帰宅のために暗黒大陸を目指す雑な矛盾   作:これからはずっと一緒だよ

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29.雑に一蹴

 ヨークシン市内、カラオケボックス"ビクトリーカラオケ"店舗の一室。

 全6人として予約した部屋は広め。デプスは長いシート2つのうち1つに腰掛けていて、その左隣に鞄を、さらにその隣に盾を置いていた。

 机の上にはグラス風のプラスチックコップが1つ。デプスが部屋を取ってから30分経ち、氷入りのジンジャーエールは半分ほどまで減っていた。

 

 片耳だけイヤホンを着けてゲームをしていたデプスが、扉の開く音を聞いて顔を上げ、右手のドアの方を見た。

 

「こんばんはー」

 

 来たのは1人、マチのみだった。挨拶は返さなかった。デプスはイヤホンの挿さった携帯ゲーム機を鞄にしまうと、部屋備え付けの掛け時計を見た。それは12時ちょうどを示していた。

 

「時間変更のメール。シャルナークさんには連絡済みって書いてましたけど、ウソっすよね」

「なんでそう思う?」

 

 デプスは人差し指と中指で自分の両目を指し、続けて、閉じたドアの前に立つマチの方に向け、"見ていた"のジェスチャーをした。マチは面白くなさそうな仏頂面のまま何も言わず、デプスの方が、右肩を小さく回した。

 

「でも結局乗ったんすけどね。で、わざわざ単独行動してまで言いたいことって、なんなんすか?」

「団長にかけた念の解除。対価として、クモの枠を減らす」

 

 直接対面してみて、マチは、やはりデプスから害意を感じなかった。だが、念を封じられた自身と、それを差し引いてなお危険な者という立場から、最低限の言葉で取引内容を提示した。

 

「枠?」

「幻影旅団のルール。メンバーが死ねば、新たに1人補充される。ちょうど今、4番が行方不明なんだけど、じきに退団扱いにして新しく補充する予定。

 そこで、アタシから団長にかけあってその4番を永久欠番にする。そうすれば、たとえ全員除念できたとしてもクモの戦力は永久に削がれたままになる。だからその代わりに、1人分解除してもらう」

「ああー。ダメっすね」

「なっ……」

 

 デプスは得心が行った様子を見せ、そしてすぐ、首を横に振った。

 

「なら、アタシの金と首を上乗せしてもいい。合わせて2、300億にはなる」

「人を殺したり、死んだ方がマシな目に遭わせたりしない。それが絶対条件っす。仮に11人分の命で払うって言われても、ダメなものはダメっす」

「……っ」

 

 デプスが悠々とコップに口をつけ、マチは対照的に歯噛みし、焦りを見せ始めた。

 交渉に直接参加する他の4人に邪魔されず、旅団の要であるクロロの念を取り戻す。そのためにマチはなんとかシャルナークの携帯電話の画面を盗み見て、デプスのメールアドレスにたどり着いた。

 

 予め考えてきた条件も、事後承諾で旅団を動かしてでも旅団の縮小を申し出れば、旅団に敵対行動を取る組織として一考の余地が望めるはずのものだった。

 しかし、あれこれ条件の数字を増やしても決して動かないと言い切られ、マチは早々に交渉のカードを全て失った。

 正規の交渉が始まる1時までに、何か新しい条件を提示し、取引を成立させなければいけない。だが、マチには何も思いつかず、ただデプスの前で、頭に熱を籠もらせる他なかった。

 

「でも、マチさん1人で先に来てくれたのはよかったっすね」

 

 デプスがコップをトンと机に置き、そう言ったのを確かに聞いたが、マチには意味がわからなかった。

 

「なに?」

 

 聞き返した直後、エアコンが吐き出す冷気とは別の何かが、部屋を満たした。

 強制"絶"によってオーラ量が常人を下回るゼロとなったマチは、その空気に包まれた途端、出どころの違う熱で頭と顔がいっぱいになるのを感じた。

 

「!?」

 

 念能力を持たない者が敵対者のオーラに晒される感覚は、不快感や恐怖などとなって現れるが、この時に感じたものは全く別種だった。急激に広がった何かが念だと当たりがついているからこそ、その違いに、マチは背筋を震わせた。

 

「1人だとどうしても、旅団の人たちを見張るのに手が足りないんすよね」

("1人"だと!? こいつは組織で動いてたんじゃ――)

 

 たった今しがたまで"敵意はない"と直観し確信していたマチだったが、この瞬間はその勘を振り捨てた。にわかに心臓を打ち鳴らし始めた感情への自覚を、自意識で以って、"すぐにここを離れなければならない"という警戒音で塗りつぶそうとしていた。

 

