サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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髪型の

「夏休みか…」

 

 いつもより賑わう店内を眺めながら桜木はぽつりと呟く。昼を過ぎにも未だ留まる客たち。皆、急ぐ必要が無いと言わんばかりにゆったりと過ごしている。本を読むもの、コーヒーを飲むもの、友人と会話を楽しむもの、実に様々な人たちがいた。

 世間でいう、夏休みに入り始めた時期のため、立地の悪いこの喫茶店にも長時間人が溢れるようになってしまった。勿論、客が入ることは喜ばしいことだが、回転率が悪いこととゆっくり出来ないことを考えるとプラスな面だけではないのだ。

 

「いるならいるで何か頼んでくれればいいんだけどねぇ」

 

「外は暑いですからね、こうして涼もうとするのは仕方ない事かと…」

 

「まあ、そうなんだけどね……」

 

 ふと、隣でだらけているラウラを見る。やることが無いためカウンターに突っ伏すラウラ。その姿を特に注意

をするつもりはないのだが、

 

「あの、何か?」

 

「……いや」

 

「ふんふふ~ん~」

 

 桜木は彼女の後ろで彼女の髪を鼻歌混じりにいじっている麻美の存在が非常に気になっていた。ポニーテールにまとめていたゴムを外し、櫛ですき、悩ましげに首を捻っている。

 

「麻美ちゃん、なにしてるの?」

 

「ん~?ラウちゃんの髪型を変えようと思いまして!暇ですしっ!!」

 

「……わざわざ私の髪を弄る必要はないと思うのだが?」

 

「綺麗な髪だから楽しいの♪」

 

「そ、そうか…」

 

「ははは…。中に行くときはちゃんと手を洗ってね?」

 

「わかってますよ~」

 

 満面の笑顔で髪を弄る彼女にラウラは何も言えなくなり曖昧な笑みで返してしまう。桜木も仕事さえちゃんとしてくれればいいか、と自分を納得させる。

 

「うーん、ツインテにしてみる?それともあげる?いっそのことカールでもさせようか!?」

 

「お、おい!あまり変なことをするなよ!?」

 

「大丈夫大丈夫!」

 

「いまいち信用できないぞ…」

 

「あっ!ひっど~い!」

 

 わいわいと仲睦まじくじゃれ合う二人に頬が緩む。外見的な特徴に似た点はないが、こうして見ると仲のいい姉妹にでも見えてきそうだ。

 そんな彼女らを眺め癒されていると敬二が洗い物を終え近づいてきた。

 

「お疲れ、そこに麦茶置いてあるから飲んでいいよ」

 

「おお、すまんの」

 

「飲んだら冷蔵庫に入れといて」

 

「結局かい」

 

 苦笑しなが麦茶をコップに注ぎ一気飲み、ほっと一息吐く敬二。

 

「だいぶ落ち着いてきたな」

 

「そうだね…、今日は昼営業で終わるから今いる人たちが帰ったら終わりかな」

 

「ほんまか。ほな今日はメシでも行くか…」

 

「誰と?」

 

「ふっ。コ・レ・と、だよ」

 

 そういい敬二は小指を立てる。この前合コンで知り合った女性がいると言っていたが、恐らくそれだろうと桜木は何となく考える。どんな相手か見たことはないが、彼が幸せならきっと良い相手なのだろう。

 ハッハッハと勝ち誇った高笑いを浮かべ麦茶を持って下がっていく敬二を見送っていると、服の裾を引かれた。

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 振り返るとやたらキラキラとした目でこちらを見る麻美と、その横でちらちらと様子を窺っているラウラがいた。

 

「てんちょはどんなのがいいと思います?」

 

「ラウラちゃんの髪のことかい?あまり女性の髪形についてよく知らないんだけどなあ…」

 

「なんでもいいんですよ!てんちょの好きな髪型はなんですか?ラウちゃん髪が長いから基本なんでもできますよ!」

 

「うーん、そうだなあ…」

 

 さて、自分はどんなものが好きなのだろうか、と桜木は考える。今までそんなことを意識したこともなかったため、改めて考えるとなかなか思い浮かばないものだ。麻美とラウラの期待の視線を頭を悩ませていると、扉の鐘がなりホールから呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おっと、ごめんね。仕事の時間だ」

 

「あっちょ、てんちょ!!」

 

