帰宅のために暗黒大陸を目指す雑な矛盾   作:これからはずっと一緒だよ

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18.雑なカラクリ

 デプス対カストロの翌朝、天空闘技場220階、選手個室の並ぶ廊下。

 ゴンに会いに来たキルアがそこで見たのは、ゴンの部屋の前で腕組みして唸るカストロだった。キルアは、朝イチで困惑の表情を浮かべながら、カストロに近づいた。

 

「何やってんのあんた」

「!? あ、ああ。キルア君か」

 

 周囲が目に入らなかったカストロが、声をかけられて驚いた。

 

「ゴンに何か用? 接点あったっけ」

「いや、昨日の試合の最中にな……」

 

 カストロはバツが悪そうにしつつも、試合の終わり際でデプスに言われたことをキルアに説明した。キルアの困惑の色が一層強まった。

 

「はぁ? だったらさっさと呼べばいいじゃん」

「そうなのだが……」

「じれったいな、ウイングんとこだろ? ちょっと待ってろよ、中で書いて持ってくっから」

「待ってくれ」

 

 ゴンの部屋のインターホンを押そうとしていたキルアが振り返る。

 

「今度はなんだよ!?」

「デプスくんの部屋番を知らないだろうか?」

「ああ、無駄無駄」

 

 キルアは、その姿勢のまま、首を横に振った。

 

「あいつ、いつ行っても不在でやんの。なんべん内線かけても留守だし、どういう生活サイクルしてんだか」

(つーか、中で寝てる気配もしねーし)

「そうか……ありがとう」

 

 今度こそキルアはインターホンを押した。

 

 

……

 

 

「それでここに? デプスくんからは他に何も?」

「ああ、何も」

 

 ウイングの取った宿の一室、ズシが"纏"をしているところから3、4メートル離れた位置で、ウイングとカストロが話していた。

 

「"強くなる近道"って勝手に言われてもなー……とりあえず、昨日の試合の復習でもしましょうか。本当はゴンくんが完治してからのつもりだったんですが」

 

 ウイングは、ズシに纏を中断させ、テレビ台からVHSテープを1つ取り出した。

 

「ウイングさんはもう?」

「ええ、当日中に」

 

 ビデオデッキにテープを挿入し、リモコンから再生する。3人が見ている前で戦いが進み、デプスが仰向けに寝転んだところで一時停止した。

 

「この後、カストロさんは姿勢を崩して分身(ダブル)と衝突します。2人とも、その理由はわかりますか?」

「……わかんないっす」

「私もだ。……いや、まさか」

 

 ズシに追従した直後、カストロの目にオーラが集中する。

 

「これは!」

「え? え?」

 

 ズシがカストロとウイングの顔を交互に見る。

 

「ズシ、君も"凝"で画面を見てみなさい。まずは"練"!」

「お、押忍!」

 

 ウイングが号令をかけると、ズシは反射的に四股立ちで下段に構えた。オーラを増幅させたところへ、ウイングが続ける。

 

「オーラを全て目に集中!」

「押忍!!」

 

 勢いよく後屈立ちへ構え直し、ドン、と床を踏み鳴らす。ズシの全身を包むオーラが減っていき、やがて目の周辺だけが残った。集められたオーラは留め切れず、炎のように揺らめき、ズシの双眸が燃えているかのようだった。

 

「さあ、画面を見て」

「……はい!」

 

 ズシの視界、テレビの画面。デプスの右手からカストロの右脛にかけて、氷やガラスのように透き通ったピンク色のオーラの帯が、ゆっくり、ぼうっと、浮かび上がり始めた。

 

「……!! オーラの……線、が見えるっす! デプスさんの手から、カストロさんの脚の方!」

「他には?」

「他には……見えないっす……! ぐっ」

 

 ズシのオーラが散り、糸が切れたように肩の力が抜けた。膝に手をつき、荒い息をする。ウイングが控えめに拍手した。

 

