清々しく澄んだ青空が広がる。雲が浮かび、その合間に飛行機が帯を引き飛んでいく。周囲には木々が生い茂り、都会の喧騒と言うものをすべて切り離した世界である。
そんな世界で、桜木は空を眺め佇んでいた。
あの事件からおよそ一ヶ月。夏も終わりに差し掛かり、秋の訪れが間近に迫ってきている。
「……」
順調な回復をみせた桜木は退院をし、療養と言う名目で都会から遠く離れた田舎へ舞い戻ってきたのだ。目を閉じ、一度大きく深呼吸をする。肺を新鮮な空気で満たすと、帰ってきてしまったのだと実感する。それと同時に、ズキンと痛んだ胸に顔を僅かにしかめた。それは怪我の後遺症か、はたまた――
「ユーヤ?」
閉じた瞼を開け、声へと顔を向ける。心配そうな表情でこちらを見上げる少女。降り注ぐ光に輝く銀髪が眩しく、思わず目を細めてしまう。その様子に心配したらしく、少女が手をそっと握ってきた。どうやら余計な心配をさせてしまったようだ。
「大丈夫だよ、ラウラ」
そう優しく笑いかけ、握られた手を握り返す。それだけで彼女の白い肌に朱がさし、華のような笑みを浮かべる。本来なら彼女はこのような辺地にいるはずがないのだが、桜木が心配だと言うことで学園に申請をし、こうしてついてきているのだ。
「こ、ここは綺麗なとこですね」
手を握っていたことが急に恥ずかしくなったラウラは桜木から離れ、前に躍り出る。振り替える彼女に合わせ、ふわりと純白のワンピースと束ねていた銀糸が舞う。
「……ああ」
あの日、ラウラからの受けた告白……。その答えをまだ桜木は出せていない。
「ここがユーヤの家ですか?」
「ああ」
「オモムキがありますね!」
慣れない日本語を使いご満悦なラウラを尻目に桜木は黙して目の前の民家を見る。数年前に飛び出し、それから一度も戻っていない。しかし、その姿は彼の記憶するものと変わることなく、古ぼけた玄関戸と掛けられた表札が彼らの訪れを受け入れるようにあった。だが、本来なら桜木はここに帰ってくることなどなかった。ここは、時間の止まったままのだ……。
「たしか、ブケヤシキと言うものでしたか?」
「よく知ってるね」
「ふふふ、これでも勉強しておりますので」
得意気に胸をはる彼女の姿に少し重くなっていた心が軽くなる。彼女が同行を申し出たときは一時はどうなるかと思ったが、一緒に来て良かったかもしれないと思う。
「む?どうしたんですか?入らないのですか?」
ぼーっと戸を眺めて動かない桜木を不思議に思い、声をかけるラウラ。
「いや、なんでもない。そうだね、入ろっか……」
鍵の掛かっていない戸を開け、中に入る。古びた家特有の匂いが鼻孔を擽り、未だ現役に活躍する白熱電球の柔らかな光に照らされる。
「消し忘れか……」
相変わらずの両親の雑さ加減に呆れる。
桜木に続きラウラがおずおずといった様子で入ってきた。あたりをキョロキョロと見る様子はまるで小動物のようである。
「誰もいないのですか?」
「いや、連絡は入れてるからいるはずだよ。ただいまっ!!」
戸を開けたにも関わらず出てこない両親に向け、帰ってきたことを大声で告げる。隣に来ていたラウラの肩が震え恨めしそうに睨らまれるが、その効果はあったようでドタドタと足音が奥から響いてきた。
そして初老の女性が現れた。
「まあ、おかえり。疲れたでしょ?」
「ああ……ただいま」
「そんなところにいつまでもいないで入っていらっしゃい……。って、あら?そちらのお嬢さんは?」
キョトンとした様子で二人のやりとりを見ていたラウラは慌てた様子で姿勢を正す。
「ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒです!よろしくお願いしますお母様!!」
色々とツッコミたい桜木だが、それより早く母が反応を示す。
「あらあらまあまあ!急に帰ってきたと思ったらこんな可愛い彼女さんを連れてきちゃって!」
「そ、そんな彼女だなんて……!私とユーヤはそんな!!」
「母さん……」
おばちゃんオーラ全開になる母に顔を赤らめおたおたするラウラと呆れた様子の桜木。だが、それも突然涙を流し始めた母の姿に終わる。
