サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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彼の

「いらっしゃい」

「どうも」

 

 平日の昼もすぎ、店から客がいなくなったため一息入れようとした時一人の客が入店してきた。歳は二十五前後と言ったところの男性だ。目の前のカウンターに座った座った彼に桜木が話しかける。

 

「久しぶりだね、ヤス」

 

「ああ、ここのところ忙しくてな。アメリカン一つ」

 

「忙しいって…、ディーラーに忙しいとかあるのか?」

 

「失礼だな、あるに決まってんだろ?」

 

 お互い笑いながら、にこやかに会話を進める。彼---ヤスは桜木の大学時代の友人で現在は車のディーラーをしている。恵美子や敬二とも知り合いで『D.C.』開店当初からの常連客である。

 

「あいつらはいないのか?」

 

「昼食と昼休憩。だから今は僕一人さ」

 

「なんだ、じゃあ麻美ちゃんもいねえのか…。野郎と二人っきりってのもなんか寂しいねえ~」

 

「なら帰るか?」

 

「はっ!冗談」

 

 ヤスは隣の椅子に置いていた鞄を取り中から分厚い資料を取り出す。表紙は白を背景に真ん中にド派手な朱色でマル秘と書かれている。勿論、こんなわかりやすい極秘資料などあるわけもなく、ただの彼の遊び心によるものだ。

 

「お前は車買わないのか?最近は結構いいの出てるぞ」

 

「いつも言ってるだろ?俺は電車で移動するからいらないって。ほれ、できたぞ」

 

「ん、ありがと」

 

 出されたコーヒーを一口飲み、ほうっと一息つく。

 

「やっぱ恵美子の方が美味いな」

 

「はっ倒すぞ」

 

「はは、すまんな」

 

 まったく心の籠らない謝罪を述べファイルを開くヤス。桜木はカウンター越しにそれを覗く。どうやら車の解説書のようだ。車の構造が図説されており、その周りには各部位の説明。そしていたるところに殴り書きされた手書きのメモ。だいぶよれているところから相当読み込んでいるのだろう。

 捲られていくページを眺めていると気になる言葉が見て取れた。

 

「…IS」

 

 桜木の呟きに反応しヤスが顔を上げる。その顔には微かに歪んでいた。

 

「……最新の奴さ。今盛んに開発研究されているISの技術を車に応用転換する研究をしてんだよ。その研究の成果だ」

 

 ヤスはページの中心に堂々と居座るその車を指さし語る。だが、桜木はただ「そうか」と答えただけでなんらリアクションを取らない。そんな彼にヤスは深くため息を吐く。

 

「……ISがまだ嫌いか?」

 

「……」

 

 無言の返事だが、その目が雄弁していた。目の前にいるのが友人であろうと、その鋭さは殺気すら感じられるほどだ。

 

「はあ…、今の御時世そんなんじゃ生きにくいぞ……。と言ってもダメだろうな。忘れろとはいわねえよ?でもよう---」

 

「わかってるさ……っ!」

 

 吐き捨てるように唸る。

 

「ああ、わかってる。これが、この怒りが憎しみがどうしようもないものだってわかってる……。だが、それを頭で理解していたところでダメなんだよ!」

 

 唇を強く噛み締める。皮膚が裂け、血が溢れ出すが桜木は止めることはない。

 

「もう四年か?茜ちゃんが死んで」

 

「ああ……」

 

「この喫茶店もあの子の夢だったもんな」

 

「そうだ。料理が下手で人見知りのくせに喫茶店で働きたいとか言ってな……」

 

「ホントお前にべったりだったもんな」

 

 懐かしむように宙を見るヤス。桜木もカウンター内に設けられた椅子に力なく座り項垂れる。

 

「…すまない」

 

「いいさ、お前がいまだ気にしていることも、ISが禁句扱いされていることも知ってるから」

 

「……すまない」

 

 「だからいいって」とヤスは曖昧に笑いながら、目の前で覇気を失くす桜木を悲しむように見る。彼が夢を捨て去ったのも、大学を中退してまでもこうして喫茶店を経営しているのも、全ては彼の妹---桜木茜が死んだことに起因していた。

 もともと料理が上手かったことと人当りの良さからこうして切り盛り出来ている。そういった意味では天職だったのかもしれないが、それでも本来なら桜木がこの職に就くことはなかった。それは妹の夢であったのだから。

 

「…正直、この気持ちがただのやつあたりに近いのはわかってるんだ……。今でも後悔してる。どうしてあの日、茜と一緒にいてやれなかったんだろうって」

 

「桜木…」

 

「直接の原因でなくとも、ISが無ければ茜は死なずにすんだんだ……っ!!」

 

 呻くように、呪うように、桜木は重く吐く。

 

「はぁ……」

 

 どこか諦めを孕んだ深いため息。

 恐らく自分では彼を助けることは出来ないだろう。それは恵美子や敬二、麻美と言った彼のキズを避けてきた者たちにも無理だろう。彼がいつの日か、この呪縛から逃れられることを切に願う。

