姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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105 プリシラの推論 2

 

『それは私も考えてたけど、それだと引っ掛かることがあるのよねー』

「ジョゼが違うと言っています」

「なぬっ!?」

 

『違うとは言ってないよ。ただ、それだとユリウスが私の寝室で会ったっていうミスティがどうやってこっちに来たのか説明が付かなくない?』

 

 俺はジョゼのその主張を代弁してやった。

 

「た、確かに。そうだったわね。じゃあ、ちょっぴり残ってたのよ。その最後のなけなしの魔力をふり絞って連絡してきたのよ」

 

 あれほど自信ありげに話していたプリシラの口振りが怪しくなった。

 

「ちょっぴり、ですか……。アークレギスに空いたこの大穴もそのちょっぴりの魔力を使ってできたと?」

「えっ? ええ、そうねぇ……」

 

「私はどちらかと言えば、この大穴を開けた魔法が魔力枯渇の原因かと思っていました」

「いや、それはどーかなー。単純な魔法はどれだけ使おうが大して魔力を消費しないのよ?」

 

 そういえば、つい最近もそれと同じことを聞いたな、と夢の記憶の中でミスティが喋っていたことを思い返す。

 

「魔法の威力を決めるのは、どちらかと言えば、発動した場所の周辺の魔力量ね」

『だったら、この穴が空いたときには、まだアークレギスには魔力がふんだんに残ってたことにならない?』

 

 そうだな。じゃあ、先にこの大穴が空くほどの高威力の魔法が使われて……。俺が飛ばされたのはその後か?

 いやしかし、こんな大穴が空くほどの魔法が使われて、俺やミスティは無事でいられたのだろうか。

 

「おっ」

 

 いつの間にか俺とプリシラが座るボートの中間の(へり)の部分に火の精霊がやって来て、ちょこんと腰掛けるように止まっていた。

 

「燃やすなよ?」

「俺様がそんな下手な真似するかよ」

 

 いつも散々火の粉を撒き散らしているのによく言う。

 だが、確かに今、火の精霊はボートの木材と接するようにしているのに、燃え出すどころか焦げ目さえ付いていないようだった。

 プリシラも熱を全く感じていないのか、顔を近付け、火の精霊を食い入るように見つめている。

 

「そうだ。お前。アークレギスをこんなにしたのはお前の力なんだろ? 誰がいつ、お前にこんなことをやらせたのか詳しく教えてくれよ」

 

 腕組みをして首をひねり、考え込むようにする火の精霊。

 

「……知らねー。それって俺様がやったのか?」

 

 違うのか。何となく、こんな暴力的な魔法には火の精霊が関わっているのだろうと思ったが、とんだ濡れ衣だったかもしれない。

 

「だったら、別のことでもいい。知ってることを教えてくれ。ミスティは……、あれからどうなったんだ?」

 

 火の精霊の耳がピクピクと動いた。

 炎の揺らぎによって、そのように見えた。

 

「ミスティ? ミスティどこ?」

「……知らないのか? もういるわけがないだろ? あれからもう百年だぞ?」

 

「百年? 百年て何だ?」

 

 火の精霊が興奮した様子で俺の周りをくるくると飛び回った。

 熱い熱い。

 なんだ普通に熱いじゃないか。

 俺は火の粉が衣服やジョセフィーヌの髪を焦がさないように慌てて手で払いのける。

 

「ミスティー! ミスティ、どこー?」

 

「行っちゃった……」

 

 姿は見えなくても精霊はいつでもどこにでもいる、とミスティは言っていた。

 だから当然知っていると思って聞いたのだが、あれほど懐いていた精霊が彼女の死を知らないと言う。

 ならば、ミスティは世界から魔力が枯渇して精霊がいなくなった後に死んでしまったということだろうか。

 ひっそりと、どこかで……。

 せめて願わくば、あの襲撃の難を逃れ、天寿を全うしたのだと思いたかった。

 

「精霊は言葉は通じるけど、人間とは感覚とか価値観が全然違うから、まともな意思疎通は期待できないんだって。本にはそう書いてあったよ」

 

 よく見るとプリシラの前髪の一部は焦げてチリチリになっていた。

 なるほど。集中すると周囲が見えなくなるタイプか。

 その集中力を活かして剣術に励めば大成できるかもしれない。

 

 しかし、確かにな。

 今の俺がこんな形であるにも関わらず、あいつらは俺がミスティの傍にいたユリウスという男であることを分かっているふうだった。

 一方で、精霊たちの尺度では、一週間や一カ月も、百年の歳月も、大した違いだと感じられていないようだ。

 

「精霊が姿を見せるのは魔力が豊富な証拠って話だけど、だとすると()()()()()()()のもちょっと勿体(もったい)ないわよねぇ」

 

 点のように小さくなった精霊たちの背中を目で追いながらプリシラが呟いた。

 

