底辺キング   作:シェーク両面粒高

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追想8 重なる姿

 トレーナーさんが中央に戻ってきてウマ娘を担当するようになってこれまで、その担当ウマ娘たちはGⅠどころか重賞さえ勝てていなかった。

 

 でも、年を経て段々と勝てるウマ娘が出てきた。最初はあの青鹿毛のウマ娘で、最近なら芦毛のウマ娘……カレンモエ。

 カレンモエからは確かに才能を感じられた。流石は良血のウマ娘と言ったところで、重賞に手が届くかもしれないほどセンスの良い走りをしていた。

 一方でカレンモエの同期のウマ娘たちは未勝利戦を勝てずに退学していた。彼は今でも傷ついていると思うと、こっちまで悲しい気持ちになった。

 

 

 

 その1年後、キングヘイローというウマ娘が彼の担当になった。彼女もまた超良血のウマ娘だった。

 

 ……あたしとは違って、最初から期待されているウマ娘。

 

 

 

 キングヘイローは3戦3勝で東京スポーツ杯ジュニアステークスを勝利した。トレーナーさんが担当したウマ娘で初めて重賞を勝った。

 あたしのトレーナーじゃなくなってから10年近く経つトレーナーさんにやっと重賞に勝たせてあげて、それで笑顔や元気をあげられたんだろうと思うと嬉しい気持ちと一緒にほっとした気持ちにもなった。あたしのメイクデビューやスプリングステークスの時みたいに、心の底から喜んでくれてるだろう。

 

 

 ……3戦3勝で重賞制覇。偶然にもあたしと全く同じだった。

 

 

 キングヘイローは粗削りなところはあるものの、末脚を始めいいものを持っていた。単純に才能のある娘だった。彼女ならばもっと重賞を、そしてGⅠを……と思わせるぐらいのウマ娘だった。

 彼女のインタビューを見てみたが、自身に満ち溢れた所作で結構大きいことを言う娘だった。高飛車な態度で、そのことについては何も思わないけれど、同じように大きいことを言って潰れていったウマ娘を多く見てきたから心配でもあった。ああいう娘は一度へし折られると二度と立ち上がれない娘が多いから。

 

 キングヘイローにはトレーナーさんにたくさんのものをあげられるウマ娘になってほしい。

 ……そんな願いを抱きながら、彼女のレースを追っていった。

 

 それに清島の娘であるペティもスタッフ研修生のウマ娘として彼のチームに入っていた。幼いときはあれだけあたしとトレーナーさんについて訊いてきたのに、たまに清島の家で会ってもいつの間にかそんな話は出なくなった。

 走るのを辞めて勉学に切り替えてスタッフ研修生になったのは知っていたけれど、まさかトレーナーさんに元に行くなんて思わな……いや、別におかしいことじゃないのかもしれない。

 彼女はあたしのことについて何かトレーナーさんに話しているだろうか。そんなことを彼女に訊くことなんてできないけれど。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 キングヘイローはクラシック級へと進んだ。

 

 

 弥生賞3着から迎えた皐月賞。

 当日、あたしは中山レース場の関係者専用席でレースを見ていた。

 3番人気に支持されたキングヘイローだったが結果は2着。ジュニア級最後のレースと同じくまたしてもGⅠ2着に敗れてしまった。

 勝ったのはセイウンスカイ。キングヘイローは負けはしたものの、内側にあるグリーンベルトを利用してスペシャルウィークを抑えて先着した。

 

 セイウンスカイとの差は半バ身。本当にあともう少しだったのに。

 

 

 ターフではセイウンスカイがウイニングランをしていた。

 

 

「…………」

 

 

 あたしは皐月賞3着だった。彼女に自分の姿を重ねたりはしなかったけれど、レースを見ているとあの時のことを嫌でも思い出させられた。

 無敗で皐月賞に挑み、ドゥラメンテとリアルスティールの3着に敗れ泣いていた自分のことを。そしてノートにあったようにトレーナーさんの苦悩が始まったことを。

 

