然の触手の感触に身体を細くしたフィリオプシスをソラが抱き着いて動きを封じる。フィリオプシスの言い逃げは失敗した。
「で、どういうことかな?」
ソラとキララは二人でフィリオプシスを包囲して問いかける。鳥かごに囚われたフィリオプシスは冷や汗混じりに答えた。
「提案、フィリオプシスの進路を塞ぐのは止めませんか?」
「ダメ」
「……」
最早自分が逃げられぬ運命にあると理解したフィリオプシスは観念して己の思考を開示する。
「フィリオプシスは、鉱石病の影響で種族特性が影響され前兆のない睡眠に陥る性質があります。ここまではお二人もご存じのはずです」
「そうだね」
「うん、そのことが関係あるんだね」
これはチームを組んだ日に改めてフィリオプシスから開示された情報であった。この性質によって彼女の日常生活や業務が著しい影響を被っていることもだ。だから理解した気になっていた。
「肯定、フィリオプシスはこの性質により各レッスンにおいてお二人にご迷惑をおかけすることも少なくありません」
当然この性質が甘光の活動の際に発生しないという都合のよいことはなかった。フィリオプシスはレッスン中も不意に眠りにつきその度に一時中断してフィリオプシスを起こすなり体を痛めない場所に移してることが日常となっていた。だがそんなことは二人にとってはユニットとしての支え合いの一環でしかなかった。恐らくそれはフィリオプシスも理解しているのだろう。彼女が言葉を続ける。
「それには留まらずフィリオプシスのパフォーマンスの成長曲線は緩やかなものとなっています。このままではフィリオプシスはステージの上で足を引っ張ってしまうのではないかと判断しました」
「そんなこと……」
確かに初期の習熟の速さに比して最近の成長速度は伸び悩んでいた。物覚えとセンスはよいものを持っているもののレッスン中の睡眠によってどうしても他の二人よりも練習時間が足りなくなっているのだ。それをカバーするために休暇中に自主練習に励んでいるがそれは他の二人も行っている。中々差は縮まらないとフィリオプシスは感じていた。とはいえ元がプロであるソラはともかくキララとの差は本人が気にするほど開いているとは二人も考えていなかった。キララに至ってはむしろ自分が追い付かねばとも考えていたほどである。だから二人にとってはフィリオプシスがそのように話すことが本当に意外に感じていたのだ。そして同時に彼女が諦めようとする理由には更に深いものがあるのだろうとも思い当っていた。ゆえにソラは聞く。
「あたしは……あたしたちはフィリオプシスが気にしてることは気にしてない。だけどまだ何か吐き出せてないことがあるよね?それを……聞かせて」
「それは……」
フィリオプシスはソラを見上げたまましばしフリーズしたのち再起動を始めた。
「データベースを再検索……検索完了まで15分………5%……15%……50%……90%」
当初の予測よりも早くに思いあたったのかパーセンテージは途中から一足飛びに伸びていくそして100%を超えた時。フィリオプシスが告げる。
「フィリオプシスは、怖いのでしょう。フィリオプシスのパフォーマンスの至らなさが、突発的に襲い来る眠気が……鉱石病が。皆で作り上げてきたステージを破壊してしまうのが」
鉱石病と戦うロドスのオペレーターたちがほんのわずか羽を伸ばせるレクリエーション。それが鉱石病に由来する特性のせいで台無しになる。それは酷く皮肉なことだろう。
「フィリオプシスは、このような体であっても可憐な服装で歌い、踊り、皆さまを楽しませられるのであれば。それはとても意義のある心躍ることだと最初は考えていました。ですが体質による阻害を感じるたび、甘光のステージを成功させるため多くの人が関わっていくにつれフィリオプシスは恐怖の感情を検知することが多くなりました。フィリオプシスはもしかするとこの舞台を壊してしまうのではないか……と」
「それが……」
「はい、フィリオプシスがステージに上がることを断念しようとした要因です」
