底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第11話 底辺キング

「お母さまにあんなことを言うなんて、どういうつもりだったの!?」

 

 通話を切ったキングヘイローはスマホを仕舞ってから俺に近づき詰め寄ってきた。眉をひそめながら上目遣いをするキングヘイローと視線がぶつかった。

 

「俺はただファンとして熱い思いをグッバイヘイロー様へお伝え申し上げただけだ」

「熱い思い? どう聞いてもお母さまを馬鹿にしてるようにしか聞こえなかったけど!?」

「はあ~……」

 

 母親に諭されて涙目になっていた姿はどこへやら、キングヘイローは再び持ち前の強気さを取り戻していた。

 溜息をついた俺はデスクの椅子に勢いよく座り込んだ。グッバイヘイローと話しているとき、知らず知らずのうちに体に力が入っていたようで座ると体が楽になった。一気に喋ったせいか喉も乾いていた。

 

「グッバイヘイローが気に入らなかったからちょっと、な」

「気に入らない?」

「お前の母親が言っただろ? お前に才能がないからレースを諦めろって。それが気に入らなかった」

「……そう」

 

 今日幾度となく交わされた才能に関する話。グッバイヘイローのそれは俺の信条と真っ向から対立するものだった。その内容とそれを聞いて涙目になっているキングヘイローを見て我慢ができなかったというわけだ。

 

 あと、グッバイヘイローに言ったことは一応全て俺の本音ではある。グッバイヘイローがバヤコアに負け続け悔しさから諦めに変わっていく様子が俺は気に入っていた。

 最盛期を迎えライバルとしのぎを削ったジュニア級からクラシック級。衰えに抗いながらもバヤコアと戦ったが遂には大舞台で勝利できなかったシニア級。山はあったがその後は谷しか無かった1人のウマ娘の物語として、その儚さに尊ささえ感じていた。

 昔、()()2()()にこれと同じことを言ったら「……お前は趣味が悪いな」だの「私には分かんないかなー?」と大不評だった。

 

 今のようにそれをグッバイヘイロー本人に揶揄しながら言ったら案の定だったのだ。ちょっとからかうぐらいの予定だったのに、予想以上に効果は抜群だったので途中から少し楽しくなってしまってあのような演技ぶった物言いになったのが事の顛末であった。

 しかしながらグッバイヘイローについて収穫もあったので実行した甲斐があった。

 

 俺はデスクにあるペットボトルの水を一口含んで乾いた喉を潤してから話を続けた。

 

「俺とペティの話を聞いてたなら俺の考えは分かるだろ? なんで才能がなかったらレースを諦めないといけないんだ? 才能なんて関係ない。レースを選ぶかどうかはそいつ自身が決めることだろ」

「……」

 

 トレーナー坂川健幸としての考え方は今言った通りだ。しかし、グッバイヘイローにはグッバイヘイローの考え方があることも理解はしている。これまでの人生経験、GⅠ7勝したウマ娘、そして1人の親として導き出されたものがあの答えなのだろうが、俺とは相容れないものだ。

 

「あれと比べたら、自分が一流と証明するために、認めさせるためにレースに挑むってお前のスタンスの方がいい。そっちのほうが俺と────ん?」

 

 そこまで言いかけて唐突に俺は気付いた。

 

『そっちのほうが俺と』……その後に俺は何を言おうとしたのか。

 おそらくそれは『気が合う』だとか『好みだ』とかと続いたのだろう。

 

 ここまで来てようやく俺は分かった。坂川健幸とキングヘイローは似通っている部分が1つあるのだ。それはこれまでのことからも明らかで、それが何かは言葉にすることも野暮なこと。

 

 諦めずに挑み続ける、ということ。

 

(こいつと、俺が、か……)

 

 不思議な感情が胸に芽生えていた。妙に納得がいったというか、親近感が湧くというか、俺とキングヘイローの立ち位置が一気に近くなったように感じていた。

 

(案外、悪くねえのかもしれないな)

 

 急に現実的なことを考えてしまっている。それはつまり、キングヘイローをスカウトするということだ。コイツの担当トレーナーになってレースに挑んでいくのも悪くないなと思ってしまっている自分がいた。

 それに、グッバイヘイローから電話がかかってくる直前、キングヘイローはなんと言おうとしていたのか。話の流れからおそらく()()()()()()()なのだろうと都合の良いように勝手に解釈していた。

 気付けば俺はキングヘイローをスカウトする気満々になっていた。こういうとき底辺トレーナーの自分が恨めしくなる。素質のあるウマ娘へのスカウトが成功する可能性を感じてしまったら、飛び付かずにはいられないのが底辺トレーナーの性だ。これまで一流トレーナーにしか興味がないとの噂を耳に入れていたこともあって、俺のスカウトが成功する確率は0%だと思っていたのだ。