「あの子がいなくなって、貴方までこの家を出ていって…まさかこんな日が来るなんて……」
「母さん…」
「しかもどこで引っ掻けてきたのかこんな可愛い外人さん…」
「母さん?」
「ちょっと年下過ぎじゃないかな?とか思っちゃうけど母さん気にしない!」
「母さん!?」
「はやく孫の顔が見たいわ!!」
「やめろぉお!!」
さっきの一瞬の涙はなんだったのか、再びおばちゃんオーラ全開の母。しまいにはオホホホなどと笑う始末に思わず全力でツッコム桜木とあまりの展開についていけてないが顔から蒸気が出そうになるラウラ。この状況は痺れをきらした父が来るまで続くのであった。
「ごめんなさいね、こんな部屋しかなくて」
「いえ、お構い無く」
父と話があると先に居間に行った桜木と別れ、ラウラは母と一緒に小さな客間へと来ていた。家具らしいものは何もなく、少しもの寂しいものであったが、普段の自分部屋とそう変わらないためあまり気にならない。
「この部屋は好きに使っていいわ」
「すみません、急に来てしまって」
「いいのよぉそんな!むしろ感謝してるんだから!きっとラウラちゃんが一緒じゃなくちゃあの子この家に帰ってこなかったもの……」
「お母様…」
「あの子のこと、離さないであげてね?急にいなくなっちゃうことがあるから…。私たちは一度あの子を離しちゃったから……」
「……」
母の言葉にあの事件が脳裏に浮かぶ。失うかもしれないと言う恐怖と、自覚した自分の気持ち。ラウラはその二つに固く拳を握る。
「大丈夫です…」
「ラウラちゃん?」
「たとえ“離せ”と言われても絶対離しませんから!」
決意や宣言とも聞こえる言葉と共に浮かぶ笑顔はそれはそれは魅力的で、思わず母はみいってしまう。そして優しく微笑み、ラウラの頭を撫でる。はじめて受けるものだったが、それは慈愛に満ち、どこか桜木のそれと似ていた。
「そうね、ラウラちゃんならきっと大丈夫よ」
「……」
「でもそうね、あの子ってなんだかんだで奥手だからアドバイスをあげるわ」
「アドバイス、ですか?」
自分の思いを込め、ファーストキスまで捧げたあの告白から半月以上が経つ。表情や雰囲気には出していないが、返事が保留のままで実は少し落ち込んでいたラウラ。どんなことがあるのか、期待に目が輝く。
「そうね、まずはあの子の部屋はこの部屋を出て左に二つ行ったところにあるわ。私たちの寝室から離れてるから安心してね!」
「お母様!?」
「ふふふ。冗談よ。でも離れていることはほんとだから」
「はあ…」
「こっちがホントのアドバイス。実はね、明日から夏祭りがあるの」
「夏祭り、ですか?」
「そう。きっといい思いでになるわ。色々貸してあげるから二人で行ってきたら?少しは泊まっていくのでしょ?」
「それはそうですが……」
確かに夏祭りと言うものには興味があるし、桜木と行ってみたいと言うのが本音だ。だがしかし、桜木の護衛のような名目で来た手前、自分の我が儘を言っていいのか不安になる。そんなラウラの心情を知ってか知らずか、母は勢いよく立ち上がる。
「そうと決まったらこうしちゃいられないわね!仕舞っている着物を出さないと!いえ、他にも色々あるわね!!ああ、楽しみだわ!!」
「あ、ちょっ!お母様!?」
思い立った母は何者にも止められない。「雄哉のことは任せておいて!!」と言い残しそのまま部屋を出ていってしまった。
残されたラウラは暫く呆然としていたが、ほっと一息付き用意されていた座布団の上に座り直した。あまり似ていない桜木と母に思わず苦笑いがこぼれ、そこではたと寂しさが溢れてきた。彼女に“母”などいない。今までそれをどうと感じたことなどないが、何故だか寂しい。
ラウラは無償に人肌が恋しくなり、ここにはいない桜木の温もりを無意識でその手で探すのであった。
皆、待たせたな!
いや、マジですんません…。やっとパソコンが戻って投稿できる環境になったんで取り敢えず一発出しときます。
久々すぎてなんか違うかもしれませんが、そのときはまたご指摘ください(他力本願)
ていうか、実は自分でも本来投稿する予定の話を忘れたんで、思うがままに書いていたんで、もう何が何だか……。
ま、まあ、軽くは今までの話を覚えてるから流れはいいはず…。