サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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後悔の

 その日は茹だるような暑さだった。

 都会の喧騒から切り離された郊外の霊園に桜木は一人来ていた。立っているだけで汗が噴き出してしまうなか、彼は着崩すことなくスーツを着、入口に立つ。その顔はいつなく沈痛な面持ちで、悲壮感が滲み出ているかのようであった。

 重くなる足を引きずるように動かし、霊園をひたすら突き進む。それがどんなに遅くなろうともその歩みを止めることは決してない。

 管理事務所についた桜木は挨拶も早々に手桶とひしゃくと借り再び霊園内部へと入っていった。

 やがて桜木は一つの墓石の前で止まる。その墓石の正面には『桜木家先祖代々之墓』と刻まれており、側面には代々墓に入っているものたちの名も刻まれている。その末には彼の妹である『桜木茜』の名もある。桜木は墓石の前に屈み手を合わせる。

 

「……」

 

 苦悶に顔を歪ませ、祈りを捧げる。数十秒経ち、祈りを止めた桜木は掃除へと取り掛かった。柔らかな布で墓石を隅々まで磨く。区画内のゴミを掃出し、香炉等に残るゴミも撤去する。

 仏花を供え、御供え物の果実と妹の好物であったロールケーキを供える。そして再び祈りを捧げる。その後、無言のまま御供え物を回収し、桜木はその場を立ち去った。

 

「すみません。これ、ありがとうございました」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 手桶とひしゃくを管理所に返し、歩き出す。

 太陽が頭上に昇り、更に暑さが増したころ、ふと桜木は思い出したように足を止めた。

 ---そういえば、茜が死んだ日もこんな暑い日だったな。

 空を見上げ漠然と過去を振り返っていった桜木。だが、やがてそれも止め再び歩を進める。霊園を出、バス停で時刻表を眺める。ちょうどよくもうすぐバスが来るようであった。ベンチに座り、頭を抱えているとポケットにしまった携帯が鳴りだした。名前は載っていない。だが、番号だけで相手が誰なのかわかった。母親だ…。

 

「はい」

 

「……久しぶり」

 

「…ああ、久しぶり。何?墓参りならもう済ませたよ」

 

「そう…、ごめんね?私達行けなくて。ほんとは私たちも行きたかったんだけど」

 

「別に……。海外にいるんじゃ仕方ないよ」

 

「……。ねえ、雄哉?茜ちゃんのことは---」

 

「---ごめん、もう切るよ。バスが来る」

 

「え?ちょっと雄--」

 

 向こうで何かを言っているが、そんなことはお構いなしに通話を切断する。これ以上話を聞いていても、桜木には意味がなかった。続く言葉は決まって「あなたのせいじゃない」なのだから。

 坂を下ってきたバスを見ながら、桜木は重く、深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

「買い物?」

 

 学食で朝食を食べているとき、急にシャルロットがそんなことを持ち出してきた。

 

「そ!だってラウラこの前買った服以外にろくにないでしょ?だから」

 

「なにを言っている、服ならあるだろう。学園の制服や軍で支給された軍服、それにユーヤに貰ったものだってあるぞ!」

 

「ははは……でもそれ外出用じゃないでしょ?」

 

「む…」

 

 確かに、“おしゃれな”外出用なものは依然皆で遊びに行ったときに買わされたものしかないな、と考える。だが、別段ラウラにおしゃれをする予定も考えもなかったため、今まで特に気にすることなく過ごしてきた。

 

「やっぱり色々持っていた方がいいよ?」

 

「しかしだな…」

 

 腕を組み、なお難色を示すラウラを見かね、シャルロットはラウラ用の口説き文句を投入することにする。

 

「そ・れ・に!桜木さんもきっともっと可愛いラウラが見たいんじゃないかな?」

 

 織斑千冬に学園でのラウラの事を任されているシャルロットは、ラウラがごねたときの対処法を教わっていた。それが『桜木雄哉』の名前だ。軍人としてのラウラの人格を育てたのが織斑千冬なら、そこからラウラという少女を形成させたのが桜木雄哉という存在らしい。それ故、自覚しているのか無自覚なのか、ラウラは彼の存在を強く意識している。それがどういった感情から来るものかは本人は気付いていないようであるが。

