帰宅のために暗黒大陸を目指す雑な矛盾 作:これからはずっと一緒だよ
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「そこをなんとか!!」
「テメーに貸す金なんざねえっつってんだろ!」
「ぶふぇっ」
黒いスーツを着た強面の男たちの1人に胴を蹴り飛ばされ、縋り付いていた薄汚い少年が、薄暗い裏路地を転がる。
砂やその他の汚れが、揚げ物の衣を二度着けるようにして、ただでさえ薄汚い少年の全身にさらにまぶされた。黒髪も、白いシャツも、いっそう灰色に近づいた。かけていた眼鏡は、既にレンズにヒビが入りフレームも曲がっていたのが、真っ二つに折れて飛んでいった。
蹴られたところを押さえながら、少年がぐぐっと膝をついて立ち上がり、よたよたと男たちに歩み寄る。
「……後生っす! ちゃんと利子まで耳揃えて返しますんで! イケメンなんです! なにとぞこのイケメンにご慈悲を!!」
「何がイケメンだこのクソガキ!」
「だったら世界一ブサイクにしてやる、よっ!」
叫んだ男が顔面を殴り飛ばし、頭を踏みつけ、他の数人も集まって胴やら脚やらを蹴りつける。
背中に機械式の大盾を背負った少年が体を丸め、集団リンチを受ける様は、さながら亀をいじめる子供たちだった。
「べっ、お願いしま、おねがいします! おでがっ、いします!――」
異なるのは、死んでも構わないつもりの暴力であることと、浦島太郎に相当するヒーローなど現れないということだった。
「身分証もねえ! 担保もねえ! 挙句内臓を売るのはイヤ! そんなクズに金を貸すやつなんざいねえんだよ!」
暴行を受けながらなお懇願する少年を数分にわたって痛めつけると、やがて少年は何も言わなくなり、動かなくなった。
男たちの1人が舌打ちし、最後にもう一度顔面を踏みつける。
「フン、くたばりやがったか」
少年につばを吐きかけ、男たちは根城である闇金の事務所へ戻ろうと、ぞろぞろと歩いて去った。
「……」
少年の体が仰向けになる。
全体的に薄汚れてはいるものの、顔を含め、その体には傷一つなかった。少年を覆う不可視のエネルギー――オーラが、攻撃のダメージを全て帳消しにしていた。
「はぁ~~~~」
長い溜息の後、よっ、と跳ね起きる。
少年は服についた汚れを手で払いながら、男たちが出たのとは別の方へと歩き出した。
金貸しが事務所を構えている場所を人伝いに聞き回り、先程の男たちのそれは10箇所目だった。その間歩き通しだった少年だが、汚れはすれども、汗はひとつもかいていなかった。
(服もこれ一着しかないってのに。誰も彼もころころ転がしてくれちゃって全く。眼鏡もなくなって、ビミョーに落ち着かないし)
こうして汚れを落とそうとしても、あちこちで繰り返すうちにいくらか染み付いてしまっていた。少年は諦めて頭を振る。
そして光差す方、表通りに出た。
(……何度見ても、やっぱそうだよなぁ)
看板、張り紙、交通標識……
それらに使われている文字は、少年の住んでいた日本国のものでもなければ、その他のどの既知の国家のものでもなかった。
漫画"
(すらすら読めるし、日本語のつもりで話せる。歩き回って、ぶん殴られて、オーラの感じとかもあるし、夢じゃないっぽいんだよなぁ。これってやっぱ……アレのせい?)
