底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第79話 丁か半か

 元日から4日後の1月5日、京都1200mで行われたシニア級以上2勝クラスにてダイアナヘイローは惜しくも2着に敗れた。逃げる作戦だったがハナを主張してきた他のウマ娘に先頭を取られ、そのまま逃げ切られてしまったのだった。

 

 これで彼女は2勝クラスに上がってから4連敗となった。順調に勝ち上がるのは簡単なことでないとはいえ、悔しい結果が続いている。

 それでもレース後に彼女は「次はいつ!? どのレースに出ればいいのっ!?」と俺に詰め寄ってくるあたり、半ばヤケクソながらも挫けてはいないようだった。

 

 

 ダイアナヘイローのレースが一段落した次の週末、いつものように俺のチームの面々はトレーニングに臨んでいた。今日はコースに俺とキングヘイローとカレンモエが出て、それ以外の3人は室内トレーニングとなっていた。ペティは主にダイアナヘイローのお目付け役として付き添わせていた。

 

 本日午後のトレーニングも佳境を迎え、俺の視線の先には先行するカレンモエを1バ身ほど後ろで追走するキングヘイローがいた。

 俺は時折タブレットに表示される波形に目をやりながら2人の走る姿を見ていた。

 

 今はキングヘイローのためのトレーニングを行っている。具体的な内容としては、高松宮記念の先行から中団勢を想定したペースをカレンモエに刻んでもらい、それをキングヘイローが追走するという実践的なものだ。ゲートは使わないが1200mで行っており、模擬レースに近いものとなっていた。やることははっきりしているため指示は必要なく、イヤホンは外して走りに集中してもらっている。

 

「……さて」

 

 スタートしてから1ハロンを過ぎて、カレンモエのペースが上がってきた。高松宮記念は2ハロン目と3ハロン目で10秒台が当たり前で、それに近いペースを刻むカレンモエをキングヘイローが追っていく。

 2人の差は1バ身半と2バ身の間を行ったり来たりしたと思ったら、3バ身から4バ身離れることもある。なんとか必死に食らいついているという表現がぴったりだった。

 

 2人は左回りのコーナーへ入ってきた。コーンを置いて、中京レース場のスパイラルカーブを模したコーナーへと。

 

 ◇

 

 必死にカレンモエの背中を追って、2バ身半遅れてコーナーへと侵入していく。

 こうしてスプリントのスピードでコーナーに入ったときの景色の見え方にも慣れてきていた。

 

「ふっ、ふっ!」

 

 設置されたコーンにぴったりと沿ってロスなくコーナリングする彼女のすぐ右後方を追走する。遠心力に負けないように足で踏ん張りながら回っていく。

 彼女の背中の大きさは変わらない。前後の距離は保てている。それでも──

 

「ぐく……ぐううっ……」

 

 ──3コーナーから4コーナーに入って直線が近づいてくるごとにカーブがきつくなってくる。

 必然的に体が外へと流れてしまっている。身体を内へと押さえつけ、まるで外側に落ちていくような感覚になんとか抗っていく。

 一方でカレンモエは遠心力なんて感じてないかのようにコーナリングしている。私は外に流れるロスもあり、彼女との差が開いていってしまう。

 

「くっ!」

 

 離れていく差に焦りを感じたが、意識を走りに集中させる。私は私のやるべきことをやるだけだと、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 カレンモエの背中越しに直線コースが視界へと入ってきた。

 

(……厳しいけれど、これならっ!)

 

 遠心力で外側に膨らんでしまっているが、外に吹っ飛んではいない。なんとか走る速度を維持しながらコーナーを回って直線コースへと向いた。カレンモエは内ラチ沿い、私はコースの中央からやや外側に位置していた。

 カレンモエとの差は4バ身ほどになったが、この距離なら私の末脚で差し切れる! 

 

「っ、はあああっ!!!!!」

 

 脚の回転を上げ最大出力を発揮する。残った力を脚に伝えて、カレンモエとの距離を縮め──

 

(……えっ?)

