サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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転入前の

「カルボナーラおまたせしましたー。ごゆっくりどうぞー」

 

 時刻は昼過ぎ。ちょうどお昼時ということで、店内は満員、そのほとんどはOLであった。立地に難のあるこの喫茶店だが集客は上々、なかなかうまくまわっている。

 だが、そんな忙しい時に桜木は店内の様子を気にすることなく、ただじっと皿に残されたパセリを見ていた。その顔は真剣なもので、まわりもどうしたものかと困惑気味である。

 

「てんちょ!何やってるんですか!?」

 

 流石にこのままでいられると店が回らいため麻美が声をかける。

 

「んー?あー、いやね。パセリっていつも残るじゃん?確かに美味しくはないけど、どうしたもんかね、って」

 

「そんなこと今考えなくていいじゃないですかー!!」

 

「そんなこと、ってねぇ。作るこっちはこれは大きい問題だよ?ねぇラウラちゃん」

 

「わ、私か!?」

 

 予想していなかった問いに取り乱す。正直ラウラは切る専門に近いため、気にすることもなかった事柄だ。

 

「そ、そうですね……。私としてはあまり考える事案ではなかった、としか言えないです」

 

 努めて冷静に返す。

 

「ほら!やっぱりどうでもいいじゃないですかー!?」

 

「おいおい、だからどうでもよくないって。これだって仕入に金がかかってるんだよ。それにパセリは色合いだけじゃなくて栄養を考えて入れてるんだからね」

 

「な、なるほど!確かにバランスの悪い食事は運動機能を低下させますからね!!」

 

「ん?いや、さすがに一回の食事でそんなことはおこらんだろ」

 

 どうも噛み合わないラウラと桜木。

 

「ええ加減仕事せんかいっ!!!!」

 

 厨房に第三者の声が響きわたり、一様に肩をはねさせた。三人が問答する間フロアを回していた敬二が手を回しきれなくなり、ついにキレたのだ。

 

「す、すみませーん!すぐ戻ります」

 

 麻美は追撃が来ないうちにそうそうに立ち去る。

 

「おお、怒られた」

 

「ぐぬぬ、なぜ私まで……」

 

「なぜ、ってラウラちゃんもノリノリだったじゃん」

 

「な!?そんなことはないぞ!」

 

 顔を赤らめ否定するその姿に説得力はなかった。桜木はくつくつと笑い、ラウラの頭をポンポンと軽く撫でる。それによりラウラはさらに赤らめることになる。

 

「こ、子供扱いするな!」

 

「はいはい。さ、また怒られないうちにはじめますか」

 

「だ、誰のせいだと思ってるんだ……」

 

ラウラは乱れた頭巾をはずし、長い銀髪を結いなおす。普段はおろしてストレートに流しているが、この喫茶店で働く際は結うように言われているのだ。今までそんなことをしたことがないためいつも少々手間取ってしまう。

 

「手伝うかい?」

 

 背後からかかる声に「結構です」と素っ気無く返した。髪をまとめ頭巾を付け直したラウラは手を洗い包丁をまた手に取る。慣れた手つきで一度包丁をくるりと回す。その行動に意味などないがついついやってしまうのだ。空いている手で玉ねぎをおさえきざんでいく。

 

「それ終わったらキャベツお願い」

 

 鍋を火をかけながら桜木が言う。

 

「いくつですか?」

 

「そうだねー。取り敢えず二玉お願い」

 

 「了解です」と事務的に返し、ラウラは冷蔵庫からキャベツを探す。

 こちらに背を向け冷蔵庫を漁るラウラの姿に、桜木はふとあることを思い出した。彼女の保護者から聞いたことだ。

 

「そういえばさ、ラウラちゃん」

 

「はい?」

 

「学校はどう?不安とかある?」

 

 ゆらゆらと揺れていた銀の髪がとまる。

 

「どこでそれを?」

 

「織斑にね、聞いたんだ」

 

「教官が……」

 

「心配してたよ。言葉では言わないけど」

 

「そうですか……」

 

 言葉にはせず、しかし、結われた髪が小さく揺れる。その様子を見て桜木はまたくつくつと笑う。似たものどうしだな、そう感じさせる。

 

「で、実際どう?」

 

「Kein problem.問題ありません。教官のお手を煩わせるようなことはしない」

 

 力強く返すラウラに桜木は肩を竦める。

 

「そういう意味じゃないんだよね。不安とかあるか?ってこと」

 

「不安?この私が平和ボケをしているような奴らに遅れは取りません」

 

「んん?君は何しに行くんだい。そうではなくてだね、友達とかあるだろ」

 

