底辺キング   作:シェーク両面粒高

110 / 132
第80話 フェブラリーステークス

 2月20日、フェブラリーステークスを迎えていた。

 既に私はゲートの中で他のウマ娘の枠入りを待っていた。

 

『最後に、去年の覇者メイセイオペラがゲートに……収まりました。フェブラリーステークスGⅠのスタートです! ……スタートしましたっ!』

 

 ()を蹴って1枠2番のゲートを出た。出遅れることもなく普通にスタートを決めたが、外のウマ娘たちが私を追い抜いてあっという間に先団を形成した。

 スタートから10秒弱経過しダートコースが目に見えてきたときには、私は中団の最内で周囲をウマ娘に囲まれるような位置になった。左側に内ラチ、右側には半円を描くようにぐるりとウマ娘が殺到している。

 チャンスがあれば外に出そうと思っていたけれど、戦前の展開予想の通り無理そうだった。

 

 砂に足を踏み入れた瞬間、フェブラリーステークスを走ると決めてから調整してきたダート用のフォームに切り替えた。

 

(っと!? 重い……やっぱり、全然違うわね……!)

 

 バ場が芝からダートへと変わる。

 下肢に伝わる反発力が一気に減衰し、その大きなギャップで一瞬だけ足を取られたが、なんとかバランスを崩さずにいられた。フォームの調整と合わせて踏みしめる力を増幅させ、ペースを落とさないように心がける。

 やはりレースのダートはトレーニングとは全く違う。砂質はほとんど変わらないはずなのに、レースの方が圧倒的に重く感じる。

 

『キョウエイマーチがやはり行くのか。しかし地方のオリオンザサンクスがキョウエイマーチを交わし先頭に立ちます』

 

 自分の走りとポジション取りに専心する。

 

 逃げるオリオンザサンクスは大きく差を広げ、キョウエイマーチは少し離れて単独2番手。その後ろ、3番手から最後尾まで一塊のバ群になっていた。周囲を確認すると、私はその中のほぼ真ん中あたりのポジションにいた。

 向こう正面を進む。キックバックは受けないように前と2バ身ほど空けて追走していく。しかし、それでも前方にいるウマ娘たちからのキックバックを身体や顔に受けてしまう。

 

(~~~っ! 我慢、我慢よっ! あれだけ練習したじゃない!)

 

 砂の塊が勝負服の胸のあたりに当たって弾ける。顔面に向かってきた砂を咄嗟に目を瞑ってやり過ごす。露出している肌に砂が纏わりつく。

 一流に相応しくないキックバックをどうにか一流の根性で耐え忍ぶ。

 

(くぐ!)

 

 キックバックを受ける度に走りが乱れそうになる。しかし、フォームを崩してペースを落とすわけにはいかない。今の走りがこのフェブラリーステークスと、来月走る高松宮記念へと繋がっていくのだ。

 感覚的にペースが速いように感じる。絶対的なスピードが速いのか、それとも初ダートだからそう感じるだけなのかは分からないし、考えている余裕もない。

 

 いつもとは違う景色の東京レース場第3コーナーが砂塵の向こうに見えてきた。

 

『さあ第3コーナーへと入ってくる! 逃げるオリオンザサンクスリードは5バ身か6バ身! 後続も差を詰めてくる!』

 

 周りに合わせて私も進出を開始する。勝負所で置いて行かれないよう追い縋っていく。

 外や後方にいたウマ娘たちがトップスピードでコーナーリングしていき、私はポジションを落とし最後尾近くまで後退した。それでも焦らず直線まで我慢した。

 

『第4コーナーをカーブ、直線を向いてまいります! メイセイオペラ来たっ! メイセイオペラ2番手!』

 

 先頭の方では逃げていたオリオンザサンクスに対してウマ娘たちが距離を詰めて、そして交わそうとしていた。

 

 外に持ち出すウマ娘が多い中、直線に入った私は内のバ場を通ってラストスパートをかけていく。

 

「はあああああっ!」

 

 砂を蹴り上げながら持てる力の全てを発揮する。前までの距離はあるが、絶対に捉えて──

 

(っ!?)