 

 ──られない。カレンモエとの差は詰まらず、しばらく4バ身差を保ってから5バ身、6バ身と離されていった。

 その時になって初めて鉛のように重い脚と酸素に喘ぐ呼吸に気づいた。

 

「ぐあっ、はっ、はあっ……あぐっ」

 

 余力は0。完全にガス欠状態。パワーもスタミナも何も残ってなかった。

 

 末脚は不発に終わって、カレンモエから大きく遅れてゴールした。

 

「はあっ……はあ……くっ!」

 

 呼吸を整え終えると、()()()失敗してしまった悔しさから唇を噛みしめてしまう。

 スプリンターズステークスを終えてからこのトレーニングを行っているが、ほとんど成功した試しがない。今のように直線を向いたときに余力が残っていなかったり、追走で置いていかれたり、コーナーで大回りしすぎてしまったり、末脚発揮しても届かなかったり……と、失敗するパターンは枚挙にいとまがない。

 

 高松宮記念まであと2ヶ月。途中で叩きのレースにも出走するのだから、調整の時期を考慮すると時間はそれほど残されていない。

 

 カレンモエはゴールして先に坂川の元へと戻っていた。私も遅れて坂川の元へと戻った。

 

「追走でスタミナを使い過ぎだな。……キングもお疲れさんだが、次はモエのトレーニングに付き合ってもらうぞ。今のやつの振り返りはトレーニングが全部終わってから部室でな」

「……分かったわ」

「気、落とすなよ。そんな首尾よく行くもんでもない。まだまだこれからだ」

「ええ。……上手くいかないのには慣れているもの。それでも、高松宮記念までには絶対に物にしてみせるわっ! おーほっほっほ!」

「…………」

 

 坂川は何か言いたげにこちらを見ていたが、無意識に彼から視線を逸らしてしまった。

 

「……モエのトレーニングは直線で進路を切り替えて内の狭いところに割って入って、再度進路変更してキングの前を走る練習だ。キングはマイペースに運んで最後の直線内ラチとの間に1人分だけスペース空けて8割程度で走ってくれ。バ体が当たって競り合うような形になっても別に構わねえが、無理だけはするな。よし行ってこい」

 

 

 そうしてカレンモエのトレーニングが始まった。

 坂川の指示通り、直線に向いたら左側にある内ラチとの間にギリギリ1人通れるぐらいのスペースを空けた。私の右後ろにいたカレンモエが左へ切れ込んでその空いたスペースに突っ込んでくる。

 

「ふっ……!」

 

 カレンモエの息遣いが耳に届いた瞬間、翻る芦毛が私と内ラチとの狭い間を抜けていった。彼女は走りのバランスを全く崩すことなく走り、私の真正面に進路を切り替えてゴール地点を迎えた。

 

 カレンモエの走りを見たりトレーニングをする度に、彼女の器用さが私にあればと思ってしまう。しかし、ないものねだりをしたって何の意味も無いと今回も思い直した。

 

(また私……もうっ! しっかりしなさいよキング()!)

 

 こんなことを考えているのは弱気になっている証拠だ。

 

「……っ!」

 

 頬を両手で叩いて自分に気合を入れて、次のトレーニングに臨んだ。

 

 

 ◇

 

 

 その日の夕方のトレーナー室、PCで今日のトレーニングデータの解析をしながらキングヘイローのことを思い返していた。

 

 はっきり言ってしまうと今日のキングヘイローの走りは芳しくなかった。

 

 ──『上手くいかないのには慣れているもの』──

 

 ……あの言葉から察するに、かなり弱気なところも顔を覗かせている。ここまで追走のトレーニングの成果が上がっていないことの影響が大きいのだろう。集中力が欠けているように見えた。

 根拠のない自信と希望的観測により自身のことが見えていなかった昔のキングヘイローとは違い、今の彼女は客観的に状況を見ることができるようになっている。それは決して悪いことではないが、このシチュエーションでは悪影響を及ぼしていた。

 

 プレッシャーをかけすぎたのだろうか? GⅠを絶対に取るなんて言わず、もっと気楽にさせておくだったか?

