サンドウィッチとコーヒー   作:虚人

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休日の

 午前十時前の駅前の広場に桜木はいた。この日は定休日で、本来なら自宅で惰性を味わっているはずであったが、昨晩の仕事終わりにラウラに誘われたのだ。特に断る理由もなかったし、最近元気のなかった彼女の様子見も兼ねて了承した。

 いや、頬を染めながら意を決したように誘う彼女を見て断れる筈がない。自分はとことん彼女に甘いのかもしれないと思う。

 

「ユーヤ!」

 

「ん?」

 

 することなくただ時計台を眺めていると不意に呼ぶ声が聞こえた。

 

「すまない。あ、遅くなりました」

 

 乱れた髪を整えながら肩で息をするラウラ。どうやらかなり急いで来たようだ。桜木はポケットからハンカチを取り出しラウラに差し出す。

 

「ほら、これで汗を拭きな」

 

「え、いやしかし」

 

「いいから、な」

 

「は、はい。ありがとうございます…」

 

ラウラはそれを戸惑いながら受け取った。ハンカチと桜木の顔を交互に見て、意を決したようにそれを額にあてる。軽く汗を拭い、またハンカチを見つめ始めたラウラを桜木は不思議に感じた。

 

「ハンカチ、洗って返します」

 

 ああ、なるほど、と思う。

 

「いや、別に構わないんだが……」

 

「そうはいきません。きちんと洗って返します」

 

 強い意志の眼で見つめられ桜木は苦笑を浮かべる。いつもわたわたと職場では動く彼女だが、時々ひょんなことでその姿を変える。義理堅いというか、なんとも不器用な子だ。

 

「うーんまあ、じゃあお願い」

 

「はい!」

 

 そしてツンと雰囲気から垣間見える花の様な笑顔にはいつもなにも言えなくなる。まったく、女性というのはズルいものだと、そう感じざるを得ない。そんなくだらないことを考えているとラウラが少しそわそわとした様子で見てくるのに気付いた。

 

「ユ、ユーヤ…」

 

「なんだい?」

 

「どうだろうか、こ、この格好は?」

 

 恥ずかしそうに後ろで腕を組む彼女は、普段の黒を基調としたものでなく、薄い水色のシャツにオレンジのパンツ姿。気付かなかったが、かなり雰囲気が違う。おそらく、この前の学友との買い物で買ったのだろう。しかしまあ、

 

「ああ、似合ってるよ。とっても」

 

「本当か!?」

 

 嬉しそうに頬を緩め、ハニカム少女に桜木は目が離せなくなった。

 

『-----』

 

「--っ」

 

 少女に影が重なる。刹那の出来事であったが、桜木に嫌な汗が滲むのがわかった。忘れてはいけない、大切な幻影が見えた。

 

「ユーヤ?」

 

「……ん、いや。なんでもない、なんでもないさ」

 

「Nicht eine Lüge?」

 

 誤魔化す桜木をラウラは不安そうに見つめる。

 そんな顔をしないでくれ……。

 桜木はラウラから顔が見えないように手を頭にのせ乱暴にかき乱す。

 

「うわ!ちょ、やめ……stopp!」

 

「ははは、信じないからだよ」

 

 笑ながら手を離す桜木。ラウラはすぐさま距離を取り乱れた髪を直す。その小動物のような動きに頬を緩め、それを見てラウラが頬を膨らませる。

 ああ、そうだな。こういうのも久しぶりなのかもな。

 

「よし、じゃあいこうか」

 

「む、そうだな。あ、いや、ですね」

 

「ふふ」

 

 二人並んで歩き出す。桜木は思う。これも悪くない、と。ラウラを元気付けるはずが、逆になるかもしれない。そんな気分になった。

 しかし、すぐある問題があたる。

 

「どこ行こうか?」

 

「そうですね…どうしましょうか?」

 

 当てもなくふらふらと歩く二人。もともと桜木は計画して行動するタイプでないことに加え、急な誘いということで何も予定していない。そしてそれはラウラも同じことで、誘うという目的を達成し満足してしまったため、何も考えていなかった。

 

「あ、そういえば」

 

「どうかした?」

 

「いえ、ルームメイトから聞いたことなんですが、この近くに新しくデパートが出来たそうでして。」

 

「ああ、そういえばそんな話聞いたな」

 

「はい、それで、よかったら行ってみませんか?」

 

「そうだね、行ってみようか」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をしたラウラは嬉しそうに先を歩き出す。対する桜木は取り敢えず予定ができたことに安堵しながら後を追った。

 

 

 駅からそう離れていないところにある大型デパート。新しいことと休日ということでかなりの人ごみになっており、ふと目を離せばはぐれてしまいそうになるぐらいだ。

 

「す、すごい人ですね……」

 

「そうだね…ちょっと予想以上だよ」

 

 まわりを見渡し引き攣った笑みを浮かべる。

 

「どうしますか?他のところにしますか?」

 

「んー……」

 

 ちらりとラウラに目配せすると、不安そうにこちらを見ているのがわかった。ここまで来たわけでだし、なによりせっかく彼女かの誘いを無下にするわけにもいくまい。

 桜木は軽く頷きラウラに向き直る。

 

「まあ、いいんじゃないかな?」

 

「しかし、こう人が多いと……。それにユーヤは人が多いのは好きでなかったのでは?」

 

「ああ、覚えていたんだ」

 

「ふふん、当然です!」

 

「そっか、ありがとう」

 

「い、いえ、そんな……」

 

 得意げな顔から一変し、白肌を紅潮させる。

 

「まあ、大丈夫だよ。ラウラちゃんからの折角のお誘いだしそれに比べれば、ね」

 

 そういいながら桜木は右手を差し出す。ラウラはそれの意図がわからず、戸惑うように視線を行き来させる。

 

「あ、あの…」

 

「ほら、はぐれたら大変だろ?だかさ」

 

 意味を告げられ更に戸惑いをみせるラウラだったが、すぐに意を決したようにその手を取った。ごつごつとした、およそ料理人には似つかわしくない固い手のひら。だが、ラウラは嫌いではない。繋いだ手から感じる暖かさが心地良く、自然と頬が緩む。

 

「そういえば何を買いに来たの?」

 

「あ、はい」

 

 桜木に見つからないうちに顔を引き締める。

 

「実はもうすぐ学校の方で臨海学校がありまして」

 

「うんうん」

 

「それで水着が必要なのですが、生憎とそれ用のものを持っていなかったので今回それを買おうかと」

 

「え…?」

 

 桜木のニコニコとした優しい笑みが凍りつく。珍しい彼女からのお誘いがまさかここまでの難題だとは思いもよらなかった。少しヒヤリした汗が流れる。

 だが、

 

「ダメ…でしたか……?」

 

 不安げに見上げてくる彼女に、まさか今更無理だとは言えるわけもない。

 

「うーん、僕あまりそういうものセンスないけどいいの?」

 

「そんなことは知っています。それに、私はそんなことは気にしません」

 

 そう微笑むラウラ。女性にここまで言わせてしまっては腹を括ろう。

 

「じゃあ、無いなりに頑張っていいのを探そうかな」

 

「期待してます」

 

 人ごみに負けないように桜木の手をしっかり握り歩き出す。

 桜木は身長差と引っ張られていることで前のめりになりながらついて行く。後ろから見える彼女の顔は、その髪の様にどことなく煌めいて見えた。




 このあと二人でああでもない、こうでもないと散々議論しました。
 ついでにホットパンツとシャツも買うことになりました。

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