 

 そういう風にあれこれ考えていると、しびれを切らしたのかキングヘイローが口を開いた。

 

「なんで急に黙るのよ……?」

「いや……」

 

 色々ごちゃごちゃと考えていても仕方がないと考えた俺はついに決心を固めた。失敗しても俺に損なんてないのだ。この勢いに従うことにした。

 

 

「キングヘイロー。お前、俺のチームに入らないか?」

 

 

「………………へっ?」

 

 

 数秒間の沈黙の後にキングヘイローの素っ頓狂な声がトレーナー室に響いた。俺は座してその返答を待った。

 キングヘイローは怪訝そうな顔をして、俺のスカウト文句に返答した。

 

「お母さまに暴言を吐いたかと思えば、次はいきなりなに? このキングをスカウトしようっていうの? ……お断りね。あなたは底辺トレーナーなんでしょう? キングは一流のトレーナーしか求めていないわ」

「……そうか」

 

 見事なまでの玉砕であった。ここまですっぱり断られてしまうと、内心で期待していた自分が恥ずかしさを覚えた。俺は思わず俯いてデスクに目を落とした。

 

 するとすぐさま、頭上からキングヘイローの声がかかった。

 

「でも、キングは寛大だからもう一度だけチャンスをあげるわ!」

「は……?」

「すべてはあなた次第よ。間違えないことね」

 

 ……どういうことだろうか。

 

 話の意図が読めていない俺に対し、キングヘイローは厳かに言い放った。

 

 

「あなたはどういうトレーナーになるつもり? 聞かせてごらんなさい」

 

 

 中途半端な答えは許さないとキングヘイローの声と目が告げていた。

 

 それはグッバイヘイローから電話がかかってくる前にした問答だ。あの時の俺は質問の意味が分からないと言って答えることを拒否した。

 正直、何を言ったらキングヘイローが靡いてくれるのか俺には分からない。しかし、もうお互いに本音をぶつけあったのだから誤魔化したって意味はない。

 

 これまでやってきたように俺は俺なりに、その上でキングヘイローの期待に沿えることを言うのだ。

 

 それしかない。それしかできない。

 

 キングヘイローの明るい茶色の瞳を見据えて俺は口を開いた。

 

「俺は一流トレーナーになる。お前に必ずGⅠを勝たせてやる。一緒にトゥインクルシリーズを席巻してやろうじゃねえか。それで──」

「…………それで?」

「日本に、世界に……母親に、グッバイヘイローに目にもの見せてやろう」

「…………」

 

 トレーナー室に今日何度目か分からない静寂が訪れる。

 

 しばらくして、キングヘイローが肩の力を抜いたように一つ息を吐いてから言った。

 

「あなた、案外おばかな人だったのね。重賞をひとつも勝ってないトレーナーが言えることじゃないわ……でも」

「……!」

 

 そこでキングヘイローの表情が一変した。真剣だった表情から、あの勝気な笑みのなかに柔らかさを含ませた表情へと変わったのだ。

 

「それ、嫌いじゃないわ。世界にキングの名を知らしめて、皆に……お母さまにキングを認めさせる。うん! いいじゃない!」

 

 どうやら俺は間違えなかったようだ。

 

「覚悟はいい? 一流を目指すからには、笑われて、後ろ指をさされて、泥にまみれても、決して諦めてはならないのよ」

「ああ、分かってる」

 

 そんなことは百も承知だ。覚悟なんざいくらでもできている。

 

 キングヘイローは俺の返答を聞いて満足そうに頷くと、腰に手を当てて胸を張って高らかに声を上げた。

 

「私は一流のウマ娘キングヘイロー! 一度しか言わないからよく聞きなさい!」

 

 キングヘイローは俺に向かって真っすぐに手を差し出した。

 

 

 

「あなたに、キングのトレーナーになる権利をあげるわ!」

 

 

 

「ああ、これからよろしくな。絶対に、お前にGⅠを取らせてやる」

「! ……」

 

 キングヘイローは虚を突かれたかのような反応を見せたあと、首を横に振ってから俺の言葉を正した。

 

「いいえ、それは違うわ! 私と()()()()()でGⅠを取るのよ!」

 

 

 

 

 ──こうして、坂川健幸とキングヘイローは契約を結んだ。

 

 

 

 底辺と一流、交わることのない2つが今ここに交わり、そして始まりを告げた。




工事完了です……(達成感)
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