帰宅のために暗黒大陸を目指す雑な矛盾   作:これからはずっと一緒だよ

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19.雑に職探し

「ないわよ、マフィアのツテなんて」

 

 本棚1つ分以外に私物のあまり見当たらないレルートの部屋、デプスとレルートは2人用のテーブルを挟んで向かい合っていた。

 テーブルの上にはTCG(トレーディングカードゲーム)のカードがプレイ後の状態のままになっていて、中身の減ったグラスが置かれていた。

 

「あれ、ないんすか? 違法賭博とかやってたっていうから、てっきりそういうコネもあるのかと」

「あたしにとってコネはリスク、枷だもの。いつどこで余計な縁を背負い込むかわからないし、裏社会の連中とつるんでたら、刑期はもっと延びてたかもね」

 

 レルートが自分のカードを1つの山札に集め、形を整えて置き、手を膝の上に置いて、椅子に深くもたれかかった。

 

「でも、急にどうしたのよ? デプスがしたいことなら反対するつもりはないけれど」

「マフィアの関係者で死ぬことがわかってる人がいるんで、助けたいんすよね。話も聞きたいし」

「家名は?」

「ノストラード(ファミリー)ってとこっす」

「ああー」

 

 レルートが、心当たりありげに声を上げた。

 

「もしかして、ネオンちゃん絡みかしら」

「そっすけど、ネオン"ちゃん"って?」

「何年か前、1度だけカジノで顔合わせたことがあるのよ。"絶対当たる占い師"だって噂もあって、近付きたくなかったから、その時もすぐに帰っちゃったんだけどね」

 

 人体収集家の少女、ネオン=ノストラード。実父は組長のライト=ノストラードで、ネオンの念能力による未来予知が組の主たる収入源である。

 ライトが一代にして裏社会における無視できない存在まで成り上がったのは、ネオンの力に他ならなかった。

 

 デプスの知る未来では、9月1日から始まる都市ヨークシンの一大オークションイベントで事件に巻き込まれ、まずネオンが念能力を失い、その後、明言こそされないものの、親子揃っての死亡が仄めかされていた。

 

「知り合いではないんすね。まあ、確かにその辺っす。ネオンさん本人と親父さんが多分死ぬんすよね」

「確かに、ネオンちゃん可愛かったものね」

「えっ」

「えっ」

 

 デプスとレルートが、顔を見合わせたまま、しばし沈黙した。

 

「あの、えーと……」

 

 デプスが言葉を探して唸った。

 

「今の、何が"確かに"なんすか?」

「プロハンターならマフィアから謝礼金をせしめるなんて回りくどいことをする必要もないし、ネオンちゃんが可愛いから助けるのかなと思ったんだけれど? そうでもないとマフィアを手助けする理由なんてないじゃない。ノストラードって言ったら、礼儀知らずとか金満で有名なとこだし」

「……」

 

 デプスが眉根を寄せて固まっているのに気付いて、レルートは慌てて両手を振った。

 

「あ、文句があるわけじゃないのよ? あたしは何人増えてもいいし、そこはポンズちゃんも多分同じ考えだから」

「……なんかすごいすれ違いがありそうっすけど、助けるのは単に死なない方がいいかなってだけっすよ」

「そーお? あたしはむしろ、あのコも連れてきてあげれば、って思うけれど」

「へ?」

 

 レルートが人差し指の先を唇に当て、視線を上げる。

 

「あたしが会った時はローティーンだったけど、あんな子供が非合法のカジノや買い物でストレス発散してるのって、よっぽど家が嫌いなんだと思うわよ。母親はいなくて、実の父親にはお金稼ぎの道具扱いされてたりしそうだし」

「そっすね、そこは思う所もあるっす」

 

 デプスが頷いた。

 

「いっぺん、ネオンさんの親父さんには話を聞いてみたいんす。それで、ちゃんとネオンさんのこと考えてるならそれでよし、ダメそうでも変われる目があるなら手伝ってあげたいんすよ」

「ふーん……」

(ネオンちゃんはともかく、ライトはどうかしらね)

 

 レルートが、グラスに残っていたぶどうジュースを一口飲み、空にした。

 

「ホントならハンター向けの斡旋所に行って、そこで護衛とかの仕事を請けて入り込みたいんすけど、建物がすっごい見つけにくいところにあるらしくて。自力で見つける自信がないんすよね。なんで、レルートさんがなんか持ってないかなーと思ったんすけど」

「"円"じゃダメなの? 人が寄り付かない場所にポツンと人がいればそれっぽいと思うけど」

「あー、"円"を使うのはいいんすけど、その"人が寄り付かない場所"ってのがピンと来ないっすね」

 