 麻美の手からするりと抜けお客のもとへ逃げる桜木。後ろでなにやら言っているようだが、仕方がないことだ。

 ホールに出た桜木は声の主を探し辺りを見渡す。すると窓辺の席に座る一人の老人が手を振ってきた。桜木はその姿に見覚えがあった。高校時代の恩師だ。

 

「高橋先生!お久しぶりです」

 

「やあ、久しいね桜木くん。元気そうでなによりだよ」

 

 そういってにっこり微笑む彼は、桜木の記憶にある姿より白髪が増え、少し小さくなってしまったような気がした。

 

「先生こそ、お元気そうでほっといたしました」

 

「はっはっは、私はまだまだ元気だよ。この前もかないと山に行ってきたんだ」

 

「あまり無理なさらないで下さいよ?もう若くはないんですから」

 

「わかっとるよ。時間はあるかい?ちょっと話さないか?」

 

「そうですね。では、失礼します」

 

 恩師の対面に座らせてもらい、改めて彼と向き合う。

 

「どうぞ。しかし、いい店だな。場所はあれだがそれを差し引いてもまた来たくなるところだ」

 

 窓の外を見ながら言う恩師。窓からは庭と青空が一度に見ることが出来た。高いところにあるおかげで余分な建造物はほとんどそのなかに入ってこない。

 

「ここは眺めがいいですからね…」

 

「そうだな……」

 

「あ、あの…」

 

 しみじみと景色を二人で眺めているとラウラが水差しを持って現れた。

 

「おや、お嬢さん。どうかしたい?」

 

「お水はいかがでしょうか?」

 

「おお、すまないね。ありがとう」

 

「い、いえ。失礼します」

 

 恩師に水を渡したのちいそいそと去っていくラウラ。彼女の後ろ姿はいつものポニーテールやストレートではなく、左に寄せた謂所のサイドテールをしている。なるほど、取り敢えずそれに落ち着いたようだ。

 

「外人か、インチャーナショルだな」

 

「……インターナショナルですかね?織斑の教え子ですよ、彼女。織斑は覚えてますか?」

 

「ああ、覚えているとも。織斑くんは真面目な子だったが、色々手を焼いたからな」

 

「織斑は色々と特殊な子ですからね」

 

「今じゃ有名人…。そんな子を教えたことがあるというのは鼻が高いな」

 

「……そうですね」

 

 懐かしむように口ひげを触る恩師に、桜木は時の流れを感じた。今はもう定年になって非常勤で働いていると聞いていたが、その影響か、成人式で会った時より更に老け込んでいる…。

 

「先生…もう食事はとられましたか?」

 

「いや、まだだよ。どうも最近は食が細くなってね」

 

「そうですか……ならサンドウィッチなんてどうですか?」

 

「サンドイッチか?じゃあ貰おうか」

 

「じゃあ少し待っていてください」

 

 桜木は席を立ち、厨房に戻る。未だ髪を弄る麻美と弄られるラウラの横を通り過ぎ、保存庫からレタスとトマト、玉ねぎ、バジルを取り出す。冷蔵庫からはハムを取り、食パンを持って戻る。

 野菜類を洗い水気を取り、玉ねぎとトマト、ハムをスライスし、パンを二枚切り取る。パンにマヨネーズを少量ぬり、野菜とハムをパンに乗せ、塩胡椒とマヨネーズ、オリーブオイルを適量振りかける。簡単にできるものだが、結構桜木は気に入っている。

 サンドウィッチを乗せた皿を持って恩師のもとへ戻ると、ラウラが彼の相手をしていた。また髪型が変わっており、今度は頭に大きな団子が出来ているが敢えて突っ込まないことにする桜木。

 

「お待たせしました。ラウラちゃんもありがと」

 

「ユーヤ」

 

「おお、ありがとう。お嬢ちゃんも、ありがとうね」

 

「いえ、私はこれで。ありがとうございました」

 

 サンドウィッチを恩師の前に置き、ラウラと換わり再び彼の前に座る。

 

「彼女、高校生だってね。そんな歳で一人留学とは凄いね。時代も進んだものだ」

 

 去っていくラウラに手を振る恩師。いったいどんな話をしていたのか、その顔は歳に似合わず悪戯小僧の様のように輝いていた。

 

「ふむ、おいしい」

 

「それはよかったです」

 

 サンドウィッチを口いっぱいに頬張り頷く恩師に安心する。これでもし万が一にでも口に合わなかったら目も当てられない。

 その後少し談笑していたが、恩師がこれから用事があるということで別れとなった。なかなかの時間が経っていたようで、既に店内には彼以外の客の姿はなかった。

 

