姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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67 不用意な訪問 2

「このお店はプリシラさんお一人で?」

 

 プリシラが食べ終わるのを全員でジッと見つめ続ける、というのもなんなので、俺からそう声を掛けてみる。

 会って早々に交わす話題としては、いささか不躾(ぶしつけ)かもしれないが、後ろ盾の有無は優先して確認すべき情報だろう。

 

「んん。そうだよ。親が両方とも結構早くに死んじゃってねえ」

「それは……、御気の毒に」

 

「んんー。いいのいいの。もう気にしてないから」

 

 すると、この店を彼女一人で切り盛りしてるのか。

 若く見えるがジョセフィーヌよりも若いということはないだろう。

 オリアンヌと同じぐらいか、もう少し上か……。

 

「共同経営されている方なども?」

「いないいない。大体、店って言ったって、売ったり仕入れたりするもんもないし、趣味みたいなもんよ」

 

 店の収入はエミリーにやってあげたという占いの他に、手紙の代筆や代読、それに写本の依頼が稀にある程度。それでも女一人が食べていくには十分だと言う。

 

「それでも、女性お一人では何かと不用心ではありませんか?」

「まあ、隣近所は皆知り合いだし、その辺は大丈夫。盗られるような高価な物も置いてないしねー」

 

「あら? こちらにある書物は大変貴重なものだと、エミリーから伺いましたけど」

 

『おっ、上手く切り込むじゃん』

 

 プリシラは既にあらかた食べ終わった容器から、さらに一匙(ひとさじ)を得ようと懸命に格闘しているように見えた。

 その間、会話が止まる。

 

 ジョゼは上手いと言ったが、いきなりぐいぐい質問し過ぎたか?

 警戒させてしまったのではないかと、その僅かな沈黙が不安になる。

 

「んー。貴重なのと高価なのは違うしねー。こんな使い道のない本、誰も欲しがらないよ」

「何でも古の精霊魔法について書かれた本があるとか……。わたくし、そういったお話に興味がありますの。その……、夢とか、ロマンがあるでしょう?」

 

 今の王都では一般に魔法の存在は信じられていないのだから、女性が興味を持つとすればこういう言い方をした方が良いだろう。

 

「んー。ロマンねぇ。やっぱ普通はそういう扱いよねぇ」

 

 プリシラは一旦中止していた生菓子の発掘作業を再開し、器の内側をスプーンで盛んに擦り始めた。

 かと思うと今度は器を高く持ち上げ、斜めに傾けた器の(ふち)に口を付け、そしてあろうことか底に残った中身を口の中へ豪快にかき込んだのだった。

 

 俺はその一部始終を呆気に取られながら見守った。

 それは今の俺がやりたくても決してできない食べ方だった。 

 高貴な姫君が人前で見せられるはずもない、大変食い意地の張った、はしたない所業。

 平民ならばこんなことも許されてしまうのかと、満足そうに食べ終わったプリシラに、俺は思わず羨望の眼差しを向ける。

 あのほろ苦く甘いシロップを舌いっぱいで感じ取るのは、さぞや至福の瞬間であろうと想像する。

 

「もう、プリシラさん。女の子が人前でお行儀悪いですよっ」

「ん? あ、そっかぁ。ごめーん。あんまり美味(おい)しかったんで、つい。無意識無意識。いやー、ご馳走様でした。いいなあ、貴族様はいっつもこんな美味(うま)いもん食べられてー」

 

 プリシラは空になった容器を手でもてあそびながら、なおも未練がましくその底を眺めていた。

 

「プリシラ様も、元は貴族のご家系と伺いましたが?」

 

 突然脇からそう口を挟んだのはセドリックだ。

 今まで一言も口を利かなかった男が急に会話に入ってきたので、プリシラが怪訝(けげん)そうに顔を上げた。

 

「何? そんなことまで話しちゃったの? 恥っずいじゃん。アタシ」

 