 デプスが諦めるように息をついたところで、レルートが手を叩く。

 

「そうだわ、あたしが昔回ってた地下賭博場(アンダーグラウンドカジノ)。どれもそれっぽいロケーションだし、その辺りを"円"で探るといいかも」

「!」

「ちょっと待っててね」

 

 レルートは筆記具を取ろうと、席を立った。

 

 

……

 

 

 夕陽が赤く照らす大通り。そこから灰色の森のような路地の奥の奥へ進んだ薄暗いところ。廃ビルの中を歩き、階段を上り、別のビルへ渡り、階段を下り……デプスは、"円"で探知した人物、それも念能力者のいる部屋へたどり着いた。

 

 錆びた鉄扉に手をかけて押すと、それは軋まず、静かに開いた。

 部屋の中は1人用のオフィス然としていて、部屋の一歩外、老朽化したビルの一室とは思えない清潔感を保っていた。

 

 PCの置かれたデスクの向こうには、優男といった風貌の、金髪を三つ編みにした青年がひとり座っていた。

 デスクチェアの上で深くもたれていた青年は目をこすり、PCの画面の時刻表示を見て、それから身を起こした。デプスに向ける目つきは穏やかだった。

 

(わお、イケメン)

「こんちわ、デプス=ハーゲンっす。仕事探しに来ました」

「あいよ、千耳会(せんじかい)の斡旋所へようこそ。回ってきてない顔ってこた、一見さんだな? そっちの椅子持ってきて、そこに座ってくんな」

(こ、言葉遣いが見た目と違う……)

 

 青年は入り口横を指さした。見ると、パイプ椅子が重ねて置かれていたので、デプスは1つを持ち上げ、開いてデスクの前に置き、そこに座った。

 その間に青年はデスクの脇、デプスから見て奥にある冷蔵庫から、缶コーラを2つ取り出した。冷蔵庫の側面には、鞘に納まった刀が立てかけられていた。

 

「粗茶ですが」

「どこからツッコめばいいんすかね……」

 

 2人して缶を開け、一口飲み、デスクの上に置いた。それから青年はデプスのライセンスを確認して返し、さて、と腕組みした。

 

「久々のお客が来てくれて嬉しいよ。で、探してる仕事の条件は?」

「人体収集家、それかヨークシンのオークションに通じてる人のところの仕事っす。内容は問わずで」

「久々のお客が猟奇趣味とは、2度びっくりだな」

 

 青年は両手を頭の高さに挙げて言った。デプスの足が跳ね、タンと床を叩いた。

 

「は!? えっ違っ」

「ふっ、冗談だよ。俺だって今年で48(しじゅうはち)になるんだ、そんくらい見りゃわかるさ」

「……しじゅう……?」

(見た目20代前半なんだけど……聞き間違いかな?)

 

 訝しむデプスの前で、青年はしばしキーボードを叩いた後、透明な髭をなぞるように、顎をさすった。

 

「ふーむ……やっぱ、ルーキーで職歴がないとなると厳しいな。ニッチなジャンルってこともあって、両方ヒットしたのは1件だ。経歴問わず、面接で判断。仕事は要人警護とアイテム集めだと。んで、面接は8月頭。もうこれでいいかい?」

(来た!)

 

 デプスは、膝の上でグッと拳を握った。

 

「名前とかわかんないすか?」

「ウチじゃ言わない約束なのさ。ちなみに俺のフルネームはガイ=ガノス」

「じゃあそれで」

「ツッコみ放棄は頂けないな……受注了解っと」

 

 やれやれと頭を振ったガイがもう少しPCを操作すると、画面横の小型プリンタから、レシートのような小さな用紙が印刷された。ガイはそれを切り取り、デプスに手渡した。

 

「面接の日時と場所だ。妙な真似はするなよ、俺が怒られるんだからな」

「っす、ありがとうございます」

 

 受け取ると、デプスはまじまじとガイの顔を見た。

 

「どうしたい? 俺ぁそっちの趣味はねーぞ」

「いや、さっき48歳って言ってましたよね?」

「おう、言ったぞ」

 

 ガイが一度、おかしそうに肩を小さく揺らした。それから、諳んじたようにつらつらと語り始める。

 

故郷(さと)で警察隊学校を出たのが18の頃。念能力者の犯人(ホシ)にハメられて、カタギを斬っちまってゴロツキまで堕ちたのが24の頃。半年ちょっとしたらオーラが見えるようになって、30過ぎからはヤクザの用心棒。40で千耳会からお声がかかって、今じゃ有事戦力兼斡旋所のおにいさんよ」

