底辺キング   作:シェーク両面粒高

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ストーリー最終章に感化されたので初投稿です。

トレーナー、ウマ娘、設定にオリジナル要素があるので注意してくれよな~頼むよ~。


ジュニア級
第1話 よくあること


 8月の澄み渡る青空の下、新潟レース場の真っ青なターフを駆ける足音がにわかに大きくなってきた。観客はまだ少なく、歓声もほとんどないせいか地面を踏みしめる音が観客席までよく聞こえてくる。

 

 ウマ娘たちが一団となって猛然とゴールへ向かって来た。

 最後の直線、残り1ハロンを残すのみ。

 

『バ群から抜け出した! 半バ身、1バ身と離していく!』

 

 実況の声がレース場に響く。その声はレース関係者席にいるトレーナーの俺にも当然聞こえていた。

 今日の気温は30℃を超えている。日本海側だといっても暑さは東京と変わりない。背中に伝う汗を感じながらその勝負の行方を見守っていた。

 

 ラスト100mで抜け出したのはゼッケン4番だった。

 

『後続は少し苦しいか!? 差は縮まらないぞ! これは勝負あったか!?』

 

 接戦となる2着争いを尻目に、ゼッケン4番をつけたウマ娘がそのまま先頭でゴールラインを駆け抜けていった。

 

『今、1着でゴールイン!』

 

「やったぁ!」

 

 1着でゴールしたウマ娘は喜びの声を上げ、満面の笑みで両の拳を握っていた。見ているこちらが恥ずかしくなるようなその喜びようは、遠目からでもよく分かった。

 

「よしっ! よしっ!」

 

 それにしてもこの喜びようだ。言っておくが、このレースは今日のメインレースでもないし、重賞でもない。勝ったからといって紙吹雪が舞うわけでもなく、地鳴りのような歓声が上がるわけでもない。

 あるのはまばらな拍手だけ。

 

「やったんだ……! 私、やったんだ!」

 

 勝利を噛みしめている彼女の目に、光るものが見えたような気がした。

 

「……」

 

 帽子を脱いで、空を見上げた。

 雲1つない夏空は、勝利したウマ娘を祝うかのように晴れやかだった。

 

 ……いつまでもここにいる訳にはいかない。

 

「……行くか」

 

 電光掲示板に目をやってから帽子を深くかぶり重い腰を上げた。

 トレーナーとして、彼女の元へ行くために。

 

 向かうのはもちろん、ウィナーズサークルではない。

 

 ◇

 

 向かったのは地下バ道。外は炎天下なのに、ここの空気はどこかひんやりとしていた。先程のレースで負けたウマ娘たちがこちらに向かって歩いてきていた。

 人目もはばからず泣いているウマ娘、無表情で淡々としているウマ娘、肩の荷が下りたとでも言いたげに卑屈そうな表情をしているウマ娘、唇を噛んで悔しそうにしているウマ娘など、その様子は十人十色だった。

 その中から自分のチームに所属しているウマ娘を探す。

 

「……うぅ…………」

 

 ……いた。ゼッケン11番をつけた栗毛のウマ娘が俯いてこちらに歩いてきている。

 俺の存在に気付いた彼女がその顔をあげた。

 

「……あ、トレーナー、さん……」

「……お疲れさん」

「…………はい……っ」

 

 こちらを見るその栗色の双眸には光るものがあり、それは既に頬を伝っていた。普段の元気いっぱいな姿からは想像もできないほど、彼女は悲しそうに涙を流していた。

 このレースに負けた悔しさも当然あるだろう。しかし、泣いている理由の大部分はおそらくそれではない。

 

「伝えておくことがある。そのままでいいから聞け」

「……は、い…………っ……」

 

 彼女は分かっている……いや、学園のウマ娘なら誰だって知っている。

 今のレース、8月の“クラシック級未勝利”で負けることのその意味を。

 それが現実だということを彼女に突きつけなければいけない。それはトレーナーの重要な仕事でもある。

 

「おそらくお前は退学になる」

「っ……」

「近いうちに学園の先生やお前の両親を交えた話し合いをする。内容はお前のこれからについてだ」

「……」

 