 眼下に広がる11万人の観客のどこかにトレーナーさんはいるのだろう。

 ……きっとトレーナーさんも悔しがって悲しんでいる。あたしの時みたいに、キングヘイローを勝たせようと思って苦しみ悩んでしまうのだろうか。

 

 

 次はおそらくダービー。そこで勝ってトレーナーさんに初めてのGⅠを捧げてほしい。

 

 

 あたしができなかったことだから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 皐月賞が終わってしばらくして、早朝のロードワークでキングヘイローを偶然見かけた。あたしに向かって走って来ていた。

 

 彼女の姿を見た瞬間は心臓が大きく跳ねた。もしかしたらロードワークにトレーナーさんが付いてきている可能性があったから。

 何も起こることなくすれ違う。幸いトレーナーさんは見かけず、付いてきてはいないようだった。

 こっちはフードを被っているしあたしの正体は分からないだろう。分かったところで何かあるわけでもないけれど。

 あたしは気にしないようにして、普段通りを心掛けて走っていた。

 

 それからも時々彼女の姿を見るようになった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 6月7日、日本ダービー。この日も関係者専用席で見ていた。

 隣にはサトノダイヤモンドがいた。こうしてGⅠを2人で観戦するのはいつものことだった。皐月賞はサトノ家の仕事で都合がつかなくていなかったのだ。

 

「……あっ……」

「どうしたの?」

「……ううん。何でもない」

 

 その中で、あたしは観客席の最前列にいるトレーナーさんの後姿を発見した。あの背格好は絶対にトレーナーさんだ。彼の隣に芦毛のウマ娘カレンモエとペティがいたのを見て確信に変わった。

 

 レースが始まった。

 

 キングヘイローはまさかの逃げに打って出た。作戦なのかどうかはわからないけれど、出だしから良い走りではなかった。

 

 ──ここで初めて、キングヘイローの姿にキタサンブラック(あたし)の姿が重なった。

 

 ダービーでは2番手でレースを運んだけれど、2回出走した同条件の東京2400mのジャパンカップではどちらも逃げでレースを運んだ。それにDTLでの同条件でのレースでもあたしは逃げで勝利したこともあった。

 今走っているのはキングヘイローなのに、東京2400mを逃げているからまるであたし自身が走っているように見えた。

 

 

 キングヘイローは先頭のまま第4コーナーを抜けて最後の直線に入った。

 

 早々に手応えの無くなった彼女がバ場の内の方で後退していく。外から多くウマ娘がやって来て追い抜いていく。

 

 

 ……同じだ。

 

 

 必死に走っている姿は見て取れる。でも力は残っていないようで、そのまま沈んでいった。

 

 

 ……ダービーのあたしと同じ。

 

 

 いつの間にか、あの翠の勝負服が見慣れた違う色に見えていた。

 

 

 スペシャルウィークが圧勝するはるか後方でキングヘイローはゴールした。

 

 無意識的に着順を数えていた。キングヘイローは14着。

 

 

 ……あたしのダービーの着順と同じ14着。

 

 

 

 着順までも、あたしと同じ。

 

 

 

 思わず観客席にいるトレーナーさんに目をやる。

 

 

 

「……っ……」

 

 

 

 彼は柵に手をついてうなだれていた。

 

 

 

 

 

 

 ────ねえ、気づいてる?

 

 

 

 

 

 

 

「っ!? ……」

 

 

 

 心の中から聴こえてきたのはあたしの声だった。

 

 

 

 

 

 ────あたしがトレーナーさんにやったのはこういうことでしょ?

 

 

 

 

 

 トゥインクルシリーズの時の、まだ少女だったあたしの声だ。

 

 

 

 

 ────トレーナーさんの気持ちなんて知りもしないで。ただ自分のために泣き喚くだけだったもんね?

 

 

 

 

 心の中にいる、あの時に取り残されたキタサンブラックが顔を覗かせている。

 

 

 

 

 

 ────あたしが無様にこうやって負けたからトレーナーさんは苦悩していったんでしょ? 追い詰めたんでしょ?

