姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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116 反撃の狼煙

 

『誰を? 何を呼ぶって?』

「爺さん。おい、爺さん。精霊の爺さん。聞こえてないのか? 出番だ。出てきてくれ」

 

『ああ、なるほど。でも、そんな都合良く出て来てくれるかしら?』

「前だって駄目で元々と思って呼んでみたら出て来ただろ?」

 

『でも、前にいなくなるとき何か怒ってなかった? よほどのことがない限り呼ぶなー、とか』

「今がよほどのときじゃなくて何なんだよ」

 

 だが、確かにジョゼの言うとおり、頼みにするには都合が良過ぎるか……。

 アークレギスへの道中、プリシラに見せてもらった本の中には、精霊たちについての記述もあった。

 スケッチ付きで記されたそれには、俺がよく知るあの小さな老人姿の精霊に関する解説もあった。確か、あの本には……。

 

「プリモ! 原初の精霊プリモ。助けがいる。出てきて手伝ってくれないか?」

『プリモお爺ちゃーん。助けてー』

 

 本にはその名と、それが極めて稀にしか見られない精霊であること、それに精霊にしては珍しく人の言葉をよく解し、会話ができることなどが記されていた。

 本には、その精霊と会話をしたという人間の逸話がいくつか記録されていたが、原初の精霊プリモなるものが具体的に何の力を司り、どんなことができる精霊なのかは、その書を著した者にも分からず終いだったらしい。

 

「その名を軽々しく呼ぶな」

 

『あ、出た』

 

 老精霊は、椅子に縛り付けられたジョセフィーヌの腹の辺りからニョッキリ姿を現すと、そのまま膝の上に載ってこちらを見上げた。

 

「頼む。男の姿に戻りたい。またあの変な踊りをやってくれ」

「何じゃ。文句ばかり言うくせに、精霊を顎でこき使いおって」

 

「一大事なんだ。頼むよ」

「人間の一大事は些事(さじ)ばかりじゃからなー」

 

「見て分かるだろ? この身体に危険が迫ってるんだ。この身体を通じて世界に魔力が流れ出てる。今この身体に何かあったら、精霊にとっても一大事なんじゃないか……?」

 

 老精霊は少し考え込むような動作をして黙ったあと、仕方ないなと呟いて、どこからともなくヒョイと杖を取り出した。

 

『あ、待ってよ。適当なタイミングでまた元に戻りたいんだけど?』

「面倒な。ならば次はお前さんがそうしたいと思ったときにそう念じろ」

 

 老精霊はすでに、杖を掲げて上下に振るあの不思議な踊りを始めていた。

 今、確かに俺の頭の中のジョゼの声と会話をしていたよな、と驚いている間に部屋の中が光に包まれる。

 

「痛って」

 

 俺はドスンと尻餅を付いて倒れた。

 俺を縛り付けていた縄も椅子も、いきなり丸ごと消えてしまったために、その不自然な体勢を支えられなくなったのだ。

 

『あ。今、痛いって言った』

 

 ジョゼが俺をからかうように言う。

 

「言うさ、それくらい」

『オリアンヌの前だと、あんだけ(かたく)なに声出さなかったのに』 

 

「うるさい。今のは気を抜いてただけだ」

 

 ふと、頭の上に違和感を感じそこに手をやると、何やら指先をチクリと刺すものがある。

 取り上げたそれを目の前に運ぶと、その異物が先ほどジョゼの言っていたカミソリであることが分かった。

 

『椅子は丸ごと消えたのに、それは残ったの?』

「そのようだ。多分、金属は対象外なんだろう」

 

 最初にユリウスの身体に戻ったときにも、エミリーがお守りとして掛けてくれた首飾りだけはそのまま残っていたことを思い出す。

 

 俺は久しぶりに見る自分の身体を改めて見回した。

 背中までは見えないが、肩から腕にかけてぐるぐるに巻かれた包帯は、オリアンヌに手当てされた、あのときのままだった。

 あれから優に二カ月以上経過しているのに、包帯はまるでさっき手当てしたばかりのように真新しい。

 オリアンヌに塗ってもらったあの軟膏のツンとする臭いも残っていた。

 

『それ以外は服と同じ扱いってこと? 私の身体になるとまた縛られた状態に戻るのかしら?』

「ああ、多分そうだ。気を付けないとな」

 

 敵の目の前で、縛り付けにされた状態で戻されては堪らない。

 

