姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★ 作:磨己途
その日、俺とセドリックは王宮や王都の警備を取り仕切る者たちとともに王宮の一室にいた。
プリシラの店から大量の蔵書を運び去ったとみられる馬車の所有者が割れた、という情報を受けてのことだ。
その馬車は、以前からジョセフィーヌの王位継承に難色を示していたグリュンダークという貴族家の持ち物であることが明らかとなっていた。
俺たちは窃盗犯のことを、王宮襲撃犯と同一か、あるいは深い繋がりのある連中であるはずと見込んでいただけに、それはいかにもあり得そうな取り合わせであった。
そうと見せかけた工作である可能性も視野に入れ、どう攻めるべきかを慎重に協議することとなる。
方針は大きく分けて二通り。
少しづつ証拠を集め、その貴族を政治的に追い詰めるか、すぐに直接押し入って証拠を押さえるかだ。
無理に押し入ったところで王宮襲撃犯との明確な繋がりを示す証拠が出るとは限らないため、まずは前者の手段が穏当に思えたが、探りを入れているうちに相手が勘付いて逃げ出してしまえば、ベスニヨール家の貴重な蔵書が散逸してしまう危険もあった。
アカデミアで度々精霊の姿が目撃されていたこともあって、すでに王宮の一部では、世界に魔力が戻りつつあるのではという噂が流れ始めていた。
故に、精霊魔法について詳しく書かれたベスニヨール家の蔵書を取り戻すことは、国防の面でも重要な意味を持つとの認識があった。
俺が、王女ジョセフィーヌが、皆の前でそう主張した。
一方、本物の王女であるジョゼは相変わらず前のめりに、今すぐ乗り込んで確かめるべきだと、俺に向かって強く主張していた。
時間が経てば経つほど、蔵書の行方が分からなくなる可能性は高まるのだからと。
俺も基本的にはその考えに賛成なのだが、貴族相手に下手な動きをすると、こちらの立場を悪くすることになりかねない。
それに、お偉方を交えた会議は、どうしても慎重にも慎重を重ねる方向で進みがちだ。
俺はアークレギスの会合でも、年長者連中による同じような光景を見て苛立ったものだなと、懐かしくも苦い記憶を思い出すことになった。
長時間に及ぶ会議では結局結論が出ず、今日のところはひとまず会議は解散。明日もう一度、今度は王や王妃にも声掛けをした上で集まろうという運びとなった。
俺はグリュンターク家の出入りの監視と、さらにその屋敷へ潜り込ませられそうな内偵の人選を進めておくことは、ただちに取り掛かる必要があると言ってその場にいる者たちに約束させた。
プリシラの店に行かせたアンナがそこで消息を絶った、という報せが入ったのはその直後だった。
残念ながら、状況から考えて、アンナが誘拐されたことは間違いがなさそうだった。
店内やプリシラの生活スペースは家探しされた跡があり、僅かに残されていた書物や、魔力測定器なども持ち去られていた。
ただし、それらの犯行を直接目撃した者はいない。
プリシラの店の外で監視の任に当たっていた者たちは、それが行われている間、昏睡し意識を失っていたのだ。
店の正面口が見える場所に詰めていた警備の者は二人。
彼らはアンナが店の中に入ったところまでは確認しているが、自分たちが誰にどうやって眠らされたのかまでは覚えていなかった。
ただし、その二人が訴えた症状や、同じ日に別の場所で得られた情報も合わせて考えると、それが呪術の一種である可能性は極めて高かった。
意識を失う直前に、足元で陶器かガラスのようなものが割れる小さな音を聞いた気がすると言うのだ。
おそらく、何者かが二人の背後から近付き、呪術で眠らせたのだろう。
本来アンナと同じ場所に居合わせていたはずのプリシラは、エミリーからの気紛れな誘いに応じて外出していたため難を逃れていた。
そのせいで、あの呪術士ダノンに出くわし、街中で襲われることになったのだが、結果だけを見れば、その気紛れに助けられたと言わざるを得ない。
そのお陰でダノンが王都の中にいることがはっきりしたし、貴重な本も奪われずに済んだ。