「すっかり長居をしてしまったね」

 

「いえ、とんでもありませんよ」

 

「はっはっは、いやはや。今日はキミに会えてよかったよ」

 

 そういいレジの前で財布を出そうと恩師。

 

「先生、今日は御代は結構ですよ。サービスです。今日だけですけどね」

 

「おお、そうかね?すまない、ありがとう。次はかないと来てしっかりとお金を落としていくよ」

 

 再びはっはっはと軽やかに笑う姿は昔と変わることが無く、桜木は少しほっとする。

 

「ああ、そうだ。先程のお嬢さんに“頑張って”と伝えてくれ」

 

「え?それは---」

 

「では桜木くん、また会おう」

 

 パナマ帽を被り店から颯爽と帰っていく恩師の後ろを見送る。非常階段の奥に消えるのを確認し、看板を回収、付け替えをし店内に戻る。

 すでに皆閉店の準備を始めていた。桜木も速やかにそれに加わり閉店作業をこなしていく。使われた食器を洗い、店の各箇所の掃除を行い、片付ける。

 

「取り敢えず、今日はもうみんなあがっていいよ。あとは僕が終わらせておくから」

 

 だいたいのことを終わらせ、あとは在庫のチェックや帳簿だけになったため声をかける。日が少し傾いて来ているところから思ったより時間が経ってしまっているようだ。

 

「そらありがたいが、大丈夫か?」

 

「問題ないよ。それよりはやくデートに行っておいで」

 

「すまんな」

 

「はーい!じゃあお先失礼しまーす!」

 

 申し訳なさそうにする敬二と元気よく返事をする麻美。だがラウラの姿が見えない。

 

「あれ、ラウラちゃんは?」

 

「ラウちゃんでしたらさっき庭の手入れに行きましたよ?私が声をかけときますから大丈夫です!」

 

「そう?じゃあお願いするね」

 

「はーい!!」

 

 二人に別れを告げ、桜木はクリップボードを片手に保存庫へ向かった。後ろで二人が何やら話し込んでいたが、特に気にも留めなかった。

 

 

 

「こんなものか…」

 

 保存庫、冷蔵庫の中身を確認し、次の補給分を計算し終わったときには、日が落ちる前で部屋が夕暮れに染まってしまっていた。残りの帳簿は帰ってからにしようと思い、荷物を持ってオーナールームから出る。フロアにも夕日が差し込み、眩しさに一瞬目が眩む。右手をかざし日差しを遮ったところで、ふとテーブルに人影がいることに気が付いた。

 ラウラだ。

 夕日に銀糸が反射しキラキラと輝き、影の影響か、彼女の表情が妙に大人びて見えた。いつもは見えないそんな彼女に桜木はドキリと胸が跳ねるのを感じた。

 

「ユーヤ!お疲れ様です」

 

「あ、ああ、お疲れ様。帰ってなかったの?」

 

「はい、一緒に帰ろうと思いまして」

 

 そう微笑む彼女につい顔を背けてしまう。先程の姿のせいでついつい意識してしまったのだ。

 

「ユーヤ?」

 

「…なんでもない。ありがとうね、ラウラちゃん。どうせならご飯でも行くかい?久しぶりに」

 

「よろしいんですか?」

 

「うん」

 

「では、ご一緒させていただきますね」

 

 嬉しそうに立ち上がるラウラの髪がふわりと舞う。また髪型が変わっており、今度は大きめに結われた三つ編みだ。

 ラウラは桜木が自身の髪を見ていることに気が付き、得意げな顔になる。

 

「どうですか?ユーヤはこういうのが好みだと聞きましたが」

 

 そういいその場で一回転するラウラ。いったい誰がそんなことを教えたのか…。いや、桜木には何となく察しがついてはいた。

 

「うん、よく似合ってる。可愛いよ…」

 

「ふふ、ありがとう。ユーヤ」

 

 勝手に人の嗜好を喋ったことはいただけないが、結果としてこうして彼女の姿を見ることが出来たのだからそれでいいか、と一人小さく笑う。




 はい、髪型は完全な私の好みですよ!ちょっと見てみたいなあって願望も…。リアルではどうかはわからないですけどね(笑)
 そしてシャルロットもなんか近しい髪型するときありましたね(^_^;)
 まあいいや!

 因みに一ヶ所『サンドイッチ』となっているのは誤字ではありません。

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