サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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悩みの

「強さ?」

 

「はい、“強い”とはなんでしょうか?最近、それがわかない……」

 

 閉店後、片付けに取り掛かっているとラウラが唐突に尋ねてきた。年頃の女性にしては随分色気の無い問いだが、その本人がかなり深刻な雰囲気であるため、桜木も手を止め彼女に向き直る。どうしてそんなことを訊いてきたのか、学校で何かあったのか、そのところはわからないが答えが見つからないようだ。

 

「なあラウラちゃん」

 

「はい…」

 

「ラウラちゃんの憧れの人物は?」

 

「それはもちろん教官です!」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……それは教官の姿に、凛々しく力強いお姿に憧れました。それに私を救ってくださった。教官は私の、あーっと……」

 

「Held?」

 

「っ!はい」

 

 夢焦がれる子供の瞳。今のラウラを表すとしたらそれだ。“held”つまりヒーローや英雄。まだ世の中を知らない純粋な子供の夢溢れる眼だ。

 

「じゃあ、そこに、彼女にあるものは?」

 

「教官にあるもの?」

 

「そう、織斑にあって君にないもの」

 

「それはやはり“力”でしょうか」

 

「“力”、ね……」

 

 “力”というのは実に曖昧なものだ。何に起因するかによってその性質を変え、何を基準にするかによってその大きさも変わる。絶対的なもののない、個人の見解が強いものだ。

 

「力があれば強いの?」

 

「……違うのですか?」

 

「違うわけではないさ。でも」

 

「でも?」

 

 首を傾げ見上げてくるラウラにどうしたものかと思う。ラウラに求める“強さ”とは何か、それによって桜木の答えは変わる。

 織斑千冬に憧れ、焦がれるラウラ。では、少女はHeldの何を見ているのか。彼女の姿をちゃんと見ているのか。それとも彼女を通し別の何か見ているのか。桜木はそれを見極めねばならない。

 

「いや、……ねえラウラちゃん」

 

「はい」

 

「何のために強くなりたいの?」

 

「何の…ため……?」

 

「そう、君はどうしてそんなものを求めるのか」

 

「私は……」

 

 目を伏せ、思案に入るラウラを桜木は観察する。しかしそれもすぐに止め、ふうっと息を吐く。

 

「答えは見つからない?」

 

「いえ、そんなことはないんです……」

 

 桜木の問いにふるふると首を振る。しかしどうにも歯切れが悪い。

 

「じゃあ、今ある答えは?」

 

「……国のためであり、教官のためです」

 

 尻すぼみになりながらそう答える。彼女の答えに嘘偽りはないだろうが、決定的なずれを感じているのだろう。間違いではないが自信がない。そういった感じだ。

 

「そう、なら今はその目標に向けて頑張ることだよ。納得するものがないからと立ち止まったら、それこそ君は強くなれない。成長のないままになってしまう」

 

「……」

 

「後ろを振り返るもの大事だ、思い返し考えることも。だが、今の君にはまだ早い。決定的なものの自覚がおそらく出来ていないんだろう?その答えにたどり着く道は過去や思い出にはない。たぶん先に未来への過程にあるはずだ。ゆっくり悩むといい。ただ、君が間違えないためのヒントだ。織斑の“強さ”は“力”であるというが、根源を見ろ。表面ではわからないその裏側を、だ。そして忘れてはいけないことは君の求めるものは腕っぷしの強さ、小手先の力ではないということだ」

 

 言い終えた桜木はラウラにもう帰るように言うとそのまま奥の部屋に消えていった。

 

「私は……」

 

 桜木が去った後、残されたラウラはガラスに映る自分の顔をみる。随分と酷い顔をしているように感じた。

 

 

 

 静かな目覚めだった。

 桜木に相談した次の日、ラウラはいつもより早く目が覚めることになった。外はまだ幽かに白んでいる程度で、かなり早い時間帯であろう。変に目がさえ、眠ることは出来そうにない。ラウラは隣で寝るルームメイトを起こさないようにベットを抜け、ジャージに着替え部屋を出た。

