姫ティック・ドラマチカ ★辺境剣士による正体隠匿系謎解き王宮戯曲★   作:磨己途

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82 事変再び

 一斉に浴槽から上がると世話をする侍女が追いつかないので、女性たちは順番に時間をおいて出ることとなっていた。

 ジョセフィーヌが一番最初に出たのは、やはり気を遣われてのことだろう。

 

 待ち構えた二人の侍女の前に進み出ると、大きく柔らかなタオルで丁寧に水気を拭き取られた。

 アンナからも以前、このような丁重すぎる扱いを受けていたが、さすがに横柄というか、くすぐったい思いがするので体力が回復してからは断っている。

 今だって、本当は断りたいのだが……。

 いや、やはりこれは慣れない。……なんという羞恥。

 後ろめたく、やましく、気が咎める……。

 世話をする女性たちの方はなんとも思っていないのだろうが、俺は心の中で盛大に悲鳴を上げていた。

 

 脱衣所に戻ると一時的に、ぽっかりと一人きりになる時間が訪れた。

 服を着るのに介助は付かないものらしい。

 浴場から賑やかに聞こえてくる女性たちの話し声を耳にしながら手早く服を着る。

 自室から着てきたダボッとした寝巻に再び袖を通し、それでようやく人心地となった。

 これからここに沢山戻ってくるであろう裸の女性たちを、うっかり視界に入れてしまわないようにと気を遣い、部屋の隅にある衝立(ついたて)の後ろに隠れるようにして椅子に座る。

 

 疲れた……。

 果たしてエミリーは何番目ぐらいに戻ってくるだろうか。

 ジョセフィーヌの付き添いということで融通を利かせてもらえれば良いが、侍女から世話をされるのが家の格順だとすれば、かなり後ろに回される可能性もある。

 身体を冷やすといけないので、先に割り当てられた自室に戻らせてもらおうか……。

 

 そんなことを考えながら、ふと視線を横に向けると、隣の椅子の上にあの老精霊がちょこんと座っているのを見つけた。

 いつもどおり、とんがった深緑色の帽子を被り、自分の背丈と同じくらいの長さの杖を抱えている。

 その様子があまりに自然過ぎて、うっかり見過ごしてしまいそうになった。

 そこでそうしていることがさも当然で、別段驚くに値しない、という顔をして座っているのだ。

 

『あれ……? いるし』

 

 ジョゼもその姿には虚を衝かれたようだった。

 人は想定外が度を越すと驚くことも忘れてしまうのだろうか。

 俺は何かを考えるよりも先に、腕を伸ばして椅子の上の精霊を両手でむんずと掴み上げていた。

 精霊に触れたのはおそらく初めてだ。

 大きさの割に軽く、まるでジョセフィーヌの離れの部屋に置いてある綿の詰まった人形のような軽さだった。

 

「何で出てきた? いつも何処(どこ)からやって来るんだ?」

 

 俺は膝の上に置いた老精霊をくるくると横に半周させて正面を向かせた。

 

「難しい質問じゃ。わしらはいつでもおるし、何処にでもおる」

 

 期待した回答ではなかったが、一応は会話が成立したことに俺は俄然気持ちをはやらせた。

 

「ミスティに頼まれたんだろ? 何か伝言を聞いてないか?」

「ミスティ……。懐かしい名じゃあ」

 

 精霊に性別はないと聞いたが、果たして人間で言う年齢のような概念はあるのだろうか。

 見た目どおりの年齢なら、頭がボケ始めていてもおかしくない風貌だが……。

 

「捕まってたときは助けてくれたじゃないか。ミスティから頼まれたって言って」

「なんじゃ? また、助けて欲しいのか?」

 

「助け……。うん、助けて欲しい」

 

 俺はミスティのように精霊を使役する(すべ)を知らない。

 精霊の善意にすがって事情を教えてもらえるならそうするしかないと思った。

 俺が言った“助けて”というのは、そういう意味での“助けて”だった。

 だが、俺の話している相手は精霊だ───

 