 

「……まったく、難しいもんだな……」

 

 ここまで共に道を歩んできても、キングヘイローにどのような言葉をかけるのが正解なのか分からない。

 

 ……正解、か。

 

「正解ってなんなんだろうな……」

 

 お互い気持ち良くいられたらそれが正解なのだろうか。それとも結果が出れば正解なのだろうか。

 そりゃお互い気持ち良くいられて結果が出るのが一番良いのだが、そんなに現実は甘くない。

 

 簡単なようで難しい。今の俺では答えは出そうになかった。

 ……いいや、経験を積んで年月を経ても答えは出る問いなのだろうか。

 

「チッ、やめだやめ!」

 

 温くなったコーヒーを一気飲みし、沼に沈んでいきそうだった思考を切り替える。悩んだって今の俺にできることは限られているし、結局のところ俺ができることをやるしかない。

 

 キングヘイローとの関わりだけでなく、正解を探してこれが最善だと思った道を行くしかないのだ。

 

 解析が終わった全員分のデータからキングヘイローをピックアップする。

 今の俺がすべきは、キングヘイローの追走について解決の糸口を見つけること。

 

 俺はひとつ大きく伸びをした後ホワイトボードの前に立った。

 

「…………」

 

 左上に“高松宮記念 キング追走”と書き、その後思いつくままにペンを走らせた。

 

 前々から考えていたことについて、結論を出す時が来たのだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「…………はあ」

 

 深夜を過ぎてじきに明るくなってきそうな時間帯、俺はまだトレーナー室にいた。

 ペンを置いてソファに勢いよく腰を下ろした。幾重にも消した跡の上に文字がびっちり書き込まれたホワイトボードを見上げた。

 

 結論は出た──

 

「マジでやんのか……」

 

 ──のだが、改めてホワイトボードを見ると、本当にこれでいいのかと不安になってしまう。

 

 時間がかかったのは考察に加えて、俺の気持ちの踏ん切りがつかなかった面もある。

 

 

 

 これは間違いなく劇薬だ。俺にとってもキングヘイローにとってもイチかバチかの賭けだ。

 

 

 

 しかし、あれだけ血の滲むような努力を重ねてきたキングヘイローに応えるために……2人でGⅠを取るために、俺も腹をくくらないといけない。

 

 

「……やるしかねえ」

 

 

 

 ホワイトボードには“ダート”と“フェブラリーステークス”という文字列が踊っていた。

 

 

 ◇

 

 

「次走はフェブラリーステークスを第一候補として考えている」

「……へ?」

 

 トレーニング後に行われている次走について2人の話し合いの場で、坂川は開口一番にこう言った。

 あまりにも突拍子のない発言に大声を上げそうになったけれど、真剣な顔をしている彼を見て飲みこめ──

 

 

 

「はぁ~~~!?」

 

 

 

 ──なかった。思わず勢いよく椅子から立ち上がってしまった。

 

「うるせえな! 声がでけえんだよ」

「だって! フェブラリーステークスって──」

「2月20日東京レース場。()()()1600mのGⅠだ」

「それは知ってるわよっ!」

 

 わざとらしくそう言う坂川を睨みつける。この男は分かってこう言っているのだ。

 

「なぜダートを走るのか、それを訊いてるのっ!」

「分かった分かった。ちゃんと説明するから座ってろ」

「……」

 

 彼を睨みつけたまま椅子に腰を下ろした。

 

「つってもフェブラリーステークス出走は確定じゃない。さっきも言ったがまだ第一候補ってだけで、お前の意見を聞いて決める。フェブラリー以外の、つまり()()第二第三の候補は既に選定してある」

「まどろっこしい話はいいわ。フェブラリーステークスを選んだ理由を教えなさい」

「ああ」

 

 彼は態度を崩さず、いつものように話し始めた。

 

「2部構成でいこう。前半はフェブラリーを選んだ理由と狙い。後半はフェブラリーを走ることで予測されるデメリットについてだ」

 

 ノートを取り出してメモを取る準備をした。私の準備が終わるのを見てから彼は話し始めた。

 

「本題に入る前に、芝とかダート替わりって聞いたことあるか?」

「ええ。前走で走ったバ場とは違うものを選ぶ……つまり今回の話のようなことでしょう?」

「そうだ。芝からダートへ、ダートから芝へ。なぜそんなことが起きると思う? 思いつくものを挙げてみろ」

「なぜって……ええと……」

 

 頭を巡らせて考える。私にも関係することだろうか。

 

「芝からダートなら脚元を考慮してってこともあるのでしょうけど」

 

