サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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彼女らの

 気が付けばそこは闇の中だった。

 影の闇も、夜の闇も生易しい程の闇。それが私の周りに纏わりつき、私はただただ呑まれ沈んでいく。

 光も音もない世界、---闇の世界。そんな世界で私は沈んでいく……いや、浮いているのかもしれない……。

 何もありはしないこの世界に私はただ---独りだ。

 ……本当に、そうなのだろうか?

 

「---」

 

 私は---

 

 

 

 そこで意識が浮上し、目が覚める。

 見覚えのある天井。隣を見れば少し前から同室になったシャルロット・デュノアが規則正しい寝息をたてていた。体を起こし壁に背を預け枕を抱える。

 ---懐かしい夢を見た。

 いつもうなされた悪夢。最近になってめっきり見なくなった夢。孤独に恐怖し、闇に囚われた昔の自分があそこにいた。枕をぎゅっと抱きしめる。

 

「眠れないの?」

 

「む、起こしたか?すまない」

 

「うんうん、別にいいよ」

 

 寝ていたシャルロットが起き上がりラウラへ体を向ける。目じりが少し下がっており、まだ眠たそうである。

 

「どうしたの?」

 

「いや…少し夢を見てな」

 

「怖い夢?」

 

「……」

 

 どうなのだろうかと考える。確かに、以前のラウラならあの夢は恐怖以外の何物でもなかった。だが、先見たあれは果たしてそうであったか。同じ夢だった気はするが、普段ならこう落ち着いた気持ちではいられなかったはず。それに最後に聞こえた声---。

 

「私は」

 

「ん?」

 

「私は日本に来てよかったと思っている」

 

 静かに独白を始めるラウラ。シャルロットはそれを聞き入る。

 

「日本に、このIS学園に来て私は色々なことを知り、学び、貰った。ドイツにいたままでは決して手に入れることが出来ないものばかりだ。本当に感謝してる」

 

「うん」

 

「沢山の友も出来、得難い経験も得、心身共に成長した--かはわからないが、それでもよかったと思っているんだ。篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルロット・デュノア、織斑一夏、山田女史に教官。私は多くの人たちに支えられているんだ、そう実感したよ」

 

「ラウラ…」

 

 シャルロットは自分のベットから出て、ラウラの傍に移動する。そして彼女の横に座りその小柄な身体を抱き寄せた。何の抵抗もなく引き寄せられたラウラはすっぽりと腕の中に納まる。この前買い物行った時に買ったパジャマではなく、それ以前からずっと着ているよれよれでぶかぶかのシャツを着ている。別にパジャマが気に入らなかったとかではなく、こっちの方が動きやすいからとかなんとか言っていたがそれが本当の理由かはわからない。ただ、頑なにこのシャツを着ようとする姿がとても可愛らしかったのをシャルロットは覚えている。

 

「どうかしたか?」

 

 ぼうっとラウラを見ていると彼女が不思議そうに見上げてきた。「なんでもない」と返しぎゅっと彼女を抱きしめる。少し苦しかったのかモゾモゾと身を捩じらせたので力を少し緩める。寝起きという事と幼い身体だからか、体温を高く夏のこの時期には少々熱いかもしれない。

 

「ねえ、ラウラ?」

 

「なんだ?」

 

「ラウラはこの学園が楽しい?」

 

「む?ああ、楽しいぞ」

 

「ふふふ、そっかあ」

 

「?」

 

 わからないといったふうに小首を傾げるラウラ。やはり容姿の所為でどうしようもなく幼く見える。頬を緩めラウラの頭を撫でる。

 

「臨海学校楽しみだね」

 

「……うむ」

 

 少し言い淀むラウラ。

 

「楽しみじゃないの?」

 

「いや、そんなことはない。こういったイベントは初めてで少々不安を感じるだけだ」

 

「大丈夫だよ、きっと楽しいから……。---それとも」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべラウラの顔を覗き見る。

 

「桜木さんと離れるのが寂しいのかな?」

 

 ヌフフと冗談を言うシャルロット。だが---

 

「……」

 

「…あ、あれ?」

 

 期待した答えが返ってこない。

 ラウラは何やら考えるような素振りをしていた。

 

「そうか…あれは---」

 

 聞き取れるか取れないかの瀬戸際の呟き。一人で納得するラウラと困惑するシャルロット。穏やかな表情を浮かべるラウラを見て何となく察した。

 

「やっぱりそうなんだね」

 

「む、なにがだ?」

 

「ふふふ、誤魔化さなくていいんだよ~」

 

「いや、だから何の話だ?……って…おい、ちょ…」

 

「うりうり」

 