 彼女は下を向いてゆっくりと首を縦に振った。首の動きに合わせて涙がポロポロと流れ落ちていた。

 

「日時が決まったらまた連絡する。あと、これからトレーニングには自由参加でいい」

「…………」

「今日、親はここに来てるか?」

「……はい。観客席に、父さんと母さんが……」

「分かった。ここで解散にするから、シャワーを浴びて着替えたら両親のところへ行ってやれ。外泊許可は俺がやっとくから、今日と明日ゆっくりしてこい」

 

 彼女は再び首を小さく縦に振った。

 それを見た俺は彼女に背中を向けて歩き始めた。

 

「あ、あのっ……!」

「どうした?」

 

 その場で立ち止まっていた彼女に呼び止められた。振り返ると、彼女は顔を上げて未だに涙の溢れる目でこちらを見つめていた。

 

「今まで……ありがとうございましたっ!」

 

 彼女は栗色の髪を揺らして真っ直ぐに深くお辞儀をして、涙声でお礼を言った。

 

「……ああ」

 

 そう返した俺は再び歩き進めた。振り返らなくても、彼女は頭を下げたままであることは分かった。

 

「さて、もう一仕事か……」

 

 次に向かうべき場所へ歩みを進めた。

 

 彼女の最後になるであろう中央のレース結果は、9番人気3着だった。

 

 ◇

 

 地下バ道から抜け出し観客席に向かう。目的はもちろん彼女の両親と話すためだ。

 

「あれか……敬語、敬語と」

 

 新潟レース場観客席の指定席にその2人がいた。眼鏡をかけた温和そうな父親と、彼女とよく似た綺麗な栗毛のウマ娘の母親がターフに目をやって話していた。以前より何度か面談はしていたので、お互いの顔は知っていた。

 近くに行くと、両親も俺に気付いたようだった。母親がこっちに声をかけてきた。

 

「トレーナーさん」

「お世話になっています。観客席におられると娘さんより話を聞いていたので参りました」

「わざわざご丁寧に……ありがとうございます」

 

 落ち込んで沈んでいるという様子ではないが、2人とも表情は明るくない。

 まずはトレーナーとして言うべきことがある。

 

「娘さんのお力になれず、申し訳ございませんでした」

 

 帽子をとって深く頭を下げる。両親ともに今日のレースに負ける意味を当然知っているはずだ。

 どんなことを言われても、受け入れる気持ちでいた。

 

「……トレーナーさん。そちらの席、空いているようですから、お座りください」

「……はい」

 

 父親から声がかかった。頭を上げて、言われる通り席に腰を下ろし彼らに向かい合う。俺に目を合わせた父親が話を続ける。

 

「娘は……あの子はこれからどうなりますか?」

 

 父親の目と言葉が不安に揺れている。

 自分の娘の将来が見通せなくなったのだから、当然の反応だろう。

 

「おそらく数日中に退学通知が学園より届きます。それから日程を調整し、ご両親と娘さんご本人、学園の教師、そして私を交えてこれからの進路について話し合いの場がもたれます。その進路についてですが────」

「トレーナーさん。負けた後、あの子はどんな様子でしたか?」

 

 そこで、黙って聞いていた母親が俺の声を遮った。娘と同じ栗色の瞳が俺に突き刺さっていた。

 

「お前、せっかくトレーナーさんが話をしてくれているのに……」

「いえ、配慮に欠けていました。申し訳ございません」

 

 負けて退学した時の話がスラスラ出てきたので、母親に不快感を与えてしまっただろうか。

 仕方ねえだろ、と心の中で言い訳する。ウチのチームでクラシック級未勝利に勝てなかったのはこれで今年3人目だ。今年3回目にもなれば多少は流暢にもなる。

 そもそもこれは毎年やっていることだ。もう俺自身が説明することに慣れてしまっている。

 

「レース直後に地下バ道で会いました。……涙を流して泣いておられました」

「……そうですか」

 

 母親は目を伏せて胸に手を当てた。心の中で何かを確かめているような様子のあと、口を開いた。

 