 故障などで脚元が不安なウマ娘が芝ではなくダートを走るというのは聞いたことがある。でも私には当てはまらない。ついさっきのトレーニング直後に坂川の身体のチェックを受けて全く問題ないと言われたのだから。

 

「そうだな。他には?」

「あとは単純に適性を探してって……まさか……!」

 

 そこまで考えてひとつの可能性にたどり着いた。

 

「私の適性は芝じゃなくてダートだからってこと!?」

「さあな」

「ええっ!?」

 

 あっさりとその可能性は否定された。

 

「確かにトレーニングではお前のダートの走りは良いが、トレーニングとレースは別もんだからな。レース走ってみねえと分からん」

「けれど、それを探してってことではないの?」

 

 彼の過去の話の中では、適性を探して様々な距離やバ場のレースに担当ウマ娘を出走させていた。今回のこの提案もそれと同じことようなことではないのだろうか。

 

「大前提として、今回の選択はダートに適性を見出してのことじゃない。適性を探しているわけでもない。ただトレーニングで良い走りができるってのは選んだ要因のひとつではある。トレーニングでダートの走りが駄目ならこんなこと言わねえよ。それとあくまでフェブラリーステークスは高松宮記念の叩きだ。本題に入る前にそれだけは頭に入れといてくれ」

「ダート……」

 

 適性を見出したわけじゃないと言うけれど、ダートを選ぶ要因として自然に思い浮かぶものが他にあった。

 

 私の母親であるグッバイヘイローだ。

 

「……お母さまがダート走ってたから?」

「ダートを選ぶにあたってグッバイヘイローのことを全く考慮に入れなかったって言ったら嘘にはなる。が、ダートはダートでもアメリカと日本では別物だからな。今回のこれにはほとんど関係ねえよ」

「……分かったわ。それで、なぜ叩きでダートを使うの?」

 

 私の大目標は芝のスプリントGⅠである高松宮記念。次走は彼の言うように叩きのはずなのに、なぜこんな突拍子もないことを言い出したのか。いや、彼のことだから何か考えがあってのことなのだろうけど、全く予想がつかない。

 もやもやとした気持ちを抱きながら彼の言葉を待った。

 

「フェブラリーステークスを……ダートを選んだ理由は追走のためだ」

「……追走?」

 

 スプリントのペースで追走できるようになること……現在進行形で練習していることだ。スプリンターズステークスでは追走がままならず最後方でレースを運ぶことになって最後は届かなかったからだ。現状、トレーニングの成果は芳しくない。

 

 追走とダート、それがどう関係してくるのだろう。

 

「トレーニングでダートやウッドチップを走った後に芝を走ると脚を軽く感じたことはないか? 砂浜を走った後にコンクリの上を走ったらとんでもなく楽に走れた経験はないか?」

「それは……ええ、そうね」

 

 彼の言う通りのことを実感したことはある。

 

「追走にかかる負荷を軽減させるために、それを本番であるレースで実践したい。トレーニングの感覚とレースの感覚は違うからな。要するに、クッション値が低くて反発が少なく走りにくいダートのレースを経験して、次走の高松宮記念での追走に繋げるってことだ」

「ダートを走ることで、高松宮記念の追走を楽にするってこと?」

「そんな感じだ。……スプリンターズステークスからここまで追走の練習をしているが、現状は上手くいっていない。目標ペースでの追走でスタミナを使い果たしたり、力んでしまったりな。そこでトレーニングだけじゃなく他に何かできないか考えた。……そこでレースを利用することを思いついた。ダートから芝に替えることで、体感的に少しでも脚を軽く感じて楽に走れるようにすることをな。以上、()()()()()()()()はそういうことだ」

「理解はしたわ。でも、それだけ?」

 

 追走の改善を狙うためにダートを選ぶというのは分かった。しかし、彼がこんなことを提案するのだから他にも理由があるのかと思っていた。

 

「他には? あなたのことだからデータとか何かあるんじゃないの?」

「有意差のあるデータなんてねえよ。ダートから芝に替わって激走するウマ娘は確かにいるが、統計学的な手法では証明されてないし、証明するのは極めて難しい。サンプルを抽出しようとしても、過去の各々陣営の思惑なんて知りようがねえし、第一レース展開やメンバーレベルによって色んなものが変わってくる。俺個人で腐るほど検定や分析を行ったが成果はなかった。結論として、これは成功するかどうか分からねえ博打だ。だがもしこの博打に勝って追走の問題が解消するなら」