 

 

 

 

 

 

 ああ……そうだ。あたしが彼にやったのはこういうこと。

 

 

 

 

 

 ────勝ってたら、せめて好走できていたら、あんなことにはならなかったのかもね?

 

 

 

 

 

 

 ……そうだね。その通り。

 

 

 

 

 ────ねえ? 惨敗して、自分のことしか考えてなかった、何も知らなかったキタサンブラック?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしがトレーナーさんのことを本当に想ってあげられていたら。分かってあげられていたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ったあの娘、すごいね」

「……そうだね」

 

 あたしは席を立った。

 

 見ていられなかった。

 

 立ち尽くすキングヘイロー(キタサンブラック)も、うなだれて顔を上げられないトレーナーさんも。

 

「キタちゃん? もういいの?」

 

 小さく頷いて肯定を示した。

 

「そう。なら、私も行こうかな」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 7月の下旬。週末に阪神2400mで開催予定のSDTを控えていた。

 

 今朝から外は暴風雨になっており、早朝に行うロードワークを行えないでいたあたしは天気が回復する午後にロードワークに出ていた。

 この歳になり知識が増え経験を積むと清島にメニューを委ねる機会も少なくなり、基本的に自分でメニューを組み立て、必要に応じて清島に相談する形になっていた。

 不良バ場と化したトレーニングコースには朝から誰もいなかった。あたしにとって不良バ場程度は何の問題にならないから別にコースで走っても良いのだけれど、このバ場ではやはり負荷がかかってしまう。もう追い込む時期じゃなくて調整が重要な時期だ。レース直前なのもあってリスクは避けたかった。

 明日予定しているグラスワンダーとエルコンドルパサーとの模擬レースにて仕上げる予定でいた。

 

 合羽のフードの下から覗く空は暗い鉛色をしていた。水溜まりに足を踏み入れると水しぶきが上がる。

 

「はっ……はっ」

 

 あまり息を切らさないようなペースで、体内時計や脚の負担を考慮しながら暗い空の下を走っていた。まだ風も雨もあるけれど大荒れの午前中に比べたら雲泥の差だった。トゥインクルシリーズの時の天皇賞秋に比べたら可愛いものだった。

 道中に人気(ひとけ)は少ない。通行人さえほどんどいなかった。

 

 

 学園の方向へ向かって走っているときだった。

 

「はっ、はっ、……え──」

 

 前方に1人のウマ娘の後姿を見つけた。あたしと同じように合羽を着て走っていた。

 

 あたしはそのウマ娘の正体を知っていた。

 この尻尾の色、そしてこの走り方。

 早朝のロードワークで度々目にしていた。1ヶ月半ほど前に東京レース場でも目にしていた。

 

 トレーナーさんの担当ウマ娘であるキングヘイローがいた。

 

 

「あ──────」

 

 

 

 

 ──タブって見える、あの頃のキタサンブラックの影。

 

 

 

 

 ──脳裏を掠める、日本ダービーの光景。

 

 

 

 

 身体が無意識的に反応した。ペースを一気に上げて彼女に並びかけたあたしは声を掛けていた。

 

 

 あたしは……何を……

 

 

「こんにちは」

「……っ、え?」

「キングヘイローさん、だよね」

「はっ、はっ……ええ、っ、そうよ」

 

 彼女はペースを落としたので、あたしもそれに合わせて併走を続けた。

 

「おーっほっほっほ! 知っていて当然よね、キングは一流のウマ娘だもの! キングのことを知っていた殊勝なあなたには名乗る権利をあげるわ!」

 

 インタビューでよく見た高笑いをしていた。

 

 

 この娘がトレーナーさんの担当ウマ娘。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ダービーで14着に敗れたウマ娘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダービー14着。日本一を決める最高の舞台で、よくあんな拙い走りができたね?」

 

 

「っ!?」

 

 

 

 キングヘイローは足を止め、立ち止まってこっちを睨みつけてくる。

 