「こうしてズシの"凝"を試す機会はもう少し先だと思っていたんだが、よく見抜けた。素晴らしい!」

「はぁっ、お、押忍、ありがとうございばす!」

 

 カストロはその横で、涼しい顔で"凝"を維持していた。

 

「ウイングさん、少し進めてくれるかな」

 

 ウイングがビデオ再生をコンマ数秒進め、止める。デプスの右手から伸びたオーラに引かれるようにして、カストロの右脚が動いていた。

 

「私の脚と繋がったオーラの帯を……違うな、手は動いていない。帯そのものが縮んでいるのか。手の届く距離ではないと思っていたのだが、このようなからくりだったとは……」

 

 頭を小さく振り、カストロが悔しがった。その様子を見ていたウイングが、2人へ向かって口を開く。

 

「これが"隠"。オーラの目視を困難にする技術。試合開始直後、カストロさんの蹴りを右手で払った時、既にオーラを付着させて、この瞬間まで隠し通していました。同様の方法が、この試合ではもう1度使われています」

 

 続けてウイングがリモコンのボタンを押し、ビデオを早送りした。分身(ダブル)との衝突・転倒から復帰したカストロが間合いを空け、左右に別れて突撃し、デプスの両肩を狙う瞬間で止めた。

 

「カストロさん、オーラの帯は見えますか?」

「ああ、まだ切れていない」

「"凝"のオーラを増やしてみてください」

「? ……これは!」

 

 目の周囲のオーラが一回り大きく、一際色濃くすると、カストロは目を見開いた。

 

「なんという……巧妙な隠し方だ。右脚に繋がるオーラともう1本、より強い"隠"の施された帯! 続きを」

 

 映像が動き出す。画面奥から飛来した盾をカストロが背中に受け、止まった。

 

「私が分身(ダブル)と衝突するより前、盾を投げた時点で、その盾と右手をオーラで繋いでいた。盾は自ら飛翔したのではなく、彼がオーラを手元へ巻き取るようにした結果、"戻った"のだな」

「ええ」

 

 頷き、ウイングがリモコンをテレビの横に置いた。

 

「そしてそれが、あなたの背中に直撃した。敗因はいろいろありますが、決め手となったのはこの"隠"を見破れなかったことです」

 

 カストロのオーラが一瞬膨れ上がり、ズシが構えを取って後ずさった。それを見たカストロが、すまない、と呟いて目を伏せた。それから、ウイングの顔を見た。焦りの色があった。

 

「あなたの思う私の敗因とやら、教えて貰えるだろうか」

 

 ウイングは右手の人差し指を立てた。

 

「そのためにはまず、あなたの分身(ダブル)について教えてもらう必要があります。自身の念能力について明かすリスクはご存知のことと思いますが、それでも?」

「……?」

 

 カストロは首を傾げた。

 

「説明しろということか? 私の能力は分身(ダブル)、私と全く同じ分身を生み出す。知っての通りだが……」

「……やはりそうでしたか」

 

 カストロの説明を聞いて、ウイングがため息をつき、胸の前の空気を叩くように、右手を動かしながら口を開く。

 

「もしかしたら、と思っていたのですが……かつてヒソカから洗礼を受けた後、念の修行は自己流で行われましたね?」

「ああ」

「少々お待ちを」

 

 ウイングが別室へ行き、水で満たし木の葉を乗せたグラスを手に戻ってくる。部屋の端にあったミニテーブルに乗せ、テーブルを部屋の中心まで運んだ。

 

「カストロさん、このグラスに手を近づけて"練"を行ってみてください」

 

 カストロはその指示に従い、グラスを包むように両手を近づけ、全身のオーラを膨れ上がらせた。

 すると、グラスの水が木の葉を持ち上げながら嵩を増し、グラスの中にシャワーヘッドを沈めているかのような勢いで溢れ出した。

 カストロが驚きに目を見開いて、"練"を止め、手を引くと、水流は止まった。

 

