不知火一誠の故郷だという日本にやってきてから、三日は経った。今の時期は日本でいえば夏休みであり、家族連れは遊園地や海に行っているような季節だ。ロシアとは違い、日本の夏休みは一か月しかないということには少し驚いたが。
しかし、そんな夏休みであろうとも、不知火はミラージュ社団法人の若き会長としての仕事を行っていた。彼は高校生なのだが、不知火家の一人息子としての英才教育を受けているのか、どれが今自分が成すべき仕事なのかを彼はわかっているようであった。
「そういえばさ、お前って長い髪の方が好きなのか?」
不知火が自分の部屋で書類を眺めている中で、彼はベルナルドにそう言ったのだ。
「えっ、それってどういう意味?」
「髪切らないのかって思ってさ。いつも結べるほど長いから、もしかして長い髪の方が好きなのかなって思って」
その質問の内容に、ベルナルドは少し黙ってしまった。彼女は自身の子供の容姿すらも気にするような人間であった。そのため、子供にも受け継がれた美貌をさも自身のアクセサリーかの如くに扱い、自分が自分の意志で髪いじりするようなことはなかったのだ。
「……師匠だって髪切ってないよね」
「俺か? 俺の場合はショートにしてもどうせ髪がはねるからなぁ」
あぁ、だから普段は髪を結んで、くせ毛を誤魔化しているのかとベルナルドはこの時納得した。
「まぁ、たとえどんな髪だとしても……サッカーをする上では、そこまでの大差はないのかもな。いつかは俺も、漫画みたいに長い髪をカッコよくなびかせてサッカーしてみたいものだよ」
あれから17年。師匠、もとい不知火一誠には会っていない。あの時は連絡先も交換していなかった(そもそも携帯の連絡先も勝手に追加できなかった)ため、今ではすっかり疎遠になってしまっていた。ミラージュ社団法人は、オリオン財団とも業務提携を結んでいるため、たまに会うことは会っても、そのたびに師匠は変わっていった。グループの会長としての威厳を少しずつ確立させていき、そしてサッカー選手としての技術も磨き、プロとなっていた。
「それでは、散髪していきますね」
高級……ではなく、ほどよい値段でいける美容院にて、ベルナルドは長い髪を切ってもらっていた。美容師は、腰まで届くほどの髪を肩まで切ってしまいたいというベルナルドのオーダーにわくわくしているのか、チョキチョキとハサミを動かしていた。
「……なるほど、お客さんはその人に救われた……ということですね」
「救われただなんていう言葉では言い切れませんよ。あの人のおかげで、今の俺がいるんですし」
「そうですかぁ。それにしても、お客さんの髪色とお客さんの言うあの人の髪色って、明度は違いますけどお互いがお互いを引き立てる色ではありませんか?」
「ん? どういう意味だ?」
美容師が突然髪の色の話をし始めたため、ベルナルドはその話に興味を持った。
「闇があるから光がある。光があるから闇がある。そんな感じですよ、お客さん」
美容師のハサミの手が止まり、次にくしでベルナルドの短くなった髪を整えた。
「……よし、できましたよ」
頭が軽い。鏡を見ると、そこには新しい自分であり、すっかり垢ぬけた顔になっていた。
「お客さん、とてもお似合いですよ」
そうおだてる美容師の言葉に目もくれず、ベルナルドは改めて決意を新たにした。
これからは、もう過去のことを考える暇もなくなるだろう。これからオリオン財団の再建もあるし、そして何より、これからは本当のベルナルド・ギリカナンとして生きるのだから。