底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第77話 年の瀬

 グラスワンダーがスペシャルウィークを破って有馬記念を連覇し、それから何日も経って今年ももう終わろうかという年の瀬。

 トレセン学園のトレーニングコースにて、私はコースを単走で駆け抜けていた。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 こうして年末をトレセン学園で過ごすようになってから3年目、この人気(ひとけ)が少なくなった光景ももう見慣れたものだった。

 

『キング、今の1ハロン11秒4。ペース落ちてますよ』

 

 耳に着けているイヤホンから聞こえてくる声の主は、私のトレーニングを見守っているペティだった。なぜ坂川ではないのかと言うと、彼は今ダイアナヘイローについているためだ。

 ダイアナヘイローは年明けすぐに京都で行われる1200mのシニア級以上2勝クラスに出走予定で、レース前の調整が佳境を迎えている。彼女らはメインのコースに出て他チームのウマ娘と併せに臨んでおり、対して私たち2人はサブコースにいた。

 ちなみにサイレンススズカはプール、カレンモエはウェイトトレーニング室でそれぞれトレーニングをしている。

 

「ふっ、ふっ! ……っ!」

 

 落ちていたペースを上げる。私の課題は直線を1ハロン11秒未満で連続したラップを刻むこと。

 

『まだ11秒フラットですっ! 上体のブレ注意してっ!』

 

 下肢と心肺への負担が加速度的に増していく。脚が重い、息が苦しい。

 

「っ……はあっ……!」

 

 左へと回っていくコーナーにスピードをわずかに落として進入していく。その中でもスピードを最大限保ったまま──

 

「ぐくっ!?」

 

 ──しかし、遠心力に振られて体が外へと外へと流れていく。内ラチ沿いを走っていたのに、ラインが大きく膨らんでラチから離れていってしまう。

 それでも何とかラインを維持しようと踏ん張るのだが──

 

「うあっ!? ……もう~~~っ!!!」

 

 ──疲労のたまった下肢では持ちこたえることができず、外ラチに向かって吹っ飛んでいくように大きく膨らんだ。悔しさのあまり声が漏れた。失敗してしまったのでペースを緩めて走るのをやめた。

 本日何度目だろうか、こうして外ラチへと吹っ飛んでいってしまうのは。少なくとも今のは3回連続だ。高速でコーナリングする練習はスプリンターズステークス前からやっていて、マシにはなっているけど中々目に見えて上達していない。

 

「はあっ、はっ……ふっ、ふぅ……」

『大丈夫ですか?』

 

 こちらの声は機器から届かないので、離れたペティに向かって手を挙げて大丈夫だと合図をした。

 

『指定された回数終わりましたし、次のメニュー行く前に一旦休憩しましょう。波形見るに走りもだいぶ苦しそうですし』

 

 素直に彼女の指示に従い、彼女の元へと戻った。

 ペティは座り込んだ私にドリンクとタオルを渡してくれた。

 

「お疲れさまです」

「ありがとう」

「ちょっと長めに休憩取りますか。今日はここまでぶっ続けでしたし」

「そうね……はあっ」

「タブレット置いときますね」

 

 汗を拭ってからドリンクで水分補給をしたあと、メンコの下につけていたイヤホンを外し靴を脱いで楽な姿勢を取った。

 休憩の傍ら、ペティから渡されたタブレットでさっきの走りの波形を確認した。彼女が言った通りの乱れた波形を見るとため息が出た。心の中で自分にへっぽこと言ってやった。

 

「1ハロン10秒台での追走はきっついですねほんと。走るの諦めたわたしとか、普通のウマ娘にしたら全力で走ったってついていけないスピードですもん」

「ええ。でも必要なことだから。やるしかないわ」

「モエさん涼しい顔で先行してますし、ダイアナも逃げでやってますけど、よくよく考えたらスプリントで前につけるっていい意味でおかしいですよねえ」

 

 高松宮記念に向けて、彼から課されている課題は大きく3つある。それを言い渡されたのは、スプリンターズステークスが終わった翌日のことだった。

 その時のことを私は思い出した。

 