「友など不要。そんなもの力の持たぬものの烏合の衆、弱くなるだけです」

 

 冷たく言い切るラウラ。

 桜木はこういうことか、と思う。ラウラの保護者が懸念した通り、彼女はなかなかおかしな考えに染まっているようだ。悪く言うならコミュ症とでも言うのか。本音か建前かその顔が見えないので判断はつかないが、なかなかどうして、大変である。実のところ、彼女がここにいるのも、こんな感じのラウラを心配した織斑の計らいによるものだ。社会科実習というところだ。

 桜木は持っているおたまを置き、ラウラに近づく。そしてキャベツを洗うラウラの後ろに立ち、その無防備な背中に平手を落とした。

 

「っ!!?」

 

 パンッ!と景気のいい音が鳴り響き、声なき叫びが轟く。

 

「なにわかったような口きいてんだ!この阿呆が!会ってもない奴らを決めつけんな」

 

「ぐう、ユーヤ。今の痛いぞ」

 

「そんな痛み、友と付き合えば日常茶飯事。互いに高めあうのが友達というものだ」

 

 涙目になるラウラの目線に合わせしゃがむ桜木は諭すように語る。

 

「いいか、今のお前には成長は来ない。断言する。凝り固まったその考えがお前を堕落させる」

 

「しかし!」

 

「まあ、待て。別にお前の考えは否定しないさ。確かに引っ張り合う輩も存在する。でも、そういった奴らばかりじゃない。互いに助け合い、時には笑い時には争い、切磋琢磨し合う仲間が友だ。家族でもいいかもな」

 

「……」

 

「ま、先輩からのアドバイスだ。生かすも殺すもお前次第」

 

 背筋を伸ばしやりきった顔をする桜木に、ラウラは問いかける。

 

「仮に、その家族が落ちぶれていたら、ユーヤ、あなたならどうする?」

 

「簡単だ。一発殴る」

 

「殴る……」

 

「腑抜けた顔にぶちかまして、あとはやり合えばいいのさ。互いに本音をぶつけてな」

 

 不適笑みを浮かべる桜木だったが、

 

「ほう、気い合うな。ちょうど俺もそう考えてたんや」

 

 桜木の後ろで影が揺れ、パキパキと不穏な音が聞こえる。

 桜木が振り返るより早く、拳が振るわれた。

 

「話はええから仕事せえや!止まっとるぞ!!」

 

「はいっす。ただいまやります」

 

 青筋をたてる敬二に腰を低く返し、そそくさと桜木は作業に戻る。先ほどまでの威勢は消え失せていた。

 ラウラはどこか遠くを見る目でそれを見送る。

 

「本音でぶつかる、か」

 

 

 某日、ラウラは白を基調とした制服に身を包み、学園に来た。その顔に不安の色などなく、決意に満ちた力強い。

 職員室で挨拶をすまし、敬愛する教官とその同僚という女教師に続き進む。隣に自身と同じ転入生がいるが、そんなことは彼女にとってさして問題ではない。彼女が考えることはただ一つ、見きわめる、これだけだ。

 教室前で止まり、教師と一言二言言葉を交わし、待機する。

 

「入れ」

 

 凛ととした声が響き、入室を促される。もう一人が先に入り、そしてラウラが続く。一度教室を見渡し、これから共に学ぶこととなる者たちを見る。そして既に待機しているもう一人の横に並び、静かに瞳を閉じ、瞑想する。イメージを固め、自分のやるべきことを反復する。

 

「ラウラ、挨拶をしろ」

 

 その声に、はっと意識を上げる。

 

「はい、教官」

 

「私はもう教官ではない」

 

 いえ、教官は教官です。そんなことを思いつつ、口を開く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 続く言葉は今はない。ラウラは行動で示す、自分という存在を。

 目の前にいる彼女たちが友であり仲間であり、家族というのならば見せてもらおう。お前たちが私と共にいれる者なのかを。

 ラウラはただまっすぐ前を見据える。

 

「ん?」

 

 ただ、そうだなこれは今必要だろう。

 ゆっくりとした足取りである人物に近付く。織斑一夏、世界唯一の男性のIS操縦者であり、敬愛する教官の家族。そんな人物が今自分の目の前で腑抜けた顔を晒している。

 

「な、なんだよ」

 

「ふん!」

 

 パンッと軽快な音とともに頬に一発お見舞いする。

 

「私は認めない!お前が教官の家族であることなど!!」

 

 桜木の言うと通りに殴ってやった。これで変わるはずだ。

 そんなことを考えるラウラの顔は実に晴れやかであった。




学園への初登校、ラスト少し手直し。
まあ、うん。ラウラは純粋だよ……きっと

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