 

「むう……そう、だろうか?」

 

「そうだよ!」

 

「な、ならば仕方がないな…。行くとしようっ!」

 

 挙動不審になりナイフとフォークで朝食の肉を弄るラウラを見て、ちょろいよ、と心の内でほくそ笑むシャルロット。

 取り敢えず二人は朝食を済ませてしまいその後に出かけることにした。急ぎ食事を取りとってしまい部屋に戻る。もともとある程度の服を着ていたシャルロットはまだしも、軍服を着て食事をしていたラウラは外行の服に変えなければならない。その為、少し時間を空け出かけるころにした二人。そうしたのだが……。

 

「結局制服なんだ…」

 

「なにか問題でもあったか?」

 

 問題しかないのだが、ドヤ顔で言われると何も言い返せなくなる不思議に陥った。苦笑いを浮かべるシャルロットにラウラは首を傾げ自身の姿を確認する。特に変になっている部分などはない。

 

「変な奴だな。いったいどうしたというのだ?」

 

「うんうん、なんでもないよ。ほんと、なんでも……」

 

「ふん。まったく、変な奴だ」

 

「ははは……」

 

 ラウラに呆れられるがもうなんかどうでもよくなってしまったシャルロット。このまま考えても埒が明かない。そう考えとっとと移動してしまうことにする。今日、彼女の認識を変えてしまえばいいのだと、自分に言い聞かせて。

 

 電車で移動した二人は巨大なショッピングモールに降り立った。

 

「じゃあどこに行こうか?」

 

「任せる。生憎と私はよくわからないのでな」

 

「そうだねえ……、あそこにでも行ってみようか」

 

 シャルロットが選んだ店は周りと比べても一際大きく、多くの人が賑わう店であった。外装に負けず内装もこっており、品揃えも豊富だ。

 そんな店においても、彼女ら二人はかなり目立っていた。日本で見ることの珍しい銀髪と金髪、それが一度に揃い、尚且つ二人とも美形となると目立つのも当然の事と言えよう。

 

「ようこそいらっしゃいました。よろしければ新着の御試着なんていかがですか?」

 

 店内を見て回る二人を見つけ、店員が声をかけてきた。

 

「へえ、薄手でインナーが透けて見えるんですね…。ラウラはどう?」

 

「うーん?どうと言われてもな……。いや、そもそも白は今着ている色---」

 

 頭を捻り考えていたラウラが顔を上げたとき、先程まで何も持っていなかったシャルロットと店員が服を数点ずつ持ち寄っていた。

 

「っ!?」

 

「折角だから試着してみようよ、ラウラ」

 

「え?いや、それは面倒--」

 

「“面倒”は、なしだから、ね?」

 

「ぅ、むぅ……」

 

 シャルロットのイイ笑みに言葉がつまり、頬を膨らませそっぽを向く。着ること自体は構わないが、少し恥ずかしく思うところがあり、顔が紅くなるのをラウラは感じた。

 服を持たされ試着室に入れられたラウラは上着をハンガーにかける。途中、壁に貼られたポスターの女性が目に入った。水着姿でその体を惜しげもなく晒す姿、自分の体と比べ思わずため息を吐いてしまう。見た目が重要じゃないとかそういった話を聞いたことがあるし、自身の副官も希少価値がどうこう言っていた気がする。だが、気になるものは気になってしまう。

 

「やはりこういうもの方がいいのだろうか…?」

 

 しかし、現状そのような淡い憧れを抱いたところで何が変わるわけでもない。あるものの、素材の持ち味を生かすことが大事である。バイト先での経験を心に思い浮かべる。料理での話なのだが、そんなことは今のラウラには関係ない。闘志を燃やし、拳を握りしめる。

 

「ラウラ~どう?……って何してるの?」

 

「む、シャルロットか。ちょうどいい」

 

「え?」

 

「私に似合うものはどういうものだと思う?」

 

「ラウラに似合うもの?そうだね~」

 

 店内を見渡し考えるシャルロットを不安げに見る。

 

「色々あるからちょっと決めにくいなぁ。なにがいいとかある?」

 

