帰宅のために暗黒大陸を目指す雑な矛盾 作:これからはずっと一緒だよ
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ゴン対ギドの試合から数日後。
天空闘技場の外に数ある宿屋の1つ。西洋の観光地のそれを思わせる建物の中、デプスの手の甲がコンコンと木の扉を叩いた。
革靴がカーペットを踏む足音の後に扉を開いたのは、眼鏡に白シャツ、黒のズボンと靴を身に着けた黒髪の若い男だった。シャツの裾が片方、ズボンから飛び出していた。
「君は……」
男――ウイングは、レンズの奥の細い目でデプスの顔を見下ろした。ウイングはデプスのことを知っているようで、デプスが軽く会釈すると、ウイングは中へ入るよう促した。
「お邪魔します」
宿屋の一室としては広めで、ソファやテレビなどの家具は壁際に寄せられている。寝具はなく、部屋の奥に更に扉があった。窓明かりで十分に明るく、電灯はついていなかった。
カーペットの上に、日本風の白い道着に帯を巻いた、坊主頭の少年がいた。少年の背丈はゴンやキルアよりもう少し低く、デプスには10歳くらいのように見えた。
肩幅ほどに開いた両足を並行にし、両拳の甲を前に向けた立ち方をしていた。体の輪郭に沿って循環するオーラを見て、デプスは少年が"纏"に集中しているのがわかった。
少年も、入ってきたデプスの方に視線こそ送ったが、ウイングに挨拶するよう言われるまでは姿勢を崩さなかった。
「ウイングさん、ズシさん、初めまして、デプス=ハーゲンっす。ゴンさんとかからお話は聞いてます」
「どうも。私も、君とは機会があれば一度話しておきたかったところです」
「押忍、自分も闘技場内でのお噂はかねがね伺ってるっす!」
道着の少年・ズシが踵を合わせて礼をしたので、デプスもつられて頭を下げた。頭を上げた後、ウイングがデプスに椅子を勧めたが、デプスは、ズシの修行中に座るのは悪いから、と断った。続けてウイングは、ズシに"纏"を続けるように言ってから、デプスに向き直った。
「200階で彼らを止めたそうですね。"無理やり起こす"方法で念を覚えさせるために」
「そっすね。こうして挨拶に来るのは遅くなったっすけど、ちゃんとした念能力者の人と知り合いになってたってのは知ってたんで」
「何か、急ぐ理由があってのことかな? 君が直接教えるわけにはいかなかった……というのは、200階クラスでの君の戦いを見てわかりましたが」
「……やっぱ、わかります?」
ウイングが指を一本立てる。
「まず、申告されている君の格闘スタイルは"生涯無敵流"とされているが、その実在を論ずる以前に、実際の君の戦いはフリースタイルでした。つまり、訓練で型を覚えたわけでも、環境で戦闘の勘を磨いたわけでもない。
失礼ながら、本当の意味で、全くの素人と言っていいでしょう。それを身体能力と念の技術で無理やり補っている。君がどのようにして念を学んだかは知りませんが、これから念を学ぶ初心者であれば、君を参考にすべきではないでしょうね」
「正解っす。本職の方は誤魔化せないっすね」
8割方は、と心の中で付け加えながら、デプスは観念したように笑った。実際には身体能力も人並みであり、"隠"で隠されたオーラがそう見せているだけ、という点が異なるからだった。
「っても、深い考えはないっすよ。ウイングさんはいろんな意味でちゃんとしてそうだし、ゴンさんやキルアさんはすっごい才能があるし。あ、あと、ゴンさんには親父さんって目標があるから、少しでも近道して欲しいなって」
「ジン=フリークスのことですね。私も聞いています」
手を降ろし、ウイングが頷いた。
「しかし、本当にそれだけの理由で? キルア君からは、置き手紙を使ってまで彼らを天空闘技場に来させた、とも聞いたんですが」
「早めに念を覚え始めるっていうのは、危険への備えも兼ねるじゃないすか」
「間違ってはいないが……こればっかりは意識の差ってことなんでしょうかね~~」
口をへの字に曲げ、ウイングが後頭部を掻いた。それから、腕を組んで小さく息を吐く。
「まあ、もう言っても仕方ないことですね。それで、君の用件は?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
デプスは片方のこめかみを突き、えーと、と唸った。
「"纏"とか"練"の修行でオーラが減ったらバテますよね。それって、他の人がオーラをあげて解決ってのは無理なんすか?」
「"纏"に関しては解決しますよ。それも、致命的な欠陥さえ克服できるならの話ですが」
そう言ってウイングは部屋に置かれたホワイトボードに歩み寄り、ペンで人型を描く。人型の周りを一本線のオーラで囲み、頭の上に上向きの矢印を足す。
「オーラとは生命エネルギー。いかに完璧な"纏"を行える念能力者も、ただ生きているだけで消費します。うまくオーラを体に留められない初心者であれば、そのペースは遥かに速い」
矢印がさらに書き足された。
「この時、まず体外のオーラが消費され、その分だけ体内のオーラから補充されます。蝋燭の火が燃え続ける間、小さくなっていくのが蝋燭そのものであるのと同じですね」
人型の内側に、上から斜線をかけていく。体の半分に斜線がかかったところで、ウイングが手を止めた。
