迷い蝶の還る場所   作:バカが代(国家)

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後編です!


後編

 私の恋人、徳川拓海くんが私の顔をみて申し訳なさそうに駆け寄ってきて、次いで驚いたような顔をしたのは集合時間の十分前のこと、私が待ち合わせ場所に来てから十分が経過した頃だった。

 鳥の巣のようなクセッ毛を活かした、襟足や耳をほぼ刈り上げている涼しそうな髪型、私としてはトレードマークとすら考えてる四角い黒縁メガネ、サマーニットと黒スキニーという軽装の彼は、軽く二度瞬きをして私をじっと見つめた。ちょっとだけ、恥ずかしいけど、なんだか嬉しくなった。

 

「拓海くん?」

「──あっ、ああいや、ごめん、思わず見惚れてしまったよ、あはは……」

「ど、どう……かな?」

「うん、かわいいよ」

「よかったぁ」

 

 かわいいって言われて、嬉しいって気持ち以上にほっとする気持ちが大きかった。どれだけ透子ちゃんに太鼓判を押されても、見せたい相手にその良さがわからなくちゃ意味がないもんね。

 それまでの夜の帳に閉ざされた時間とは違って、彼と会えて話をできるってだけで空が紺色からオレンジに、そして青色に変わっていくみたいだ。

 

「そっか、じゃあライブは順調なんだね」

「うん。最近は他のバンドの人とも交流もできて、一番は憧れの香澄さんと仲良くできてることかなぁ」

「よかったね、ましろはちゃんと前に進めているね」

「そ……そうかな、えへへ」

 

 自分ではまだまだ後ろ向きだと思う。ふとした時に怖くなっちゃって、何もかもから逃げてしまいたくなる時がある。あの人の香澄さんの真昼の星のみたいなまばゆさから、自分にはなれっこないと目を背けたいと思ってしまう時もある。

 ──でも、強く、より強く変わりたいって思えるようになったのも香澄さんのキラキラがきっかけだった。

 

「ボクからすると、去年のましろはもう、眩しかったよ」

「……そんなこと」

「月ノ森に行きたい、その一心で頑張ってきたましろを誰よりも近くで見てきたのは、ボクだからね」

「ううん、あれは……もっと、暗い気持ちだったよ」

 

 変わりたいという原型、いわばまだ蛹だった私の心にあったのは特別になりたい、自分を認められたいって承認欲求と自分にそれがあると思っていたいという、わがままから来てるものだから。その気持ちがちゃんとした翅になったのは、あの日ライブハウスの『CiRCLE(サークル)』で出逢った星たちだったから。

 

「前を向けるようになったのは、上を向いて、あんなふうになりたいって思えたのは──本当に初めてだったから」

「それでかな」

「え?」

「ましろが大人に見えたのは、そうやって背中を丸めるだけじゃなくて、伸ばしてるからなんだね」

「の、伸びてる?」

「もちろん、といっても去年は勉強してる姿だったからっていうのもあるかもしれないね?」

「ほ、褒めるならちゃんと褒めてほしい……」

「あはは、ごめんごめん」

 

 からかうような言葉の後に穏やかで優しい笑顔をするなんてずるい。私の胸をぎゅっと苦しくさせた。中学の時に家庭教師だった頃の拓海くんと変わらないようでそういう冗談を交えて、イタズラが成功した子どもみたいな顔をするのは、以前よりも少し踏み込んでくれてる感じがした。

 

「もっと聴かせてほしい。ましろの楽しかったこと、悲しかったこと、どっちでもいいから」

「う、うん! えっとね、えっとね──そう! 透子ちゃんがひどいんだよ?」

 

 電車に乗って隣同士に座っている間、私は拓海くんにたくさんのお話をした。今日のデートをする前にあったこと、モニカのこと、家のこと、勉強のこと、他にも本当にたくさん。

 テーマパークに到着するまでの時間だったけれど、それだけでも永遠に続けばいいと思うくらい愛おしくて甘い時間だった。

 