「す、すまない」

「いえ、大丈夫です。しかしこれではっきりしました。詳細は後でお伝えしますが、カストロさん、あなたは生まれ持った才能として、強化系に属する念能力者です。

 そのことを踏まえて……あなたの念について、私が説明してみせましょう。間違っていたら、すぐに指摘してください」

 

 ウイングがホワイトボードに向かい、マーカーを手に取ってキャップを取った。人型を描き、その頭上に"纏"、"練"、絶"、"凝"の文字を書き足していく。

 

「カストロさん、あなたは"発"以外に念戦闘の基本となる技――"纏"、"練"、絶"、"凝"については既に修めていますね」

「ああ」

「しかし、あなたが実戦で常に100%活用できるのは"纏"のみ、良くて"練"まで。なぜなら」

 

 人型を右隣にもうひとつ描き、左の頭から右の頭へ矢印で指す。

 

「"分身(ダブル)に意識を割いているから"」

「……その通りだ」

 

 冷や汗を少し浮かばせ、カストロは神妙に頷いた。

 

「命令を与えて動かすのではなく、リアルタイムで意識を分配すれば、その分だけ、自身のオーラのコントロール精度が落ちる。

 それでも戦闘レベルの"纏"を維持できているのは、具現化・操作能力を苦手とする強化系とは思えないバランス感覚といえます。加えて」

 

 右側の人型の脇に、小さな人型をひとつ、またひとつと描き足す。

 

「具現化体である分身(ダブル)は、繰り返し出したり消したりできる。本人と同じだけの戦闘力を持たせるとなると、相応のオーラ量の分配が必要となるはずですが、分身(ダブル)を出しているあなたがそれによって消耗している様子はない」

「待ってくれ、オーラの分配だと?」

 

 カストロが割り込むと、おや、とウイングが口を閉ざした。

 

「私は分身(ダブル)をただ作っているだけで、"私と同じだけの力を持たせるため、どれほどのオーラを与えればよいか"などと考えたことはない」

「ふむ……」

 

 ウイングは顎に手を添え、しばし考え込んだ。

 

「となると、分身(ダブル)はもともと、"自分を象った分身"ではなく、"自分と全く同じ力を発揮する分身"なのでしょうね。無意識に何らかの制約を課していると考えられますが、それに関しても一旦後回しにします。今の言葉で、あなたの能力の根源が見えましたからね」

「能力の……根源?」

 

 ウイングがマーカーにキャップを着けて置き、ホワイトボードに背を向け、カストロを見据えて立った。

 

「念による特殊能力、すなわち"発"は、実現しようとするものへの気持ち、イメージが、習得や発動の原動力となります。習得のために訓練を行うとすれば、それはイメージを育むものでしかない。

 あなたが自らの能力に分身(ダブル)を選んだのにも、意識の底に理由があるはずです。

 カストロさん、もう一度言っておきます。これからの説明に間違いがあれば、すぐに指摘してください」

 

 ウイングの念押しに、カストロが頷くと、ウイングはもう一度マーカーを取り、まず、ホワイトボードに描かれた分身(ダブル)を、キャップのついたままのペン先で指した。

 

「あなたが戦いのために武器でも鎧でもなく自分自身を具現化したのは、戦いの頼みとしているものが、あなた自身をおいて他にないからです。

 具現化や操作を苦手とする強化系で分身を生み出し自在に動かせるのは、才能と努力はもちろんのことですが、必須条件たる"想い"を成すのは、恐らく武闘家としての自負と信念。すなわち、プライド!」

 

 カストロは、ウイングの言葉と視線が自分の脳や心臓を揺るがしているかのような錯覚を覚え、たじろいだ。

 

「しかしあなたは、分身(ダブル)を手に入れてからというもの、分身(ダブル)を頼ることを覚えてしまった。

 分身(ダブル)が"独力で戦う自分自身へのプライド"を芯に成長し完成した能力であるということを自覚していないがゆえに、知らず知らずのうち、分身(ダブル)を"武器にも鎧にもなる便利な道具"として活用しているのです」

