底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第75話 天才トレーナー

 スプリンターズステークスを終えグランプリを控えた年の瀬、トレセン学園で一番大きい講義室に俺をはじめ多くのトレーナーたちがいた。と言うのも、ここを会場としてトレーナーによる研究発表会が行われていたのだ。

 

 ちょうど1年前、この発表会にてサイレンススズカ移籍のために俺は故障や怪我に関する口演発表をした。今年は特に発表する予定もなく、単なる聴衆として参加していた。

 

『──以上をもちまして、本年度の冬季発表会を終了といたします』

 

 司会進行役がそう述べて、今年の発表会は終了した。一人、また一人とトレーナーたちが席を立つ。その中には独りで肩で風を切るように去っていく横水や、他のトレーナーたちと一緒に談笑しながら会場を後にする天崎の姿もあった。

 俺の隣の席に座っていた郷田とマコが二人一緒に立ち上がった。

 

「おい、マコ行くぞぅ」

「はーい。坂川さん、先に行くッスねー」

「おう。またな」

「ポスター見てもらってありがとうございましたっ。今度ご飯でも奢らせてくださいッス!」

 

 マコは別室に展示されているポスター発表を行っていて、例によってポスター製作を俺も手伝っていた。手伝うと言ってもツッコミどころを探したり、レイアウトに関してアドバイスするなど大したことはしていないが。

 

「奢らんでいいがメシには行くか。年明け……中山金杯終わったら打ち上げと新年会も兼ねて3人でどうだ。今は大変だろ?」

 

 中山金杯……年明けに中山2000mで行われる恒例の重賞だが、そのレースにマコが指導しているウマ娘が出走予定なのだ。彼女が主として担当しているウマ娘が重賞に出るのは初めてのことだ。

 

「そうでもないッスけどね~。走るのは私じゃなくてあの娘ッスから。私はいつも通り普通にやるだけッスよ」

 

 良い意味で肩の力は抜けているようだ。トレーナーが入れ込んでると担当ウマ娘にも緊張が伝わってしまうので、これぐらいの方がウマ娘もリラックスして臨めるだろう。

 

「じゃ、また連絡するッスね」

 

 マコは郷田のあとに続いて講義室を出ていった。

 

 いつの間にか講義室の中も人はまばらになっており、会場設営担当のトレーナーたちが片づけを始めていた。俺もトレーナー室に帰ろうと思い、邪魔にならないためにもさっさと荷物をまとめて廊下へ出た。

 すると何やら話をしている2人のトレーナーの姿が目に入った。

 

「あ、これね〜。この考察はアイルランドのトレーナーの事例を参考にしてて──」

 

 一人は先程トリの口演発表を務めた若手の女性トレーナーだった。今年クラシック級ティアラ路線で初めてのGⅠを勝つなど最近勢いのあるトレーナーだ。

 そして、そんな彼女と話しているもう一人は俺と関わったことのある人物だった。

 

「このデータの解釈って、これで──」

 

 アドマイヤベガのトレーナーが女性トレーナーに必死に質問して話を聞いてメモをとっていた。若くして……2年目にして、今年ダービートレーナーの称号を得た人物だ。

 どうやらさっきの発表に関する話をしているようで、そう言えば質疑応答で彼が質問していたのを思い出した。話している内容は全て聞き取れないので詳細は分からないが、質疑応答では聞き足りないことや納得できないことでもあったのだろうか。

 どちらにせよ珍しい光景ではないが、気になった俺は足を止めてその様子を見ていた。知っている人物なのもあるが、必死に質問しているその姿に焦りや余裕の無さを感じたからだ。

 

「──お時間とらせてすみません。ありがとうございましたっ」

「どういたしまして。それじゃまたねー」

 

 女性トレーナーはひらひらと手を振ってその場を去っていった。

 彼女と別れてこちらに向かって歩き出した彼と偶然にも目が合った。まあ、俺が彼の方をずっと見ていたので必然かもしれないが。

 

「……あっ、坂川さん」

「おう。久しぶりだな」

「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」

「わざわざ捕まえて話しに行ったのか? 熱心だな」

「いえ、少し気になったことがあったので……」

 