補足すると、プリシラの救援に駆け付けたパトリックがその場に居合わせたことも偶然ではない。
もともと偶然を装い、プリシラとパトリックを街中で会わせることがエミリーのねらいだったのだから。
「ひとまず引き分けだな」
そう言ったのは、目元を水で濡らしたタオルで冷やしているローランだった。
ローランの右眼の周りには、青黒い痣がくっきりと浮かんでいた。
ここにやって来たとき、俺がその顔を見て、これは手酷くやられましたね、と言って
実際、話に聞けば、よくその程度の怪我で済んだなと思える奮闘ぶりであったと思う。
マーカスの巧みな剣技によって、剣を弾き飛ばされたローランであったが、彼の言によれば、その剣が地に落ちるよりも早く、とっさの反応で相手に組み付いて押し倒し、殴り合いに持ち込んだのだそうだ。
周囲に人が集まり始めたためとは言え、あのマーカスを退散させたのだから、実質勝ちだと言っても良いだろう。
プリシラを守るために見事な立ち回りを見せたパトリックといい、頼もしい限りだ。
彼ら三人とサナトスの稽古は最近始まったばかりだが、その成果が早速出たのであれば何よりである。
「で? 次はどうする? このまま、引き分けたままじゃ終われないだろう?」
「当然です。アンナを救い出します」
俺が強い調子でそう言うと、王宮内の一室に顔を揃えた面々が一斉にこちらを見た。
エミリー、プリシラ、セドリック、パトリック、ローラン。
俺が呼び集めた、アークレギスへの旅を共にした馬車会議の面々である。
ローランの理屈では、今日の一連の事件───ローランは引き分け、パトリックはプリシラと本を守り切ったので勝ち、プリシラの店では相手に出し抜かれたから負け───ということで、この三本勝負は引き分けと言いたいらしかった。
だが、こちらはアンナを攫われているのだ。
引き分けだなどと、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
完全な大敗北だった。
今日アンナをプリシラの店へ遣いにやったのは、アンナの身体に魔力の残滓が認められないかを詳しく調べることが目的だった。
すでにかなりの月日が経過しているので望みは薄かったが、一時的にせよ百年の時間を超えてミスティの魂がその身体に宿るぐらいの魔法が使われたのだから、ジョセフィーヌ同様に、身体からその魔法が行使された痕跡が見つかるかもしれないと考えたのだ。
昼間であるし、店の周囲には警護の者たちもいるのだからと考えていたが甘かった。
「でも、どうして賊はアンナを攫っていったのでしょう?」
エミリーはここに来てからずっと、そわそわと気遣わしげにしている。
一度自分が誘拐されたことのある彼女には、アンナが今、どれほど心細い思いをしていることかと、自身の経験と重ね合わせるところがあるのだろう。
「そりゃあ、賊に顔を見られたからじゃねーか? 見張りの奴らも誰も姿を見てねーんだろ?」
「口封じなら、その場で殺してると思う。きっと、奴らにとって何か利用価値があったんだ。プリシラさんみたいに」
こんな場面ではあまり発言することのないパトリックが珍しく口を開く。
手柄を挙げたことで自信が付いてきたのかもしれない。
「利用価値? ただの侍女にかぁ?」
「……人違いをされたのかもしれませんね。彼女はジョセフィーヌ様のお召し物を借りて行かれたのでしょう?」
「「あっ」」
セドリックの言葉に、俺とプリシラ以外の全員が、そうに違いないと納得したようだった。
確かに王宮の馬車から降りてきたところから見られていたとするなら、賊連中が勘違いをしそうな条件は揃っていた。
背格好も似ているし、何より彼女は美人だ。
「しかし、そうだとすれば、賊が彼女を長く生かしておくとは思えませんね。連れ去られた先がグリュンタークの屋敷であるとすれば、もしかすると今頃は既に……」
「そんな……!」
エミリーが悲鳴のような声を上げる。
確かに、王女だと思って攫ってきた女性が、ただの侍女だったと分かれば、それを生かしておくことは彼らにとってリスクにしかならないだろう。