 その姿に10年前のキタサンブラックの姿が重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──あたしは、誰に向かってそう言ってるんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──きっと、あなたじゃない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 フードの中から見やるウマ娘の姿は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あの頃のあたしだ……

 

 

 

 

 

 

 

 10年前のキタサンブラックが目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……気に入らないわね。キングは名乗らない礼儀知らずと話す気なんてないわ。誰なの、あなた」

 

 彼女の声とともに、キタサンブラックの姿がキングヘイローへと戻った。

 

 こんなこと言うべきじゃない。こんなことするべきじゃない。侮辱したことを謝らないといけない。

 

 

 

 

 

 

 ……トレーナーさんの近くにいて、ずっと彼の指導を受けているウマ娘。

 

 

 

 

 

 そんな彼女の力を試したいという気持ちがふと湧いてきた。

 トレーナーさんの担当ウマ娘としての実力の程をこの脚で確かめたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 あなたはあたしを越えられるウマ娘なの?

 

 

 

 

 

 

 

 あなたはあの頃のあたしよりも強いウマ娘なの?

 

 

 

 

 

 

 

 あなたはあたしの代わりにGⅠをあげられるウマ娘なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それらの全てがあたしを騙しているだけだと気づくのは、彼女とコースで走ったときのこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喉から言葉が溢れてくる。他人に操られているかのようにあたしは言葉を紡いでいく。

 

「あたしの正体が知りたいんだ? ……そっか、なら」

 

 わざとらしく、いいアイデアでも浮かんだように手を叩いた。

 彼女のプライドを刺激するような感じの物言いで誘いをかける。

 

 昔とは違って、こんな賢しい真似ができるほどには大人になった自分がいた。

 

「勝負、しない? もしキングヘイローさんが勝ったらあたしの正体と、あたしと坂川健幸の関係について。あたしとあの人の間に昔あったこと、教えてあげるよ」

「……は? ……あなたはトレーナーの昔の担当ウマ娘なの?」

「どうだろうね? キングヘイローさんが勝ったら、全部教えてあげるよ」

 

 あたしの正体については全く見当がついていないようだ。ならあたしとトレーナーさんの関係を餌にしたら勝負に乗ってくれるかもしれない。

 

「勝負内容は、あたしとキングヘイローさんとで走って、あなたが一度でも1バ身リードできれば勝ち。どう?」

「距離……ゴールは? どこまでに私は抜けばいいの?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここから学園に戻るまでと、それでも無理なら学園のトレーニングコースでやってもいいよ。こんな天気なら、誰もコースにいないだろうから邪魔は入らない」

 

 勝負内容については特に深い考えがあったわけではない。こんな道端でできる勝負なんてこれぐらいしかない。

 ……客観的に見て今のあたしが今のキングヘイローに後れをとるわけがないから、勝負にはならないけれど。

 

「私が諦めたら、私の負けってことね」

「そうなるね」

「嘗められたものね。それで、あなたが勝ったら?」

「何もいらないよ」

「……どれだけ私を……! いいわ。やってやろうじゃないっ!」

 

 勝負に乗ってきた。プライドが高そうな娘だから、挑発されていることが我慢できないんだろう。

 それとも本当にあたしと彼について知りたいかのどちらかだ。

 

「うん。じゃあ、やろっか。先に走って。キングヘイローさんをあたしが追い抜いてからスタートね」

「ええ。いいわよ……っ!」

 

 彼女は構えることなく不意をつくようにいきなり走り出した。

 出し抜こうと思ったのか、その程度の小細工が通用するウマ娘だと思われているのか。

 あたしの正体を知らないとはいえ少し心外だった。

 

 瞬時に彼女に追いつき、追い抜かす。取りあえず2バ身ほどリードをとった。

 

「──よしっ、これでスタートだよ!」

「なっ!?」

「ついて来れる?」

「……っ!!!」

 

 トレーナーさんの傍にいるキングヘイロー。

 

 

 

 ──自分の本当の気持ちに気づかずに、あたしは走り出した。

 

 

 

 

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