姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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109 プリシラ・ベスニヨール 1

 

 プリシラ・ベスニヨールは、その日、エミリーに連れ出され王都の繁華街に出て来ていた。

 

 周りを行き来する同じ年頃の娘たちとは違い、普段彼女が店の中で着ているような質素で地味な服の上に、肩から大きな鞄を下げた野暮ったい出で立ち。

 

 午後からは来客の予定があるというのに、あの元気な貴族のお嬢様はどうしても今日がいいと言って聞かず、プリシラは半ば無理矢理連れ出されるようにして、芝居小屋の建設候補地へと向かっていた。

 

 芝居小屋というのは、貧民地区を改善する施策の中に滑り込まされたジョセフィーヌの道楽のような施設だった。

 

 豪華な芝居小屋の建設は、確かに職のない者たちへの雇用の創出と娯楽の提供に繋がるのだろうが、他にも多くの施策がある中で、急いでやらなければならないというほど効果があるとは思われない。

 そういった趣旨の発言をして、セドリックなどはジョセフィーヌの妙な前のめりさを(いぶか)しんでいたが、プリシラにはそれが、セドリックが良く知るジョセフィーヌではなく、本物のジョセフィーヌがやりたがっているからだと分かっていた。

 

 本来のジョセフィーヌは、ユリウスが演じる外面の良いジョセフィーヌ王女よりも随分奔放な性格のようで、本当はこの国の女王になどなりたいとは思っておらず、物語の創作に興じる生活を望んでいるらしい。

 文字の読めない庶民にも自分の物語を知ってもらうため、という動機によって、この王都に観劇の文化を広げたいと考えているようだった。

 

 如何にも女子供が喜びそうなその施策に飛びついたのは、馬車会議の参列者の中でも最年少のエミリー嬢だった。

 当然そこには、彼女が大好きなお姉様が言い出したことだから、という理由もあるのだろうが、芝居小屋の話が出て以来、彼女はすっかりその話に乗り気になり、こんな内装にして飾り付けたらどうでしょう、といった想像の話を夢心地に話すのだった。

 

 今日エミリーが出掛けると言い出したのは、新しい芝居小屋を建設する用地を選定したと聞いて、その立地が相応しいものかどうか、直接現地で確かめるというのが趣旨だった。

 荒くれ者が好みそうな決闘賭博場とは違い、芝居小屋は求める客層的にその立地に気を遣う必要があった。

 さらに建設しようとしているのは、小屋というのもはばかられるような巨大なレンガ造りの建物だと言う話なので、手狭となった王都の中で、それに見合った用地を見つけるのはなかなか骨の折れることである。

 

 話変わって───、

 

「上手いもんね。大分上達したんじゃない?」

 

 今プリシラがそう話し掛けた相手は、以前パトリックから財布を盗んだ子供の窃盗団の中の一人。その中でも一番年下の、あのとき浮浪者に獲物を横取りされて大泣きしていた子供だった。

 本当の名前は知らないが、皆からはチビと呼ばれている。

 チビは、店から貸し出された小綺麗な衣装に身を包み、店先に置かれた調理台の上で加工肉を焼くのに勤しんでいた。

 見ていると袖口で捲り上げられダブダブに余った布を、肉と一緒に焦がしてしまわないかと心配になる。台の上に乗って一生懸命火と格闘するその小さな姿は妙に可愛いらしく、庇護欲をそそるものがあった。

 

 プリシラがそのように感じるのはローランの影響かもしれない。

 浮浪児たちに情が移りでもしたのか、一見粗暴そうに見えるあのローランが舎弟のようにして世話を焼いているので、プリシラたちも今では彼らと気さくに話をする間柄になっていた。

 

「でも、まだ五回に一回くらいは失敗して焦がしちゃうんだ」

「きっと火力が安定しないからね。燃料の大きさを揃えてみたら?」

 

 プリシラは鉄網の下に敷かれているいびつな木炭を指差しながらそう言った。

 チビはそれを聞いても意味が分からないといったようにキョトンとしている。

 プリシラの使う言葉が難しかったのか、あるいは助言の内容自体がこのくらいの年齢の子供には難し過ぎたのかもしれない。

 

「ほら、焦げちゃう」

 

 危うくまた一枚食材を駄目にしてしまうところだったが、急いでひっくり返したので、これは……まだなんとか売り物になるだろう。 

 

「学校かぁ……。確かにあるといいかもねぇ」

「……?」

 

 これはチビに聞かせるための言葉ではなかった。

 ジョセフィーヌの言っていた庶民向けの学校の話を思い出して呟いた独り言だった。

 

 貴族の子弟のためにはアカデミアという学びの場があるらしいが、そんな高等なものでなくとも、簡単な読み書きや、物事を考えるための基本的な知識を学べる場があれば、貧しい者も、今よりは多少暮らしぶりが良くなるのではないかと思われた。

 

 もっとも、ジョセフィーヌが学校を作ろうと言い出したのは、そんな実用的で殊勝な理由からではない。

 どうやら自分が創作した物語を書き上げた暁には、その傑作を読んでくれる人間が沢山いてもらわねば困る、という理屈らしい。

 それでジョセフィーヌは、ゆくゆくは王都に住まう全員が文字の読み書きをできるようにしたいという壮大な野心を抱いているようなのだ。

 芝居小屋の件も(しか)り。なんという利己的な理由かと呆れるが、ユリウスが演じるところのジョセフィーヌが口にしたそのアイデアは、これもまた呆れるほど見事に、慈愛に満ちた理由に脚色され、皆を───主にセドリックを───感心させていた。

 

「プリシラさん、行きましょう? 早くしないと、お約束の時間までに戻って来られませんよ?」

 

 遠くの方からエミリーに呼ばれて、プリシラはヤレヤレといった表情を作る。

 プリシラがこうして店先で暇を潰していたのは、エミリーが馴染みの縫製屋に入ってしまい出てこなくなっていたからなのだ。

 

 だが、プリシラはそんなエミリーを面と向かって怒る気にはなれなかった。

 それは相手が貴族の令嬢だからではない。

 この世には楽しいことしかない、とでも言いたげな彼女の屈託のない笑顔を見ていると怒る気をなくす。というか、できることなら彼女にはそのまま、この世には本当に楽しいことしかなかった、という幸せな一生を送って欲しいと願わずにはいられなくなるのだった。

 

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