帰宅のために暗黒大陸を目指す雑な矛盾   作:これからはずっと一緒だよ

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3.雑に過去語り

 試験開始から一日半と少し。

 二次試験終了後、飛行船は不合格者を最寄りの町(決して短い距離ではないが)へと送り届けて戻ってから、合格者40余名の受験生を乗せ、三次試験会場へ向かい始めた。

 

 ブリッジで到着時刻などの説明を受ける最中、デプスが周囲の受験生の様子を伺うと、ハンターライセンス取得という強い目的意識によって一次試験から気力を保たせてきた受験生たちにも、疲れの色を滲ませる者がそこかしこに見られた。

 

(飛行船来るまでの待ち時間も休めたけど、風ビュービューのハゲ山のてっぺんで寝たりは無理だったしなぁ。一次試験で丸一日ちょっと走っててこれで済むのがすごいわ。これで念能力者でもない人が過半数って……)

 

 デプス自身は"寝たくない"と思えば眠気を飛ばせたが、それはオーラを絶えず供給できるからであり、徹夜慣れしているわけでもない高校生としては、自分の体のことさえ異様に感じられていた。

 

 説明が終わると同時、集団から2人の子供が抜け出す。

 

「ゴン!! 飛行船の中探検しようぜ」

「うん!!」

 

 例外の中でも見るからに元気に振る舞っているのは、最年少組である2人の少年、天を衝く黒髪のゴンと、ギザギザに跳ねた銀髪のキルア。その姿を見送りながら、デプスは頭を掻く。

 

(到着まで半日くらい。遊んで寝るのにちょうどいいくらいの時間だけど、何も持ってないんだよなあ。セイルさんのお金だからって買い物最低限にしすぎたかな――あっ)

 

 セイル=ハーゲンの自宅を出発してからの準備期間を回想するうち、試験直前に凶狸狐(キリコ)にかけられた言葉を曖昧に思い出した。

 

(そーいやぁ、ゴンによろしくとか言われてたっけ。暇だし挨拶しに行こっかな)

 

 次にすることを決めて振り返ったところで、デプスの視界に2人の姿はなかった。

 

「あらー……」

(……この飛行船、結構デカかったよな? いや、"円"でいいのか)

 

 デプスがブリッジから出る唯一の通路へ一歩踏み出し、その足元から"隠"で不可視となったオーラが飛行船じゅうへ塗り拡げられて行った。頭の中に飛行船の立体図が投影され、その中に赤い光点がポツポツと現れていく。

 

(つーかもうデフォで"隠"でいいんじゃ)

 

 その中で明らかに速く移動する点が2つ見つかった。それらはただ真っ直ぐ進むのではなく、時には震えたりぐるぐる回ったりしていた。デプスはそれを見て、やっぱやめた、と頭を振った。

 

(……楽しそうにしてるなら水を差しちゃ悪いか。落ち着くまで待っとこ)

 

 

……

 

 

 それから30分と少しが経った。

 機内食堂で腹を満たしたデプスは机に突っ伏し目を閉じていたが、むっ、と顔を上げた。脳内を飛ぶ飛行船模型の中、忙しなくはしゃいでいた2つの点は、ある一箇所でピタリと止まっていた。

 自身からの相対座標と合わせ、デプスはそれがどこであるかを確認する。

 

(窓のそばで……下の方ね)

 

 乾いて汚れがこびりついた使い捨ての食器たちをゴミ箱に捨て、速歩きで目的地に向かう。

 模型上で確かめた最短ルートをなぞっていくと、やがてゴンとキルアの談笑が、声のよく響く明るい廊下を通して聞こえてきた。それから、4人がけ程度のベンチに2人で座っているのが見えて、さらに近付く。

 

「――いい値段で売れると思うんだよねーー」

「何がっすか?」

 

 軽い調子でデプスが話しかけると、キルアが振り返り、その奥からゴンが視線をわずかに上げる。喜色満面だったキルアの表情は、すっと冷めた。

 

「あんた誰?」

「あ、すんません。受験番号406、デプス=ハーゲンっす。一本杉んとこの凶狸狐(キリコ)さんから、ゴンさんのことはかねがね」

 

 苦笑しつつ背を軽く曲げて会釈してから、ゴンの方へ凶狸狐(キリコ)の居所の目印である一本杉の名前を出すと、ゴンは得心が行ったように、ああー、と手を叩いた。

 

「デプスの方が年上みたいだし、ゴンでいいよ」

「いや、さん付けの方が気楽なんで。お構いなくっす」

 