 

 ◇

 

 

「──回顧はこんなもんだな。それで次走の話だが……」

 

 今しがたスプリンターズステークスのレース回顧が終わった。いつものようにレース映像とラップタイムを照らし合わせて、何度もレースを見ながら良かった点と悪かった点をあぶり出していった。何度もこうやってレース回顧をしているけれど、負けたレースを見るのは本当に悔しい。昨日の今日だからという理由もあるけれど、やはり負けた直後の気持ちが色褪せず蘇ってくる。

 ……坂川に褒められた点と言えば最後の末脚ぐらいだった。上がり3ハロン34.3秒は最速で、前有利の展開で最後方から3着に入った事実は素直に評価できると。まあ褒められる点が少ないのはいつものことだ。膨らんで不味かったコーナリングについては予想通り厳しく指摘された。

 マイペースに運ぶという指示があったので殿でレースを運んだことはそこまで言われなかったけれど、このペースでこの位置では何度やろうが勝てないと正論を叩きつけられた。

 

 ちなみに身体はレース直後の疲労があるだけで故障や変に痛い箇所も無かった。気づけばここまで19戦、故障らしい故障なく来れていた。

 坂川のフォーム指導や筋力のつけ方によって故障のリスクが下がっていることはもちろん、あとはシニア級1年までで24戦走り抜いたグッバイヘイロー(お母さま)の身体を譲り受けてるのかも……なんて思ってしまった。私も19戦と走った方だけれど、それより5戦も多いのだ。

 母に面と向かって言うわけないけれど感謝はしている。そう思うのは私も丸くなったから……なんて、ちょっと年寄りくさいかしら? 

 

 何度も繰り返された昨日のスプリンターズステークスの動画からモニターの画面が切り替わり、来年のレーシングカレンダーが表示されていた。

 

「大目標はスプリントGⅠの高松宮記念にするぞ。3月26日、中京レース場で開催される1200mのレースだ。いいな?」

「ええ。異存はないわ」

 

 元より何も反対意見はない。昨日のスプリンターズステークスは3着に負けたとはいえ、確実に手ごたえはあった。スプリントに対しての自信も持てたし、この距離で今は挑戦するべきだと自分でも思っている。

 

「高松宮記念は今から3ヶ月後だ。状態を見てからにはなるが、基本路線は1月末から2月末の間に1戦叩いてから行くことにする。叩きのレースについては少し時間をくれ。追って伝える」

「分かったわ。それで高松宮記念に向けてのトレーニング方針は?」

 

 レースの予定が決まったら次に彼が話すのはこれからのトレーニングや課題についてだ。ここまで同じことを18回やっているのだから、それぐらい分かっていた。

 

「スプリンターズステークスで課題ははっきりした。課題は大きく3つ。1つ目、追走スピードの強化。2つ目、コーナリングのロスを減らす。3つ目、今言った2つの課題をこなした上で、勝ちに繋げる末脚を発揮すること。以上だ。それぞれについて説明するぞ」

 

 彼が喋りながらホワイトボードに書き記したそれをノートに写した。

 

「1つ目は追走スピードの強化だ。改めて説明するまでもねえが、お前はスプリントのペースに対応できていない。昨日のはマイペースで運ぶためだったから仕方ないし、マイルチャンピオンシップから時間が無くてトレーニングが不十分だったのもあるが、今回はそうとも言ってられねえ。最低でも中団で追走できる力をつけろ」

「あのペースを中団で追走……」

「高松宮記念もスプリンターズステークスみたいに前半の2ハロン目3ハロン目で10秒台になることが珍しくない。10秒台前半になることだってある。去年なんかは10.1秒、10.8秒で、これに付いていく必要がある。2ハロン目なんか半分上り坂でこのタイムだ。追走できず最後方になれば、また昨日と同じ結果になっちまう可能性が高いからな。だから最低でも余裕を残して11秒未満で追走できるようになってもらう。これからは全力一歩手前でラップを刻む練習だ」