 

 彼はもったいぶったように一息入れてからそれを口にした。

 

 

「高松宮記念の勝率は飛躍的に高まる……と考えている」

 

 

 彼の言葉に胸が熱くなる。不思議な高揚感が私の体を包んでいた。

 

 

 ──高松宮記念を勝てる。

 

 

 ──GⅠを勝てる。

 

 

「次はデメリットというか、悪い面に目を向けるか。2部構成の後半……こっちはてんこ盛りだ」

「てんこ盛りって…………」

 

 なんと言うか、熱くなっていた胸が一瞬にして冷めた。現実に引き戻されたように感じた。

 聞きたいような、聞くのが怖いような……そんな気持ちで彼の言葉を待った。

 

「今言ったように、効果があるかは高松宮記念本番でしか分からねえ。何の効果も無いことだって考えられる」

「…………」

「次。データ的には芝とダートの替わりは良い結果を残せていない」

「そうなの?」

「当たり前の話だが芝からダートやダートから芝より、芝から芝、ダートからダートの方がもちろん成績は良い。適性の定まっていない時期ならまだしも、基本的には上のクラスに上がるほどバ場替わりで勝つのは難しくなる。だから今回のフェブラリーと高松宮記念も傾向としては良い結果が出ない可能性が高い。高松宮記念を狙うなら普通に芝のレースを叩いた方が安牌だ」

 

 確かに普通に芝のレースを叩きとして使う方が安全だとは思う。でも、彼はそれを承知でダートのフェブラリーステークスを使おうとしているのだ。

 

「そもそもなぜバ場を替えるかだが、今の俺たちみたいに狙いがあって替えたり、適性を探してのことだったり、行き詰って目先を変えるためだったりだ。そこから突っ込んだ話になるが、なぜバ場を替えて成績を残せないのか。適性外含め理由はいくつもあるが、理由のひとつとしてはフォームのことがある。これがお前に関係する話だ」

「フォーム……」

「当然ながら芝とダートじゃ走法が異なる。もしフェブラリーに出るならダート用にフォームを微修正する。トレーニングで色んなバ場を走っているし、一から作り上げるのとは違うが修正が必要だ。加えて、フェブラリー後はダート用のフォームを元の芝用に戻さなきゃならねえ。フェブラリーから高松宮記念まで約1ヶ月の間にな。これまで散々フォームの崩れに悩まされてきたキングヘイローに対して、だ。フォームが崩れて高松宮記念までに戻らない可能性を考えると、これはフェブラリーを選んだ上で最も高いリスクになる。細かいところに目を向けると他にもあるが、デメリットはこんなところだ」

「……ちょっと待って」

 

 その話を聞いて彼に尋ねたいことがあった。

 

「整理させて。私たちの大目標は高松宮記念で、フェブラリーは追走力を補うための叩きなのよね? ならわざわざGⅠのフェブラリーを選んでフォーム修正して勝利を目指さな……くて……」

 

(……え?)

 

 意識せず言葉が継げなくなった。頭に()()()()が流れ込んできて戸惑ってしまったから。

 

 

 

 ──頭に浮かんでいたのは“一流”という言葉。

 

 

 

「…………」

 

 

 坂川はそんな私を無言で眺めていたが、言葉を発せない私を見かねてか口を開いた。

 

「……高松宮記念までにある中央のダート重賞は今月23日の京都1800mGⅢ平安ステークス、2月20日の東京1600mGⅠフェブラリーステークス、高松宮記念の前日25日の中山1800mGⅢマーチステークスの3つだ。日程的に考えたらフェブラリーが一番都合が良かった。だからGⅠを選んだのは偶然っちゃ偶然だ。わざわざGⅠ含めた重賞を選ばなくても、普通に考えてダートを走りたいだけならオープンの適当なレースに出走すればいい。結果は度外視でどうでもいいんだからダートにフォームを合わせる必要もない。……そう、()()ならな」

 

 

 ──違う。

 

 

 頭が冴えてくる。混乱した頭が理路整然とまとまってくる。

 キングヘイローいうウマ娘がどういう存在なのか理解が及ぶ。

 

