姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★ 作:磨己途
「私はまだ早いと言ってたしなめたのだがなあ。許しておくれ、ジョゼ」
「いえ、そのことではございません。お父様」
俺がブレーズ王の執務室を訪れたとき、王は娘から例の婚儀の件で非難されると思ったらしい。
「アークレギスの件です。仮に私が次の王になった場合、あそこで何が起こったのか、教えていただけるのでしょうか?」
ブレーズ王は思いも掛けないことを聞かれたというふうに目をパチクリと瞬いてみせた。
「アークレギスです。ご存知でしょう?」
王の反応を見て、俺は本丸の前に枕を一つ挟むことにした。
ほら、あの男のかたが大好きなアレがある、と詰めることもできたが、それでもしも娘の前で父親が
「オリアンヌさんを巻き込んで一芝居打つ際、あの地にしか生えないミタマ草をわざわざ取り寄せて用いたくらいですからね。あの地のことはよくご存知のはずです」
「あ、あれはっ、あれはブリジットが……」
「なるほど、やはりお母様の差し金でしたか」
「いや、違う。私だ。幼いお前を騙した責任は私にある。あの頃はなあ、ブリジットがお前の御転婆ぶりを酷く悩んでいたものだから、私なりになんとかしてやろうとな……」
『えっ!? あれはお父様の仕業だったの?』
以前ジョゼが語った、幼少のオリアンヌが負ったはずの大怪我の話。
幼いジョゼが、自分のせいで彼女に生涯残る傷を付けてしまったと長らく気に病んでいた一件。
俺たち二人の間では大分前に、あれはミタマ草の赤い汁を鮮血に見せかけた狂言であると結論付けてあった。
チャンバラ遊びで使っていた玩具の剣の材質や形状、青い草の臭いがしたはずだが、という俺の推理とジョゼの記憶は概ね符合するものだった。
ジョゼは、如何にもお母様の考えそうなことだわ、と言って憤慨していたが、よもや主犯は父親のブレーズ王の方であったとは。
結果的には鎌掛けに近い糾弾となったが、まあいいだろう。
「おおよそ想像どおりですから、今日はそのことは結構です」
俺は両腕を胸の前で組んでプイとソッポを向き、不機嫌な娘を演じる。
要は何でもお見通しだぞと、この子煩悩な父親相手に牽制してみせたに過ぎない。
「では、何を聞きたいのだ娘よ?」
「……百年前、あの地で起きた出来事は、当時の王によって歴史の闇に葬られたと聞きます。記録には残されていなくても、代々の王への
「あ、ああ、なるほど。その話か。しかし、その闇に葬られたはずの話をジョゼはどうやって知り得たのだ?」
「例の呪術士の件や、最近目撃されている精霊の件に関して、助力を得るため市井の研究者を尋ねたのです。聞けばその者はかつて王宮に使えたベスニヨール家の末裔だとか」
「ほう……、なるほどな。後ろ暗い話というものは、どれほど用心して蓋をしても、どこからか漏れ出てしまうものなのだな……」
ブレーズ王が見せたのはその程度の逡巡だった。
いずれは伝えるつもりの事柄であったからか、それとも、百年という歳月がその口を軽くしたのか。
王は国に伝わる秘中の秘を易々と俺に明かした。
その内容は先にプリシラから聞いていた話を裏付けるものだった。
どちらかと言えば、プリシラから聞いた話の方が詳細であったほどだ。
あの大穴を作った魔法と、俺の転移がどういった順序で起きたのか、という俺の知りたかった情報は、残念ながら王族が持つ情報を足しても分からないままだった。
王国の中枢では、魔力の枯渇はアークレギスにできたあの大穴によるものであると断定されていた。
水が溜まってあの美しい湖になる前の、凶悪な爪痕を目の当たりにした者なら当然そう考えてもおかしくない。
それに、一人の人間が百年の時間を飛び越えるという魔法の存在など、誰も知る由がないのだから仕方がないだろう。
ブレーズ王の口から得た話の中から、付け加えることがあるとすれば、当時、砦村の襲撃に参加していた者たちの一部が隣国のランバルドへ逃れたという情報ぐらいだった。
おそらく、そうやって逃れた者たちの子孫の一人が、あのダノンと名乗る老人であるに違いない。
*
王都に戻ってから、王の娘であるという立場を利用して行った図々しい頼み事はそれだけではなかった。
呪術の源とされる人間の悪しき感情。それが寄り集まる発生源と目される貧民地区の改革を訴え出たのだ。
一つ目は酒。
一部の商人組合に特権的に与えられていた酒類の販売製造の免状制を取りやめる一方、これまで非合法に売買され取り
これは酒の精製に関する技術の進歩と設備の陳腐化に伴い、その気になれば誰でも容易に商売に参入できるようになっている現状に対し、国の制度自体が古いままであることから生じるアンバランスを是正する改革案だ。
二つ目は売春業。
王都とその周辺では原則として非合法とされていた売春を合法化し、全ての店舗を王国が管理する状態に置くこと。
これも一つ目と同じく、放っておいても必ず発生するものなら、いっそ認めて管理してしまおうという考えだ。
明るみに出すことで、立場の弱い女性たちを守ろうという意図もある。
三つ目は賭博。
国営による非殺傷の決闘場を新設し、少額の賭けによる娯楽を提供する。
その三つは、いずれも規制を緩め、あるいは国家が率先して行うことにより、領民の、特に貧民地区に住んだり、そこに出入りするような人たちのガス抜きを意図したものであったが、その代わり薬物の使用・所持・売買に対しては厳罰を科すことをセットにして提案した。
温床となりそうな場に役人の目を置くことで、その監視や管理が可能になることを見越してのことだった。
娯楽の認可、税収の増加、治安の強化、雇用や商機の創出。
まだ、理屈の上だけの話なので、全てが想定どおりに運ぶとは思っていないが、短期で考えたにしては良くできた改革案だと、自信をもってブレーズ王への直談判を行った。
もちろん、全てを俺が考えたというわけではない。
俺が考えたと言えるのは決闘場のアイデアぐらいで、ほとんどはアークレギスを往復する道すがら、暇を持て余した馬車の中で、プリシラやエミリー、セドリック、それとジョゼに自由に意見を出してもらい固めていった提案だった。
ブレーズ王は、実際に運用を始めるには問題が多過ぎるとしながらも、どのように手直しすれば実現できるかはこちらで揉むと言って、ひとまず提案書を受け取ってくれた。
ちなみに、王が受け取った文書は俺が寝ている間に書かれたものだ。
つまりは、ジョゼが眠い目を擦りながら、皆の出したアイデアを立派な文章にして書き記したものである。
ジョゼにそういった話題を振ったことがないので、こんな感傷に浸っているのは俺だけかもしれないが、娘直筆の草稿に嬉しそうに目を通すブレーズ王の姿を見て、俺は自分のことのように晴れがましい思いを抱いたのだった。