「ましろは本当にいい友達を持ったね」

「困る時も多いけど」

「でもその子たちは、ましろの理解者なんだ」

「そう、なのかな」

 

 拓海くんが頷く。モニカのメンバーはみんなそれぞれすごく個性的で、みんな普通じゃない。

 つくしちゃんは、時々私とおんなじかそれ以上にドジで、私以上に見栄っ張りな気がする。でも、私の腕を引っ張ってくれた。

 透子ちゃんは、思ったことがすぐ口に出るからその言葉に傷つけられることも多い。けど、私に新しい世界を教えてくれた。

 七深ちゃんは、何考えてるのかよくわからなくてちょっと線を引かれてる感じがする。でも、私の世界を認めてくれた。

 瑠唯さんは、本当に鬼のように厳しくて、泣きそうなくらいになる。それでも、私の背中を押してくれた。

 

「きっと、モニカ(みんな)がいないと、私は自分の翅に気付かないまま飛べなかったかも」

「ボクも、ましろがステージの上で歌う力があるなんて知らなかったからね」

「私も」

 

 ステージの上、最初は本当に緊張して、何がなんだかわからなかったし、失敗もすごくしちゃってたから。拓海くんが来てるって知ったら絶対、歌えないくらい緊張しちゃってた。

 でも、でも今は──拓海くんにも聴いてほしいな。私の歌を、私の輝きを、私の羽ばたきを。

 

「着いたみたいだね、行こうか」

「うん!」

 

 手を取って連れられていく。花の誘いに導かれるようにして、私は夢を見せられ、夢に魅せられる。

 いっぱい写真を撮ろう。二人で映ったスマホの画面を加工したけれど、不特定多数の人に見られるのは恥ずかしいから私と彼だけのデータとして残しておこう。

 

「ふふ……」

「なんだか気恥ずかしいな……ボク、目を閉じたり変な顔はしてなかったかい?」

「ん? うん、いつもと一緒でカッコいいよ」

「あ……はは、まいったな」

 

 照れ笑いを浮かべて、項あたりに手を置く。その仕草がなんだかかわいくて、胸がきゅんとした。

 写真が一つ撮られる度に、拓海くんとの時間が切り取られる度に、そのまま永遠になればいいのになぁなんてことを考えてしまう。このままこの夢の世界に、写真の向こう側って永遠の世界にいられたらなぁ。

 

「ましろ、ましろ?」

「──あ、ごめんなさい、考え事してた」

「みたいだね、集中してたよ」

 

 はっと我に帰ると、拓海くんは苦笑してて、私は折角のデートにいつものクセが出てしまったことを自戒する。だけど隣で手を繋いでくれている彼は慣れてるとばかりに笑ってくれる。

 中学から、ううんもっと昔からの私の悪いクセだ。何かがきっかけで思わず集中してしまう。それは大抵妄想じみた今自分がこの眼で見えている光信号とは違うものであって、抽象的で、逃避的な思考の加速だ。ただ、その世界が視え始めてしまうと急速に今ここに自分が立っている現実世界から遠ざかってしまうから。

 

「ましろの集中力は、ボクには美点だと思っているけどね」

「え、だ、だって……すぐ、ぼーっとしちゃってるって、よく怒られちゃうし」

「まぁ、それは確かに問題だけどね、それをコントロールできるようになったり、必要なところで発揮できれば、ましろにとって大きな力になってくれるよ」

「そ、そう……なのかな」

 

 今の私にとっては困った悪癖の一つでしかないけれど、拓海くんはそんな風に解説をしてくれる。確かに、ステージの上で歌ってる途中にあの世界に没入できると、緊張も消えるのにみんなの演奏は良く聴こえて、世界がキラキラと輝くような、それでいて透明になっていくような感じさえする。

 それを味方にできたら、もっともっと香澄さんのようなキラキラに近づけるのかな。もっともっと、誰かにとっての星になれるのかな。

 

「集中できるっていうのは一つのステータス、それを忘れないでね」

「う、うん……自信ないけど」

「現にその集中力を使って、ましろは担任の先生に絶対無理だって言われていた月ノ森に入れたじゃないか」

「あれは、拓海くんが教えてくれたから」

「なら家庭教師だったボクがましろを伸ばす上で頑張ったのは、教えることじゃなくて集中させることだったって言えば──信じてくれるかな?」

 