 

 スプリントにおける追走力の必要性。他の誰でもない、昨日のレースで私が身を持ってそれを痛感していた。

 

「2つ目、コーナリングのロスを減らす。簡単に言えば昨日みたいに大きくロスする膨らみ方をするなってことだ。仮に中団で追走できたとしても、コーナリングで膨らんで距離ロスしてポジションを最後方まで下げちまえば何の意味も無い。それに中京のコーナーは3、4コーナー中間から下り坂なうえにスパイラルカーブになってんだから、より4コーナーのコーナリングは重要だ。スパイラルカーブについて改めて確認しておくが、入り口は大回りで緩く、出口は小回りできついコーナーのことだ。中京レース場のコース形態についてはまた今度詳しく説明してやる。スプリントのスピードでコーナーを回る以上、多少のロスは仕方ねえがそれを最小限に抑えねえとな」

 

 コーナリングのロスについても昨日痛感したことだ。遠心力により大きく外によれて膨らんでしまったコーナリングのロスを減らせていれば、もっと前の2人に近づけたかもしれない。

 

「3つ目、勝ちに繋げる末脚を発揮すること。単純に末脚を使う余力を残しておけって話だ。さっきまでの話と被るが、いくら理想のペースで追走してコーナリングできたとしても、肝心の走りが力んで余力は無くなったら末脚は不発に終わる。だから必要最低限の力で道中を進めてスタミナとパワーを温存した状態で直線を迎える必要がある。中京の起伏と構成を考えりゃ、スピードに乗ってそこそこのポジションで直線に入ったらお前のその末脚で差し切れる。言ってしまえば最後の直線ってのは答え合わせだ」

「……答え合わせ?」

「ああ。スタートしてから第4コーナー回って最後の直線に入るまでにやってきたことが正しかったかどうかのな。勝ちに繋げるってのはそういう意味だ。道中だけ良くても駄目、末脚だけ良くても駄目なんだ」

 

 坂川はマーカーの蓋を閉め、それをボードのトレイに放った。

 

「お前が昨日発揮した末脚は本物だ。それを最大限活かすためにも道中の走りが重要だってことだ。ま、こんなことシニア級2年になるお前に改めて言うまでもねえけどな」

 

 頭を整理しながらノートにペンを走らせる。

 あんなに簡単だったスプリンターズステークスの時の指示とは違い、かなり具体的な要求になっていた。

 

 これらをこなさなければならない。こなさなければ届かないのだ。

 にわかにプレッシャーを感じるのと、あと──

 

「…………」

「どうした?」

「……私もおばかだなって思っただけよ」

「はあ?」

 

 言葉にはしなかったが、こうやって課題を与えてくれるのを少し嬉しいと思ってしまった。期待してくれているというか、認めてくれて、託されているようで。スプリンターズステークスはあまりにも簡単だったからなおさら。

 あとは本物の末脚と言ってもらえたのも。

 

 ……やっぱり単純ね、私。

 

「さっそく明日から取り掛かるか。1ハロン11秒未満で追走することと、サブコースとかの小さい半径のコーナーで遠心力による膨らみを最小限にしてコーナリングすること。繰り返すしかねえぞ。しばらくはこの2つに注力だ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

「キングって来年度も現役続けるんですか?」

 

 雑談しながらの休憩もそこそこに、もうそろそろトレーニング再開するかといったところで突然ペティがそんなことを訊いてきた。

 

「ええ。まだ走るわよ」

「やっぱりそうですよね。就職とか進学とかの話全く出てなかったし準備してる様子も無かったので、レース続けるんだろうと思ってはいたんですけど、改めて訊く機会も無かったなって。キングがここで卒業を選ぶわけないですし。勝つまで走りますもんね、キングは」

「その通りよ。当たり前じゃない!」

「あれですか、キングのお母さん……グッバイヘイローさんもどこかのタイミングで学園に来てたんですか? ほら、モエさんもカレンチャンが学園に来てトレーナーさんと話してたじゃないですか」