 プリシラはエミリーに向かって小声でそう抗議したが、エミリーの方はエヘヘと笑って首をすくめるだけだった。

 

「もうずーっと昔のことよ? 五代くらい前かな? おじいちゃんの、おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんぐらい。あれ? てことは六代前? ……とにかく、今じゃそんなこと言っても誰も信じてくれないくらい大昔」

 

 プリシラは椅子を後ろに傾け、身体を前後にブラブラと揺らしながら言った。

 何となくバツが悪そうにしているのは、貴族階級と思しき俺たちに向かって話すことに引け目があるからだろう。

 

「かつて精霊魔法に秀でた一族が王宮に仕えていたという確かな記録が残っております。それも、当時はかなりの権勢を誇っていたとか」

「そ、そう。……そうなんだ。まるっきり、父さんの法螺(ほら)話ってわけじゃなかったんだ……」

 

 そう(つぶや)くようにしたプリシラの顔はどこかホッとした表情に見えた。

 俺はそんなプリシラと、そのプリシラを見つめるセドリックを交互に観察する。

 俺の視線に気付いたセドリックは今度は俺の方に向き直って言った。

 

「ヴェロニク様。あの件、私からお話ししてもよろしいですか?」

 

 ヴェロニク……。ああ、俺か。

 あの件というのがどの件なのか、正直まるで分かっていなかったが、それで俺に通じることを全く疑わない調子で尋ねられたので、思わず反射的に(うなず)いてしまった。

 まあ、一応こちらに断りを入れてきたが、途中から会話に加わってきた段階で話す腹積もりでいたのだろう。

 

「プリシラ様。先日王宮が王の留守中に賊の襲撃に遭ったことはご存知ですか?」

 

 う。短刀直入に聞くなあ。

 そういうことか。

 プリシラに害はないと見なして腹を割って話すつもりなのだ。

 慎重そうな男だと思ったが意外と大胆なところもある。

 俺が事を()いていることを()み取ったからか。あるいは、俺がまだ知らない内偵結果も踏まえた上でもう十分と判断したのか。

 

「何々? ちょっと怖い。大丈夫なのエミリー? あんたら占いしに来たわけじゃないの?」

「ごめんなさい。プリシラさん。お話を伺うだけです。お礼はいたしますから」

 

 プリシラはむんずと腕組みをしてしばし考え込んだ。

 

「これ……。もっと食べたい」

「分かりました。次に来るときは二つ買ってお持ちいたしますわ」

 

「三つがいい」

「はい」

 

 たったそれだけで交渉は成立したようだ。

 そのやり取りを見て、俺は最初からエミリーに全部任せておけば良かったのではないかと今さらながらに思うのだった。

 少なくとも、店主がどんな人物だったのかなど、先にエミリーから聞き取りできる情報はもっと沢山あったはず。

 俺は自分が彼女の情報を軽んじていたことを思い知り、申し訳ない気持ちになっていた。

 セドリックも俺と目を合わせて首をすくめて見せたので、俺と同じ思いだったのかもしれない。

 

「何となく用件は分かるよ? 襲撃犯の中に魔法を使う奴がいたって話はこのへんでも噂になってるし。おおかた、私が魔法使いの一族の末裔だって聞いて調べに来たんでしょ? でもご生憎(あいにく)様。うちは全然無関係だから。うちの専門は精霊魔法。聞いてる感じ、王宮で使われたのは呪術っぽいから全然別物。まあ、あんたらにしたらどっちも同じに思えるかもしれないけど」

 

 プリシラはこちらが口を挟む暇も与えず、そこまで一気に言い切ると、ずっと手に持って遊んでいた空の容器をトンと机の上に置いた。

 

「ご気分を悪くさせてしまったのならごめんなさい。私たちは魔法について何も知らないので、()()()()お話をお聞きできればと思っただけで」

 

 俺が取り成すようにそう言うと、プリシラの表情が多少柔らかくなった。

 

「専門家かぁ……。悪くないわね」

 