「……!!」

 

 ウイングより背の高いカストロが、親に叱られる子供のように目を伏せる。

 

「その矛盾は、念能力たる分身(ダブル)そのものの可能性を殺すのに十分すぎた。言った通り、念能力の根底にあるのは"想い"なわけですからね。

 この点こそがデプスくんとの試合の最大の敗因であり、そもそもあなたがまだ分身(ダブル)を使って戦うステージに達していないともいえる理由です。あなたは苦心して技を修めたつもりでも、実のところ、その使い方をほとんど理解していないのです」

 

 言い切って、ウイングは目を閉じて一息ついた。カストロが、呻くように言葉を絞り出す。

 

「……私自身、全てその通りなのか、はっきりとはわからない。だが、"違う"と否定できるところは、ひとつたりともなかった。認めるよ」

 

 カストロが顔を上げ、決死の表情をウイングに向ける。

 

「教えてくれ、私はどうすれば強くなれる!?」

「……」

 

 ウイングは指で眼鏡のブリッジを持ち上げ、カストロの顔を真っ直ぐ見返した。

 

「あなたの課題は、あなた自身が分身(ダブル)を使うのに相応しくなること!

 強くなることや、強くなった先にあるものばかりを見るのではなく、一旦、地に足つけて、今の自分自身を見つめ直すべきです。

 はっきり言って、念能力の分身(ダブル)に成長・発展の余地がどれほど残っているかはわかりません。あまりに相性の悪い能力、既にポテンシャルが尽きていても何ら不思議はないのだから。

 しかし、カストロさん自身の、分身(ダブル)の使い手としての伸び代は、間違いなく大きいでしょう。

 具体的なこととなると、やはり本人次第です。念の基礎を既にマスターしているあなたに、私から言えることは多くありませんが――」

 

 ウイングはマーカーのキャップを取り、ホワイトボード上、向かって左側の人型の左手と、右側の人型の右手を、1つの丸で囲んだ。キャップを着けて、その丸を指してみせる。

 

「大事なのは、カストロさんがこれから分身(ダブル)とどのように付き合っていくか、どのような考えで戦いに臨むか……だと思いますよ」

「……」

 

 カストロは暫し呆けていたが、やがて大きくため息をついた。

 それから、ははは、と低く笑った。

 

「強くなったつもり、か……全くだ」

 

 ここにないものを探すように、窓の外、街並みが凹凸を作る地平の遠くへと、視線を向ける。

 

「ヒソカに敗れたあの瞬間、私は悔しかった。リベンジを固く誓った。だが、そんなものは何度も経験してきたことだった。

 それが、洗礼で念を手に入れたのと同時だったからなのか……いや、言い訳すまい。私は"自分の力で勝ちたい"と願いながらも、これまでの自分を見失った。

 武道家としての道のなかばに、自分自身を置き去りにしてしまっていたのだな」

 

 そこから空を見て、右手のひらをかざす。

 

「なんとも、格好の付かない話ではないか」

 

 カストロの纏う若竹色のオーラが、一度、明滅した。

 ズシとウイングが、振り返ったカストロに見たのは、激情も迷いもなく、天空闘技場のヒーローインタビューのそれよりも穏やかで、澄んだ微笑みだった。

 

「ウイングさん、ありがとう。私が真に行うべき修行の形が、たった今見えた。これで失礼させてもらうよ」

 

 ウイングの返答を聞かないまま、カストロは歩いて部屋を出ていった。ズシは呆然とそれを見送っていたが、ウイングに名前を呼ばれ、ハッとした。

 

「わかっているとは思いますが、今の話はあくまでカストロさんのケースです。君も、君が今すべきことを見失わないように」

「……押忍!」

 

 今一度気合を入れ、ズシは、"纏"を再開した。

 

 カストロは5分後、制約とは何かを質問しに戻ってきた。




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