 彼とこうして話すのはキングヘイローとアドマイヤベガの模擬レースを行った去年の夏合宿以来、1年半ぶりのことだった。

 近くに来て笑いかけてくる彼はあの時と相変わらず爽やかなのだが……

 

「ん? お前、痩せたか?」

 

 微々たる変化ではあるが、俺の目には以前よりも痩せたように映った。

 それと去年会ったときはもっと明朗快活としていたが、今はどこか疲れているように見えた。

 

「いや~そんなことないと思うんですけど……」

「なんか顔色も良くねえな。体調悪いのか?」

「大丈夫ですよっ。仕事には問題ありません。気にかけていただいてありがとうございます」

 

 虚勢を張っているのが見え見えだった。大体、その返答は体調が悪いのを否定していない。バカ正直というか何というか……

 

「……」

「坂川さん? えっと……どうしました?」

 

 今の彼を見ていると──

 

 

『うえ、もうこんな時間かよ……俺は先に上がるわ』

『はい、お疲れ様です』

『……あんま根詰め過ぎんなよ坂川。ちゃんと寝てんのか?』

『ありがとうございます。大丈夫です』

『答えになってねえ……じゃあな』

 

 

 ──遠い昔にあった、そんなやり取りが脳裏によぎった。

 

 

 ……おそらくだが、彼はあの頃の俺と同じ顔をしてるんじゃないだろうか。

 そんな風に考えてしまったから、彼を放っておけなかった。

 

 

「……あんま寝てねえだろ?」

「えっ。えーっと……ほら、去年俺、徹夜しても平気だって言ってたじゃないですか。だから大じょ──」

()()()()()()()?」

「っ!? ……いや~、参ったな。はは…………すいません坂川さん、俺はこれで」

「ちょっと待て」

 

 立ち去ろうとする彼の肩に手をやり引き留めた。

 

「今日の夜は暇か? なにも無けりゃ飲みに行かねえか」

「……お誘いは嬉しいですけど……すいません。俺、やることがあるので──」

「年末年始、直近に出走予定の担当がいるのか? いるなら仕方ねえし、他にも仕事あるなら無理にとは言わねえが…………しんどいんじゃねえのか」

「…………俺は……」

「切羽詰まってんなら、ちょっと吐き出したら楽になるぞ。話ぐらいならいくらでも聞いてやる」

 

 俯いた彼の表情に影が落ちていた。

 

「……どうだ?」

「………………はい。大丈夫です」

「よし決まりだ」

 

 それからお互い予定を話し合って、落ち合う時間と場所を決めた。俺も彼も放課後はトレーニングがあるので、必然的に遅い時間となった。

 

 ◇

 

 集合時刻の30分前には落ち合う予定の繁華街の入り口に既に到着していた。俺は何をするでもなく、行き交う人々に目をやりながら彼が来るのを待っていた。こうやって何もせず誰かを待つというのは嫌いではなかった。

 

 そうしていると、着信音がズボンのポケットから鳴った。取り出したスマホの画面には“キングヘイロー”と表示されていた。電話内容に大体の当たりをつけながら電話に出た。

 

「なんだ?」

『夜分遅くに失礼するわ。これから少し走りたいのだけれど、良いかしら?』

「ああ、いつものやつか。いいぞ」

 

 予想通り彼女が時々行っている夜のランニングに関してだった。この夜のランニングが始まったのは今年の夏前ぐらい……確か最初は安田記念の後ぐらいだったと思う。それから一週間から二週間に1回程度の頻度で夜に走っており、走りに行く日は承諾を得に連絡してくる。

 本人によると、このランニングはスタミナやスピードを鍛えるためではなく、どちらかというとメンタルのためらしい。星空が綺麗で静かな夜に走ると、色々な考えがまとまって気持ちがすっきりすると以前話していた。

 

『ありがとう。それで今日のリミットは?』

「あー、そうだな……」

 

 ランニングに行く際は、その日のトレーニングの負荷量と本人の状態を加味して走る時間と距離に制限を設けている。

 今日のトレーニングを思い返し、少し考えたのち走ってよい時間と距離を伝えた。

 

