サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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気持ちの

「本当ですか!?」

 

「ああ、今日の朝に意識を取り戻したそうだ」

 

「そう、ですか…」

 

 職員室に呼び出されたラウラは織斑より桜木が目を覚ましたことを聞かされた。あの事件から十日。漸く彼が目を覚ましたのだ。精神的にも肉体的にもかなり消耗していたラウラはその吉報を聞き、思わずその場にへたり込んでしまった。そして静かに涙を流す。

 

「よかった…本当に、よかった……っ!」

 

「取り敢えず今日は精密検査やらなんやらで面会は出来ないそうだ」

 

「…っ…」

 

「ほら、泣くな。あまりに泣いて目元を腫らしたら明日どういう顔で会うんだ?」

 

「わかっ…て、おります…っ…」

 

 口ではそう言いつつも、感情が、体を思うように制御できないラウラは流れる涙を止めることが出来ない。そんなラウラを見た織斑は優しいため息を吐き、近くにあった自身のタオルを彼女に貸し与えた。

 

「これで涙を拭え。今日はもう部屋に戻って気持ちの整理を着けて明日に備えろ」

 

「あし、た…?」

 

「行くんだろ?見舞いに」

 

「っはい…!」

 

 織斑の問いかけに涙声でありながら力強く答えたラウラは、震える手足に力を込め立ち上がる。織斑はその姿に満足気に頷きデスクへ体を向ける。もうこれ以上言う事はないという意思表示であり、ラウラもそれを理解し、深々と一礼しその場を後にした。その際、織斑の肩が微かに震えているように見えたが、決して触れることはない。織斑がどういう気持ちだったか、ラウラもわかっているから。

 

 

 

 桜木は誰もいない病室で一人、外を眺める。痛む体を起こしながら景色を見、ただ生を実感していた。意識が途絶える前、体を襲った衝撃と熱、そして喪失感。それを考えるたび、腹部の傷が脈打ち痛む気がした。医者の話だとこうして生きて、動いていられるのは奇跡に近いらしい。だが、桜木にはそんな事態だったということがまるでわからなかった。あの時は考えなんてなかった。ただ、また大切なものが無くなるのが怖く、無意識で行ったものであった。

 

「彼女は…ラウラちゃんは大丈夫だろうか…」

 

 最後に見た彼女の今にも泣き出しそうな顔が瞼の裏に浮かぶ。怪我した様子は無かったが、心配であった。

 憂いに染まった瞳で外を眺めていると、病室の扉が静かに開いた。目を向けるとラウラと花束を持った織斑が立っていた。彼女たちはまさか桜木が起き上がっているとは思いもよらなかったようでひどく驚いた様子であった。その様子が何となくおかしくて、桜木に笑みが零れる。

 

「やあ」

 

「やあ、ではない!何をしているんだ貴方はっ!!」

 

 桜木としては何気ない挨拶をしたつもりであったが、ラウラは違った。血相を変え桜木に駆け寄っていく。いつも心がけている敬語を出す余裕すらない。桜木に駆け寄ったラウラはその体を支えゆっくりとベットに寝かせる。そして慣れた手つきでシーツを整え窓開け部屋の換気をする。その手際の良さに桜木は申し訳なく感じた。

 

「体はいいのか?」

 

「ああ。医者の話だと二週間ほどで退院できるそうだ」

 

 ベットの横の椅子に腰かけた織斑の問いかけに答えるが、彼女は眉間に皺を寄せる。彼女が欲している答えではないのだ。

 

「体に問題はないのか?と聞いたんだ」

 

「……少し足がな。上手く動かないんだ」

 

 微かに、横に立つラウラが震えた。

 

「どっちの足だ?」

 

「左だ」

 

「そうか…。それ以外は?」

 

「大丈夫だ。銃で撃たれた傷は残るそうだが、それはさして問題ないことだ。足も生きる上では問題ないしな」

 

 誰かに言い聞かせるような優しい声色で語る。織斑はその様子を見た後徐に立ち上がった。

 

「私は花を換えてくる。ラウラ、その間こいつの面倒を頼んだぞ」

 

「あ、はい…」

 

 にやりと笑う織斑は置いてあった花瓶と持って来た花束を持って部屋を出て行った。

 ラウラと桜木、残された二人の間に沈黙が流れる。

 

「ラウラちゃんは怪我をしていないかい?」

 

「はい…」

 

「そっか、よかったよ」

 

 ラウラに怪我が無いとわかると安堵の表情を浮かべる。だが、ラウラはその表情を見るなり顔をみるみるうちに歪めていった。

 

「ユーヤ、私は本当に心配しました」

 

「ああ…」

 

「本当に、本当に心配しましたっ!」

 

「ごめん…」

 

「ユーヤッ」

 

