姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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133 ある物語の顛末

 

 俺はそれから、父上たちの前で、俺が未来から持ち帰った策を話して聞かせた。

 それは代々この地を守り、受け継いできた者たちにとって、辛い決断を強いる提案だったが、長い時間かけて悩んでいられるような贅沢は許されなかった。

 

 このアークレギスが抜かれれば、ミザリストの内地をランバルドの軍勢によって大きくえぐられることは、火を見るよりも明らかだ。

 それに、そのランバルドを招き入れたベスニヨールの逆賊たちによって、魔法の力を自由に行使される事態となれば、反攻はさらに困難となる。

 周囲の魔力が回復し、安定するのを待つわけにもいかなかった。

 

 強大な敵勢を削ぎ、侵攻ルートすら塞ぎ、魔力の回復を絶つ。

 それらを行うためには、今このときを逃さず、決断する以外に道はない。

 俺は言葉を尽くし、頭を下げ、これから行うことの必要性を懸命に説いた。

 

  *

 

 数刻の後、俺とミスティはあの大岩───ミスティが最初に転移させようと狙いを定めていたあの大岩───の上に登り、砦村がある方向を遠くから見渡していた。

 俺はミスティの両肩を包んで覆うようにして、後ろから強く抱き締める。

 

「イメージできるか? 陰になって見えないが、ここからあの、子供の頃背比べをした大樹の丘の手前ぐらいまでだ」

「そんな広大な範囲……。本当にできると思う?」

 

「ああできる。ミスティは天才だ。プリシラもそう言ってた」

「誰よそれ? 知らない女の名前ね」

 

「あとで全部話すから今は集中してくれ」

「気になって集中できないかも。それに思ったんだけど、ユリウス……、なんか女慣れしてない?」

 

「えっ!? いやっ、そんなことないさ。ここから落ちたら……大変だろ?」

 

 俺はミスティの身体をすっぽりと包んでいた両腕の位置をさりげなく直す。

 

 それからミスティは深い瞑想に入った。

 

 俺の身体にしたのと同じように、空間をまるごと、アークレギスの台地全体を精霊たちが住まう世界に転移させる。そこに陣取っている大勢のランバルド兵もろともに。

 俺の目論見では、その複雑で、かつ強大な魔法の行使は、この世界から魔力を根こそぎ奪ってしまうはずだった。

 途方もない規模の魔法であるが、俺はミスティによるその魔法の成功を信じて疑わなかった。

 俺自身が百年後に、すでにあの美しく広大な湖の姿を目にしていたからだ。

 

 母上や祖先が眠る故郷の大地を失うことは惜しまれるが、それによって百年にも渡る平和とミザリストの繁栄が約束されるのであれば仕方がないと自分に言い聞かせる。

 

 それに何よりも……、これがなければ繋がらないのだ。

 ジョセフィーヌやアンナ、エミリー、プリシラたちが生まれ、平和に暮らすあの時代に。

 ─────────。

 ──────。

 ───。

 

  *

 

 大きな湖の湖畔にそびえる巨岩。

 それに並ぶようにして建った瀟洒な館がある。

 

「───それでは、この娼館のご主人はあの方のご子孫ではない、ということですか?」

 

 テーブルに着いてお茶を啜るジョセフィーヌに向かってアンナが尋ねる。

 

「そうらしいわ。ここを建てるのに、昔アークレギスに住んでた誰かと当時のミザリストの王が関わってたことは間違いないらしいけど」

「じゃあ、結局行方知れずってわけ? つれないわねえ」

 

 屋敷の主人から振舞われた生菓子に舌鼓を打ちつつプリシラが言った。

 

「そうでもないわ。落ち着いてから二人は王都に移り住んだみたい」

「んんー!? んじゃあ、どっかであいつの子孫とすれ違ってるかも知れないんだ」

 

「ええそうね。何でも、それ。その甘いお菓子を食べに行くんだか、作りに行くんだかって言い残して旅立ったそうよ」

 

 えっ、これ? という顔で、口の中に運びかけた匙の上の生菓子を見つめるプリシラ。

 

「しかし、もう少し、何とかならなかったのでしょうか。手紙を書き残すなり何なりして」

 

 そう言いながらアンナは、テーブルの上に人数分用意された生菓子を物欲しげに眺めていた。

 そして、そう言えばあのときも、結局あの美味しそうな菓子を食べ損ねたのだったと思い返す。

 椅子も足りないようですし、と言って自ら着席を断ったのだが、あれが茶菓子として添えられるのであれば、我が儘を言って自分も座らせてもらえば良かったと、幾ばくかの後悔をしながら口の中に唾液を溜める。

 

「何か手掛かりになるような物を残して、それで歴史が変わったらマズいとか考えたんじゃない? あいつ、そういうとこ無茶苦茶慎重なタイプだったし」

「もうっ。皆さん。先日から一体どなたのことを話してらっしゃるのですか? わたくしだけ仲間外れのようで悲しいです」

 