 俺は予め目星を付けてあった壁に向かって歩み寄る。

 そこには大きな幅広の直剣が掛けられていた。

 装飾品らしく刃は潰してあったが、まあ、ぶん殴って使うならこれでも問題ないだろう。

 人質を捕らえておく部屋に不用心な、と思いつつそれを手に取る。

 

「…………」

 

 まあしかし、このズシリとくる重さはジョセフィーヌの細腕で扱えるような重量ではないか。

 そもそも華奢(きゃしゃ)な娘が、あの拘束を解いて逃げ出すなど、普通は想定できるものではなかろう。

 

 もしかするとここも無警戒なのでは、と期待を込めて出口のドアノブをそっと捻る。

 もともと施錠して使う想定で作られた部屋ではなかったのだろう。ドアノブの方は滑らかに回ったが、押し開けようとすると外側につっかえる物があり、それによって阻まれた。

 

「仕方ない。ぶち破るぞ? 出口の方向は分かるか?」

『私が連れて来られたのは向かって左から。アンナを探すなら右の奥の方が怪しいと思う』

 

「了解」

 

 俺は剣を両手で構え、体当たりするように思い切りドアの隙間に向かってそれを突き出した。

 メリメリと木の割れる音がして、狙い通りそこに刀身が深々と突き刺さる。

 そのまま壁の方を支点にして、梃子(てこ)の要領でドアを内向きにこじ開けた。

 またも木の板が(きし)む大きな音が響く。

 ドア自体は開かなかったが、扉の上部が割れたので、そこから腕を伸ばして、外側にあった支え棒を取り払った。

 

 改めてドア板を押して外に出ると、廊下の左手に、こちらを見て怯えたように立ちすくむゴロツキの姿が見えた。

 

 それはもう、ゴロツキとしか言いようのない粗野な出で立ち。

 この瀟洒(しょうしゃ)な内装の屋敷には、およそ似つかわしくない男だ。

 賭けてもいいが、マーカスの手下の一人に違いない。

 

 男の方に向かって行く前に、俺は右手側のドアの陰を覗き、誰もいないことを確認する。

 こちらにはそれぐらいの余裕があった。

 

「だ、誰だ! どうやってその中に入った!?」

 

 王女一人を閉じ込めたはずの部屋の中から、包帯まみれの男が扉を破って出て来たとなれば、確かに驚くなというのも難しい相談だろう。

 だが、そんな愚にも付かないことを尋ねる前に、叫んで仲間を呼ぶなり剣を抜くなりすれば良いものを。

 俺は半ば呆れながら、ツカツカと歩いて男に詰め寄った。

 百年後の世の中はこんな無法者すら平和ボケしているらしい。

 

 ダラリと下げて持った剣を無造作に持ち上げ、両手でグイと突き出す。

 男は、ほとんど何の抵抗も見せないまま、そのなまくらの鉄塊を腹に受け止めると、グエと(うめ)きながら膝から崩れ落ちた。

 突き刺してはいない。

 ほんのちょっとした力で小突いただけだ。

 

「アンナはどこだ?」

 

 俺は男を見下ろしながらそう尋ねた。

 だが、男は(あえ)ぐのに忙しいらしく返事を返さない。

 

 俺は剣を下から振り上げ、剣の平の部分ですくい上げるようにして男の顔を殴りつけた。

 吹き飛んで仰向けになった男の腰から剣を引き抜き、胸を踏み付け、男の喉元にその鋭利な剣を突き付ける。

 

「死にたくなければ今すぐ答えろ。お前たちが昼間に捕まえた女だ。どこにいる?」

「……二階、二階だ。頼む、助けてくれ」

 

 唇から血を流しながら男が答える。

 

「すまないな」

 

 俺が口にしたのは、力の加減を間違えてうっかり殺してしまったらすまない、という意味の謝罪だった。

 幅広の剣の方でもう一度、今度は上から男の頭を叩き付ける。

 男は首を横に倒し、ぐったりと動かなくなった。

 

『うひゃー。容赦ないわね』

「容赦はしてるさ。次はきっと殺すからな? 辛かったら目をつぶってろ」

 

『できるならしてるわよ』

 

 俺は左右に持った二つの剣を見比べる。

 屋内であれば流石に取り回しのし易さが優先か。

 俺は幅広の剣を足元に投げ置くと、振り向いて、屋敷の奥に向かって歩き出した。

 

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