 導かれるまま後ろ手にドアの取っ手を掴もうとしたが、その右手は見えない何かに掴まれ、デプスが差し出した左手に向かって引っ張られた。引かれる力に逆らえず、マチはよろめきながらデプスに近づき、その手首を掴まれた。

 

「ひっ」

 

 次の瞬間、痒くてたまらない虫刺されを軽く引っ掻くような感覚が、弾丸めいて腿を貫いて通った。息が漏れ、下半身の力が抜け、デプスの腹に顔をうずめる形に倒れ込んだ。

 

「うわ、めちゃくちゃ効いてるっすね」

「お前、何を……ッ!?」

 

 弾1発の効き目が予想を超えて大きかったことに、デプスは興味深そうにした。そのデプスの顔を見上げたところマチは、同様の感覚に肩や腕、胸を貫かれる。

 

「~~ッ♥ ふぁ、あああっ♥♥」

 

 人並みの羞恥心などが、反射的に息を止めようとさせたが、実際の我慢は1秒ともたなかった。デプスの体を押して立ち上がって離れなければならないと、すべきことは全く明らかだったが、マチの腕や脚には力が入らなかった。

 なぜ力が入らないのか、なぜ荒い息を吐いているのか、マチは考えたくなかったし、認めたくもなかった。

 

「まあ、念を封印されたままひとりで出歩いたわけっすから。死ぬよりマシってことで」

 

 害意のない何かを仕掛けてきているデプスや、独断専行で状況を悪化させようとしている自分を呪う余裕すらなく、もはや正体を失ったマチに、その言葉は届いていなかった。

 

 

……

 

 

 深夜1時。

 シャルナーク、ノブナガ、ボノレノフ、ウボォーギンの4人は、一度ビッカラのロビーに集まってから、受付でデプスが予約した部屋の番号を聞き、そこへ入った。

 

「……ちっ。先に来てるのかと思えば、完全に遅刻か? 事の重大さがわかってねーのかよ」

 

 最後に入室したウボォーギンがそう毒づき、遠慮なく席につくと、いやいや、とデプスが右手を振って否定した。

 

「マチさんなら、先に来て先に出てったっすよ」

「あ?」

「確認していいかな?」

「どうぞー」

 

 デプスの返答を聞いて、シャルナークが携帯電話からマチに電話をかけた。

 

「もしもし、マチ? 今どこで何やってるの?」

『アタシの言いたいことは言った。後の交渉は任せる』

 

 マチは手短にそれだけ言って、一方的に電話を切った。シャルナークは、通話終了音を鳴らす携帯電話を怪訝な目で見た。

 

「……切られちゃったよ。どーしたんだか」

「無事なのか?」

「うん」

 

 静かに問うボノレノフにそう答えて、携帯電話をポケットにしまうと、シャルナークはデプスの方を見た。

 

「デプス、マチは何を言ったんだ?」

 

 デプスは、マチが1人で来て取引内容を提示したことと、それを突き返したことを話した。シャルナークは右手で髪をかき回した。

 

「なんだよそれ、団長の判断抜きでオレたちが出せる条件じゃないじゃん。めちゃくちゃするなァ」

(明確に設定していないのか? それともこいつに裁量権があるってことか? 窓口だと予想してたけど、こいつ自身がリーダーの可能性もあるな)

「確かにオレら戦闘員の役割はクモのために命を張ることだが、そーゆーのは違うわな」

 

 ドアにもたれかかって、ノブナガが言った。

 

「まあ、とにかく、オレたちにかけた念、外せるってことだよな? 条件は、人を殺したり、死んだ方がマシな目に遭わせたりしないと誓うこと、と」

「そっす」

「わかった。今ここで解除してくれるなら、オレは誓ってもいいよ」

「おい!?」

「いいんだよノブ」

 

 シャルナークは、一言だけ振り返って言った。ノブナガは、それも考えがあってのことだろうと思いはしたが、真っ先に降参宣言をするようでいい気はせず、鼻を鳴らした。

 

「オレの能力は戦闘にも使えるけど、まるきり戦闘タイプってわけじゃない。むしろ本業は後方支援だ。だから、殺さないと誓っても損失は大きくない。解除はここでできるのか?」

「もちろん」

「じゃあ、やってくれ」

「うい」

 

 デプスが鞄越しに盾を手に取る。脳内でダイヤルがカチカチと回って使うべき能力を指し示し、トグルスイッチがパチンと切り替わった。

 

("悪機羅刹(デモノギア)"!)