「ふむ、良かろう。確かに、ここはメスばかりのようじゃ。こいつはいかんな。一大事じゃ」

 

 ───人間とは、その感性や発想があまりに違い過ぎていた。

 

 しっかり両手で掴んでいたはずの精霊の身体がするりと抜け出し床の上に降り立つ。

 かと思えば、杖を真上に掲げてそれを上下させるあの奇妙な踊りを始めた。

 

「いやっ、違っ───」

 

 さすがに三度目ともなれば、その踊りが何を意味するのかは即座に理解できた。

 俺は何とかそれをやめさせようと、その人間の頭ほどしかない小さな精霊に跳び付き、床に押さえ付けようとする。

 確かに一瞬手で触れた感触はあったのだが、俺がそうして床の上に這いつくばった手の先には、先ほどと同じように踊りを続ける老精霊の姿があった。

 もう一度手を伸ばし、老精霊をつかもうとしたとき、(まばゆ)い光に包まれた。

 衝立を挟んだ向こうでキャッという悲鳴が上がる。

 

「……今の光は何ですの?」

「お嬢様、なりません! ここにおいでください」

 

「ジョセフィーヌ様? そちらにいらっしゃいますか? 貴女たち。わたくしの方はいいですから、ジョセフィーヌ様の方を見に行って差し上げて!」

 

 オリアンヌが侍女に向かってそう下知したときには、俺はすでに脱衣所を飛び出していた。

 

『危なかったわね。危うく覗きの罪で鞭打ちになるところよ?』

 

 実際、訴えられても仕方ないことは、中でしっかり行ってきた後なのだが、今は罪の意識に(さいな)まれて自首するわけにはいかなかった。

 

『とりあえず、部屋に戻って隠れるのがいいんじゃない?』

「そうだな」

 

 幸い周囲に人影はなく、俺は足早に自室へと向かった。

 このお泊り会で割り当てられた客室は、エミリーと相部屋になっているので、中で隠れてエミリーが帰って来るのを待ち、人払いをしてもらえれば朝まで時間は稼げるだろう。

 あの部屋に戻ることさえできれば何とかなるはず。

 

『どのくらいで元の姿に戻ると思う?』

「一回目は一〇分程度で勝手に元に戻った。けど、二回目はかなり長かったな。法則性があるのかすら分からない」

 

『それでも流石に一晩中ってことはないでしょ? 明日、テオドールと会うときまでに戻ってくれるといいけど』

 

 俺にとっては今のこの姿が元に戻った状態なのだがなあ。

 しかし、あの老精霊の力で肉体を入れ替えても、今度はジョセフィーヌがいなくなってしまうのだから、何の解決にもならない。

 誘拐先では確かに助かったが、正直、この中途半端な状態で元に戻されてもいい迷惑だった。

 

 そんなことを思いながら廊下の角を曲がると、身を隠そうとしていた部屋の前に人影を見つけ、俺は慌てて身を(ひるがえ)すこととなった。

 角からそっと顔を出し、気付かれていないことを確かめる。

 扉の前にいたのはローランとパトリックだった。

 

「───この屋敷自体、厳重に警備されているんだろ? 何も俺たちがここにいる必要あるかな?」

「馬鹿。危険な狼はもう屋敷の中に、うじゃうじゃいるだろうが」

 

「狼ねえ……。端から見たら俺たちもそう見えるんじゃないか?」

「…………」

 

 夜間の警備か……?

 まさか、一晩中あの前で見張るつもりでいるのだろうか。

 

 そのとき、後方の、俺が今逃げ出してきた浴場の方から、女性たちの大きな悲鳴がした。

 それも一度ではなく、何かに怯え惑うように、何度も大きな声が上がる。

 ローランとパトリックが顔を見合わせ、二人してこちらに向かって来た。

 

『マズいわ。鉢合わせになる!』

 

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