「我々は密命を受けて調査を行っているのです。その呪術というものについて詳しくお教えいただけませんか?」

「え、今言ったじゃん。うちは呪術は専門外なのっ」

 

 セドリックが口を開くとプリシラはまた不機嫌になった。

 貴族の若い娘たちの間ではあれほど人気のあるセドリックがこれほど邪険にされるとは。

 出会いが悪かったのか、はたまた……。

 

「我々の調べでは、ベスニヨール家には昔、魔法に対する方向性の違いから(たもと)を分けた分家の一派があったとか。不確かな記録ですが、呪術の系統を扱ったのはその分家筋だとも……」

 

 ん? そうなのか。

 とすると、呪術士ダノンはその分家筋の方の子孫ということなのか。

 俺はセドリックの話をその横で興味深く聞いていた。

 

「うぇー。随分調べてあんのね? そんだけ知ってたらもうアタシ(しゃべ)ることないじゃん」

「見れば、この店には数多くの文献があるようです。この中には、その分家の研究にまつわる書物も含まれているのではないでしょうか?」

 

「……さあ? 私もここの本全部読んだわけじゃないし」

 

 それはそうだろう。目に映るだけでも相当量の本だ。

 プリシラが顔に深いしわを刻んだ老人であるならいざ知らず、この若い娘が店内の全ての本を読み解いているとは到底思えなかった。

 

「ならば我々の方で調べます。差し(つか)えなければ、こちらの書物を一時我々の所で預からせていただけないでしょうか?」

「ええっ!? 差し支えあるわよ! 一族の財産を何だと思ってるの?」

 

「見合った代価はお支払いしますので」

「嫌。売り物じゃないって、エミリーから聞かなかった? 金に物言わせようなんて最っ低! 没落貴族だと思って馬鹿にしてんでしょ?」

 

「この国の安全を守るためです。(しか)るべき理由を用意して、強制的に接収することもできるのですが?」

 

『駄目ね、これ』

 

 ああ駄目だ。

 セドリックは有能だが、やはりこの二人の相性は最悪らしい。

 このまま放っておくと、どんどん話がこじれてしまいそうだった。

 

「ま、まあまあ。そんなに呪術だけにこだわらなくてもよろしいのではありませんか? 私はどちらかと言えば精霊魔法の方に興味があるのです。()()()()()()の、()()()()()()がどのようなものであったか、詳しくお聞かせ願えませんか?」

「わたくしも……、わたくしからもお願いしますよ。プリシラさーん」

 

  *

 

 プリシラは今にも俺たちを店の外に追い出さんばかりに怒り心頭となっていたが、俺とエミリーの二人がかりでそれをなだめて頼み込むと、俺たち二人になら話を聞かせても良いという落としどころで、なんとか了承を取り付けることができた。

 その間、男三人は店の外で待つこととなる。

 外に出る前にセドリックは安全を確認するためだと言って、店の奥まで無理矢理押し入っていき、それがプリシラをさらに怒らせることとなった。

 

「申し訳ありません。ジョセフィーヌ様。出過ぎた真似をしました」

 

 店の出口でセドリックが頭を下げる。

 

「よいのです。ベスニヨール家のこと、短い期間によく調べてくれました」

「いえ。ジョセフィーヌ様のご慧眼(けいがん)には敵いません」

 

 ……ご慧眼。何のことだろう?

 分からないながらも微笑み返す。

 

「争って別れた分家の者が本家の家紋を掲げるはずはないと、少し考えれば分かることでした。一目見ただけでそれにお気付きになられるとは」

「あ、ああ。そのことでしたか」

 

 店に入る前に見上げたあの古ぼけたレリーフのことか。

 実際は家紋どころかベスニヨールの家名すら初耳だったことは黙っておくことにした。

 

「店の奥に裏口がございましたので、私は外からそちら側を見張ります。何かあれば大声で叫んでください」

 

 セドリックはそう言い残して去り、店の中には俺を含む女性三人だけが残された。

 

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