 拓海くんの言葉は、いつも甘くて優しい。私のことを絶対にダメな子だなんて言わない。ダメダメな私のこともいつだって褒めてくれる。中学の頃や、モニカとしてバンドを結成する前はそれが心地よかった。いつだって嫌な時は拓海くんの言葉に逃げていた。でも、最近の拓海くんは、ちょっと違うなって感じもする。甘くて優しいのは変わらないけど、まるで家庭教師の時みたいな笑顔で声音は優しいのに厳しいのも時々垣間見える。それが、なんだか余計に嬉しかった。

 

「ふぅ、夜なのに暑いね……」

「うん、夜でも水分補給はしっかり。塩飴もたくさん用意してきたから」

「ありがとう」

 

 絶叫マシンとかは拓海くんも苦手だからアトラクションにはあんまり乗らずに、世界観に没入して、かわいいオブジェクトなんかで会話を弾ませたり、一度ホテルで食べたレストランの料理のおいしさに目を輝かせていたりしているうちに、あっという間に夜になってしまった。今はベンチに座って手渡された飴を舐めながら水を飲み干した。

 

「わぁ……」

「キレイだね、これは」

「うん……!」

 

 周囲の明かりが消えて、フロートが電飾で輝くパレードが始まる。ポップな電子音がする音楽と光が織りなす幻想的な世界、それはまさに魔法にかけられたかのような、夢のような時間だ。自然と拓海くんと指を絡ませて、その肩に頭を乗せて。パレードに目線が集まっている隙にとばかりに、拓海くんと唇を触れ合わせた。

 

「ん……えへへ」

「はは、恥ずかしいね」

「でも、一回じゃ……足りない、から」

「パレードが見れなくなってしまいそうだよ」

「そうだね……」

 

 拓海くんは、彼は私なんかよりもよっぽど大人で、落ち着いていて、穏やかで、そして理知的で。

 でもそうかと思えば、子どもみたいな顔で笑って、私と一緒になって感情や時間を共有してくれる。悩んでたのがバカみたいだとすら思えるほど、彼は私と一緒にいることを愛おしく思ってくれていた。そんな拓海くんは、優しい声で続けてくれる。

 

「ねぇ、ましろ?」

「なに?」

「ボクが言えるようなことじゃないと思うんだけど、寂しくていいんだよ」

「え?」

「電話の時、キミは我慢できるって言っていたけど、我慢なんてできなくてもいいんじゃないかなって思うよ」

「……でも」

 

 光のパレードを少し遠くで眺めながら、視線はそちらを向けたまま、拓海くんは優しい言葉をくれる。繋いだ手を少し握り直しながら、電飾に輝いてわずかに見える彼の横顔は少しだけ、寂しそうだった。

 でも、ここで甘えたら私はワガママになっちゃう。それが怖くて仕方がないことに思えた。だって、ワガママを言ったら拓海くんを困らせることになる。困らせたら、もしかしたら好きでいてくれなくなっちゃうかもしれない。

 

「ワガママでいいんだよ。寂しい、会いたい、そうやって伝えてほしい」

「……い、いいの?」

「もちろん! 叶えられない時もあるけど、今までたくさん我慢してきた分、ボクに甘えてほしい」

「そっ、それは──それはダメ」

「どうして?」

「たぶん、たぶんたくさん甘えちゃうと思う、でも、そうやって拓海くんに寄りかかるだけは……嫌だ」

 

 今のところ私は子どもで、拓海くんは大人で、私と彼の精神には大きな成長の開きがある。でもだからって、そのままの関係ではいたくない。私だっていつかは、大人になるんだから。その時にはただ甘えるだけじゃなくて、寄りかかるだけじゃなくて、私が拓海くんを支えてあげられるようになりたい。

 