「えっと…。その、だな……か、可愛いのがいいな」

 

「ふふ、わかった。可愛いのがいいんだね!」

 

「た、頼んだぞ。先程も言ったが、私はこういうのはよくわからないから…」

 

「うん!任せて!!」

 

 シャルロットはやっとその気になった友人に心躍らせ、様々な服を選ぶ。完全に着せ替え人形のようになってしまったラウラだが、文句の一つも言わずしっかり着こなしていく。その過程でラウラはシャルロットに自分の希望も伝えていった。そして、最終的に服だけでなく靴や鞄といったものも含め数点まとめて買うことになったが、二人ともが満足いく事が出来、今回の買い物はなかなか有意義なものとなった。

 

 買い物を終え、一息ついた彼女らは近くにあった店で昼食がてら休憩を取ることにした。窓辺の席に座り、注文を終えたラウラはふっと、周りを見る。自分が働く店と違う広い店内と、窓から見える自然。こんな店もあるのだな、と純粋に感心する。届いた料理を見、一口食べ、内心ほくそ笑む。これなら自分でも作れる。そう感じてしまったのだ。

 

「ねえ、ラウラ」

 

「ん、どうした?」

 

「ラウラってさ、桜木さんのことが好きなんでしょ?」

 

「ああ、好きだぞ」

 

「それって知人として?それとも、異性として?」

 

「え…?」

 

 シャルロットの問いにラウラの中の何かがざわめいた。そんなことを考えたことなど今までなかった。

 ラウラは桜木に合い、触れ合っていく中で自然と彼の傍いることが心地良くなっていった。それは織斑といるときや、隊の部下たち、友人たちといるときとはどこか違うもののように彼女は感じる。思考の海に沈んでいくラウラ。やがて、深い海の底に一筋の光が見えそうになったとき、彼女の邪魔をする者が現れた。

 

「ねえ、あなたたち。バイトしない?」

 

「え?」

 

 突如見知らぬスーツ姿の女性に勧誘され、思わずすっとんきょな声が漏れる。

 

 どうやら、話を聞いてみるとこの女性は近くのカフェの店長でたまたま彼女らを見つけ声をかけてしまった、ということだった。だが、ラウラは現在既に桜木の喫茶店で働かせて貰っているため、他の店で一日だけとはいえアルバイトをするというのはどうにも了承出来なかった。しかし、一方のシャルロットは意外にも乗り気で、ラウラがもの言う前に了承され、あれよあれよと言う間に彼女のカフェへと連れて行かれてしまった。

 着いて早々渡されたのはメイド服。ラウラはそれをまじまじと見る。『D.C.』で着るウエイトレスのものとだいぶ違い、色々とヒラヒラしており、なんとも不思議な気持ちになる。

 

「はあ…。まあ来てしまったのなら仕方がないか」

 

「ははは、ごめんね。でもこういうのやってみたかったんだ」

 

 そういうシャルロットだが、少し表情に影がある。恐らく、見事着こなしてしまっている燕尾服に原因があるのだろうが、ラウラは敢えて突っ込むことはしなかった。

 

「お、やっぱ似合うね!どうやるかわかる?」

 

「問題ない」

 

「僕もたぶん大丈夫です」

 

 ラウラにとってやることはさして変わらない。メニューが少し変わる程度であれば問題と言えるものもなく、愛想に関しても今日一日だけならば特にする必要すらないのだ。

 客に呼ばれれば直ちに向かい、仕事をし、厨房から料理を受け取ればそのまま客のもとへ運ぶ。何も変わりはしない仕事内容。だが、ラウラはその行動にどこか違和感を感じる。何か足りない、満たされない。そんな感覚がラウラを襲う。

 その不可解な感覚に頭を悩ましていると、乱暴に扉が開き、銃声が店内に響き渡った。---強盗だ。覆面で顔を隠し、武装した数人の男たち。お金がはみ出した鞄を持っていることから銀行でも襲ってきたのだろうとラウラは考える。面倒だが、どうやって無効化するか考えていると、相手の方から声をかけてきた。

 

「おい!そこのお前、喉が渇いた。メニューを持ってこいっ!!」

 