特に、賊を囲っているのが予想どおりグリュンターク家の者であるならばだ。
彼らは自身の関与を是が非でも知られたくないと思っているはずだ。
「それに、ここに来て相手の規模が読めなくなって参りました」
呪術を使える者が、果たしてあのダノン一人だけなのか、という点も俺たちの重大な関心事の一つであった。
今回の話を整理して考えると、どうやらプリシラがダノンに追われていたのと、アンナが誘拐されたのはほぼ同じ時刻であったようだ。
ダノン以外に、少なくとももう一人は呪術を扱える者がいると考えなければ。
「とにかく、ここは慎重な判断が肝要かと……」
セドリックが言う慎重な判断とは、要はアンナを見捨てることも視野に入れよと言うことなのだろう。
どのみち、すでに生きているかどうかも怪しいのだからと。
だが、俺やプリシラ、それにジョゼの手の内には、セドリックたちが知らない別の情報が握られていた。
アンナが攫われた現場と思われるプリシラの店の中で、封を切られた封筒が発見されていたのである。
プリシラが、そっと俺に手渡してきたその封筒の表には、ミスティへ、という宛名が記されてあった。
それは大分前に、俺がアンナに持たせた手紙だった。
あれはまだアークレギスに旅立つ前……、俺が真実を知る前のことだ。
当時の俺は、次にミスティがアンナの身体を借りて現れた時に、その近くに自分がいなかったとすれば、彼女と連絡を取り合うチャンスをみすみす
そうした場合に備えて、今の自分が置かれた状況を手紙にしたため、ミスティと連絡を取り合えるようにと準備していたのだ。
アンナには、決して中の物は読まずに、しかし、常に肌身離さず持ち歩くようにと伝えてあった。
アークレギスであんなことがあったせいで、俺の方はそれを持たせたことすら、ほとんど忘れていた代物であったが、アンナは言い付けを律儀に守り続けていたらしい。
セドリックたちの知らないその情報を足して考えると、アンナが攫われた理由に関する俺の見立ては、決して人違いなどではなかった。
プリシラの店に押し入った賊───おそらくダノンと同じく呪術を使い、精霊魔法の知識にも通じている者───それがアンナの所持していた俺の手紙を読み、彼女自身に価値を見出して連れ去ったという見立てである。
つまり、アンナの命は失われてなどいないし、救い出せる可能性もまだ十分に残っているということだった。
*
─── 愛するミスティへ
君がそうしていられる時間が限られているのかもしれないから手短に書く。
あれからすぐ、俺は自分がユリウス・シザリオンであることを思い出した。
だが、記憶は完全ではない。
こうなる直前の記憶がどうしても思い出せない。
あれからもう三カ月以上経つというのに。
君と、アークレギスのことが心配だ。
無事であってくれると良いのだが。
気付いていないかもしれないから一応こちらのことも書いておく。
まったく驚くことに今俺は、この国の王女であるジョセフィーヌ・カルドエメフ姫として過ごしている。
そして、おそらく今、これを読んでいる君が魂を宿している相手は、ジョセフィーヌ姫専属の侍女であるアンナという娘だ。
アンナにも、それ以外の他の誰にも、まだ俺の正体は知られていない。
王女に迷惑を掛けるわけにもいかないので、どうかこのまま、この事実を周囲に知られないようにしておきたい。
可能であれば直接会って話したいが、それが難しい場合はアンナの手に返事の手紙を持たせて欲しい。
そしてどうか、何が起きているのかを詳しく教えて欲しい。
どうしてこうなったのか。
あのときミスティが言っていた、俺を狙う敵とは誰なのか。
本当はすぐにでもアークレギスに行って確かめたいが、ジョセフィーヌ姫がとても病弱な身体であることと、正体を悟られるわけにはいかない事情から、今は自重している。
しかし、もしも何か良くないことが起きているのなら、必ず万難を排して君を助けに行くつもりだ。
世界中の誰よりも、どこにいても、君のことを愛している。
ユリウスより ───