『分かったわ。……ところで、あなた今どこにいるの? 周囲の音がざわざわと聴こえるのだけれど』

「メシ食いに外に出てるだけだ」

『……今日もモエさんと?』

「なんであいつが出てくるんだ。平日の夜に連れ出すわけねえだろ。嘘だと思うならモエの部屋に行ってみろよ」

『…………はあ』

「なんだその溜息は」

『別に。少し呆れてるだけよ。お酒、もし飲むならほどほどになさいね。モエさんに疑われるわよ』

 

 通話が切られ、画面がホームへと戻ったスマホを見つめた。

 

「なんだアイツ……」

 

 色々思うところのある会話であった。

 

「坂川さん、お待たせしましたー!」

 

 スマホをしまうと、ちょうどアドマイヤベガのトレーナーがやって来た。頭身の高いモデル体型にカーキ色のトレンチコートと暗い色のマフラーが嫌味なほど似合っていて、ファッション誌のモデルがそのまま外に出てきたような印象を受けた。彼がそばに来るとほんのり甘い香水の匂いが漂ってきた。去年の夏にした香水の匂いとはまた違っていた。

 時刻を確認すると集合予定時刻の10分前だった。

 

「よし行くか。行きたい店とかあるか?」

「すいません、俺あまりこの辺飲みに出たことなくて、繁華街(ここ)も何がどこにあるかさっぱりで……できれば坂川さんが決めていただけませんか?」

「分かった。適当にブラブラしながら空いてそうなとこ探すかあ」

 

 そうして2人で繁華街の道を行く。今日は平日だが休日の7割程度の人出があり、いつものように賑わっていた。

 店を探している様子を敏感に嗅ぎとったキャッチたちが何人も声を掛けてきた。

 

「お店お決まりです? ウチかわいい娘揃ってますよ」

「大丈夫でーす」

「こんばんは~。本日ドリンク一杯サービスでーす。飲み放題もありますよ~」

「結構でーす」

 

 キャッチを適当にあしらいながら次々と店を外から物色する。お互いメシを食っていなかったので、そこそこに食えるものがありそうな居酒屋を探してた。

 

「何か食いたいもんあるか? 海鮮とか焼き鳥とか」

「そうですねえ……あんまり重たいものはちょっと──」

 

「すいません! ちょっといいですか?」

 

 そう言って突然俺たちに話しかけてきたのは大学生ぐらいの若い男だった。彼の後ろには連れと思われる同年代の男が3人ほどいた。彼の視線は俺ではなくアドマイヤベガのトレーナーの方を向いていた。

 

「やっぱり! アドマイヤベガのトレーナーさんですよね!」

「あ……はい」

「マジで本物だ! 握手してください!」

「いやあ……はは……はい」

 

 彼は苦笑いを浮かべながら握手に応じていた。話しかけてきた男と握手を終えると、続けて連れの方も握手を求めてきた。そのどれもに彼は対応していた。

 

「俺、アドマイヤベガのファンなんです! あの名ウマ娘の子どもさんってことで、メイクデビューの時から応援してました!」

「嘘つけ。応援してんのはアドマイヤベガが可愛いからだろ。クール美少女めっちゃタイプだ付き合いたいとか言ってたじゃん」

「おい!? 余計なこと言うなうるせえぞ! お前こそトプロのこと──」

 

 わいわいがやがやと若い男たちは盛り上がっていた。どうやら酒も入っているようだ。

 

「なんか、あの娘あんまり調子良くないんですよね? ジャパンカップにもいなかったし、有馬も出ないし……」

「…………」

「でも大丈夫ですよね! またオペやトプロとの熱いレース楽しみにしてます! トレーナーさんも頑張ってくださいっ!」

「……応援ありがとう。彼女にも伝えておくよ」

「それじゃ!」

 

 男たちのグループは去っていった。

 流石は今年のダービートレーナー、こういう世間一般にも──

 

「ああ? お前、ひょっとして……」

 

 ──広く顔が知られているようだ。

 

 次に話しかけてきたのは通りかかった中年の男性で、仕事帰りに一杯ひっかけているサラリーマンといった風貌だった。

 ダービートレーナーという経歴に加えてこの華やかな見た目……彼自身にその気が無くとも通行人の目を惹いてしまうのだろう。

 

 その中年男性にもきちんと彼は対応していた。

 

