「それで嫁がね---」
「そうなんですか」
いつもと変わらない休日の昼。客足はそこそこと落ち着いた運営が続いていた。席はテーブル席を一つ残しうまっているが、店内は騒がしくなく、みなこの一時を寛いでいる。厨房側のカウンターで桜木と会話する男性、新聞を読みふけるご老人、コーヒー片手に恵美子と喋る女性たち、なかにはウエイトレスの衣装に鼻を伸ばす輩もいるがそこはまあ気にしないことにする。
そんなまったりとした空間でラウラもレジの椅子に座り、ぼーっとしていた。流れてくるクラシックに耳を傾けうとうとと舟をこぐ。昼食をとった後のこのまったりとした空気が最近の楽しみだ。
「ふぁああ…」
消しきれない欠伸を漏らしながら寝むた目を擦る。夏に近付き、心地の良い風が窓から入り、頬を撫でることによってより一層睡魔が襲う。店内を見渡し客も仲間も当分動きそうにないことを確認し、壁に体重を預ける。少しだけなら、そんな気持ちで眼を閉じる。だが、だいたいそういった事はうまくいかない。意識が沈みかけてきたその時、唐突に扉のベルが鳴り、飛び起きることになった。
「い、いらっしゃいませ!」
慌てて立ち上がり、お辞儀をし客を迎え入れる。日本に来てほぼ毎日していることで、鈍った思考でも出るあたり、反射に近い反応だ。
「お、ちゃんとやってるんだな」
「へえ、いい雰囲気ね」
「ごきげんよう、ラウラさん」
「あはは、来ちゃった」
聞き覚えのある声たちにゆっくり頭を上げ、その人物たちを確認する。そして一度目を擦りもう一度確認。だが、残念ながら彼らは消えることはなかった。
「……何故お前たちがここにいる!?」
「何故って、そりゃあ食事にだな」
「そうじゃない!!」
慌てて口を塞ぎ、声を押し殺す。本当は、そんなことを聞きたいんじゃないだ、と吠えたい。出来ることなら今すぐこのにやけた顔の奴らを外に放り投げたい。だが、バイトとして雇われの身であるため、そんなことは出来ない。それにさきほどの声で心なしか目の端に映る恵美子の顔が怖くなりこれ以上の騒ぎはおこせない。
「と、取り敢えず案内しよう。五人でいいのか?」
「ああ、それでいいよ」
ラウラは取り敢えず心を落ち着け彼らを空いていたテーブル席に案内する。幸いなことにそこは店で一番大きな席で、6人までなら座ることが出来る。
災難の次にまた災難。案内をしたのはいいが、今度は誰がどこに座るかで揉め始めた。いつものやり取りと言えばそうなのだが、時間と場所をわきまえて欲しい。いや、本当に。学校や寮ならまだしも、公の場で、しかも自分のバイト先に来てまでやらないで欲しい、そう切実に感じるラウラ。そして先ほどより集まる視線も、突き刺さるそれも強くなっている気がする。
本当に勘弁してほしい。
とうに眠気など吹き飛び、現在は形容し難い悪寒と冷や汗に襲われている。
「貴様らいい加減にしろよ」
まわりに配慮して声を押さえて注意するが本人たちには届いていていないようだ。一瞬、ISの起動も考えたが、着替えの時に外していたこと思い出す。いや、そもそも許可なく起動すること自体禁止されているのだが、現状ラウラは強硬手段もいとわないと考えているのでそんなことはどうでもいいのだ。今優先すべきはこうして騒いでる同級生をいかにして止めるかである。
正直誰が何処に座ろうがどうでもいい。
「おい、本当に頼むから静かにしてくれ、でないと私の立場が、な?」
ラウラの呟きに気付いたシャルロットと一夏が申し訳なさそうな顔をするが、ならば止めて欲しい。
天を仰ぎ、もはや言葉だけでは無理か、そう思い行動に移そうとした瞬間---
「はいはい、まわりの迷惑だからこれ以上は追い出すよ」
すっと背後から現れた桜木がイイ笑顔でそう言い放った。大声ではないが良く通る凄味のある声。言い合っていた三人の動きが止まり、観戦していた二人の顔が引きつるのが見える。
「ラウラちゃん」
「は、はい!」
「取り敢えずこの子たちにお水持ってこようか」
「jawohl!」
敬礼とともに素早くその場から去り厨房へ向かう。ダッシュに近い早歩き、埃をたてないように全力で逃げる。
厨房に入ったラウラはコップを五つトレイにのせ、冷蔵庫から水を取り出し注ぐ。溢さないようにトレイを持ち今度はゆっくりとした足取りで彼らの席に戻る。遠目で見てもどうやら彼らは落ち着いてるようだ。
よかった、心底そう思う。
「またせたな」
それぞれの前にコップを置いていく。全員の顔を窺うが、みな背筋を伸ばし姿勢よく座っている。
「どうしたんだ、お前たち」