「マジすか」

「おうとも。ミトラ(ファミリー)に拾われてしばらくしたら、どうも肌艶が良くなりだしてな。そんときゃ、自棄になってた頃余分に老け込んでたのが、念を覚えて汚れが抜けたんだな、と思ってたんだ。

 だってのに、歳を重ねるにつれどんどん若返ってくもんで、今でも実感する度にビビるもんさ。すっかり"先生"なんてツラじゃなくなっちまって、たまに古巣で見張り番なんてしてたら、バカの釣れること釣れること……

 おっと、今時間よかったかい? 暇な仕事でな、客に昔話をするのが楽しみなんだが――」

 

 デプスはガイの語り口に引き込まれ、身を乗り出して頷いた。ガイは、自らの念能力やそのルーツも交え、コーラ片手に、30分ほどかけて半生を語った。デプスは、落語とか紙芝居みたいだな、と思いながら、最後まで楽しんで聞いていた。

 

 

……

 

 

 デプス対カストロの試合から一ヶ月と少しが経った、ある日の昼過ぎ。

 ゴンの怪我が完治したため念の基礎修行を再開したゴンとキルアは、ゴンの個室のカーペットの上で並んで立ち、目を閉じて"纏"をしていた。"凝"に関してはウイングから既に合格の認定を受け、今は"纏"と"練"を繰り返すように言われていたのだった。

 

 室内に、インターホンが響いた。"纏"をそのままにゴンとキルアが互いを見合わせ、ゴンが扉を小さく開いた。そこにいたデプスを見て、あっ、とゴンが声を上げた。

 

「デプス!」

「お久しぶりっす、キルアさんも」

 

 部屋の奥にキルアがいるのを見ながら、デプスが手を挙げて挨拶した。ゴンに中へ通されながら続ける。

 

「お2人とも、昨日の初勝利、おめでとっす。中継、見てたっすよ」

「どこ行ってたんだよ? カストロとの試合の後、ずっといなかったよな?」

「調べ物とかで出かけてたっす。ほら、ゴンさんたちの修行の邪魔になっても悪いっすから。あ、これ、差し入れ兼快気祝いっす」

「ふーん。……って安いなオイ」

 

 デプスは、左手に提げたビニール袋から缶ジュースを1本ずつ渡した。キルアがさっさと開け、デプスも残った1本を開けようとしたところで、ゴンが心外そうに声をかける。

 

「邪魔って、そんな」

「いいんすよ、ウイングさん公認の事実なんすから」

 

 横目でゴンに軽く返しながらプルタブを引き、デプスはジュースを一口飲んだ。一気飲みしたキルアが缶を握りつぶし、デプスが持ったビニール袋の中に入れ、カーペットの上に座った。

 

「それで、どっすか? 調子は」

「うん。順調だよ」

 

 デプスとゴンもそれに続いた。ゴンとキルアは、修行がハイペースで進んでいる(とウイングに言われている)ことや、それ以外に天空闘技場であったことについて、デプスに話して聞かせた。

 

 ゴンの怪我が全治4ヶ月なのをキルアが2ヶ月とウイングに申告し、それが1ヶ月で治ってしまったが、修行の再開はあくまで約束の2ヶ月を待ったこと。

 デプスが姿を見せないのをいいことに、200階登録時に絡んできた3人の闘士がズシを人質に取り、ゴンとキルアに早期の試合を強いたこと。

 そのうち1人がなぜか姿を消し(キルアが脅し返したせいだが、キルアは黙っていた)、残り2人に対してゴンとキルアがそれぞれ1勝した状態であること。あと1戦ずつ残っていること。

 

 ズシが人質にされたと聞いて、デプスは、ありゃ、と小さく口角を下げた。

 

「昨日の試合中にズシさんがどうこうって言ってたの、そのことだったんすね。大事になってなくてよかったっす」

「ズシはその時のこと覚えてないみたいだしね。十分仕返しはしたし。そんなわけだから、デプスとの試合はもうしばらく後まで待って欲しいんだ」

「あ、覚えてたんだ」

 

 何気なく言ったキルアの方に、ゴンがバッと振り向き、むくれて言う。

 

「どーゆー意味さ!?」

「日頃の行いだよ。んで、お前のスケジュールは大丈夫なのか? 修行が楽しくなってきてるのも確かだけど、あんまり遅くなるのはやだし」

 

 キルアが問いかける間もゴンはまだ食い下がっていたが、キルアは"はいはい"と言って無視していた。デプスは強気な笑みを浮かべて頷き、メモ用紙を差し出す。

 

「いつでも大丈夫っすよ。もうケータイも買ったっすからね。これ番号っす」

「部屋にいない前提かよ……」




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――千耳会斡旋所の女
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