「応援してるぞ~。頑張れよー、“天才トレーナー”」

「…………」

 

 先程の若い男達のように絡んでくることは無く、そう言い残して男性も歩き去った。

 ……天才トレーナー、か。

 

「有名になるってのも大変だな」

「いえ…………こうして応援してくれるのは有難いことだと思います」

 

 ファンたちの前では繕っていたが、そう言う彼の声色は明るくない。

 

「悪い。こんなことになるなら繁華街はやめといた方が良かったな」

「いえいえそんな! 坂川さんは何も……それにファンの方々だって」

「だがこんな調子なら人目がある店は嫌だろ。個室のある所にするか。ちょっと確認とってみるわ」

 

 俺は以前に清島やカレンモエと来た個室のある店に空きがあるか電話をした。個室は空いているとのことで、予約を取ってその店へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 店内に入ると見覚えのある女性店員が俺たちを迎えた。彼女が覚えているか定かではないが、カレンモエを侍らす俺へ向けて汚物を見るかのような視線を送ってきた店員だった。

 すぐさま奥へ通され個室へと案内された。お互い外套を衣紋掛けにかけてから向かい合って座り、酒や料理を適当に注文した。

 彼は物珍しそうに個室を見回していた。この店に来るのは初めてだと先程言っていた。

 

「トレーナーになってからは忙しくて……外へ飲みに行くどころか外出する機会自体あまり作れなくて」

「1年目は研修も忙しいしなあ。俺も1年目は外に遊びにとか行けなかったぞ。あの頃は新人寮に入れられて門限とかあったしな」

「あ、そうか。坂川さんの時って新人寮があったんですよね」

 

 トレセン黎明期から続いていた新人寮は数年前に廃止となっていた。近頃はトレーナーを採用する数も増え新人寮のキャパオーバーになっていたことや、時代の流れや単純に続ける意味も無かったのだろう。仕方のないことかもしれないが、経験してきた当人としては一抹の寂しさみたいなものは感じていた。

 

「今思い返したら面倒くさいこと半分、楽しかったこと半分だったな。同期も偶然同学年だったし……まあ、色々いい経験にはなった」

「同学年……坂川さんって、確か高校出てすぐトレーナーになられたんですよね」

「そうだ。今は全くだが、最初の頃は俺もそこそこ有名だったらしいぞ。それでも今年の“ダービートレーナー”の足元にも及ばないけどな」

 

 反応が見たかったので、意識的にその単語を使った。我ながら意地の悪いことだ。

 

「……」

 

「失礼しまーす」

 

 彼が押し黙ってしまったタイミングを見計らうかのように店員が入ってきて、酒とつき出しを運んできた。俺のもとにホッピーセット、彼のもとにオレンジ色のカクテルが並べられた。

 店員が去って、俺はソトをナカが入ったグラスに注ぎ、ホッピーを作りながら話を続けた。

 

「ああやってよく声かけられるのか?」

「……はい。アヤベがダービーを勝ってからは特に。なので日中に外出するときは帽子被ったりマスクしたりして誤魔化すことが多いです。今は夜だからそんなことをしなくても大丈夫だろうと思ったんですが……」

 

 実際にこうして夜間に出てみたら違っていたと。

 

「あまり好きじゃなさそうだな、声かけられるの」

「……そう見えますか」

 

 俺は肯定の返事をしつつ、続けて運ばれてきた肉料理に手をつけた。彼も自身で注文したサラダと海鮮を使った創作料理を少しずつ口に運んでいた。

 

「坂川さんには……」

「ん?」

「俺って、どういう風に見えますか?」

「イケメンで爽やかすぎて鼻につく若造」

「なっ……そんな風に……って、そういう見た目のことじゃなくて」

「冗談だよ」

 

 冗談ではあるが、謙遜か否定ぐらいしろよと内心で一人でツッコんでいた。

 

「……坂川さんも俺のこと、“天才トレーナー”に見えますか? 2年目でダービートレーナーになった天才だって思いますか」

 

 酒が入って顔面が赤くなってきた彼はぽつりとそうこぼした。

 これがおそらく今の彼の現状の話についてのとっかかりなんだろう。

 