「いや、なんというか……」
「うん…ね?」
顔を見合わせ苦笑いを浮かべるシャルロットと一夏にラウラは首を傾げる。
「たしか、店長さんって織斑先生とご友人なんでしたわよね?」
「うむ、そう聞いているが。一夏、お前のほうがそこらへんは詳しいんじゃないのか?」
「いや、俺も実はそんなに知らないんだ。千冬姉の交友関係って」
「まあでも、あの千冬さんの友人っていうなら納得だわ」
鈴音の言葉に一様に頷く彼らに何となく状況を理解する。つまり、水を取り行っている間に桜木に絞られたらしい。自身も何回も叱られた経験があるゆえ、彼らの気持ちはわかる。
「これに懲りたらこういったところでは大人しくするのだな」
何となく、腰に手を当て胸を張りながら言う。
「フフフ…なんでラウラが得意げなの」
「む、気にするな。それより注文は決まったのか?」
シャルロットに指摘され何となく気恥ずかしくなり、急かすように注文をとる。
「あまりメニューって多くないんだな」
「一夏あんたねえ、ここはレストランではないのよ?」
「いや、わかってけどさ…」
「よくわからんな。なにかオススメとかはないのか?」
「オススメ?それは店としてのか?それとも私の個人のか?」
「じゃあラウラのオススメを教えてくれ」
「ならばオムライスがうまいぞ」
ニヤリと笑いながら自身満々にそう告げる。
「オムライスか…じゃあ、私はそれにしよう」
箒の言葉を皮切りに他の四人も同じものを注文してきた。何となくだが、選ぶのが面倒だっただけなのではないかと感じるラウラだった。
「オム五つです」
「あいよ」
メモをつるし、空いた席の食器を下げていく。なんだかんだでだいぶお客は減っており、残っているのは一夏たち五人と恵美子と話す女性客が三人、それと会計をしている夫婦くらいだ。遠い席から順に片付けていき、テーブルを拭いていく。途中、友人たちの近くを通るたびに生暖かい目を向けられるのがどうにも気になるが今は我慢しておこう。というか、何やら料理を運んで行った桜木が、何故かそのまま止まり会話し始めたのがやたらと気になるラウラである。
「おう、ラウラ」
「どうかしたか、ケイジ」
食器を片づけ、布巾での掃除が終わったとき、敬二が話しかけてきた。
「雄哉が片付けおわったら今日はあがってええってよ」
「む、いやしかしそんなわけにはいかんぞ」
「店長がええ言うてんだからええんやて。友達と遊ぶのも大事や」
「う、む……」
「子供は遊んでおけ。今だけ出来る特権や」
「わか、った。すまない」
背中越しに手を振る敬二に礼をし、スタッフルームに着替えに向かう。
結っていた髪を解き、制服をぬぎハンガーにかけロッカーに入れる。そして少しぶかぶかなオレンジ色のシャツとジーパンに着替える。備え付けの鏡で軽く髪を整え部屋を出る。
まだ彼らは食事をしているようだ。談笑しているため遅くなっているが、それでもあと少しで終わりそうだ。歩幅を広めに歩き彼らのそばに寄る。
「来たみたいだね」
始めに気が付いたのは通路側で、且つ内側に向いて座っていた桜木である。軽く笑みを浮かべ立ち上がり席をラウラに譲る。促されるままに席にストンと座り、周りを見ると微妙な視線で見られていることに気付いた。
「なんだ?」
「いや、なんでも」
視線を逸らされる。
「うん、じゃあ俺はここいら戻ろうかな。ゆっくり楽しんでおいで」
「すみません、ユーヤ」
気まずそうに下を向くラウラに桜木は乱暴に頭を撫でる。
「ははは!若者が気を使うな!今を存分に楽しんでおいで。それがなにより、キミを預かっていた僕の喜びだ。それに、こういうときはお礼だよ」
そういって笑いながら颯爽とさる桜木。ラウラはふて腐れた様に髪を整えながら彼を見送る。
「……ありがとう」
聞こえるはずのない小さな感謝の言葉。呟いてすぐにハッと顔を上げる。
ニヤニヤとした嫌な顔が見える。しまった……。そう感じたがもう遅い。聞かれていないと思った言葉は別の者たちに聞こえてしまっていた。
「なんだ、貴様らっ!」
「いや、別にい?」
いやらしく笑う彼らに心の中で悪態をつく。そのふざけた顔をぶち抜きたい、と。
その後、彼らと一緒に街に繰り出すラウラだが、色々と桜木とのことを質問されることとなる。いったい昼食時になにを話していたのか、そんなことを考えつつ頬が引きつるラウラだった。
ラウラの持っている服は学校の制服以外は、桜木のお古と買ってもらった洋服(ほぼ未使用)。
服に頓着がないのは変わらず。
桜木と一夏たちの会話はだいたいはラウラを餌にした話。