 デプスはひらひらと手を振り、ゴンの申し出を流した。

 

「オレたちの後からあそこを通ったの?」

「っす。時間ギリギリっしたね」

「そーいや、トンネルじゃパイプの上でキョロキョロしてたっけ。何やってんだろと思ったけど、ゴンのこと探してたわけ? あ、オレ、キルア。よろしく」

「だいたいそんな感じっすね。キルアさんもよろしくっす」

(人は探してたし、まあウソはついてないっしょ、うん)

 

 自分をごまかし、2人に握手を求めると、ゴンもキルアも気楽に応えた。

 

「でも何で今? 試験中それどころじゃなかったのはわかるけどさ、飛行船が戻ってくるまでも時間あっただろ」

「いやー、恥ずかしながら忘れてまして。飛行船に乗ってから、お2人の声で思い出したっす」

「ふーん……」

「それで、何の話してたんすか? 売るとかなんとかって」

 

 夜空を映す大きな窓のそば、キルアが意地悪そうに笑う。

 デプスが来る直前、暗殺者の家系であることをゴンにカミングアウトしても面白い反応が引き出せなかったからと、デプスを次のターゲットにしていた。それがわかって、ゴンはキルアを後ろから冷ややかに見た。

 

「ハンターになったら殺し屋やってる身内をとっ捕まえてやろうって話さ」

「あー、そういう」

「リアクション()っす! なんだよ2人してよー、これじゃオレがスベってるみたいじゃんか」

 

 デプスが既に知っていたゆえの暖簾に腕押しで、キルアは両手のひらでこめかみを押さえた。

 ゴンが2人に一言かけて詰め、キルアも合わせて詰め、空いた右端にデプスが座った。それぞれ、窓の下からせり出したテーブルに肘を乗せる。

 

「まあ、ハンター試験でここまで残ってる人っすから、いろいろあってもおかしくはないじゃないっすか。なんならキルアさん本人も殺し屋の訓練受けてるんじゃないすか?」

「正解だよチクショウ」

「まあまあ」

 

 ゴンが困ったように笑い、すねるキルアの肩を叩いた。

 

「ふん。お前んちはどーなんだよ? オレらとそこまで違わないし、なんかやってんじゃねーの?」

「今16っす。家は……まあ、よくある父子家庭っすよ。父ちゃんは薬系の仕事してるっす。創薬研究ってやつっすね」

「やばいクスリ?」

「まっさかぁ。風邪薬とかそーゆーのっすよ」

 

 デプスが両手のひらを向けて否定すると、ふーん、とキルアが首を傾げた。

 

「マジでフツーじゃん。よくここまで着いてこれたな」

「そこはそれ、気合っすよ気合。ハンターライセンスのためにえんやこらっと」

「デプスは何のためにハンターになりたいの?」

「へ? あー……」

 

 ゴンに問われ、デプスは答えに窮した。一拍遅れて口を開く。

 

「最終的な目標は、家に帰ることっす。いろいろあって、故郷に戻るのが難しくなっちゃって。ハンターライセンスは、その足がかりっすね」

「足がかり、ってことは、ライセンスがあるだけじゃ行けないの?」

「とおーい道のりっすねぇ」

 

 デプスは窓の外、星空を見た。ロケットか何かでこの星を飛び出し、光の速さでどこまで行ったとしても、ほんの数日前までいた日常には戻れないことを思っていた。ゴンは、その返答を聞いて何ごとかを考え始める。

 

「よっぽどなんだな。ハンターなら紛争地域とかだって素通りできんのに。どこの国よ?」

「言えると思います?」

「あー……そういう感じね」

 

 デプスが片方だけ肩をすくめて返し、納得したキルアが切り上げると、話がしばし途切れた。

 それから数秒。

 

「オレと似てるね」

「?」

 

 深刻そうにではなく、純粋な親近感を持ってゴンが言った。

 

「オレの親父はすごいハンターらしくて、今どこにいるかわからないんだ。その親父に会うのが、オレの目標。デプスは、故郷にいるお父さんに会いに行くんでしょ?」

「へっ? あー、そうとも言えるっすけど。多分、ゴンさんが思ってるほど、父ちゃんのことは尊敬してないっすよ」

「なんで? デプスのことを一人で育ててくれた人じゃないの?」

「うーん」

 

 デプスは体を前に倒し、テーブルの上で組んだ腕に顎を乗せる。言うまいか悩んだ時間はそれだけで、まあいいか、と結論した。

 