「どういう意味ですか?」

「この世界に再び魔力を取り戻して、魔法研究の長たるベスニヨール家を再興するのが、うちの一族の悲願だって、話したでしょ? 何もせずこのまま放っておいたら、もしかしたら百年前と同じように魔法が使える世界に戻るんじゃないかって話……。まぁ、夢ね……」

 

「はぁ……」

 

 何だか、質問の答えになっているのか、なっていないのか、よく分からない返事が返ってきたような……。

 

『生返事してないで、反転、ってのがどういう意味なのか聞きなさいよ』

 

 そうか。それが引っ掛かっていたのか。

 

「すみません。先ほどおっしゃった、反転、とはどういう意味でしょうか?」

「ああ、ごめんごめん。話がそこまでたどり付いてなかったわね。最初に私が言おうとしてた解決策の話よ。できるかどうかは別にして、現段階で可能性がありそうな解決策。魔力の漏出が止まらないうちに、ジョゼの身体に掛かった魔法を反転させてやれば、もしかしたら、元に戻せるかもしれない」

 

「その、元に戻す、というのはもしかして……?」

「百年の時間を超えて、別の人間の身体に憑依させる魔法が使われる前の状態にってこと。つまり、ユリウスの心と身体を百年前に送り返すってことよ」

『…………』

 

 ジョゼが息を飲む気配を感じた。

 俺の中にもプリシラが言った言葉の意味がジワジワと浸透し、それが腹の奥で熱を帯びていく。

 今から百年も前の過去の時間に戻るなんて……、そんなことが叶うのならば、もしかすると、()()()()()()のかもしれない。

 ミスティを……、アークレギスを、救いに。

 

「あー、待って。変に期待させる前に言っとく。そんな簡単じゃないよ? あくまで理屈の上ではそうなるかも、ってだけの話だから」

 

 俺の気配を察したのか、プリシラが機先を制してたしなめる。

 

「昔のベスニヨール家の人間ならともかく、アタシは魔法なんて、生まれてこの方、一度も使ったことないんだからね?」

「修練の問題ですか? ならば魔力が戻りつつある今なら修練することは可能なのでは?」

 

「うーん。それもあるけど、発動した魔法の反転なんて術をどうやって掛けたらいいのか、具体的なノウハウがねぇ。

 ちょうど百年前ぐらいに、一族の誰かが研究し始めた頃合いだったみたいで、理論はあるけど技術書の形ではまとまってないの。

 そんな未完成の魔法の研究をー、一度も自分で魔法を使ったことがないアタシがー、引き継いで完成させるって言うのよ? この途方もなさが分かる?」

 

 プリシラは天を仰ぎながら、それを掴もうとするように両手を高く掲げて嘆いて見せた。

 

「そんなに難しいのですか? 可能性としてはどれくらい?」

「今の段階じゃなんとも。理論的にはできそうな予感はしてるんだけど、ネックはその反転魔法の研究開発にかかる時間かな? 術式が完成した頃にはアタシ、お婆ちゃんになってるかも」

 

「そんな……」

 

 つまり、俺、というかジョセフィーヌの身体が生きてその日を迎えられるかも怪しいということか。

 いやそれ以前に、魔力の漏出が続いている()()()()その可能性があるという前提だったはずだ。

 漏出が止まる前にプリシラの研究が完成し、かつ発動した結果が、プリシラの考える理屈どおりに働けばという、極めて細く頼りない道筋であることが理解できた。

 

「それでも一人の人間の中に入った心と身体を分離して、時間を百年巻き戻して送り返す、なーんていう複雑な魔法を、一から作り出すことに比べれば遥かに現実味があると思うわ。どうする? やってみる?」

「是非お願いしたいです。ですが、何とかその研究期間を短縮する方法はないでしょうか? 王国中から学者を集めて知恵を出し合えば───」

 

「精霊魔法術なんて廃れた学問やってる人間なんて、アタシの他にいるわけないって。少なくともこの国の中ではね」

 

 そうか……。

 魔力自体がなくなった世界で研究など根付くわけがない。

 

「……ああ、そうだ。まだいるか。ジョゼを誘拐した一味にいたっていう爺さん。一族の面汚しだけど、分家の連中が研究してた呪術を、実用可能なレベルで受け継いでるぐらいなんだから、精霊魔法のことだって何か研究を残してるかも」

 

 なるほど。全くの初心の学者をあてにするより、分家筋の研究に期待する方が幾らか分が良さそうだ。

 問題はあの呪術士ダノンの行方が知れないという点だが、ジョセフィーヌの身の安全を確保する上でも居場所を突き止める意味はある。

 

 王都に戻った後にやるべき行動に目星が付いたことで、一旦は自分の中で枯れかけていた気力が瑞々(みずみず)しく蘇ってくるのを感じていた。

 難しいが可能性はゼロではないはず。

 そう思うだけで、どんな困難にも立ち向かう勇気が湧いてくるようだった。

 

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