公園のベンチの下で少年が目を覚ますより前、少年が自宅のベッドで眠りにつくよりも前。
自らが1年生として通う高校で実施された進路指導で、当日提出必須のプリントが出されていた。
何も思いつかず、さりとて早く帰ってゲームがしたい。そう思った祐太郎は、このように書いた。
『氏名:
『希望する進路:最強念能力者』
他にもあれこれと落書きを加えて提出し、内容に目を通される前に学校から逃げ去った祐太郎は、目覚めて以降、現実に念能力者となった自覚がある。
体内に息づくオーラへの自覚。そして、自らが行使できる能力
(まだ1個しか試してないけど……書いた
視界の端に時計が目に入り、猶予がないことを思い出した祐太郎。時刻は4時、もうすぐ日が傾く。そうなれば、一日、衣食住のどれにもありつけない。
そのことを思い出すと、祐太郎の腹が鳴った。目覚めてから何度も聞いた音だった。
「ぐぇー」
げんなりした祐太郎は、口からも空腹を訴えた。人通りはあれど、それを受け取る者はいない。たまに祐太郎の方へ視線が向く者はいるが、その薄汚れた出で立ちに無言で目をそらす。
("3↑↑↑↑3ヨタワット毎秒の自動充電、その電力は
餓死はしないかもしんないけどさぁ、と頭の中で付け加え、祐太郎はあてもなく歩き出す。
……
結局、無策・無収穫のまま、とっぷりと日が暮れた。
目は冴えてどこまでも見通せ、足腰の疲れも汗の滲みもなく、空腹感以外の全てが正常だったが、祐太郎のため息の回数は増えるばかりだった。
田舎ではないが、大都会でもない。そんな町並みでは、大通りを歩いていても、夜の灯りは少ない。祐太郎の薄汚い姿はいっそう、まともではない雰囲気を滲ませていた。
(夜中にこんなカッコしてたら、お店とか見つけても警察呼ばれそうっすねぇ……うん?)
ほとんど車が走っていない道路の脇に、ボンネットの開いた軽自動車があった。カーキ色のコートとハンチング帽を身につけた壮年の男が1人、その車にもたれかかっていた。
(タイヤはちゃんと立ってて、車体にも傷はなし。周りで物が壊れてたり、地面に擦った跡があったりもしない。エンジンかけっぱでガス欠したとか?)
眼鏡がなければ足元も危うい祐太郎だったが、オーラを得た今は裸眼かつ暗所でも視界が利く。ざっと状況を確認してから、祐太郎は男に近づいた。
「おじさん、どうしたんすか?」
「む?」
話しかけられ、男は祐太郎の姿を見た。訝しんだのは一瞬のことで、男は背を車から離して立ち、まっすぐ祐太郎の目を見て返す。
「車のバッテリーが上がってしまったから、他の車が通りかかるのを待っているのだが……君こそ、夜中に子供が出歩くものではないぞ。外で遊ぶのは元気があってよろしいが、ひどい汚れじゃないか。早く家に帰って、お風呂に入りなさい」
紳士的な男が言うことに、しめた、と祐太郎は思った。
「まあまあ」
祐太郎が上げた右手の親指と人差し指の先の間に、蒼い稲妻がパチパチと爆ぜ始めた。その光に、驚く男の顔が照らし出される。
「!」
「ずっとこの道歩いて来たっすけど、全然車来てないっすよね。どっすか、任せてみません?」
……
「う~~ん、美少年大復活っすよこれは」
男――セイル=ハーゲンの自宅まで連れられてひとっ風呂浴びた後、祐太郎は洗面所の鏡に向かってキメ顔で言った。あと、全裸だった。
打算込みでセイルの自家用車のバッテリーを充電した後、一宿一飯にこぎつけたのだった。
「ははは、確かに見違えたな」
気の良さそうに笑って、セイルは祐太郎に合わせて言い、着替えを渡す。祐太郎が着てみても、サイズに問題はなかった。
「しかし、デプス君がハンターを志しているとはな。私もかつてはカッコいい
昼間に物的な収穫はなかったものの、店先に置かれたテレビなどから、ハンター試験の情報は見つけていた。試験の開始日時ははっきり公表されており、それは示し合わせたように、3日後の午前だった。
そこから、祐太郎は自分をハンター試験受験生ということにして、車中でセイルと話す時、彷徨っていた理由に辻褄を合わせた。
デプスとは苗字の深田のもじりで、その時に間に合わせて名乗った名前だった。
「それが今では会社員」
「こら、商社マンと言いなさい商社マンと」
じゃれながらリビングへ移動し、低いテーブルを挟んで2人がカーペットの上に座る。テーブルには、2人分の洋食が配膳されていた。
「ひゃ、うまそっすねぇー。セイルさんお料理上手!」
「色気のないワンルームマンション暮らしだからな。ペットも飼えず、気がつけばこういう所に日々の癒しを求めていたのさ」
2人でいただきますをした後、祐太郎はガツガツと料理を腹に詰め込み、喉が少しでも乾く度に水で流し込んだ。その様子を見て、セイルは苦笑していた。
「ごちそうさまでした! あ、セイルさんも食べ終わったら、食器洗うっすよ」
シンクに食器を降ろして水をかけながら祐太郎が言うと、セイルは小さく首を横に振った。
「いや、いいよ。2人分の洗い物をするというのもたまには悪くない」
「そっすか? じゃ、遠慮なく」
「もうこんな時間だから、君は先に寝なさい。ああ、ベッドも君が使いなさい」
「え……」
蛇口を締めながら、祐太郎はセイルの方を見た。
「まだ諦めていないのだろう? ならばきちんと休んで、明日に備えなければ」
(し……紳士!! これは"紳士系"じゃなくて"紳士"っすよ!)
