姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

3 / 134
02 病の床で目覚めて 2

 

 自分の心に巣食う違和感の正体をはっきりと自覚してからは、ベッドの中にいても妙に落ち着かない気持ちになった。

 男の自分が女性の身体の中にいることの罪悪感と気恥ずかしさによって、誰にも……、侍女や母親の目に対しても、この姿を晒しておくことが居たたまれなくなるのだった。

 寝返りを打ち、(ふく)らんだ乳房が自分の手に当たるのを感じただけでも慌てふためいてしまう。

 

 部屋に誰もいなくなったとき、遂に我慢できなくなり、動かない身体を押してベットから()い出すと、部屋の隅にある鏡の前まで歩いていった。

 そう鏡。

 この家には全身を映すほどの大きな鏡があるのだ。

 それだけで自分がどれほど裕福な家の娘であるのかが推し量れる。

 

 中を覗き込むと、そこには見知らぬ女性が映っていた。

 ()せっていただけあって、多少やつれて見えるが、そうであっても十分魅力的だと言える。若く美しい女性だ。

 自分の姿だというのに、その鏡の中の女性から真正面に見つめられてドギマギしてしまう。

 それに、それが自分の姿だというのに、何も思い出せることがなく、そのことに酷く落胆を覚えた。

 

 そうしてやはり、この身体は自分のものではないのではないか、という奇天烈(きてれつ)な考えに至ってしまうのだった。

 記憶がない、というだけでも一大事であるはずなのに、この持て余す事実とどう向き合えばよいのか。

 

 何も考えがまとまらないままベッドまで戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 たったこれだけ歩いただけで、酷い眩暈(めまい)と息切れをしている。

 どこかの国の王宮かと思う程、自分一人に対し無駄に広い部屋だ。

 いや、それもそうなのだが、一体なんと虚弱な身体なんだ……!

 

 息を整えつつ、何はともあれ今は体力を回復することこそ最優先だと考え、また眠りに就くのだった。

 

  *

 

 あるとき、聞き慣れぬ音で目を覚ました。

 

 病人がいる部屋に相応(ふさわ)しくない、バタバタという慌ただしい足音が部屋の中を行ったり来たりしていた。

 そこに時折、引き出しや衣装ケースを乱暴に開ける音が混じった。

 一旦、部屋のドアを開け、廊下に出て行く音がしたが、すぐにその足音が戻って来る。

 

 眠い目を擦って確かめると、何のことはない、音の主はいつも身の回りの世話をしてくれている若い侍女なのだった。

 興味を失い、また眠りに就こうと目を閉じたが、そうしたところへ侍女がこちらに向かい一直線に歩いてくる音が迫ってきた。

 その勢いにただ事ではないものを感じ、再び目を開けると、侍女はベッドに片膝を乗せて前のめりとなり、額がぶつかりそうなほど間近で、こちらの瞳を覗き込んでいた。

 

 使用人ではあるが、この娘もかなり整った美しい顔をしている。

 (いささ)か慎みを欠いた振る舞いではあるが、こんな美少女に真正面から見つめられると流石に緊張を禁じ得ない。

 

「……なに?」

 

 それが初めて耳にする自分の声なのだと気付いた。

 やはり、というか、当たり前だが、女性の声だ。

 

「貴方なの? ユリウス?」

 

 対する彼女が発した言葉はそれだった。

 音としては確かにそう聞こえたが、とっさに何を言われたのか分からず混乱する。

 

「……分からない」

 

 間の抜けた答えだ。

 自分としては何を聞かれたのか分からない、という意味で答えたつもりだったが、相手はそう思わなかったようだ。

 

「やっぱり……。記憶を失っているのね? でも、貴方しかありえない。貴方がユリウスよ」

 

 今さらだが、目の前にいるこの侍女の様子がどうにもおかしいと内心で(あせ)り始める。

 

 普段落ち着いて、丁寧な物言いをしていた少女とは思えない言葉遣い。

 一瞬別人なのかと疑ったが、姿形や声は確かにあの侍女のものに違いない。

 

「聞いて。このままだときっと次は貴方が狙われることになるわ。自分がユリウスだってことは誰にも知られないようにして。誰だか知らないけど、()()()()()()()()()()()()()()しばらく身を隠すのよ」

 

 混乱した頭に向かって(まく)し立てられる話の内容は全く理解できなかったが、その表情や声から少女の焦りや、こちらの身を真剣に案じている想いは伝わってきた。

 

 もっと落ち着いて話を聞かせて欲しい。

 よく聞けば何か思い出せそうな気がする。

 

 自分に向かって話し掛ける口振りが、何か、記憶の(ふた)を揺するような気がするのだ。

 侍女はそこまで話すと、ふと何かに気付いたように後ろを振り返った。

 誰かが廊下を歩いて来る音がする。

 

「ごめん、時間がない。必ず迎えに来るから」

 

 そう言ってベッドから離れようとする少女の手を、思わず握って引き留める。

 

「待って。君は? 君は誰?」

 

 ハッと息を飲む声。

 瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな切ない表情を浮かべ、少女は言った。

 

「……ミスティ」

 

 懐かしく暖かい名前。

 その名前は、目覚めてからこれまで耳にした中で、最も自分との繋がりを感じる音の響きだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。