 

 ──自分の速度が思ったように上がらない。

 

『オリオンザサンクスの逃げはここで壊滅! メイセイオペラ先頭! 内からシンボリインティ! ファストフレンドも来た! そしてゴールドティアラ、大外からウイングアロー!!!』

 

 後方勢のウマ娘たちがぐんぐんと加速して先頭へと迫っていく。彼女たちと私では速度が違い過ぎた。

 私は内の方で取り残されていく。足が沼へと沈むような感覚に襲われる。

 

「はあっ、はああああっ……ぐっ、はっ、はあああああ!」

 

 必死に脚を上げてダートを力いっぱい踏みつける。

 それでも速度が上がらない。前を走っていたウマ娘には追いつけず、後方から来たウマ娘に追い抜かされていく。

 

 

 私は内で、一人取り残されている。

 

 

 その景色はあのダービーのようで。

 

 

「ああああああっ!」

 

 培ってきたものを全て振り絞る。

 

 今日ここに至るまで坂川と二人三脚で必死にフォームをダート用に修正し、成果もあった。フォーム修正も上手くいって、トレーニングではダートでも良いタイムを出せていた。

 ダートだから、高松宮記念の叩きだからと言って一切手は抜かなかった。これまでと同じように、絶対に勝つ気持ちでこのフェブラリーステークスに臨んだ。

 

 その結果がこれだった。

 

 

『外からウイングアローだ! ウイングアローが差し切ったゴールインッ!!!!! 手を上げたウイングアロー、GⅠ戴冠!!!』

 

 

 勝ったのは最後方から追い込んだウイングアロー。私と同世代……黄金世代のウマ娘だった。

 このレースと同じように、私はまた追い抜かされていった。

 

 

 キングヘイロー()は13着に沈んだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 フェブラリーステークスから数日後、トレーナー室のテーブルに置いてあったウマ娘専門の雑誌を手に取った。坂川がトレーナー室で読んでいるもののひとつだ。エンタメ方面よりはレース分析などの方に寄っている、どちらかと言うと大人向けの雑誌だった。

 表紙に優勝レイを肩にかけたウイングアローが載っている通り、フェブラリーステークスの回顧を主としている増刊号のようだった。ご丁寧にも勝者や上位入線のウマ娘以外に、下位に沈んだウマ娘も記載がそれぞれあった。

 

「…………」

 

 気が進まないと思っているのに、ページをめくる手は止まらなかった。ゆっくりとめくっていくとほどなくして自分(キングヘイロー)のことが載っているページまでたどり着いた。

 13着のキングヘイローは写真も扱いも小さかった。そこには評論家のコメントがいくつか寄せられていた。

 

 “ダートは適性外だったの一言。芝に戻るべき”

 “トレーニングやレース前の雰囲気から期待していたが、砂を被って走りが崩れ彼女のレースは早々に終了した”

 “最初から無印にしていた。なぜこんなに人気になっていたのか個人的には理解できない”

 “陣営含め迷走した結果だ”

 

「……はあ」

 

 レース前はダートを走ることへの期待の声も少なくなかった。レース前のトレーニングのタイムも公開されて、良いタイムだったからこそ“キング、砂でブッチ切りだ”なんて見出しを書いた新聞もあった。坂川も『芝と遜色ないスピードで走れている』と共同会見で発言していた。だからこそゴールドティアラとの人気争いを制して1番人気に推されたのだ。

 なのに掌を返したようなコメントを見てしまうとため息が出てしまった。

 

 書いてある通り、キックバックによって力んだせいで余力が残っていなかったのは事実なのだ。坂川とのレース回顧でもそれが一番の要因だと言われていた。他には周りのウマ娘との距離が近すぎたのも力んだ要因だろうと。

 

 雑誌を閉じたところで入口の方から扉が開く音がした。入ってきたのは脇に何かを抱えていた坂川だった。

 

「おう。それ読んでたのか」

「……ええ」

 

 雑誌をテーブルの上に戻した。

 

「去年の下半期に活躍したからか、去年の上半期より記事載せてくれる量も増えたな。ほれ、これにも色々載ってるぞ」

 

 彼は脇に抱えていたのはトゥインクルシリーズ関連の雑誌のようだった。どこかで買ってきたのだろう。

 

「読みたかったら読んでいいぞ。内容は似たようなもんだが」

「気が向いたらね。トレーニング前はモチベーションに関わるから遠慮しておくわ」

「フェブラリー前はいつもより取材も多くて持ち上げてくれてたのに、負けて終わったら酷評(これ)だからな。ま、こうやって言われる内が華なのかもしれねえぞ」

 