「あぁ……。エミリーが知ったら卒倒しかねないから、みんな気を遣ってあげてるのよ」

「そんなことを聞いたらますます気になります。お姉さまぁ? 今日こそ教えていただきますからね?」

「もうっ、くっつくのやめなさいよ。子供じゃないんだから。私は皆の憧れの的の、高貴なお姫様なのよ? 未来の女王様よ?」

 

 隣の椅子からしな垂れ掛かってジョセフィーヌの腰に手を回すエミリー。

 ジョセフィーヌは最初それに激しく抵抗しているように見えたが、エミリーがどさくさに紛れてジョセフィーヌの太腿と太腿の隙間に手を滑り込ませると、不意に動きを止めて固まった。

 

「?……お姉さま?」

 

 いつの間にかジョセフィーヌが身にまとう空気が変わっていた。

 エミリーが首を(かし)げて見上げる。

 彼女の頭上には瞳を潤ませるジョセフィーヌの紅潮した顔があった。

 

「ちょっとちょっとぉ。あんたたち場所を考えなさいよね? 見てるこっちがこっ恥ずかしいわ」

「エミリー様。おふざけが過ぎますよ?」

「……エ、エミリー……?」

 

 何やら戸惑いつつも顔を上気させるジョセフィーヌに向かってエミリーがうっとりと顔を寄せる。

 そのまま二つの柔らかな唇がそっと重なり合う……そのとき、その直前……バチンという大きな音が部屋の中に響いた。

 

「あいった!」

 

 叩かれた後頭部を両手で押さえたのはジョセフィーヌだった。

 

 そして、そのジョセフィーヌに手を上げたのは、こともあろうに彼女の侍女であるアンナである。

 

「えっ!? ええっ? アンナさん!?」

「どしたぁ!? いきなりー」

 

 エミリーが動揺して椅子の上から転げ落ち、プリシラがアンナを抑えようとして立ち上がる。

 

「これはどういうこと? ユリウス」

「ち、違うんだ。俺にも何がなんだか……」

 

 ふんぞり返るようにして腕組みをするアンナに対し、自分の侍女から睨みつけられたジョセフィーヌの方は、妻に浮気現場を見とがめられた夫のように、情けない声で言い訳を始める。

 

 皆、いきなり始まった寸劇に呆気に取られていたが、いち早く察したのはプリシラだった。

 

「もしかして……、ユリウス? と……、ミスティ!?」

 

 アンナの姿をしたミスティは、キョロキョロと周囲に目を配った後、自分に人差し指を向け、口をあんぐりと開けているボサボサ頭の女に向かって悠然と口を開く。

 

「なるほど。貴女がプリシラさんのようね。どうも。うちのユリウスがお世話になったみたいで」

「どっ、どっ、どっ、どういうことですか!? 何が起こってるんですか? 説明してください。お姉さま!」

 

 エミリーが、いまだ頭をさすっているジョセフィーヌの足元にすがりついて彼女を見上げる。

 

「ユリウス、ユリウス説明! 説明して!」

 

 ミスティからの謎の圧に気圧(けお)されたプリシラもそれに続く。

 二人の女性から説明を求められたジョセフィーヌ、もとい、ユリウスは、手指をもてあそびながらバツが悪そうな表情を作った。

 

「いやー、そのさぁ……、向こうで全部片付いたあと、残り少ない魔力を使って、ジョゼたちにメッセージを送ろうって話になったんだ」

「ジョゼェ?」

 

 随分仲のおよろしいことで、と言いたげな怒りの籠ったミスティ───であるところのアンナの声に、ジョセフィーヌ姿のユリウスがビクリと震え、その小さな肩をさらに小さく丸めるようにした。

 

「本当は、ミスティがアンナにしたみたいに精神だけを送るはずだったんだけど、俺もそれ以上のことは……」

 

 そこで不意に、ユリウスが自分の耳を押さえ、うるさそうに顔をしかめて目をつぶる。

 その様子を見てプリシラだけは、ああ、中でジョゼが騒いでいるんだな、と察することができた。

 

「なんかね、癖? みたいなのが付いちゃったみたいでね。精霊の世界を通じて百年後にアクセスしようとした瞬間、またユリウスが身体ごと吸い込まれちゃったのよ。それで慌てて私も追い掛けて来たってわけ」

 

 ユリウスを引き継いでミスティが補足する。

 

「はぁ!? そんな気軽に時空を飛び越えて来ないでよー! 非常識。非常識過ぎんのよ、あんた」

 

「そんなことよりユリウス? 聞いてた話とは随分違うみたいだけど、ちゃんと全部説明できるんでしょうねぇ?」

 

「す、すみません、プリシラさん。わたくし今、とんでもなく恐ろしい考えが頭に浮かんでいるのですが……」

 

『ちょっとー! 私にも喋らせなさいよねぇ?』

 

 ユリウスは、女性たちの賑やかな……、いや、抜群にかしましい声を全身で浴びながら、一体この状況にどうやって収拾を付ければ良いのかと途方に暮れるのであった。

 

 

〈完〉

 





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