真っ白な部屋に蝉の声が木霊する。開け放たれた窓から風が入り、カーテンを揺らし、窓辺に飾られた花から微かに香りが零れる。部屋にはベットが一台あるだけで、他の患者を入れるスペースはない。そんな部屋のなかで、ラウラはベットの横の椅子に座り、目の前で静かに眠る桜木の手を握りしめていた。
桜木が凶弾に倒れてから二日が経ったが、未だ彼が目を覚ます兆しが無い。数時間の手術の末、一命は取り留めた。幸いなことに銃弾は主要な臓器や血管を避けるように貫通していたため、なんとか生き残ったようなものであった。
ラウラは黙したままそっと桜木の髪をかき分ける。白かった肌は色を取り戻し、現在桜木が生きていることを確認させてくれた。何度かそうして桜木を撫でていると、戸を叩く音が聞こえてきた。
「様子はどうだ?」
「……教官」
「酷い様だな…」
部屋に入ってきた織斑はラウラの顔を見るなり、眉を顰め呟いた。目元を腫らし頬はこけ、髪には艶が無くなり酷くやつれた姿。紅い瞳はくすみ、見る影を失くしていた。取り繕ったように作られた無表情は、残酷なほど今の彼女をよく表していた。
「まだ目を覚まさないんだな」
「……はい」
ラウラの傍らに立ち、織斑は桜木の様子を窺う。だが、織斑が来たことすら今の彼にはわかることのないことだ。
「…お前たちが今回の事件にかかわったことは公にはされない」
「そうですか」
自分の事なのにまるで他人事のように感じるラウラ。敬愛する織斑に顔を向けることすらしない。その様子に織斑は深くため息を吐く。
---重症だな。
織斑はすっかり憔悴しきったラウラに頭を抱える。
「教官…」
「なんだ?」
「何故ユーヤはあのような行動と取ったのでしょうか…?何故私たちを庇ったりなんかしたのでしょうか……?いえ、そもそも何故あのようなところに……。何故---、ユー、ヤ……」
「……」
ラウラは悲痛な声を漏らし、張り付けた無表情に綻びが生じる。桜木を握る手に力が入る。
「…あの店はこいつの妹が好きな店だったんだ」
「妹…?そんな話聞いたことがありませんが…」
「……ラウラ、こいつの前でISの話がされないのは何故だと思う?何故そこまでみんなが気を使っているか、お前にわかるか?」
「……いえ、わかりません」
「……こいつの妹が死んだからだ。いや、正確に言えば殺されたから、か」
「え?」
ここにきて初めてラウラは織斑の方を向く。微かに見開かれた目には困惑の色が浮かぶ。
「どういう、ことですか?」
織斑は話すか迷うように頭を掻きながら、窓辺に移る。窓から外を眺め、ゆっくり振り返る。未だラウラの視線は織斑に向いていた。
「本当は私から語るべきではないんだろうが…」
織斑は何度目かのため息を吐き、壁に背を預ける。そして普段見せることなどない儚い視線を桜木に送る。
「こいつの妹は“桜木茜”といってな、明るく元気に満ち溢れた子だったよ。いつもこいつの後ろをついて回って、私達にもよく懐いてくれたんだ。もし、生きていればお前たちの先輩になっていたかもしれないな。……彼女が死んだのは確か五年前。私も詳しくは聞かされていないが夏が過ぎたというのに妙に暑い日だったのは覚えている。その日偶々、彼女が立ち寄った店が反IS団体に襲撃されたんだ。半日にも及ぶ立てこもりの末、警官隊と銃撃戦になりその流れ弾に、な。犯人たちはそのまま射殺され、茜も当たり所が悪く…。即死だったそうだ」
「そんなことが…」
「ああ……。それ以来だ。直接的な原因じゃないにしろ、妹の命を奪う事になったISを嫌うようになったのは。今はだいぶ落ち着いてはいるが、初めのうちは酷いものだった。ISから極端に距離を取り、情報端末すら遠ざけていた。何日も家に籠り、外界から遮断された生活を送り、自分を呪っていた。私たちが何を言っても反応せずにな。だがある日、急に家を飛び出したこいつは大学を休学し、世界を回る旅に出たんだ。ドイツで会った時もその途中だったんだよ。私もあの時は色々と驚いた。消息が途絶えていたこいつから連絡が来たことも、日本にいたときは幽鬼のようであったが、いつの間にかある程度元に戻っていたこともな……」