 ヤスは温くなってしまったコーヒーを啜り、周りに目を移す。新年度に入って一度も来ていなかったが内装にこれといった変化はない。ラジオやテレビと言ったものはなく、古めかしいジュークボックスがポツンと佇んでいる。流れる音楽も最近のものは一つとしてなく、一世代くらい前のゆったりとしたものが流れていた。

 

「模様替えとかしないのか?」

 

「考えてはいるんだけどね、どうにも手が回らなくて…」

 

 あからさまに話題を変えてきたヤスに合わせるように、桜木は困った笑みを浮かべ答える。お互い、先の話は続ける気などなかった。

 

「忙しかったのか?そんな風には見えないけど」

 

 ぐるりを見渡す。客はおらず、現在店内にいる人は自分たち二人だけだ。

 

「ご飯時はよく来るようにはなったよ。最近新しいバイトの子もいるし」

 

「へえ、女の子か?どんな子だよ」

 

「外人の女の子だよ」

 

「へえ、外人とはまあ…。知らない間にここも随分と国際化したものだ」

 

「はは、友人の頼みでね。その子にもちょっとお世話になったこともあったし、ちょうど人手を増やそうか考えてた時だったし、タイミングが良かったんだ」

 

「なるほどね」

 

 先ほどよりだいぶ穏やかな表情を浮かべる桜木に、ヤスはほっとする。

 

「それで、どうよその子は?出身地とかは?」

 

「真面目で可愛いらしい子だよ。物覚えもいいしね。ドイツ出身で今は高校生」

 

「お前が可愛いなんで言うのは珍しいな。それにしても華の高校生か…。若いっていいよなあ」

 

「俺らもまだ二十代前半だろ」

 

「ギリギリな。その子はなんて名前なんだ?」

 

「ああ、ラウラって言うんだ」

 

「……ん?」

 

 はて、ドイツのラウラ?ヤスは頭を捻る。最近どこかで聞いたか見たことがある気がするのだ。それも一般人にはあまりなじみのない資料であったはず。

 

「その子の写真とかないのか?」

 

「おいおい、まさかナンパでもする気か?よしてくれよ」

 

「んなわけねえだろ!…で、どうなんだ?」

 

「ん~?ちょい待ち」

 

 しぶしぶと言った様子で休憩室の奥へ消えていく桜木。

 数分後、一枚の写真を持って桜木が戻ってきた。少しやつれている桜木とその横で腕を組む女性、そして二人に挟まれるように立つ異彩を放つ少女が写っている。背景は石の町並み、日本でないことは明らかであった。

 

「数年前のものだけど、ドイツに行った時のだ」

 

「…この女性、織斑千冬か?」

 

「ああ」

 

 こちらを睨みつけるような鋭い目つきに写真越しでも伝わる威圧感。なるほど、これが『世界最強』と名を馳せた人物か、ヤスは知らず知らずに息をのむ。

 

「ホントに知り合いだったんだな」

 

「まあな。てか信じてなかったのかよ」

 

「普通は信じねえよ」

 

 続いて少女に目を向ける。戸惑った表情で立つ彼女は眼帯を着けた銀髪のドイツ少女。この写真では普通の服装だが、確かにこの少女はみたことがあった。軍服姿で、もっと堂々としていたものだが。

 

「…この子が?」

 

「そ、ラウラちゃんだね」

 

「お前は知ってるのか?この子がどういった子か」

 

「……」

 

 返答の代わりに返ってきたのは曖昧な笑み。答えはなくともそれだけでヤスは満足だった。

 写真を返し、分厚いファイルと大量の資料を鞄に戻し立ち上がる。

 

「帰るのか?」

 

「ああ、今日はこれでお暇するわ」

 

 送るかという問いに軽く手を振っただけでカウンターから離れ、玄関に向かう。扉に手を開け外に出ようとし、振り返る。

 

「なあ、桜木…」

 

「ん?」

 

「お前、そのラウラちゃんは大切か?」

 

「なに言ってんだ?……まあ、そりゃな」

 

「そっか」

 

 逆光でヤスの顔はよく見えないが何となく、笑っているように見えた。そして彼に声をかける前にヤスは店を出ていってしまった。ちりんちりんと鈴の音が響き、もとの伽藍とした店内にもどった。

 

 

 

 人波の越えながらヤスは考える。桜木の過去と未来。

 一時期は見ていられないほどであった彼も今はどうにか落ち着いている。吹っ切れたわけでも無いが、彼なりに向き合おうとはしているようだ。

 

「頑張ってほしいね~…」

 

 新しいバイトと言われた少女に密かに期待を寄せる。

 ---ドイツ連邦共和国国家代表候補、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 どういった経緯かわからないが、彼女は現在桜木のもとにいる。そして桜木は彼女を知りつつ傍に置き、気に入っているという。

 くくく、と静かに笑う。ラウラという少女の存在に対する喜びと、彼になにもしてあげることの出来ない自分に対する不甲斐無さ。ごちゃ混ぜになった複雑な気持ち。

 ヤスは彼らのこれからを思い描き街の雑踏に消えていった。




 ラウラは臨海学校

 臨海学校も林間学校も行ったことないな……

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