「私も覚えています。私の、最後の未勝利戦でのレースのこと」

「お前、トレーナーさんにいったい何を」

「いえ、お父様……お母様、続けてください」

「私も必死でした。人気薄で私も含め誰も勝てるとは思ってなかったでしょう。でも私は勝てました。ハイペースになったおかげで、前が総崩れになった結果でしたが」

 

 静かな、落ち着いた口調で話は続いていく。

 

「未勝利戦で勝ったおかげで、私は学園生活を全うすることができました。その後は1勝もできないどころか、掲示板に載ることすらできませんでしたが。そんな私から生まれた子だから、この結末になることを私はどこかで分かっていたのかもしれません。……いや」

 

 母親の言う通り、足の速さは遺伝する一つの要素だ。足の速さ以外にも、脚質や怪我のしやすさなども遺伝すると言われているが、もちろん一概には言えない。

 重賞未勝利ウマ娘からG1を勝つウマ娘が生まれることだってよくある話で、その逆だって珍しくない。

 

「このレースを見る今この瞬間まで、私は色々なことに分からないフリをしていただけだったんです。そのことにやっと気付けました。みっともない言い訳を並べ立てて、醜態を晒すところでした。トレーナーさんに対しても……あの子に対しても」

 

 母親は伏し目をやめて俺と目を合わせた。毛色と同じ色の大きな瞳に吸い込まれるように感じた。

 

「トレーナーさん。今まであの子がお世話になりました。本当にありがとうございました」

 

 綺麗な栗毛を揺らして母親は頭を下げた。その姿に先程の地下バ道の彼女が重なったように見えた。

 

 母親が何を言いたかったのか、その心の中でどんな葛藤があったのか、俺には分からない。分かるはずもない。

 俺はただ、母親が何かを受け入れたということだけが理解できた。

 

「月に1回、あの子の状態や様子について詳細に報告していただいたおかげで、私たちも安心してトレーナーさんにあの子を任せることができました。こんなに丁寧な対応をしてくださるトレーナーは珍しいと聞きます」

「いいえ、私は当然のことをしただけで──」

「重ねてになりますが、今まで本当にありがとうございました」

「ありがとうございました……!」

 

 両親ともに頭を下げられた。

 

「お2人とも頭を上げてください。娘さんの明るい性格は厳しいトレーニングの時もチームの雰囲気を良くしてくれました。トレーナーとして、お礼を言うのはこちらのほうです」

 

 どこかズレたことしか言えない自分に歯がゆさを感じた。

 

 頭を上げた両親と改めて向き合った。

 

「着替えた後、こちらに来るように言っています。月曜日に学園に戻ってきていただければ構わないので、今日と明日、娘さんと過ごしていただければ」

「はい、あの子とはゆっくりと話をしようと思います。今までのことも、これからのことも」

 

 そう言った母親の目は優し気な暖かい光に満ちていた。

 

 もう時間だ……話はこんなものだろう。もう一度頭を下げたあと腰を上げた。

 

「では、私はこれで失礼します。また、話し合いについては連絡します」

「分かりました。よろしくお願いします。トレーナーさん」

 

 やるべきことは終わったと判断した俺は2人に背を向けて歩き始めた。

 

 

 観客席と人の間をすり抜けて出口を目指す。

 その道すがら、自身にしか聞こえないように独り言を言いながら歩みを進めた。

 

「ありがとう、ありがとう、って親子揃って言いやがって……」

 

 観客席の出口で振り向いて両親を一瞥した。まだ話をしている2人が目に入った。これから先のことを──娘のことを話していることは想像に難くない。

 

「クソッ」

 

 俺は観客席をあとにして駐車場へ向かった。

 

 ◇

 

 新潟レース場の関係者専用駐車場に着いた。自分のワンボックスカーに乗り込みながら栗毛の彼女とその両親のことを考える。

 

「これで、終わりか……」

 

 車のエンジンを掛けながら独り言ちる。

 