 

 デプス自身ではなく、盾が能力を発動し、その表面が"落とし弾(ボッシュート)"の濃い紫色に染まった。ただ、この場で色の変化を知覚できたのはデプスだけだった。

 

「はい、これに触れば解除されるっすよ」

 

 両手で差し出された盾にシャルナークが手のひらを置くと、"落とし弾(ボッシュート)"による強制絶が解除された。シャルナークをオーラが包み、そしてそれがシャルナーク自身にはっきりと見えるようになった。また、盾の色も瞬時に変わって見えた。

 手足に目を走らせ体の様子を確認するシャルナークを、他の3人も感心した様子で見ていた。

 

(確かに解除された……やはりこいつがリーダー!? あるいは除念師の可能性もあるが、どちらにせよ重要人物! やっぱり、ただの斥候じゃなかったってわけだ)

 

 確かに念能力の封印が解除されたことを確認しながら、シャルナークは事実を元に思考を整理し、それからデプスの方へ向き直った。

 

「ヨークシンには、あとどのくらいいるのかな? オークションに合わせて10日まで?」

「もうちょっと短いかもっすね。5日くらいとか」

(短く見積もってあと2~3日か。あんまり猶予がないな)

 

 シャルナークは心中で小さく舌打ちした。

 

「オレ以外にも非戦闘員がいる。説得して連れてくるから、そいつらも解除してやって欲しい」

「待てよ。オレらはどうすんだ?」

「まあまあ、焦らないで」

 

 ウボォーギンが口を挟んだが、シャルナークは話を続ける。

 

「解除の条件に関して、確認したいことがあるんだけど。なんで金や首じゃダメなの?」

「そりゃあ、結局その後でガンガン人殺すんじゃダメだからっすけど」

「ならオレからも提案だ。念能力を戻した上で、1対1でオレと戦え。んで、オレが勝ったら全員解除しろ」

「ウボォー!?」

 

 シャルナークが厳しい視線を向けたが、ウボォーギンはデプスに向かって不敵に笑った。

 

「嫌に決まってるじゃないすか」

「ならオレはここを出た後、念無しででも暴れるぜ。お前がオレを殺るまでに1秒かからないとしても、その間に2、3人は殺れるかもな。そんなに人の命が大事なら、飲めるよな?」

 

 シャルナークが言葉を失くし、すぐにデプスの反応を窺った。特に変化が顔に出ていたわけではなかったが、次の言葉は、先程までよりトーンダウンした。

 

「戦いが始まったらすぐに念を封じるっすよ」

「ほう? つまり、オレたちの念を封じたのはお前なんだな?」

「そっす」

「わーったよ、取り下げる」

(うまい! これでデプスの能力は"念能力のロック・アンロック"で確定した!)

 

 ウボォーギンが、今度は息を呑むシャルナークに向けてウインクしてみせた。不意打ちで能力を封印されて怒り心頭になっただけあり、実は本当に暴れるつもりだったが、戦いにならないと悟って一旦引いたのだった。

 他にもできることがあるかもしれないと思い立ち、シャルナークが他の面々、ノブナガとボノレノフの顔を順に見る。

 

「この際だ、他にも意見があれば聞いとこう。何かある?」

「特にねェよ」

「……」

 

 2人は揃って首を横に振った。

 

「よし。じゃあ、また次の深夜、ここで落ち合おう。連れてくる人数とかも改めて連絡するよ」

「了解っす。ドリンクバー頼んどいたんで、帰りに飲んでっていいっすよー」

 

 手を振って団員たちを見送った後、デプスは鞄から携帯電話を取り出し、ポンズに電話をかけた。

 

「そっちに行った人、大丈夫っすか?」

『もうすごいおかしくなりっぷりよ。デプスくんのベッドに潜り込んで、枕の……』

「枕……?」

『い、いえ。無事なんだけど』

 

 口ごもられたので、デプスはオウム返しした。すると、ポンズはデプスの部屋で見てしまった凄惨な光景を思い出してしまい、それを表現する言葉が、なおのこと喉でつかえて出てこなくなった。それで、やむなく話を切り替えた。

 

『早いところデプスくんが安心させてあげた方がいいわ。あのままじゃあんまりだもの』

「りょ、了解っす」

 

 デプスは電話を切り、ロビーのカウンターに向かった。その頭の中では、降って湧いた謎がぐるぐると回っていた。

 

(枕……?)




"悪機羅刹(デモノギア)"
楕円を凹ませたような形の、機械式の白い盾。具現化物ではなく実物。
"PRoXY(メモリアルメドレーズ)"で格納した能力は、普段はデプス自身の体を起点に使用されるが、この盾を起点とすることもでき、その場合は性質が変化する。
"落とし弾(ボッシュート)"の場合、"念能力を消す"という効果が形を変え、"かけられた念能力を消す"もの、すなわち除念となる。
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