「いいえ、来ていないわ」

「あれ? だったら……」

 

 ペティに言った通り、お母さま(グッバイヘイロー)は学園に来ていない。それどころか三者面談すらしていない。

 と言うか、学園に来るとか来ないとかの話にすらならなかった。

 

「母とはメッセージのやり取りで済ましたわ」

「ええっ? そんなんでも大丈夫なんですか?」

「書類はちゃんと貰ったのよ。……珍しく物分かりのいい母で助かったわ」

 

 現役を続ける顛末を簡単に説明すると、秋ごろお母さま(グッバイヘイロー)に『現役続けるから書類を用意して』とメッセージを送ったら『勝手になさい』と返信が来て、後日坂川の元に必要事項を記入した書類が送られてきたのだ。一悶着あるかと思っていたけれど、すんなりと事が運んで気持ち悪さを感じたのは確かだった。

 坂川は腑に落ちないようだったが、とりあえず送られてきた書類があれば事務的な手続き面では問題ないとのことだった。

 

「ペティさんも進学して学園に残るのよね?」

「はい。スタッフ研修課程の大学版ですね。でもチームの皆からしたら今までと変わらないですよ。こうやって放課後にはチームの練習に出てきます。ただ、より専門的な研究をするのでそっちに時間を取られるかもです」

 

 ペティは先週に卒業研究発表を終えていた。

 坂川に指導してもらいながらトレーナー室で研究のまとめや発表の準備をしていた彼女の姿を私を含めチームの皆は目にしていた。発表当日の放課後には、彼女は無事に終えたことを得意げな笑みとピースで報告していた。

 

「トレーナーさんともそうですけど、キングとも長い付き合いになりそうですね」

「これからもよろしくお願いするわ。ペティさんにはキングの一流への道を引き続き支える権利をあげるわ! おーっほっほっほ!」

「はいはい。こちらこそ。……っと、休憩終わりです。トレーナーさんの指示通り次は坂路、最後はポリトラックです。行きましょう!」

「ええ! やってやるわっ!」

 

 そうして再びトレーニングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポリトラックで走り終えて本日のトレーニングは終了した。スプリンターズステークス以降、こうしてバ場を変えてのトレーニングが比較的多くなったように思う。ポリトラックは芝と違って地面の凹凸に気をつけなくてもいいし、悪天候の日でもバ場があまり変わらないので個人的には走りやすい。これはポリトラックと芝に共通して言えることだけれど、ダートやウッドチップの後ならバ場が軽く反発力があるのでとても走りやすく感じるのだ。

 

 クールダウンとしてストレッチをペティに手伝ってもらっていた。寝そべっている私の脚を彼女が動かして伸ばしてくれている。

 

「……聞きたいことがあるんですけど」

「どうしたの?」

 

 ペティが珍しく重々しい物言いをしていた。さっきまではお互い普通に話していたのに。そんなに言いにくいことなの──

 

「モエさんとトレーナーさんって、付き合ってるんですかね?」

 

 ──彼女の口から発せられたのは、全く予想だにしないことだった。

 

「へっ!? つ、つきあっ……ペティさん!?」

「わわっ!? ちょっと、急に起きないでくださいよ!」

 

 思わず寝転んでいた体を勢いよく起こしてしまった。

 なんでいきなりそんなことを……と、視線で彼女に訴える。

 

「いや、さっきカレンチャンが学園に来たって話をしたじゃないですか。キング、あの時のトレーナーさんとモエさんのこと覚えてます?」

「……ええ。覚えているわ」

 

 彼女が言っているのは約1年前、クラシック級の京都新聞杯の前のことだ。面談を終えて帰るカレンチャンを見た私たちがトレーナー室に行くと、なんと坂川とカレンモエが手を繋いで身を寄せ合っていたのだ。

 

 私は2人の関係性について尋ねたことはないし、それはペティも同じようだった。単純にそういうことは普通に訊きにくいのだ。

 

「あの時だけじゃなくてほら、ブライダルモデルのやつも」

 