「だから、我慢しようとしてたんだけど」

「ありがとう、ましろ」

「えっと、どういたしまして……?」

「でも、だったら尚更今は我慢しなくていいよ。そんなに頑張らなくても、ましろはちゃんと成長してるから」

「……うん」

「それに、ボクはキミがワガママなのをちっとも嫌だと思ってないから安心して」

「そうなの? どうして?」

「当たり前じゃないか、ましろはボクの恋人だからだよ」

 

 恋人だから、カノジョだから気軽にワガママを言ってほしい。甘えてほしい。

 拓海くんの優しすぎて、甘すぎる言葉に私は苦笑してしまう。いいなら、甘えちゃうんだから。

 手始めはどうしようかと考えているうちにパレードが終わり、そして花火が上がり始める。ライトアップされたお城のところから上がる花火は、この幻想的な世界の美しさと同時にどうしようもなくこの夢がいつか醒めてしまうものだってことを私の胸に突きつけていた。

 

「さて、それじゃあそろそろホテルに戻ろうか」

「……うん」

「大丈夫、夢はまた見れるよ」

「今度は、拓海くんが見せてくれる?」

「──ああ、うんもちろんさ」

 

 来た時よりもちょっとだけ距離が近くなった気がする帰り道、出入り口のゲートまで歩いて行く。途中でお土産も買って、そしてホテルの部屋に戻ると、レースのカーテンの向こうはやっぱりキラキラと夢の世界とは違った輝く景色があった。

 それはそれでキレイだなぁと夜景を眺めめていると、後ろから抱きしめられる。恋人同士がふたりきりの空間で一夜を過ごすんだから覚悟をしなくちゃいけない。そう瑠唯さんに言われたことを思い出していた。

 

「……いいよ?」

「誘ってるって思われちゃったかな?」

「違ったんだ」

「いいや、違わない。お風呂、先にするかい?」

 

 首を横に振る。先じゃなくていい、なんだかそれまで我慢できそうになかったから。

 ただその分、汗の匂いとかも、気にならないくらい夢中にさせてほしい。私の好きを拓海くんにたくさん届けるから、拓海くんの好きを私に教えてほしい。

 拓海くんはそんな私を見て今すぐでもいいんだって判断したみたいで、何度もキスをして、徐々に理性が麻痺していくのを感じながら、私は名残り惜しさを感じるキスの余韻に惚けて、彼に抱えられてベッドに運ばれていった。

 

「──んで? あたしらのお膳立ては大成功と」

「うんありがとね、透子ちゃん、みんなも」

「なんかデート前とは比べ物にならないくらいシロちゃんがキラキラしてるね〜」

「あれは一般的にはつやつやしてる、とも言うわ」

「へ〜」

 

 ホテルから帰ってきた私はちゃんとメンバーにものろけ話を交えて感謝と報告をしていた。あのデートがあったから、とりあえず暇があって連絡さえしてくれれば家に来てもいいよって許可を出してもらった。それと次はプールデートもしてくれるって後日談も含めて報告し終わると、透子ちゃんは嬉しそうな顔をしていた。

 

「よしっ、次は水着か!」

「また透子ちゃんが作るんだ!」

「いやいや、この成果、この達成感はアドレナリンドバドバっしょ!」

「アドレナリンは……ちょっと違うような」

「シロみたいな引っ込み思案で積極的になれなかったやつが一晩で女になって帰ってくる、サイコーの結果じゃん!」

「言い方考えてよ、もうっ」

「ふーすけ、まだ怒ってたのか」

「ところで倉田さん、やはりカップルでプールといえばナイトプールも予定に入っているのかしら?」

「ナイトプール……?」

「瑠唯って実は詳しいよなそういうの」

 

 拓海くんの言う通り、私は友達に恵まれてるのかもしれない。だって、こうやって恋バナをして盛り上がってくれるみんなと過ごすのが楽しいって思えるんだから。

 ただ際どいのはやめてと透子ちゃんには念押ししておいた。今度は本当に恥ずかしいんだからね! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ましろちゃんってかわいいよね!
デートの服装は富士急の時の格好を意識してます。あの気合の入り方はすごいよね
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