 相手の浅はかな行動に思わず鼻で笑う。ラウラの姿を見ての判断だろうが、軍人相手に実に愚かなことを男たちはしてしまったのだ。ラウラは偶々用意していた氷入りのコップを乗せたお盆を差し出す。

 

「なんだ?これは」

 

「水だ」

 

「あん?」

 

「黙れ、飲め。---飲めるものならなっ!!」

 

 お盆を投げあげ、氷を空中に飛散させる。そして、虚を突かれ怯んだ男たちへ氷を弾き飛ばす。飛ばされた氷は的確に急所を穿ち、動揺した相手を近接戦闘にて無力化する。

 

「ふざけやがってこのガキ!!」

 

 逆上した一人が発砲してくるが、所詮はずぶの素人。ラウラにとって全く狙いの定まらない攻撃など何の脅威ではなく、冷静に全てを交わしていく。そして、完全にラウラに意識が向いたところを、シャルロットが一瞬で男に近付きハイキックをぶちかまし沈黙させる。

 

「目標の沈黙確認。そっちは?」

 

「ふん、問題ない」

 

 敵の制圧を完了し、返事をする。だが、辛うじて意識を保つ者がいた。

 

「この糞が!なめやがってっ!!」

 

 無茶苦茶に打ち出される弾丸。ラウラとシャルロットはそれらを掻い潜り避けていく。男の正面にシャルロットが移動し、その隙にラウラが背後を取る。

 

「ラウラ!」

 

 男が状況確認に見せた一瞬の隙に、シャルロットは床に転がる拳銃を男を越すように蹴り上げる。それを示し合わせたかのようにラウラが掴み取り、振り返った男の眉間に突き付けた。

 

「遅い、死ね」

 

 突きつける行動と言葉。たったそれだけで怯んだ男にラウラは容赦無くグリップの底を叩きつけ昏倒させる。

 

「全制圧完了!他愛もない」

 

 侵入してきた男たちは漏れなく地に伏した。その事実に今まで隠れていた者たちが沸き立った。口々に彼女らを称賛し、喝采した。

 

「ラウラ、僕たちが代表候補生だって公になると面倒だからこのへんで」

 

「そうだな、失敬するとしよう」

 

 眼下で待機するパトカーを見て、これ以上の長居は無用と判断する二人。

 だが、前線から離れていたことか、周囲が騒がしいことか、それとも完全に男たちを打倒したと油断していたからか…。彼女らは男たちの一人が意識を取り戻したことに気付けなかった。

 

「危ないっ!!」

 

 声と共に二発の銃声が木霊する。

 すぐさま振り返った二人は目を見開いた。銃をこちらに向けた状況で再び気絶した男と、男と自分たちの間で崩れ落ちる一人の男性。歓声が悲鳴に変わり、店内が混沌に落ちる。

 

「くそっ!おい、しっかりしろ!!」

 

 軍人として有るまじき失態に舌打ちをし、急ぎ怪我人に駆け寄るラウラ。蹲る男性を抱きかかえ、顔を確認し、ラウラは言葉を失くした。

 

「うそっ…!」

 

 後ろでシャルロットが悲鳴混じりに声を発するが、今のラウラの耳には届かなかった。

 

「…ユー、ヤ……?」

 

 青白い顔で自分の腕の中で呻く桜木の姿に頭の処理が追いつかず、思考が真っ白に塗りつぶされる。

 彼の無事を確かめようと抱え直した時、抱えた腕にぬるりとした生暖かいものが付いた。ラウラは恐る恐るそれを確認し、息を飲む。

 

 ---彼女の腕には、真っ赤に染まった華が咲いていた。




 なんだかんだで初めて原作側の話をまともに出した気がする。まあ、セリフ回しとかはだいぶ違うし、弄ってますけど(笑)
 そして恐らくこの作品で最後のシリアスが開始。こ、ここが重要だから勘弁を(震え)



 そういえば、「サンドイッチ」と「サンドウィッチ」の話がありましたが、違いも正解不正解もありませんのでぶっちゃけどっちでも問題ないでも!ちょっとおしゃれっぽいかそうじゃないか程度でいいんじゃないでしょうか。

 他にも色々と感想、メールを下さった方々、ありがとうございます!

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