 訝しげに見上げてくるラウラの頬を指でつつく。それに対し眉を寄せ抗議を述べるラウラであったが、抵抗の意思がないことから実は満更でもないようだ。

 暫しツンツンとつついていたシャルロットは満足したのか、つつくのを止め再びラウラを抱き寄せる。

 

「ちゃんと桜木さんと水着買いに行ったんでしょ?」

 

「う、うむ」

 

「どうだった?」

 

 色々な意味が集約された言葉。買い物---デートとでも称してもいいもの---は楽しかったか。以前買っておいた服に関して感想はあったか。ちゃんと水着は選んでもらえたか…etc。

 国の代表候補だとか、兵器に近いものを扱っているとか、そんなものがあってもシャルロット・デュノアはどこまでいって思春期の少女なのだ。

 勿論、それはラウラもわかっていた。彼女はラウラがかかわってきた人の中で一二を争うくらいこういった話が好きなのだ。因みにもう一人はドイツ本土にいる隊の部下であるクラリッサ・ハルフォーフという女性だ。前までは隊員たちとの仲がギスギスしており碌に話したことが無かったが、桜木のすすめにより話し合い蟠りがとれ彼女らの為人を知ることが出来た。まあ、色々と頭のネジがぶっ飛んでいる人間だと後に教えられ、別の意味で距離を開けることになってしまったが。

 まあとにかく、シャルロットはしっかりしているように見えて、実のところ脳内がなかなかのハッピーガールなのだ。

 

「いや、その、なんだ?……た、たのしかったぞ?」

 

「そうなんだ~。他には?」

 

「ほ、他にか?そうだな…一緒に食事もしたぞ!うむ」

 

「へえ~、ちゃんと目的の物は買えた?」

 

「最初は難色を示されたがな。言うとおりにしたら承諾してくれたぞ」

 

「でしょ?」

 

 ニシシと笑うシャルロット。

 ラウラはいい意味でも悪い意味でもまっすぐである。だからシャルロットは彼女の為に“お願い”の基本を教えそれを実践させたのだ。悲しそうに上目づかいをする、ただそれだけのことだ。身長の問題から上目づかいは通常装備になってしまっているが、一応は効果があったようで、実は内心ほっとするシャルロット。

 

「どんなものを選んでもらったの?」

 

「うむ、色々悩んだんだがな---」

 

「あ、やっぱ直接見るからいいよ」

 

「……自分で聞いておいてそれか?」

 

「ごめんごめん。それより服はどうだった?頑張って朝支度してたもんね」

 

「しょうがないだろ?あんなもの着なれていないんだ」

 

「恥ずかしがってなかなか着なかったもんね~」

 

 頬を膨らませ「うるさいぞ」と返すラウラ。その仕草がやはり可愛らしくて仕方のない。

 出会った時はいきなり一夏を叩いたことにで、だいぶヤバい子かな?と思っていたシャルロットだったが、話してみるとただ常識が多少抜けてはいるが素直で純粋なのだとわかった。それ以来こうしてちょくちょく色々な知識を教えていたりする。

 

「それで?頑張って着た成果はあった?」

 

「に、似合ってる言ってくれたぞ」

 

 上ずった声でそう答える。頬がゆるゆるになっており本当に嬉しそうだ。だが、シャルロットは逆に首を傾げた。

 

「それだけ?」

 

「それだけとはどういう意味だ?十分ではないか」

 

「そ、そうだね」

 

 それだけで満足だとは本当に無欲、いや、初心とでも言うべきなのだろうか。

 

「そうだ、あとこれも買ってくれたぞ」

 

 布団を退かしプレゼントされたというものを取り出す。

 

「うさぎ?」

 

 出てきたのはうさぎのぬいぐるみ。片目に眼帯を付けた目つきの悪いデフォルメされたうさぎ。どことなく目の前の少女に似ている。

 

「そうだ。可愛いだろ?」

 

 そう言ってラウラは自慢するように高々にぬいぐるみを掲げる。

 なんだろうか、もしかしたら彼女は桜木に子供扱いされているのではないのかわりと本気で思う。

 

「うん、可愛いね」

 

「ふふん、やらんぞ?」

 

 ドヤ顔されるシャルロットだが、可愛いからまったく問題ない。

 願わくば、彼女がいつまでも純粋無垢でいて欲しい。

 願わくば、彼女がきちんと自分自身のことに気が付いてほしい。

 取り敢えず、臨海学校では今のドヤ顔の分もきっちり落とし前をつけておこう。実はほんの少しだけ根に持っていたシャルロットだった。




 この後めちゃくちゃナデナデしました


 なんか知らないうちにランキングが凄いことになってて、素で変な声が出ました
 いやはやは、皆様ありがとうございます^^

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