 そうだ。私は、キングヘイローは──

 

 

「だが──」

「待って。その先は私が言うわ。そうね、普通ならそうかもしれないわね。でも私はキングヘイローだもの」

 

 胸を張って、不敵な笑みを浮かべて高らかに宣言する。

 

「キングは一流のウマ娘よ! 頂点(GⅠ)を取るウマ娘なんだから! 目的が叩きであったとしても、負けてもいいレースなんてないわ。レースに出走するのなら絶対に勝利を目指すのよっ! おーっほっほっほ!」

「お前ならそう言うと思ったんだ。敗北を前提としてレースに出るウマ娘じゃないもんな」

 

 気づけば私も、もやもやしていた気持ちなんて吹っ飛んでいった。やってやろうという気持ちになっていた。

 

「いいわっ! フェブラリーステークス、挑戦してやろうじゃない!」

 

 私がそう言うと、坂川は元の真剣な表情に戻した。

 

「本当にいいのか? 纏めるが、フェブラリーステークスを選ぶのはダートを走ることで高松宮記念の追走に活かすため。デメリットとしては、そもそも効果があるか分からないこと。バ場替わりで成績を落とす可能性があること。フェブラリー前後のフォーム修正においてリスクがあること。最悪、ダートを走ったことでフォームが崩れて高松宮までに戻らないかもしれない。ハイリスクだがリターンは不確実だ。ダートを走ることで芝スプリント追走の糧にする……博打、荒療治みたいなものと言っていい」

「博打、荒療治ね。望むところよ!」

「高松宮記念まで2ヶ月ある。その間に追走力がつく可能性だってある。その可能性より、俺はリスクのある手段を取ろうとしている。……お前のことを信じられていないと思われても仕方ない」

 

 一転、珍しく後ろ向きな面を見せる坂川。この提案はデータを重視する彼にとっては不安だったんだと思う。

 でも、それでも彼はフェブラリーを第一候補とした。勝つために。

 

 応えるべきは、私だ。

 

「それは違うわっ! あなたと私、2人でGⅠを取ると言ったでしょう? きっとこれは、あなたが勝負に出たってことなのよ! 私の可能性を信じてくれているからよ!」

 

 こんな攻めた提案をしてくれているのは高松宮記念でGⅠを取るためで、そして私が出来るかもしれないと信じてくれているからこそなのだ。

 

「それに──」

 

 

 

 誰よりも、坂川健幸という人間がそうであるように。

 

 

 

 坂川健幸というトレーナーを見て、彼のことを知って、共に歩んできて、一流のウマ娘とは何か分かったキングヘイローだからこそ。

 

 

 

「たとえ負けたとしても、失敗したとしても、また立ち上がればいいのよ!」

 

 

 

 ──今までの、あなたのように。

 

 

 

「フェブラリーステークスも、高松宮記念も勝利を目指す。負けても、次こそGⅠを勝つためにトレーニングして、レースで勝利を目指すのよ!」

 

 

 

 それこそが一流なのだと、今の私は確信を持って言える。

 

 

 

 

 

 一流のウマ娘とは、そういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして1ヶ月後、フェブラリーステークスの枠順発表当日。

 坂川によってトレーナー室のホワイトボードに出走表が貼られた。それをチーム全員で眺めていた。

 

 1枠2番、キングヘイロー。

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

 

 全員が無言でいた。

 

 なぜなら最悪の枠順だと全員が分かっていたからだ。

 

 

「……キング。ほら」

 

 坂川が私に向かって放った何かをキャッチする。

 

「っと。何を……これは?」

 

 彼が放ったのは目を覆うゴーグルだった。

 

「今からそれ着けて、キックバックに耐える練習だ。モエとダイアナはキングの前を走って思いっきりキックバックで砂をかけてやってくれ」

「……え?」

 

 そうしてレース前の調整の他に、キックバックに耐えるトレーニングが追加された。

 

 

 

 

 トレーニングでは砂が顔や服、そして髪の中までも砂にまみれていた。汗も合わさってドロドロだった。

 

 

「こんなの一流に相応しくないわっ!!!!! ……わぷっ!?」

 

 

 トレーニング中、そんなことを叫びながら走っていると口の中にまで砂が入ってきた。最悪だった。

 

 

 

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