「尊敬してないって言うより、尊敬しきれないって感じっすかね。育ての恩はあるし、将来返したいとも思ってるっすけど、客観的に立派な人間だとはどーしても思えないんす」

「仕事で結果出てないとか?」

「それがねえ」

 

 キルアの問いに、右肘から上を立て、真上を指差して前腕をくるくると回す。

 

「仕事はスゲーできるんすよ。でも、人が伴ってないんすよ」

「人?」

「人柄……心の強さって言えばいいっすかねぇ――」

 

 

……

 

 

 9年前、深田家。

 

「すまない……」

「そんな言葉は聞き飽きてるのよ!! なんで黙ってクビにされたの!?」

 

 リビングに置かれた食卓のそばで、ひょろっとして背が高い中年の男と、若く美しい女が立っている。それがデプス――深田祐太郎の両親だった。

 

 時刻は午後9時。男は懲戒免職後の手続きや口裏合わせを行う会議に出頭させられ、ようやく帰り着いたところだった。身につけているスーツは糊が利いているが、それを着ている男は揺れる柳のように弱々しかった。

 対照的に、女はブランドもののシルクパジャマを着こなしていたが、男に相対する姿には気品のかけらもなかった。

 

「半年分のDB(データベース)ロールバックはそれだけ大事(おおごと)だったんだ。ぼくの首ひとつあれば穏便に役員を納得させて、ことを収められるんだよ」

 

 リビングから引き戸一枚隔てた畳敷きの自室、布団の中で、祐太郎はそれを聞いていた。

 

「センター長の親戚がホントの犯人なんでしょう!? 警察でもなんでも出るとこ出て、ついでに慰謝料でも取りなさいよ!!」

「……」

「あなただけの問題じゃないのよ! あの子はどうなるの!?」

 

 そして、自分の母親が自分を持ち出すのは、きまって自分のための金を父親から引き出そうとする時だと、とっくに理解していた。

 遊びに行くときは決まって父親と2人かそこに母親を加えての3人で、母親が主体的に自分のために何かをしてくれたことはなかった。祐太郎だけでなく、父親も、それがわかっていながら、状況を変えようとはしなかった。

 

 以前から度々こうした口喧嘩はあったが、もはや、心の中で父親を応援することも、逆に母親を非難することもなくなった。ただ、早く静かになって欲しいと思うだけになっていた。

 

「大丈夫、再就職のアテはある。前に提携した企業の人に相談して、今月すぐに拾ってもらえることになったんだ。きみに苦労はさせないから……」

「給料は? いくら貰えるのよ?」

「それは……」

 

 気まずそうに、父親が金額を伝える。同世代に比べればやや高い程度の金額だったが、しかしこれまでの高給とは雲泥の差であった。

 信じられない、とヒステリックに女が叫んだ。

 

「なによ、足下見られてるじゃないの!!」

 

 

……

 

 

「――家まで来て父ちゃんに土下座してたクソ上司はその後も身内贔屓をやめなかったし、ブサイク銭ババアは金持ちジジイと再婚して贅沢三昧。父ちゃんだって、あれだけのことがあったのに、うだつの上がらないサラリーマンのまま……」

「なんつーか、生々しい話だな……」

 

 デプスは唾を飲み込み、ため息をつく。

 

「人が変わるには大きな力が要るんすよ。金とか、権力とか、才能とか。それが要らないできた人間なんてのは一握りで、心にもないこと言って変わったフリをするだけの奴らがほとんどっす。

 父ちゃんは優しいけど、キマってない……カッコよさが足りないんす。もちろん、ババアみたいなブサイクよりはずっとマシっすけどね」

「……」

 

 両手で頬杖をついたキルアが、トン、トン、と右の頬を人差し指で叩く。

 

「なるほどね、それじゃお前は"カッコいい男"になりたいわけか」

「ふっ……」

「?」

 

 デプスがわざとらしく、やれやれ、とため息をついた。そして、どうしたのかと見つめてくるゴンとキルアに向かって、キメ顔で口を開く。

 

「わかんないっすか? 既にイケメンとして完成されたこの美しさが――」

「ゴン、上行こーぜ。そろそろ毛布2人分借りて、寝る場所探さねーと」

「あ、うん」

「えっ」

 

 2人が真顔でベンチから立ち上がり、デプスがいるのとは逆の方向へ小走りし始める。

 

「あっ、これマジで行っちゃうやつ!?」

 

 慌ててデプスも立ち上がるも、既に距離が開いており、通路の曲がり角で姿が見えなくなるところだった。

 

「すんません調子乗りすぎました! ハブは嫌っす~~!!」

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