 もちろんそれも覚えている。参加したウマ娘たちの写真の中にカレンモエがいて、彼女に指輪をはめている手が間違いなく坂川のものだったのだ。

 

 よくよく考えるまでもなく、それ以外にも()()()()()というか、匂わせるような場面に遭遇したことは多々あった。

 

 ちなみにカレンモエのスマホの壁紙は2人のツーショットになっている。しかも定期的に新しいものに変わる。

 カレンモエが見せびらかしているとかそんなのではなく、部室とかトレーナー室でテーブルの上に置いているスマホに通知が来た際などに不可抗力でその壁紙を見てしまうのだ。

 

「確かにそういう場面を多く見てきたわね。結構な頻度で2人で外出してるみたいだし」

 

 ついこの前、夜のランニングについて坂川に電話したときのこと。カレンモエと食事かと尋ねたら彼は『平日の夜に連れ出すわけねえだろ』と返してきた。“休日の夜には連れ出すってこと!?”という言葉を私は飲み込んだ。

 

「前にトレーナーさんに訊いたら、『メシを食いに行ってるだけだ』って言ってましたけど本当ですかねえ? 普通にデートみたいなもんじゃないんですか? それどころか、デートだけじゃなくてもっとその先も──」

「ペティさんストップ! ストップよ!」

 

 ペティの妄想がよろしくない方向にエスカレートしそうだったので思わずストップをかけた。

 

「ま、流石にそれはないですかね」

「そもそも、トレーナーがウマ娘と頻回にご飯を食べに行くのもどうなのかしら……?」

「あれ毎週行ってるっぽいですよ。ここしばらく土日もトレーナー室で卒研の作業してたんですけど、モエさんも大体土日の夕方から夜ぐらいまではトレーナー室で時間潰してて、そういう時はよく一緒に3人でご飯行きましたもん」

「毎週……」

 

 トレーナーと仲が良いウマ娘は確かにいる。だからといって毎週一緒に出かけるのは“仲が良い”というラインを越えているのではないだろうか。

 ここまで話が進んで今更感はあるが、2人はトレーナーと担当ウマ娘という関係だ。常識的に考えてその2人が交際するというのはあまり褒められたものではない。

 一方で、トレーナーが配偶者として元担当ウマ娘を選ぶのは例は決して少なくないとは聞いたことがあるが……

 

 何かもうよく分からなくなってきた。

 

「付き合ってるんですかね?」

「どうかしらね……」

 

 2人に直接聞いたことはないので真実を確かめようはないのだけれど……

 

「限りなく黒に近いグレーってところじゃないかしら」

「やっぱそうですよね。ね、キング。もし、もしですよ。付き合ってるとしたら……」

「……したら?」

「どっちが告白したと思いますか?」

「こくはっ!?」

 

 その単語を聞いて思わず顔が熱くなる。こういう話をした経験がないものだから、少しどぎまぎしてしまった。

 

「わたしはトレーナーさんだと思うんですよ。ほら、モエさんって言えるけど言わせたい女だと思いません?」

「……いいえ、どうかしら?」

「え?」

「トレーナーは『担当トレーナーとウマ娘がそんな関係になってたまるか』とか考えていそうじゃない? 気持ちとか別にして。だから自分からは耐えそうな気がするわ」

「あ~なんかそれすっごいトレーナーさんっぽいですね。でもトレーナーさん、モエさんのアタックにあっけなく陥落してそうな気も──」

 

 その後もお互い妄想しながら話していると、2人の関係から坂川の話になった。

 

「トレーナーってその……モエさんは置いておいて、誰かとお付き合いしたことあるのかしら?」

「いやーどうですかね~」

「……マコさんは?」

「元カレ元カノって感じ全くしないですけどね。ふつーの先輩後輩みたいな。流石にないでしょう」

「……確かにそうね。ペティさんも聞いたことはない?」

「わたしは聞いたことないですね。おねえさんは……あ……」

 

 