「こうして体内のオーラが減ったわけですが、ここへ他者がオーラを補充することはできません。そもそも、原則として、一度体外に出たオーラは体内に戻せないからです。そこへ無理やりオーラを継ぎ足すと……こう」
人型の外側を囲むオーラの線を消し、一回り大きく囲み直す。その線の右側に、もうひとつの人型を書き足す。
「ガスを吹きかけても、ほんの一時的に火が大きくなるだけで、蝋燭の大きさが戻るわけではない。オーラの量が大きくなれば、留めておくのもその分難しくなり」
囲み直した線から、さらに上向きの矢印を書き足す。
「より速いペースで蒸発していく。本人のオーラ消費を一瞬だけ肩代わりできますが、これで"纏"の持続時間を目に見えて伸ばすというのは、現実的ではない。試したところで――」
右側の人型の全身に斜線がかかる。
「オーラを送る側が一瞬で食い潰される。あるいはそもそも、オーラを送るペースが足りないでしょうね」
「はあー……なるほど」
声を上げたデプスと、無言で"纏"に集中しながらも講義を見ていたズシが、感嘆の表情を浮かべた。
「じゃあ、"無限にオーラが湧いてこない限り無理"ってことっすか?」
「ええ。それがこの方法を現実に不可能とする、致命的な欠陥です。いち門下生だった頃、同じことを私の師匠に進言したことがありましたが、それはもう呆れられました」
(言ったんだ……)
眼鏡を上げ直しながら真顔で言うウイングに、デプスは少しだけ呆れた。
そして、自分なら可能であることへの喜びに、口元が緩んだ。自覚して、誤魔化すように次の質問を繰り出す。
「"発"の修行って、系統別でどんな風にしたらいいかってあります?」
「それは答えられませんね。"発"に最も大切なのは、それを生み出さんとする念能力者本人のイメージです。いずれズシが"発"の段階に入る時も、同じことを言うでしょう」
「ありゃ」
(こっちはアテが外れたな)
デプスは顎に手を添え、小さく首を傾げた。
「しかし、なぜそんなことを? 君ほどオーラのコントロールが精緻なら、既に"発"も持っているのでは?」
「いや、参考程度っすよ。お察しの通りちゃんとした師匠がいなかったんで。後の祭りっすけど」
デプスは手のひらを縦に振って答えた。
「訊きたいことは訊けたし、ズシさんのお邪魔にもなるんで、そろそろお暇するっす。ありがとうございました」
「お役に立てたならよかったです。君も、何かあればいつでも来なさい」
もう一度会釈して、デプスが入り口のドアに手をかけたところで、その背中へとウイングの声が届く。
「あと7勝、私たちも応援していますよ」
(いや、フロアマスターにはならないんだけど……)
……
その日の夜。デプスの借家、明かりの点いた1階のリビングスペース。
ソファに座ったデプスが、片耳だけイヤホンをつけて携帯ゲーム機で遊んでいた。右手首には、ビニール紐の端に作られた輪が2つかかっており、それぞれの紐の先にはレルートとポンズの胴があった。
デプスの白いオーラがビニール紐を伝って、2人の黄と赤のオーラに流れ込み、溶け込んでいた。2人はカーペットの上に立ち、目を閉じて、心を落ち着かせていたが、レルートのオーラだけが、湯気のように天井へと昇っていた。
「……」
「……」
レルートから離れていくオーラの流れが少しずつ細くなっていき、そして、途絶えた。レルートの体表を流れるオーラが急速な減少をやめたのを感じたデプスは、顔を上げて、レルートの"纏"が完成しているのを目で見た。それから心の中で10数えて、口を開く。
「レルートさん、目を開けていいっすよ」
ゆっくりと目を開けたレルートが、自分の両手のひらと、そこに流れるオーラを見た。次に真上の天井を見てから、デプスの方を見た。
「あたし、できてる?」
「できてるっすよ。お疲れさまです」
「やったーー!!」
両手を上げて小さく飛び上がるレルートを見ながら、同じく目を開けたポンズが伸びをする。
「んーー……これでようやく、スタートラインね」
「あ、そっか」
「まあ、30分くらいやってたっすからね。今日はここまでっすけど、明日からもやってくっすよ」
デプスが、レルートとポンズの背中側から、胴に巻かれたビニール紐をそれぞれ手でちぎり、自分の手首の輪も外して、紐を纏めた。それをレルートがサッと取り上げ、ソファ脇のゴミ箱に捨てた。
2人はデプスのオーラから切り離され、淡い部分が混ざっていたオーラが純粋な色で均一になった。
「明日からも補助輪はつけるのよね?」
「そっすね、"纏"の修行は常に補助輪ありっす。"練"もそうできたらよかったんすけど、あれは体の中からオーラを引き出す技なんで無理っすから」
「了解。じゃ、そろそろご飯にしましょ」
「うい、お願いするっす」
レルートとポンズがキッチンへ向かうのを見送って、デプスはソファに座ったまま目を閉じ、自分のオーラへ意識を向けた。
(2人分のオーラを30分間送り通しでも、全く減った感じはなし……か。あってよかった"
デプスは、いつかどこかで聞きかじった巨大数の知識に、深く感謝した。
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