 私のダート挑戦はトゥインクルシリーズでも結構話題になっていた。最近のGⅠでは取材の量が一番多かった。

 ……ちょっといい気分になっていたのは内緒だ。やはり注目されるのは悪いことではない。何気にGⅠで1番人気になるのはホープフル以来2度目だった。結果は散々だったけれど。

 

 今回の私のフェブラリー惨敗もあって、誹謗中傷とはいかないまでもトレーナーである坂川への批判は少なからずある。多くの雑誌や新聞をチェックする彼のことだから批判は耳に入っているだろう。

 

 その坂川はトレーニング用のタブレットやGPSトラッカーの準備をしていた。

 

「今日のトレーニングだが、ウッドチップコースと坂路を交互にやりつつ負荷をかけて、最後は芝かポリトラックでフォーム修正。全て単走だ。ウッドチップと坂路はペティが付いて、最後のフォーム修正は俺が付く」

 

 今日のメニューの詳細が書かれたプリントを受け取った。

 

「ペティさん付いてもらっていいの? ウッドチップと坂路ぐらいなら一人でもできるけれど」

「モエとダイアナはしばらくレースの予定もねえし、今日は2人とも俺が状態見ながら筋トレメニュー作り直すだけだからペティはそっち付いてもらっても大丈夫だ。それが終わって、スズカの歩行修正も終わったらお前んとこに行く」

 

 カレンモエは1月末のシルクロードステークスで7着に敗れ、ダイアナヘイローも2勝クラスを7着、8着と連敗していた。カレンモエは状態が上がってこないとのことで次走未定、ダイアナヘイローはしばらく休養目的で次走未定となっていた。

 サイレンススズカはトレッドミルでの歩行訓練を今でも行っているが、近々軽くジョグをしてみるらしい。

 

「まだまだダート用のフォームが顔を出してるが、宮記念にまでは絶対に元のフォームに戻すぞ。気張れよキング」

「もちろんよ! 絶対に戻して、今度こそは……!」

 

 フォームを変えてまでしてフェブラリーステークスに出走した。それもこれも高松宮記念のため。

 

「そうやって今でも今度こそって言えるのは流石だな」

「……急にどうしたの?」

「いいや、そう思っただけだ」

「あなただって諦めてないでしょう?」

「当たり前だろ。トレーナーが諦めてどうすんだ」

「走るウマ娘当人が諦めるわけないじゃない!」

 

 なんか堂々巡りの話になっていた。

 

「このままじゃ終われないってのは今まで通りの共通認識だな。さっさと部室に行って準備しろ。ペティももうすぐ来るだろうしな」

「ええ!」

 

 そう返事してトレーナー室を後にした。

 

 

 あと1ヶ月。やるしかない。

 

 いつものようにそう決意してトレーニングへと向かった。

 

 

 ◇

 

 

 その日の夜、俺はPCで文書を作成していた。毎月末にチームの親へ送る報告書だ。

 カレンモエ、ダイアナヘイロー、サイレンススズカの分を書き終え、最後にキングヘイローのものを書いていた。カタカタとキーボードを叩く音がトレーナー室に響いていた。

 

 ダート出走の理由については先月書いていたので、今月はその結果を受けての展望と、キングヘイローの現状についての報告となった。

 それらを完成させ、最後に誤字脱字が無いか確認してそれも終わった。あとは明日にでもいつものようにグッバイヘイローの会社のサイトの問い合わせフォームに貼り付けて送るだけだ。

 

「……」

 

 そこで何故だろうか、勝手にキーボードを叩く手が動いていた。

 

 

 “彼女は今でも全く諦めていません。レースを走るウマ娘として何ものにも代えがたい資質をお持ちです”

 

 

 それがどれだけ尊い資質なのか、グッバイヘイローだからこそ分かるだろうと、暗にそう意味を込めた。

 キングヘイローの言う“諦めない”は決して軽いものではない。その言葉の中には、トゥインクルシリーズを走り始めた時とは比較にならないぐらい多くの悔しさと苦い経験が詰め込まれている。

 時には悩んで、迷って、泣いて……そんな彼女の姿をずっと傍で見てきたのだ。

 

 

 “次走は一か八かの大勝負になります。ぜひともご覧いただければ幸いです”

 

 

 いつもは淡々と事実を報告するだけだったのに、気づけば文末にそんな文章が出来上がっていた。

 

 

 

「……俺もまだまだ若いな」

 

 20代が終わった自分の年齢を再認識して何とも言えない気持ちになってから、保存ボタンを押してファイルを閉じた。

 

 




リフレーミング号の戦績すき
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。