姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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47 アカデミア事変 2

 

 一瞬の間に、誰に、どこまでの秘密を明かして良いものか、必死で頭を巡らせた。

 最初はパトリックになら事情を明かして協力を仰いでも良いのではないかと思った。

 王都での情報収集やアークレギスのことを探ってもらう協力を仰げるのなら、これ以上心強い味方はいない。

 

 だがエミリーは、ユリウスの姿をジョセフィーヌが男性化したものだと思っている節がある。

 その正体がパトリックの昔馴染みの実在の男……、そう、中身が本物の男だということがバレでもしたらおそらく大変なことになる。

 

 やはり駄目だ。

 今、パトリックと顔を合わせるわけにはいかない。

 

「あ、いえ。大丈夫です。パトリック様、大丈夫です。どうか、ここに。ここは女性の……」

「あっ! ああ、そうでした。自分としたことが。しかし……」

 

「ご心配には及びません。ちょっと驚いて声を出してしまっただけですから」

 

 間に壁があるので向こう側の様子は見えないが、どうやらエミリーが落ち着きを取り戻して、中に入って来ようとするパトリックを押しとどめてくれているようだ。

 

「とにかく、殿方にお見せできる状況ではありませんので、パトリック様は外でお待ちください。いいですか? 絶対に耳もそばだてては駄目ですよ。もっと離れてください」

「えっ? ああ、はい。しかし、一体どのような……」

 

 その説明でパトリックが一体どんな想像をしているのかは気になったが、とにかく向こうの方へ追いやることには成功したらしい。

 少ししてエミリーが中に入ってきた。

 

「お姉さま? 一体どうして?」

「突然また、あの精霊が現れたのです」

 

 そう説明する言葉にはどうしても忌々(いまいま)しげな感情が乗ってしまう。

 まったく精霊という奴は勝手気ままで困る。

 

「ではまた、時間が経てばお戻りになるのでしょうか?」

「おそらく……。ですが、それがいつのことになるのか……」

 

 正直、自分の声が女言葉をしゃべっていることにはかなりの違和感があった。

 だが、エミリーは自分のことをジョセフィーヌだと信じている。

 今はこの嘘を吐き徹さなければ。

 

「お屋敷に……、いいえ、一旦わたくしの家に参りましょう。何か、馬車のところまでお姿を隠せるような羽織り物を探して参りますわ」

「え、ええ……。そうね……」

 

 前回ユリウスの身体に戻っていた時間を考えれば、そんなことをしている間に元に戻るような気もするが、そうでなかった場合、ずっとここでこうして隠れているわけにもいかない。

 ここには他の貴族の女性も訪れるだろうし、入って来られた場合、この中には身を隠せるような場所はない。

 俺はトイレの出入り口の影から、足早に去るエミリーの後ろ姿を見送った。

 

「エミリー様、どちらへ? 姫様はどうされました?」

「ああ、パトリック様。良かった。貴方も手伝っていただけますか? お姉さまのお体をすっぽり覆える大きな布をこっそりとご用意したいのです」

 

 遠ざかる二人の声に重なるように、それよりも近い場所で今度は女性同士の話し声が聞こえてきた。

 ……この声は、先ほどのお茶会の席にいた貴族の令嬢たちに違いない。

 

「あれはエミリー様? ということはジョセフィーヌ様もお戻りになられたのかしら?」

「多分そうでしょう? わたくしもう我慢できません。入りましょう?」

「そうですね。これは緊急事態ですから。鉢合わせてしまったとしても許していただきましょう……」

 

 その話を聞き終わるときにはすでに、俺はトイレから出て、声がするのとは逆方向に向かって足早に歩き出していた。

 なるべく大きな足音を立てないよう、滑るような足取りで。

 こちらは二階に続く階段しかなく、建屋の奥に追い込まれることになるが致し方ない。

 通路を曲がって階段の方に逃げ込んだ直後、俺の背後で声の主たちがトイレの中へと駆け込んでいく足音が聞こえた。

 一難が去りほっと一息つく。

 

 だが、これからどうする?

 

 今トイレの前を通れば外に抜けられるが、そちらはお茶会と剣術試合の参加者が大勢いて人目につくだろう。

 

 俺は階段の上の方を振り仰いだ。

 この場所は二階からは丸見えだ。

 いっそ二階に上がってしまった方が身を隠し易いか……。

 

 足音を忍ばせて二階に上がる。

 二階にはいくつかのドアが見えたが、そのうち一番手前にあるドアが開け放たれていたのでその部屋に入ってみる。

 

 しまった。ここは女性の部屋だ。

 

 そうと分かったのは部屋の中にいくつものドレスが広げて置かれていたからだった。

 それに甘く(かぐわ)しい香水の匂いも立ち込めていた。

 

 この匂い……、覚えがあるぞ?

 

 そうやって思い描いた女性の顔と、ちょうど階下から聞こえてきたよく通る声の主の顔が、俺の頭の中で一致する。

 

 不味い。ここはオリアンヌの私室なんだ。

 

 オリアンヌは大きな声で使用人に向かって何かの指示を繰り返していた。

 そのうち、一階から大急ぎで駆け上がって来る足音がした。

 別の部屋へ移る余裕はない。

 俺はオリアンヌの部屋の扉の陰に身を置いたまま、祈りながら耳をそばだてた。

 

 …………。

 

 幸い、上ってきた足音はそのまま二階の別の部屋へと消え、バタリとドアが閉じる音がした。

 何か仕事を言いつけられた使用人の足音だったのだろうかと当たりを付ける。

 

 だが、不味いぞ。このままここにいては、いずれ見つかってしまうかもしれない。

 それに、見つかってしまうにしても、女性の部屋の中でというのは考え得る限り最悪の状況ではないだろうか。

 

 かと言って、今下りて行けばトイレにいる二人や、二階での用を終えた使用人と鉢合わせてしまう可能性が高い。

 どうにも身の処しようがなく、半裸で傷だらけ、どこからどう見ても不審者に違いない俺は、そのままオリアンヌの部屋で息を殺して待つことしかできなかった。

 

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