姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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71 貧民窟 2

 ここらじゃこの辺が一番酷いかしら、とプリシラが言って見せた路地には、何故か首の周りに大きな火傷の痕を負った男たちの姿が多く目に付いた。

 彼らは一度捕まり刑罰を受けた後、王都を追放された者たちだった。

 釈放される際に追放処分であることを示す入れ墨を首の周りに彫られるのだが、それをああやって消して誤魔化して戻ってくるのだという。

 

「戻って来たってどうにもなんないのに、それでもやっぱりここにしがみ付くしか生きるすべがないの。ここはそういう人たちの溜まり場」

 

 プリシラの口調は、先ほど店で話していたときとは違い、陰鬱な響きが宿っていた。

 

「嘆願……でしょうか? 困っている人たちの力になって欲しいと?」

 

 一応、今の俺は国を統べる王族の一員だ。

 ジョゼの父親であるブレーズ王に頼めば、多少の施しぐらいはしてやれるかも知れない。

 しかし……。

 

「……まあ、私もここで生まれ育った身だからね。年々悪化していく一方のこの辺の治安や暮らしぶりは肌身で感じてる……。助けてあげたいっていう純粋な道義心もないとは言わないんだけど……」

 

「失礼。立ち話をするのなら、ひとまず場所を変えませんか?」

 

 セドリックの言うとおり、確かにここは立ち止まって話をするのに良い場所とは思えない。

 

 来た道を戻ろうかと俺が後ろを振り向いたときのことだ。

 丁度振り返ったその方向───パトリックの巨体の後ろから、小さな子供が走り込んで来るのが見えた。

 ボロボロの衣服を着た浮浪児だ。

 その両手が、パトリックが背負う大きな布袋を掴もうとして前に伸びる。

 後ろ! と俺が叫ぼうとした瞬間、()()後ろからセドリックに抱き締められた。

 その力強い腕によって、俺の───ジョセフィーヌの───華奢な身体はフワリと浮くように、いとも容易く引き寄せられる。

 視界の端で動く人影に気付いて首を横に振ると、俺が立っていた場所に向かって、まさに今、突進してくる別の子供の姿が見えた。

 

 上半身をセドリックに預け、抱き寄せられるまま、俺はとっさに脚だけをその場に残すようにして伸ばす。

 恐らく身体全体でぶつかるつもりで俺に向かってきたその子供は、俺の伸ばしたその脚につまづき、頭から地面に転がることになった。

 

 パトリックの方に視線を戻すと、パトリックは背中の袋を後ろから子供に引っ張られ、それを奪われまいと、必死に抵抗しているところだった。

 袋の中にはプリシラから借りたあの魔力測定器が入っている。

 奪われないまでも中身が壊れでもしたら大変だ。

 

『あ……』

 

 別の方向から、さらに新手の子供が走り込んできた。

 その手にナイフが握られているのが見えた。

 

「後ろだパトリック!」

 

 思わず叫んだ。

 パトリックが振り向いたときには、ナイフを手にした子供は既にパトリックの懐に入り込んでいた。

 

 刺される!

 

 一瞬そう思ったが、その子供はナイフでパトリックの腰に下げられた巾着袋の紐を切り落とし、あっという間に走り去る。

 走り込み、逃げ去るまでの間、ほとんど足を止めず、やったと思った次の瞬間には巾着袋はもう彼の手の中。

 人を打ち倒す剣とは違うが、パトリックの半分にも満たない背丈の少年に、ある種の卓越した技を見た心持ちだった。

 

 彼らの狙いは初めからその巾着袋だったらしい。

 俺の足元に倒れていた子供も、パトリックの背負った袋を引っ張っていた子供も、本命が成功したのを見て四方に散って逃げ出していた。

 

 やられたな……。

 三段構えとは恐れ入る。

 

 その時点で俺は諦めて、さらなる被害に遭わないように周囲を観察していたのだが、そんな中、ローランが一人、巾着袋を持った子供の後を追って走って行くのが見えた。

 

「ローラン! 放っておけ!」

 

 後ろからセドリックが声を掛けるが、全速力で走るローランの姿はすでに路地の曲がり角に消えて見えなくなっていた。

 

「やれやれ」

 

 俺は溜息をつくセドリックの声がやけに近くに聞こえることに気付いて、自分が腰に手を回され抱き寄せられた状態であることを思い出す。

 こちらから振り(ほど)いて良いものか思案を迫られるが、考えてみればジョセフィーヌの身体で力を込めたとしてもこの腕から抜け出せるのかは(はなは)だ疑問だった。

 俺はセドリックの真剣な表情を下から見上げるが、セドリックの方は周囲の警戒に余念がなく、それで何となく声を掛けるのがためらわれた。

 何故だか自分の鼓動がドキドキ鳴っていることがしきりに意識される。

 

『ちょっとー? これ、どういう状況?』

「…………」

 

「セドリック様。近いです。どさくさに紛れて不敬ですよ!」

 

 ローランに置いていかれて一人になったエミリーが、抱き合ったままの俺とセドリックの間に両手をこじ入れて無理矢理引き剥がそうとする。

 

「これは……、申し訳ございません。不測の事態に気が動転しておりました。お許しください」

「どうでしょう? ここぞとばかりに、わざとお姉さまの身体をお触りになっていたのでは?」

 

 本当にもー油断も隙もありません、と憤慨しながらセドリックから俺の身体を取り返すと、今度はそう言っているエミリー自身が俺の身体を抱き締めた。

 本来俺にとっては、女性から触れられる方が緊張を強いられる状況のはずなのだが、今は不思議とこの柔らかな感触にホッと心を落ち着かせていた。

 

「ごめん。どうしよう? 結構お金入ってた?」

 

 パトリックの側ではプリシラが顔を蒼白にさせて慌てふためいていた。

 プリシラが小柄なこともあって、この二人の組み合わせは大人と子供のように見える。

 

「いえ、小銭です。盗られて困るような物は持って来ておりませんので。それよりお預かりしたこちらの荷物を奪われなくて何よりでした」

 

 パトリックは背負っていた袋を胸の方に抱え直し、中身に異常がないか、プリシラが上から覗いて確認できるよう屈んで見せていた。

 

 一段落したところで俺から皆に提案し、全員でローランの後を追うことにする。

 と言っても、そちらの方角が来た道と同じだったからだ。

 一応途中の道のりで首を回して捜しはするが、プリシラの店にたどり着くまでに見つからなければそのまま置いて帰るつもりだ。

 まったく、小銭を取り返すためにエミリーを置き去りにしたのでは護衛失格ではないか。

 

『三人のうち、自分だけ何も動けなかったのを気にしてたりするんじゃない?』

「…………」

 

 内心、ローランの行動にはかなり憤慨していたが、確かにあいつならそんなことを考えていたりするかもしれない。

 幼い子供じみた発想だが、ジョセフィーヌに良いところを見せたいという思いから出た行動だと考えると、不思議なものでそれが可愛らしく思えてくる。

 仕方がない。その辺を軽く一回りくらいはしてやるか。

 

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