フィリオプシスはLancet-2を始めとしたクロージャ製のプラットフォーム以上に機械的な喋り方をする。ともすればそれが彼女の本質のようにも認識されるがそれは違う。彼女は実に人間的に多くを考えておりそれでいて自由だ。お茶目といってもいい。それ故に彼女の抱える悩みは切実だ。彼女が鉱石病の罹患者である以上このような不安からは完全に逃れきることは不可能だろう。そして鉱石病患者である現実は今の現状では変えることは不可能だ。
「フィリオプシスの行動理由は以上です。それでは解放していただけ」
「駄目!」
フィリオプシスが最後まで言い終わる前にキララが叫び制止する。普段驚いたときとゲームをしているとき以外に大きな声を出さないキララの強い制止に言われたフィリオプシスはおろかソラもあろうことか発言者本人であるキララまでもがあっけに取られていた。
「~ぁ、ダメっていうか……まだフィリオプシスには言わなきゃいけないことがるっていうか……えーと、ダメっていうのはそれだけじゃないっていうか……あ~~~!?こんなの慣れてないから全然纏まんない!なんなの!?リア充だったらもっと上手い言葉出てくんの!?」
キララは最初しどろもどろにしていたがやがて自分の至らなさについて一度みた初見殺しを忘れて再度殺された時のように逆切れを起こした。
自分はリア充という生き物とはほど遠い。生活圏には近くにいたけれど、それゆえ違うということがよくわかっている。だから彼女らのように上手くはやれない。だが上手くはやれなくとも運命を共にするパーティーメンバーは今、鉱石病という理不尽に、不安に苛まれている。甘光として、一人の鉱石病患者として不格好でも言葉を示さなければならない。
「とにかく……ダメなんだ!」
「エラー、言葉の意味を測りかねます」
「ダメっていうのは……逃げちゃ駄目なんだってこと!ここで退いたら、止めたら。それこそ鉱石病に負けたってことになるじゃん……自由を奪われたってことになるでしょ!え、と……そりゃ……失敗するかもっていうのは、わかるよ。私もいっつもレッスンで失敗した時もベッドで横になった時も本番で失敗するかもって……そういう想像を……する」
「あたしもそうだよ。本番っていうのはいつも何が起こるかわからない。どんな時でも最高のパフォーマンスをファンの人達に見せて上げないといけない。そういう心構えでいるべきだけど現実はそうはいかない。悔しいけど、自分ではどうしようもないことに襲われることだってあるよでも」
仲間の言葉を引き継いでセンターは唯一のプロとして伝える。
「それでもやりきらなくちゃいけないんだ。どんなミスでも予期せぬ事態でもそれを一つの演出として取り込んでお客さんは不安にさせないで笑顔でいてもらう。ステージをやりきるんだ。それがアイドルに必要なこと」
「不安なのは私も同じっていうか……私たちはパーテ……ユニットなんだ。協力するのが、支え合うのがあたりまえなんだよ。だからさ、フィリオプシスが眠たくなったら私がカバーするし。だから、だからさ……代わりに私がヤバくなったら支えてよ。得意じゃんそういうの。マジで……頼むってぇ……あー、最悪涙でるとかダサ」
あまりに慣れないことをした影響か感極まったキララは涙を零しその場にへたり込んだ。そして同じ高さになったキララとフィリオプシスをソラが優しく抱き寄せる。
「ごめんね。あたし言い出しっぺなのにユニットで活動出来るってなって舞いあがっちゃって……二人の不安に全然気づかなかった。気付かないようにしてたのかもしれない。もっとちゃんと話しておくべきだったのにね。ほんとにごめん……ごめんね~!!」
優しく二人の背中をさするソラだったがこちらも徐々に溜っていた感情が決壊し大粒の涙を流し始める。
フィリオプシスは甘光ユニット二人に大泣きされながら拘束され天を仰いでいたがしだいに自身の異常を検知していた。
──頬に液体が……これは、涙?
涙を流したのはいつ振りだろうか。無論寝起きなど生理的な要因ではフィリオプシスは現在でも涙を流す。だがこれはそういったことがらとは全く別の……
「申請、二人とも、泣き止んでください。そうでないと……そうでなければ……」
感情の動きによって涙を流すのは本当にいつ振りなのだろうか。心へと堆積したゴミデータがクリーンアップされていく。
「涙が、止まってくれません」
フィリオプシスは泣いた。三人の少女の涙はしばらくの間ロドスへと降り注いだ。