 耐えられなくなったラウラはユーヤに抱き着くように崩れる。その衝撃で痛む傷に呻きを上げそうになるが、目の前の彼女の泣き顔にそれを押し殺した。

 

「私は、私はとても怖かったんだ…。あのまま、ユーヤが目を覚まさないんじゃないかってっ!…怖かったんだ……!よかった、貴方が、ユーヤが目を覚ましてくれてっ!」

 

 涙を押し殺し小さく叫ぶ彼女をユーヤは抱きしめ、優しくその頭を撫でる。今まで気が付かなかったが、少しラウラはやつれていた。白い肌も、艶やかだった銀髪も、荒れており彼女がどんな生活をしていた何となく想像が出来、そんなことをさせてしまったことに酷く胸が痛んだ。

 

「ごめんね、心配かけた」

 

「…っ」

 

「こんなになるまで心配してくれてありがとう…」

 

「…」

 

「ラウラ、無事でいてくれてありがとう」

 

「ユー、ヤ…貴方は……」

 

 抱き着いていた身体を起こし、ラウラは桜木を見つめる。二人の視線が絡み合い、一瞬呼吸を忘れる。

 

「む、タイミングが悪かったな」

 

 突然響いた第三者の声に今度は心臓が止まりそうになる二人。そしてラウラは素早くユーヤの上から退き、窓際に逃げ身真っ赤に染まった顔を隠すように俯いた。対する桜木は目に見えて動じる素振りはないものの、微かに頬を染めている。そんな二人を見た織斑は悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「くくく。すまないな、邪魔したか?」

 

「いや、大丈夫だよ。花、ありがとう」

 

「なに、気にするな」

 

「はは、そっか」

 

 持っていた花瓶を棚に置き、再び椅子に腰かける。先程まで浮かべていた笑みを消し真剣な表情を浮かべる。どうやら仕事モードに入ったようだ。

 

「取り敢えずだが、お前を撃った犯人について言っておこう。彼らは近くの銀行を襲った強盗犯人だ。それが逃走途中にあの店に逃げ込み立てこもりに至った。その後はお前も知っているだろうが、その場に居合わせたラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアの両名によって制圧された。が、しかし、最後の抵抗で拳銃が発砲されそれにより民間人一名、つまりはお前が負傷した。ここまではいいか?」

 

「ああ」

 

「使われた弾はホローポイント弾。日本ではまず使われることのない殺傷能力の高い強力な弾だ。それをどてっぱらに受けてこうして生きているんだ。お前は誇っていいぞ」

 

「あまり嬉しくない褒め方だな」

 

「当然だ。褒めてはいないからな。それと、この事件の詳細は公に公開されていない。つまりお前も今は秘匿扱いとなっている。故に退院までの間は肩身の狭い思いをしてもらうことになるが、そこは了承してくれ」

 

「まあそれはしょうがないか……。OK、わかったよ」

 

「助かる」

 

 織斑はちらりと腕時計を見る。そして時間を確認した彼女は立ち上がる。

 

「用事でもあるのか?」

 

「ああ、悪いが私はこれで帰らせてもらう。ラウラは置いていくから安心しろ」

 

 何を安心すればいいのかわからないが、ニヤリと笑う織斑を止める間もなく彼女は部屋を出て行ってしまった。去り際に「頑張れよ」と言っていたが桜木には何のことかわからない。

 先程と同じ状況だが、妙な気恥ずかしさが残り、状況は前より悪いとも言えた。ラウラもラウラで俯いたまま喋らない。何とも言えない気まずい空間にどうするか悩んでいると、ラウラが動きを見せた。

 俯いたままであるがゆっくりとした歩調で近づいてくる。

 

「ユーヤ」

 

「どうした?」

 

「私は今回のことで気が付いたことがある……。今までこんなことはなかったし、私自信全くわからなかった……。だが、はっきりわかった。わかってしまったんだ」

 

 ベットの淵に腰掛けるラウラ。垂れた前髪によって顔を窺うことが出来ない。

 

「ラウラちゃん?」

 

「ユーヤ。私にとって貴方は無くてはならない存在なんだ。代えなどいない大切な存在……」

 

「ラウ、―――」

 

 銀のヴェールが視界を覆い、言葉が途絶える。目の前にラウラの顔があり、唇を重ねられたことに遅れて気が付く。数十秒か、あるいは数秒に満たない時間か、思考が遅れる桜木に正確な時間などわかりようがない。

 やがて口付けが離れ、彼女の全体が見えるようになる。

 潤んだ赤い瞳から目が離せない。

 

「私は…ユーヤ、貴方が好きです」




 うむ……原作の一夏への告白と全然違うな。
 まあ、成長の仕方が違うという事でお願いします(笑)

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