 “おねえさん”という単語を出してペティは固まってしまった。

 彼女が“おねえさん”と呼ぶ人物は誰か私は知っている。

 

 

 ……“おねえさん”は、キタサンブラックだ。

 

 

「…………」

 

 さっきまで生き生きと楽しそうにしていた表情は去り、辛そうな表情になってしまった。

 

「ペティさん、大丈夫……?」

「……はい。すいません」

 

 ペティは大きく息をついたあと、言葉を続けた。

 

「おねえさん……キタサンブラックとトレーナーさん、昔はすごく仲が良かったんです。付き合ってはないと思うんですけど、お互いがお互いのこと信じ合ってるのが伝わってきて…………あっ」

「……どうしたの?」

「すいません! その……キングは、キタサンブラックに……」

 

 その台詞だけで私とキタサンブラックがコースで走った時のことをペティが言っているのだと分かった。私がキタサンブラックに対して悪感情を抱いていると思っているのだろう。

 

「気を遣わないでいいわ。もう気にしてないのもの。寛大なキングは過去のことなんて水に流してあげるのよ! おーっほっほっほ!」

 

 競り合って潰されたことに関して悪感情が全く1ミリも湧かなかったとは言わないけれど、今は全く気にしていない。それよりもわたしは心残りというか……ずっと心に引っかかっていることがあるのだ。今度もし会ったらちゃんと言ってやろうと思っているのだが、如何せんあれから会ったことがない。

 

 それとは別にして、ペティに訊いてみたいことがあった。

 

「ねえペティさん。キタサンブラックは……トレーナーを恨んでいて、私にあんなことをしたのだと思う?」

「………………分かりません」

 

 絞り出すように彼女は答えた。

 

「トレーナーさんがしたことは確かに許せないことだと思います。でも…………」

 

 ただ彼女の言葉を待った。

 

「今でも彼女があんなことをする人だとは思えないんです。恨んでる……何か他にも事情があったんじゃないかって。わたしの願望だっていうのは分かってます」

「…………」

「10年前の事件の後、キタサンブラックにトレーナーさんのことを何度も訊いたんですけど、何も答えてくれませんでした。けれど、どうしてもトレーナーさんを恨んでるようには見えなかったんです」

「……そうなのね」

「でも、キングにあんなことをしたんだから、わたしの目が単に節穴だったってことなんでしょうね……」

「どうかしら。彼女に確かめたわけではないのだから、彼女が本当にどう思ってるかなんて分からないわ」

「…………ありがとうございます」

 

 彼女は少し気を落ち着かせたようだった。

 

「ごめんなさい。楽しい話だったのに」

「いいえ。何も謝ることなんてないわ」

 

 

 ストレッチを終えて立ち上がり、ドリンクやタオルなど荷物を持った。

 気づけば元から人の少なかったサブコースには私たち以外誰もいなくなっていた。

 

 

「行きましょう、ペティさん。トレーナーに彼女がいたのかでも話しながら、ね」

「キング……はいっ」

 

 

 そうして部室までの長くない道のりを、過去の坂川に女性遍歴について駄弁りながら歩んでいった。

 私たち2人の結論は坂川は彼女いない歴イコール年齢となった。別に彼の性格とか見た目がどうとかそういう話では全くなく、女にデレデレする坂川が想像できなかったというだけだった。

 

 ◇

 

 別チームとの合同の併せが終わり、ダイアナヘイローとその併せの走りについて話しながら部室へと向かっているときだった。

 

「ぶあっくしょい!」

「ちょっ!? 汚いわね! せめて手か腕で口押さえなさいよ!」

 

 急にくしゃみが出てきて、手も間に合わず豪快にぶっ放してしまった。

 

「すまんすまん」

「風邪? レース前のウマ娘()がいるんだから、体調管理ぐらいしっかりなさいな」

「いや別に風邪ひいてるわけじゃねえんだがな……」

 

 どこかで俺の噂でもしている奴がいるのだろうか。

 良い話だったらいいんだがと思いつつ、鼻をすすった。

 

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