 彼女は8月末のクラシック級未勝利で負けた。これが意味するのは彼女がもうトレセン学園にいられないということだ。クラシック級の8月までに一度もレースに勝利できないと、学園から退学が言い渡される。故障したウマ娘や、何らかの理由でレースに出てないウマ娘が例外として退学にならないこともあるが、そんなことは希だ。トレーナーになって10年近く経つがそんなウマ娘は数人しかいなかった。それが認められるのは学園やURAに潜在能力を買われたウマ娘だけだ。

 担当トレーナーである俺から贔屓目に見ても、彼女にそんな潜在能力はないように思えた。……ただ、俺が引き出せてないのかもしれないが。

 

 ウマ娘の世界、特にここ中央は残酷だ。才能の無い者は容赦なく切り捨てられ、毎年何百人というウマ娘が退学に追い込まれている。入学してきたウマ娘の内、7割はクラシック級の8月末までに……つまり1年と半年足らずでトレセン学園に別れを告げる。

 年端もいかない10代後半の女の子たちに厳しい現実が突きつけられている。

 

 “お前は遅い”と。

 “お前は弱い”と。

 

 今日のレースの結末を見れば、彼女は未勝利戦を勝てるレベルではなかったということになるだろう。彼女は才能がなかったと、足が遅かったのだと。単純で明快、実に理解しやすいし、それは正しい。

 

 だから、トレーナーとしてこの結末を素直に受け止めることができる。

 そもそも、自分のチームのウマ娘が未勝利戦を勝てず退学することにも慣れている。

 

 ────なんてことは一切ない。 

 

「なにか、もっと出来ることがあったはずだろうが……!」

 

 運転席側の窓ガラスへ思いっきり右拳を叩きつける。ドンッと低い音のあとに右拳に鈍い痛みが走った。

 

「戦法、条件、適性、トレーニング、栄養、メンタル……やらなきゃなんねえことはもっと無かったのか!? 詰められるところは無かったのか!?」

 

 最後の未勝利戦を負けて悲しんでいるウマ娘を見ることは本当に最悪の気分になる。勝たせてやれなかった悔しさと自分への怒りが混ざりあったこの感情には、いつまで経っても何度経験しても慣れることができない。

 心の中で彼女と過ごした日々を思い返していると、遅すぎる後悔に苛まれた。もちろん、自分の持つ知識と経験を全て彼女に注いだつもりだ。彼女だけじゃない、これまで担当してきたウマ娘全員に対して一切妥協してこなかったと自負している。

 

 しかし、しかしだ。それでも考えてしまうのだ。トレーナーとして、もっと他に出来ることはなかったのかと。

 そうすれば、彼女は勝てたのではないのかと。

 

「……?」

 

 そこで違和感に気付いた。こういった感情になることはいつものことだが、今回はその昂ぶりがより強いように感じる。

 今年すでにクラシック級未勝利を勝てなかった2人の時と何かが違う。栗毛の彼女とは他の2人に比べて特別仲が良かったわけでもない。基本的にトレーニングの時しか関わりがないし、プライベートでは食生活について口を出すぐらいで、レース関係以外で一緒に出掛けたりしたこともない。

 

 

 そこで──

 

 

『────』

 

 

 ──不意に、2つの姿が重なった。

 

 

 

「ああ……」

 

 今日負けて泣いていた、普段は元気いっぱいな栗毛のウマ娘。今更、そのことに気が付いてしまった。

 

 

 ────『トレーナーさんっ!』────

 

 

「…………」

 

 彼女は()()()によく似ていたんだ。

 

 毛色も、顔も、声も、体格も、何一つ似てないっていうのに。

 

「クソッ!」

 

 心の奥底から浮き上がってきた記憶を再び下へ下へと押し込めて、吐き捨てるように言った。

 

「……何もかも、足りねぇんだ」

 

 最後の言葉は行く当てを探して虚空へ消えていった。

 

 右手の鈍い痛みは、まだ消えていなかった。




オリ設定という名の暴挙その1

・トレセン学園は高等部のみ(中等部は存在しません)で、入学した時点でジュニア級になります。
 高等部1年12月まで→ジュニア級
 高等部1年1月~高等部2年12月→クラシック級
 高等部2年1月以降→シニア級
・未勝利で勝てなかったら退学とかいう理不尽設定。

 現実の競馬に近い設定となっています。
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