たった一日、されど一日。
昼夜誰にも相手されず、むしろ表裏ともに金融の人間たちには邪険にされ続けた祐太郎は、急に目頭が熱くなるのを感じた。
「……っすね。ありがとうございます!」
祐太郎はバッと一礼し、サッとベッドへ入り、パッと目を閉じた。
そして、元の世界のこと、これからのことに思いを馳せる。浴槽の中でとりとめもなく考えていたことの、再整理を始めた。
(このままじゃ友達に会えないし、やり残したゲームも二度とできない。流石にそれはイヤだから、元の世界に行けるようになりたい。手がかりがあるとすれば……暗黒大陸)
暗黒大陸。この世界における最も危険で最も巨大な、未開の地。祐太郎は、あらゆる可能性と危険性を秘めたその地にこそ、元の世界へ帰る方法の希望を見出していた。
(んで、ここで生きていく上でやってくこと。1つ、今年か来年にハンターライセンスを取る。これが間に合わないと、話の流れに置いていかれる。2つ、とにかく
……
翌朝。
食後すぐ祐太郎が出立の意思を伝えると、ならばとセイルが質の良さそうな革の長財布を渡した。祐太郎は、中身を見てぎょっとした。
「うわっ、セイルさん!? 食費だけでいいって言ったじゃないっすか!」
「デプス君。私はそれなりに高給取りだから、お金のことは大した問題じゃないんだ」
財布を開いて見せつける祐太郎の手を、自分の手で押さえて返し、セイルが言う。
「お金が足りなかったという理由で道を断たれることなど、あってはならない。だから、持っていきなさい」
「……」
祐太郎は財布を閉じ、玄関に立て掛けた盾の裏にある収納スペースに押し込んだ。ふと気付き、顔を上げてセイルを見る。
「ああ、そうだ、電話番号書いて欲しいっす。合格したら連絡しますよ」
「いや、いいんだ」
「えっ?」
セイルは、寂しそうに笑った。
「私と会ったことは忘れて、自分の道を行きなさい」
「!――」
祐太郎ははじめ、食い下がろうと思ったが、セイルのこれまでの気遣いを思い、頷いた。
「じゃ……行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
……
3日後。
とある山の頂上、鬱蒼とした暗い森の中、開けた場所に建てられた小さな民家。
試験会場を特定するための情報を断片的に覚えていた少年は、オーラの放出による飛行で飛び回り、ナビゲーターである魔獣一家の許までやって来ていた。
民家の中では、変身能力を持つ魔獣・
少なくとも、少年はそう予想していた。だが、少年にとってはもはやどちらでもよかった。
民家から4、5メートル離れ、少年が手を天へかざす。全身から蒼い雷が迸り、晴天へ向かって噴出。龍の吠え声のような轟音を伴って、その昇雷は何秒もの間続いた。
雷が止まり、少年の足元から半径1メートル程に生えた背の低い草は、全て炭化していた。
「降参だ、あんたを会場まで案内するよ」
民家の扉が開き、1体の
「名前を聞かせてくれ」
その問いに少年は一度深呼吸し、新品の伊達メガネのフレームをくいと揺らしてから、魔獣の目を真っ直ぐ見返した。
「デプス。デプス=ハーゲン……っす」
"
変化系、実質無限に電力を生み出す能力。その電力はオーラに還元可能。
単に「無限に」だと念能力の限界(人間の限界)に引っかかるため、
「3↑↑↑↑3ヨタワット毎秒で充電」としている。