「ブレンドコーヒーのホットがひとつ、ストレートティーのホットがひとつ、以上でよろしいですか?」
「ああ」
「かしこまりました」
奥のボックス席へ通された承太郎とミオは、コーヒーと紅茶をそれぞれ頼んだ。厨房へ注文を伝えに行くため店員がテーブルから離れたとき、メニュー表を畳みつつ承太郎が話を切り出した。
「さて、聞きたいことはいくつもあるわけだが……まずは俺の名前を聞いた途端逃げ出したことについて吐いてもらおうか」
「っ……あれは、母から“空条承太郎には気をつけろ”と言い聞かせられてたので。反射的に逃げてしまったんです……」
意味無かったですけどね、と付け足しながらミオは拗ねたように唇を尖らせて、スゥ〜ッと左へ視線を泳がせた。承太郎の鋭い視線に射抜かれると、なんだか妙に居心地が悪いのだ。後ろめたいことは特にないが、何もかも見抜かれているような気がして。
そんなミオの心情を知ってか知らずか、承太郎は「なるほどな」の一言で流して次の質問へ移った。
「今から言う情報は、俺のツテで調査した君にまつわる情報だ。間違いがあれば遠慮なく指摘してくれ」
「……はい」
見抜かれるどころか、すでに調べ尽くされていた。ミオは心のうちで頭を抱えた。こちらは空条承太郎という人間について、名前・見た目・関わるとマズいらしい……なんてことしか知らないというのに。
「上城
「ええ……間違いない、です」
無意識か、意図的か。血縁上の父親である男の名前を告げる声の冷たさに、ミオは首筋に薄ら寒い感覚を覚えた。自身を捕まえた瞬間移動のような芸当や大方の情報を握られていることも相まって、目の前の男が恐ろしく見えて仕方ない。
どうにか無難な返事を震える喉から絞り出すと、「そうか」と承太郎はあっさり頷いた。こちらは散々怯えているというのに、向こうは平然としている。態度から明確に力の差を感じ、ミオは膝の上で両手を握りしめた。手のひらに爪が食い込み、僅かな痛みが走る。
「それならいい、本題に入ろう。他にDIOのことで声をかけて来た者についてのことだ」
「……その人に声をかけられたのは、昨日のちょうど今くらいの時間でした。帰宅途中に、いきなり後ろから肩を掴まれて……知らない男の人に『お前がDIOの娘だな』と言われたんです」
話しながら掴まれた方の肩を押さえてみせると、承太郎は僅かに目を眇めた。些細な仕草にすら内心ビクつきながら、ミオは説明を続ける。
「怪しいから逃げようとしたんですけど、全然離してくれなくて……そこに通りかかった近所の人が大声をあげて追い払ってくれたお陰で、どこかへ逃げていきました」
「声をかけてきた男の特徴は? 」
「えぇっと……歳は30代ほどに見えました。体型はひょろっとしてて、空条さんには多少劣りますが背は高かったです。服装は派手な柄の赤いシャツと黒いズボンで、髪は茶色くて耳にかかる長さの癖毛でした。顔立ちは……」
少しの間、ミオはぎゅっと眉根を寄せて考え込む。しかし、いかにも気落ちした様子で憂いがちに目を伏せて言葉を続けた。
「すみません、思い出せなくて……その人がかけていた大きいサングラスしか印象に残らなかったんです」
「充分だ……その男には心当たりがある」
「えっ!?」
予想外の言葉に、ミオの喉から頓狂な叫びが飛び出る。近くの客たちが二人の席に振り向き、承太郎は無言のままジロリとミオを睨んだ。思わずミオは叱られた子犬のようにビャッと縮み上がり、首をすくめた。
「ごめんなさい、まさかあれだけの情報で見当がつくなんて思わなくって……」
ひそひそと弁明しつつこちらの様子をうかがう彼女に、承太郎はため息をついて帽子の鍔を下げた。