一旦話をきり、織斑は桜木に近付く。そして体を屈め、桜木を愛しむように優しく撫でた。
「……ユーヤは…、私たちがISの関係者ということは知っているのですか?」
「ああ、お前を託すときに教えた。こいつはちゃんと了承したうえでお前を預かることを決めたんだ。『そろそろケジメを着けなくちゃいけないから』とか言ってな。それに、何となくだが、初めからわかっていたのかもしれないな…。だがまあ、割り切ることは出来なかったみたいだがな…」
桜木を撫でていた手を止め、体を起こしラウラを見下ろす。ラウラは俯いており、織斑と視線が合う事はなかったが、それでも彼女は目を逸らすことはしない。
「こいつが何故お前たちを庇った理由は知らん。妹を救えなかった罪滅ぼしか、情が湧いたからか、本人でもない私が分かるはずもない。こいつが目を覚ました時に直接聞け」
「……はい」
「私はこれで失礼する。まだ事後処理でやらなければならないことが残っているからな」
「すみません、教官」
「そう思うのなら精々こいつの面倒を見ておけ」
ラウラの返事を待つことなく、織斑は出口へ歩き出す。ドアノブに手をかけ、扉を開け放ったところで足が止まる。
「……もしかしたら、お前だったからかもしれないな」
何を思っての言葉か、ラウラが振り返った時には既に織斑の姿はなく、扉がゆっくり閉まるところであった。
目標を失った視線は宙を彷徨い、結局また桜木のもとに戻る。彼は変わらず死んだように眠っていた。
ラウラは椅子からベットの淵へ座る位置を変え、よく彼が見えるように体を乗りだす。
「なあ、ユーヤ。私はわかったことがあるんだ…」
桜木の頬を触り、確かな体温を確かめ彼の生を感じる。
「私には貴方が必要なんだ。貴方が傍にいないと私は満たされない…。貴方がいないとダメなんだ……。だから、だから……っ!」
貼り付けた表情がついに崩れ、涙が溢れ出る。顔をくしゃくしゃにし、桜木の胸に崩れ落ちた。怪我人にこんなことをしてはいけないことは勿論理解している。だが、頭で理解しているからと言って身体が言うことを聞かない。心に開いた穴を埋めるように桜木に縋り付く。
病室に彼女のすすり泣く声が反響する。
どれくらいそうしていたのだろうか。体を起こし、辺りを見渡す。日の光の差し込み方がだいぶ傾いてしまっていた。どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。寝むた目を擦り、頬を伝った涙の跡を拭う。
微かな期待を込めてラウラは桜木を見るが、その様子に変わったところはなかった。思わず目を伏せため息を吐いてしまう。だが気を取り直し、顔を寄せ、上から覗き見る。
「すまない、もう私は帰ろう……。明日こそは貴方の声が聞きたいな」
前髪をかき分け、桜木の額に唇を落とす。唇は僅か二秒程で離れ、ラウラは儚く今にも壊れそうな顔で桜木に微笑みかける。
「色々伝えたいことがあるんだ、あまり待たせないで欲しい……。知ってると思うが、私は気が短んだ」
ゆっくりベットから降り、桜木にかかる毛布を整え、窓を閉める。直ぐにクーラーの風が部屋を回りだした。ラウラは忘れたことが無いか部屋を見渡し確認する。すべてを確認し終わったのに、彼女は扉に手をかけようとし---
「ぅ、あ…」
自分以外の声に反応しすぐさま桜木に駆け寄る。桜木は意識は戻っていないが、その表情は苦悶に歪んでいた。もしかしたら傷が痛むのかもしれない。そう感じたラウラはそっと桜木の手を取る。
「大丈夫、大丈夫だ」
聞こえるかわからないが、ラウラは優しく桜木に語りかける。それが助けになると信じ。
---今日は少し遅くなりそうだ。
あとでシャルロットにメールをすなければと考えつつ、今日もラウラは桜木に寄り添うのであった。
はい、こんなセリフが多いの初めてだな。まだ少し続くよシリアス…。
そういえば、原作ではラウラとシャルロットの買い物は夏休みの終盤ですが、ここでは序盤(?)です。まあ、色々と違うのは勘弁を。
てか、原作設定結構ガバガバだからそこらへん合せるのくっそ大変だ(笑)あまり深く考えると深みに嵌るんで、そうなんだ程度に思っといてください。