「トレーナー初年度に担当のアドマイヤベガがホープフルを勝ちいきなりGⅠトレーナー。2年目に同ウマ娘でダービー制覇。2年目で既にGⅠ2勝のダービートレーナーを天才と呼ばずになんて呼ぶか、10年以上経ってもGⅠ未勝利の俺に教えてほしいもんだ」

 

 彼の初めての担当ウマ娘であるアドマイヤベガはジュニア級でホープフルステークスを、クラシック級でダービーを勝っている。

 類まれな経歴を残している彼のメディア露出はホープフルから指数関数的に増え始め、ダービーを取ったことで頂点へと達していた。俺は雑誌をはじめ色々な媒体でトゥインクルシリーズの情報に目を通しているが、それのどれにも彼は登場して大きく取り扱われていた。テレビにもよく彼は映っている。

 

「でも、坂川さんは知ってるじゃないですか」

「何をだ」

「俺が大したことないってことを…………去年の夏合宿で俺にアドバイスしてくれた坂川さんなら」

 

 彼は酒を一気に煽ってグラスを空にして、追加でバーボンの水割りを注文していた。

 

「さあな。お前と関わったのあん時だけだし、あの夏合宿以降のお前を俺は知らんからな」

 

 結局、今年の夏合宿はお互い一緒の合宿所にならなかったので接する機会は今日まで皆無だった。彼が俺に連絡を取ることもなかったし、逆も然りだ。だから彼の今の実力なんて知る由もない。ウマ娘と接するだけで爆発的に才能を開花させる天才トレーナーの可能性だって十分にある。

 

「アヤベが強いウマ娘なだけです。俺は何にもできてません。あの時と変わらない、右も左も分からない未熟なトレーナーです」

 

 彼は運ばれてきたバーボンをまた一気に煽り、店員が部屋を去る前に即座に同じバーボンのダブルを注文した。流石に店員も一瞬怪訝な表情を見せていたが、すぐ営業用の顔に戻していた。

 

「おいおい、飲み方気をつけろよ」

「大丈夫です。俺、酒強いので」

「ほんとかよ……」

 

 俺は注文したナカで2杯目のホッピーを作りながら彼の様子を観察していた。顔は赤くなっているが表情は変わっていない。むしろ目つきは鋭くなっていた。……アルコールが入ると感情や本性が表に出るタイプか? 

 

「アヤベは凄いです。GⅠを……ダービーを勝つなんて」

「勝てると思ってなかったのか?」

「いいえ。俺はアヤベを信じていました。……信じることしかできなかった」

「自分の力が足りねえって、そういう話か」

「……はい」

「だから体調悪いの隠せないほど自分を追い込んでるってか?」

「…………」

 

 そうだろうなとは思っていた。

 今日の発表会後の余裕のない必死な姿に加え、あきらかに体調を崩しているような様子を見たらおおよその見当はついていた。

 言っちゃあれだが、力不足を痛感して悩むのはトレーナーにとって珍しい話でもないと思う。特に経験の浅い駆け出しのトレーナーにとっては。

 置かれている状況は違えど、俺も昔は……いや、今もずっと似たような状況だ。ただ多くの経験を経て上手く付き合えるようになっただけだ。

 

「よくやってると思うがな。あの脚が曲がったアドマイヤベガをダービーウマ娘までよく持っていったもんだ。あんな桁違いの出力ならいつ大きな故障に繋がってもおかしくなかったろうに」

「…………たまたまですよ」

「はあ~。……一体何があった。どうしてそこまで自分を卑下してんだ。なんで自分を追い込んでんだ? アドマイヤベガになんかあったのか?」

「……アヤベのこともあります。それに……」

 

 彼はバーボンのダブルを一気に飲み干してから口を開いた。

 

「おい!? お前なあ……」

「今年の夏のことです」

「夏だあ?」

 

 今年の夏、いったい彼に何が──

 

「俺のチームのウマ娘が未勝利戦で勝てずに何人も退学になりました」

「……!」

 

 “未勝利戦で勝てずに退学”……俺にとっても馴染みのあるフレーズが耳に届いた。

 

「坂川さん、それでも俺のこと“天才トレーナー”って思いますか?」

 

 彼のグラスの氷がからんと音を立てて崩れた。

 

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