「……声のデカさには気をつけろ。どこから奴に見張られているか、分からないのだからな」
「ひっ」
“奴”が昨日肩を掴んできた男の代名詞だということを察して、思わずミオを辺りを見回す。しかし目につくところに“奴”の姿は見えない。安心して息をついたところで、店員が銀色のトレーに載せたコーヒーと紅茶を運んできた。
真っ白なカップに揺蕩うコーヒーに、洒落た花模様のティーカップに注がれた紅茶。それらは飴色のテーブルの上でふわりと湯気を立て、向かい合って座る二人の表情を少しばかり不明瞭にさせた。
さっそくミオは紅茶にちょっぴりだけ口をつけて喉を潤し、カップをテーブルに戻した。
「あの、空条さん。今までの話の流れからは逸れてしまいますが、尋ねたいことがあるんです」
一息置いて、ミオは口を開いた。コーヒーへ落とされていた承太郎の視線が、再び彼女へ向けられる。
「一体何が目的で、私に声をかけてきたんですか?私は空条さんの目的も、何を考えてるのかも分からないこと尽くしです。それなのに一方的にいろんなことを知られていて……正直に言うと、あなたが怖くて仕方がない」
今度は鋭く光る緑の目から逃げず、ミオはそれをまっすぐに見つめ返した。互いの視線が交わる。
「だから教えてほしいんです、あなたがどういう人なのか。それを推し量りたい」
ばくんばくんと心臓が高鳴る。緊張で情けなくガタガタに震える声で、それでも必死にミオは主張した。
それから、沈黙が二人の間に横たわった。他の客の話し声や食器の擦れあう音がしばしその場を支配する。そして、不意に承太郎が発した「すまん」という一言で言葉にし難い雰囲気は打ち破られた。
「……怖がらせて悪かった。だが、俺も“それ”を知ることが目的で君に声をかけた」
「“それ”って……どういう人か知りたい、ってことですか?」
ぱちくりと目を瞬かせるミオの言葉に、承太郎が頷く。
「そうだ。かつて君の父親は危険度と影響力が非常に高い、悪のカリスマと喩えられた男だった。万が一、その血を受け継ぐ君が悪に目覚めていたら奴に比肩する存在になる可能性がある。その場合はなんとしてでも止めるつもりだったが……」
一見すると承太郎は相変わらずの涼しい表情だが、ミオを見る目に何か複雑そうな、しかし安堵したような感情が滲んでいた。
「杞憂で済んで良かった。見た目こそあの男の面影はあるが……それ以外は全く違う。至って“普通”だ」
「……こちらこそ、杞憂だったみたいです」
緊張が解けたミオはぐにゃりと脱力した。ぷは、と無意識のうちに詰めていた息が漏れる。
「一体何を懸念していたんだ」
「や、昔からちょっと父親関連で色々あったので……ホラ、空条さんも言ってた“事件”のことです。私を父の代わりにしようとする人が多かったから……信奉対象的な意味とか、復讐相手的な意味で。空条さんもそういう手合いなのかと」
気が緩んだせいか、滔々と語られる苦労が垣間見える過去に承太郎は思わず閉口した。彼にはミオよりいくつか年下の愛娘がいる。もしも娘が自分のせいでそんな因縁に巻き込まれたらと考えると、顔を顰めずにはいられなかった。
「でも、思ってたより……空条さんがまともな人で安心しました」
そう言って上げられた彼女の顔に、ほのかな笑みが浮かぶ。笑うことに慣れていないようで、表情は少しばかり引き攣っていたものの、その目に先程までの怯えや猜疑心は無かった。
信用されるのは決して悪いことではない。しかし、警戒心が高いわりにある程度の壁を抜けたら一気にチョロくなるのはいかがなものか。そんな保護者じみた心配が、彼の心をモヤつかせた。
「まったく……容易く他人を信用するもんじゃあないぜ」
最終的に彼の口から出たのは、少しばかり突き放すような忠告だった。