爽やかな風と鳥のさえずりが窓を吹き抜け頬を撫で、暖かな朝日が部屋を明るくなり、いやでも朝が来たことがわかった。
「んんぅ……」
一瞬目を開けるがどうも起きる気になれず、眩しさから逃れるため寝返りを打ち、私は布団のなかへ逃げ込んだ。ぬくぬくとした布団は軍にいたときのものとまったく異なり、非常に気持ちがよかった。
うとうとと眠りそうになっていると扉をノックする音が部屋に響いた。数秒おいて繰り返すノック。返事をするかしまいかぼんやりと考えているとがノックを止み、かわりに扉を開き部屋の中に誰かが入ってきた。
「あらら…」
呆れ気味の声に反応し、薄く目を開けるとこの家の主であるユーヤが立っていた。ここで起きるべきだろうが、この布団の温もりも捨てがたい。そんなふうにうだうだ考えていると、そっと体を揺すられた。今度こそしっかり目を開けると、案の定、ユーヤが困った顔で私を起こそうとしていた。
「ほら、ラウラちゃん。起きて」
「ぬぅう?……まだ眠いぞぉ…」
「まったく…昨日夜更かしなんてするからだろ?ほら、起きなさい。今日はうちに来るんでしょ?それともやめようか?」
それを言われてはぐうの音も出ないというものだ。
「むぅ、わかった起きる…おき、る…から……」
のっそりと体を起こし、寝むた目を擦る。しょぼしょぼとする目を何度か擦っているとユーヤが何を思ったか頭を撫でてきた。子供扱いされている気がしてあまり受け入れたくはないが、その優しい手つきについつい頬が緩んでしまう。
「おはよ、ラウラちゃん」
「Guten Morgen…」
「顔洗っておいで」
「Ja……」
するりと布団から抜け出し、ふらふらとした足取りで洗面所へ向かう。
洗面所に着き、冷たい水をちびちびと出しそれを顔面に浴びせる。それにより微睡んだ思考が一気に覚醒し、先程までの気の抜けた表情は消え、鏡にはきりっとしたものが写る。
「うむ、すっかりだらけてしまってるな…」
タオルで顔を拭き、眼帯を着けながら最近の己に苦笑いを浮かべる。教官に連れられ、ユーヤのところに厄介になることになってから早二週間。日本の生活と文化には慣れ始めたし服を着て寝ることにも慣れた。だがどうにも軍務やら訓練やらに追われてた日々に比べ気が緩みがちになってしまった。
「しっかりせねば、教官に合わせる顔が無い」
IS学園に入学するまで残りおよそ三か月はある。何故こんなにも早く日本に来たかや、他の生徒たちと同じタイミングでの入学にならないのかなど疑問は幾つかあるが、教官は私の為だと言っていたのだからそういう事なのだろう。
乱れた髪を軽く整えていると、香ばしい香りが鼻孔を擽った。どうやら思ったより時間をかけていたようであった。急ぎ身なりを整え、リビングへ向かう。
廊下を抜け、リビング入ると既に朝食が用意されており、ユーヤが新聞を読みながら私の到着を待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「ん、いいよ。ほら、はやく食べてしまおう」
「はい」
ユーヤの対面に座り、コップに牛乳を入れる。そして軽く手を合わせユーヤと共に「いただきます」と声をかける。日本の食事のマナーらしい。ユーヤは文化の差異だからする無理に必要はないと言っていたが、郷に入ればなんとやらというらしいし、こういった合図も悪くない。なにより、教官も昔からしていたことだ。……だが、日本の箸はやはり扱いにくい。
「そういえば、今日はどうする予定?」
煮豆と格闘をしていると、ふと、ユーヤがそんなことを訪ねてきた。
「ユーヤは今日は仕事でしたか?」
「うん、そうだよ。ここのところ仲間に任せっきりだから」
「うむ…」
正直な話、ここにいても私がすることが無い。ISについて今更勉強することもないし、体力作りもやれることは限られてしまう。
「ならば私も一緒に行ってもよろしいでしょうか?」
「僕の仕事場にかい?」
「はい」
「う~ん……」
「ダメ、でしょうか?……私もお世話になりっぱなしと言うのも嫌だと思っていたので…」
「だから手伝いたい、と」
「…はい」
悩むように唸るユーヤを見つける。与えられるばかりというのはドイツ軍人としての名折れ。なんとしても、彼に恩を返したいところだ。
「まあ、そうだねぇ。織斑にもキミに色々体験させてくれって言われてるし…」
「では!」
「取り敢えず行くだけ言ってみようか。手伝うかはそれから決めればいいから」
「はい!わかりました!」
「ふふふ、じゃあ早いところご飯を食べてしまおう」
「そうですね!」
はやる気持ちのまま朝食をかきこむ。喜ばしきかな、これでユーヤへの恩返しの見通しがついた。