 まだ小鳥すら鳴かない薄暗い空は、なんだか今の自分の心を表しているようで、いつか自分の心もこの空の様に晴れるのかと、柄にもないことを考えてしまう。

 

「らしくないな……」

 

 走るはずがそんな気分になれずボーっとベンチに腰掛ける。

 

「立ち止まってはいけない、努力を続けなければ……」

 

 やるべきことの指針は示してくれた。それを行う意思もある。しかし、それ以上に桜木の問いが胸にしこりを残した。

 

「強くなりたい理由……」

 

 わかっていたことだった。ラウラはあの場でああ答えたが、それがハリボテの答えだと。国のためというのは本当である。彼女は軍人で、IS部隊の隊長だ。織斑千冬のためというのも勿論本当だ。彼女には地獄から救ってもらった恩義があり、教え子として恥じを晒すわけにはいかない。だが、これらの答えに満足ができない。織斑千冬に教授してもらっていた時代ならそれでよかった。むしろそれ以上なんてありえもしなかったはずだ。しかし、今はそうではない。どうしてかもやもやする。

 

「……私は何だ」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。それ以外にあるのか?」

 

「え?」

 

 誰に言ったわけでも無い問いへの返答。急いで立ち上がり振り返る。

 

「きょ、教官!?」

 

 そこには黒いジャージに身を包んだ織斑がいた。軽く額に汗が滲んでいることから彼女が何かしらの運動をしていたことがわかる。そして手には缶入りの飲料水が二本。織斑は片方をラウラへと投げ、彼女のいるベンチの背もたれに腰掛けた。

 何も言わず、背を向けながら缶を傾ける彼女に戸惑いつつ、ラウラはまたベンチに座ることにした。

 

「ここには慣れたか?」

 

「はい、一応は」

 

「そうか」

 

 短いやりとりで会話は途切れ、お互いが無言になる。

 

「教官……“強さ”とはなんですか?」

 

「……」

 

「私は、わからないんです……どうして…」

 

「おまえは変わったな」

 

「え?」

 

 伏せていた顔を上げ織斑を見上げる。織斑はいつもとは違う、どこか優しく嬉しそうな表情でラウラを見ていた。

 

「この学園の生徒をどう思う?」

 

「教官?」

 

「いいから」

 

「……初めは気に入らなかった」

 

 促されるままにぽつぽつと語り始める。

 

「誰も彼もふわふわとしていて、覚悟というんですかね、そういったものがあまり感じられませんでしたから……。でも、ともに過ごしていくうちに何となく違うって感じ始めたんです」

 

「……」

 

「私は今でも間違ってはないと思っています。でも、彼女達は彼女達なりの思いを持っているんだなって考えるようになりました。軍人で、試験管で生まれた私とはまったく違う感性をもってこの学園で学んでいる。ISを浮ついた気持ちで扱うのは気に入りませんが、それも少しずつ変わってきていますし……」

 

「嫌いか?あいつらのこと」

 

「いえ、そんなことは決して」

 

「やはりおまえは変わった」

 

「そう、でしょうか」

 

 ふふっと微笑む。

 

「ああ、以前のお前なら私に詰め寄っていただろう。『何故こんなところにいるのか?』っと。だがお前はそうしないだろう?」

 

「……」

 

「私はお前の変化を歓迎するぞ。そしてあいつにも感謝せねばならんな」

 

「教官?」

 

「お前は“強さ”を知りたいといったな」

 

「……はい」

 

「では私からのアドバイスだ。今のお前なら答えを見つけることができるかもしれない。自分を見つめ確かめろ。自分の気持ちというものを」

 

 「悩め若者」と言い残し颯爽と去っていく織斑の後ろ姿が、ラウラには昨日の桜木が被って見えた。

 ラウラは渡された缶を開け、一口。

 

「苦い……な」

 

 もう一口飲み、空を見上げる。求める答えは見つからないが、もう少し頑張ることにしよう。そうすれば何か見つかるかもしれないから。




少しずつ原作から変化していくラウラ
さて、どういった答えを見出すのでしょうか

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