ユーヤの仕事場は彼の住むマンションから少し離れた場所にあった。電車で駅を二つ越した先の栄えた街中。そこにあるビルの屋上にあるのだという。何故そんなところなのか甚だ疑問であるが、ちゃんとした理由があるそうだ。
駅の改札を抜け、ユーヤの後を追い人ごみを越えていく。ゆらゆらと上手い事隙間を縫って進むユーヤの背を見失わないようについて行くと、一つのビルの前で立ち止まった。何の変哲のないビルだ。
「ここですか?」
「うん、そうだよ。じゃあ行こうか」
そういうとユーヤは何の躊躇いもなくビルの中へ入っていった。
エレベーターに乗り、途中から非常階段で屋上へ出る。
「おお…!」
目の前に広がる光景に私は思わず声を漏らしてしまった。見事に咲き誇る花々に手入れされた石畳。そしてそんな空間に佇む木で造られた店。今まで日本で見てきたものとは全く別の世界に目を奪われた。
「ふふふ」
ユーヤに見られていたことに気が付き、顔が熱くなるのを感じた。
……不覚だ。
ユーヤの私を見る目がいやに優しさを孕んでいるように見える。
「そ、そんな目で見るな!」
「はは、ごめんごめん。でも、気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
「ふん!」
優しさに満ちた手つきで頭を撫でられながらそっぽを向く。どうももやもやする。子供扱いする彼も、こうして撫でられることを甘んじて受け入れてしまっている自分自身も、本当に……。
数度撫でたのち、ユーヤが再び歩き始めた。手が離れた時、声が漏れそうになったのはきっと気のせいだ。
店に近付いてみるとまだ準備中の様で、三人の男女が慌ただしく動いているのが外からでもわかった。彼らがユーヤの同僚のようだ。扉を開けたユーヤに促され店内に入る。アンティークがかった内装にどこか懐かしさすら感じる音楽が流れていた。
「おっそ~い!てんちょ!やっと---ってありゃ?」
「あら?」
「…んん?」
私達、というか私の存在に気が付き、三人の手が止まり視線が集まってきた。
「やあ、おはよう」
「おはよう、その子は?隠し子って歳でもなさそうだし」
「はは、そんなわけないじゃないか。織斑から預かっているんだ」
「千冬に?」
「あいつの子供ってわけでもなさそうやな」
「ドイツでの教え子らしくてね、こっちの高校に入ることになったから預かってほしいって」
「また彼女らしい無茶苦茶なお願いやな」
ユーヤと話す男女はどうやら教官と面識があるようだ。もう会話に加わっていない一人はこちらをキラキラと目を輝かして見つめてきており、非常に気になる。
「あの、ユーヤ…私はどうすれば」
「ああごめんごめん。取り敢えず互いに自己紹介をしようか。麻美ちゃんもそれでいい?」
「は~い!」
マミと呼ばれた彼女が他の二人の隣に並び立つ。私もそれに倣いユーヤの隣に立つ。さて、こういったときの挨拶と言うのはどうするべきなのだろうか。もしかしたら今後色々お世話になるかもしれない相手。
……に、日本人は謙虚な挨拶を好むというが、謙虚とはいったいどういうものだ…?
「ほら、ラウラちゃん」
笑顔で促してくるユーヤが今は憎たらしく見える。
こういった挨拶は苦手、というか日本語の挨拶なんぞ三回しかしたことが無いのだぞ!だが、手を拱いていても仕方がない。
「ラウラ・ボーデヴィッヒでゃっ---!」
なるほど空気が凍るというのはこのことを言うのだろう……。
……恥ずかしい…っ!
ラウラが初めて『D.C.』に行った日ですね
因みに、ラウラを見たそれぞれの感想は
恵美子「眼帯…」
敬二「高校生?」
麻美「わ~、お人形さんみたいっ!」
みたいな感じです
一人称視点は苦手、というか難しい。よく書けると思うよ、うん。
沢山の感想ありがとうございました!
このままでいいとおっしゃって下さった方々、誠に感謝しております!
取り敢えずこのままIS要素ぶち抜いてやっていきます。他にこんなことやってる作品もあまりないようですし(笑)
シャルロットの一人称の違いもありがとうございました。全然気づいていませんでした。修正は完了済みです!(七夕での話の時ですね)
前話でのタバコに対しての意見もいただき、誠にありがとうございます。
タバコのにおいに対し『臭さ』と表現したことについてなのですが、一応タバコが苦手な主人公が吸っていることから、今回『臭さ』と表現いたしました。別段、タバコを否定するつもりはありません。
ただ、今回のことで喫煙者、愛煙家の方々に違和感等を与えてしまったこと、申し訳なく思っております。
今後はそれらも気を付けていきます。因みにここも修正は完了しております。
ご意見感想はなんでもありがたいんで、大歓迎です!\(^o^)/
返信をする時としない時がありますが、完全に気分ですのでそこらはご勘弁を(笑)
ながながと失礼しました