苦手な方はご注意を。
「よし、揃ったな」
昼休みにペティとキングヘイローが尋ねてきて、2人が俺のチームの一員となった日の放課後、俺のトレーナー室には作業服の男が1人と制服を着たウマ娘が3人、計4人の人影があった。
まず1人目はこの部屋の主で他の3人の担当トレーナーである坂川健幸ことこの俺だ。
「まずは新入りの2人、自己紹介してくれ。意気込みとか目標とかもな、大雑把でいいから」
俺は向かい合っているキングヘイローとペティに対してそう言った。
今から新しくチームに入ってきたウマ娘との顔合わせである。
「今更このキングについて自己紹介するまでもないのでしょうけど、いいわ!」
2人目は今喋ったキングヘイロー。髪の毛をかき上げてから腰に手を当てて話し始めた。
「私はキングヘイロー! トゥインクルシリーズを席巻し、世界に名を轟かす一流のウマ娘よ! あなたたちには、キングの快進撃を間近で目撃できる権利をあげるわ!」
キングヘイローは自信たっぷりに俺含めた3人を見回していた。そうしていると俺と目が合ったので、目標について改めて聞くことにした。
「で、目標は? 具体的なものがあるなら言え」
「もちろん、GⅠを総なめにすることが目標よ! 強いて言うなら……そうね、まずは手始めにクラシック三冠を制して三冠ウマ娘を目指すわ! キングにとっては三冠すらも通過点なのよ! おーほっほっほ!」
キングヘイローは満足げに高笑いしている。
手始めに三冠ウマ娘とはこれまた大きく出たもんだ。キングヘイローの横にいる3人目、ペティはそれを聞いて眉をひそめていた。
こんなビッグマウス、ほぼ初対面であるペティが聞いたらこんな反応するのも無理はない。
一方で、俺の横にいる4人目に視線を移すと、表情を一切変えずにそれを聞いている姿が目に入った。
なし崩し的に拍手をしてキングヘイローの自己紹介に区切りをつけた。
「よし、じゃあ次」
俺は4人目から視線を外し、ペティを見てそう言った。
ペティはひそめていた眉を元に戻して話し始めた。
「スタッフ研修課程1年のスタティスティクスペティです。長いのでペティでいいですよ。私はレースには出ませんので、裏方の仕事や研究データの収集をする予定です。目標と言うか、その研究テーマはまだ詳細に決まっていませんが、ウマ娘の筋か動作に関係することを調べようと思います。筋繊維の質と故障との関係とか、動作解析とか……そんなところですね。これからよろしくお願いします」
3人分の拍手の音がぱちぱちと鳴る。
「モエ、お前の番だ」
そして残るは最後の4人目。3年は受験で実質引退、他の2年は未勝利で勝てず退学になってしまっていたので、俺のチームに所属していたただ1人のウマ娘ということになる。
「……カレンモエ。よろしく」
必要最低限の挨拶を終えて口を閉ざしたのは芦毛のウマ娘、カレンモエ。俺のチームの2年で唯一勝ち上がったウマ娘である。
この自己紹介を聞いて、キングヘイローがまず口を開いた。
「よろしくお願いするわ。カレンモエさん」
「話には聞いていましたけど、近くで見ると本当に似ていますねえ~。カレンモエさんのお母さん……カレンチャンにそっくりです。キングヘイローもそう思いませんか?」
ペティは前かがみになり、眼鏡の奥にある黒い目を細めて興味深くなめ回すようにカレンモエの全身を見ていた。その視線は足先から頭の先まで数回ほど往復していた。
「キングでいいわよ、ペティさん。……そうね、似ているような気もするわ」
この2人が言っている通り、カレンモエの母親はスプリンターズステークスと高松宮記念を勝利してGⅠ2勝を挙げ『閃光乙女』と呼ばれた名スプリンター、カレンチャンその人だ。その走りに加え、現役時代からウマスタグラムなどSNSでの影響力も大きいウマ娘である。現役を引退し母親になった今でも数百万のフォロワーを抱えているそうだ。俺はSNSをやらないので細かいところまでは知らないが、今でも頻繁にウマスタへ画像をアップしているらしい。
実際に会ったことはなくとも、どんな雰囲気のウマ娘かはこの2人も知っているだろう。
そんなカレンチャンの娘ことカレンモエは──
「…………」
──2人に言われたことなど意に介さないといった様子で黙っている。カレンモエの人となりを知っている身からすると、これが彼女の平常運転である。
カレンチャンより芦毛の色が更に白っぽかったり髪の長さが少し長かったりしているが、ペティが言った通り見た目は確かに母親とそっくりだ。母と同じ形のカチューシャ式のメンコはピンク、左耳に着けているリボンの髪飾りは黄色と色違いなだけ。全体的な背格好もよく似ている。
以前、あるレースにおいて、実況が勘違いしたのかは知らないがレース途中からカレンモエのことをカレンチャンと呼んでしまう事件もあったくらいだ。
しかしながら、中身もそうとは限らない。
「あーでも、カレンチャンの方がもっと胸があったような──あっ! すいませんつい口に……」
「…………」
ペティが口を滑らせていた。
……言っておくが、中身とは胸のことではない。
「カレンモエさんごめんなさい! 怒らせてしまいましたか……?」
申し訳なそうにペティは謝罪していた。
伏し目がちなカレンモエは、沈黙のあとその小さな口を開いた。
「別に、怒ってないよ」
「よ、良かったです……」
そしてカレンモエは一息置いてから再び口を開いた。
「……“カレン”はいらない。モエ、でいいよ」
──『“カレン”はいらない。モエ、でいいよ』──
……カレンモエのそれを聞いて、いつか俺も同じことを言われたことを思い出していた。
「あっ、分かりました。モエさん、ですね」
「…………」
カレンモエはまた固く口を結んでしまったので、再びトレーナー室は沈黙に包まれた。俺と向き合っているキングヘイローとペティからどうしたらいいのかと俺に視線が寄せられた。
まあ、カレンモエがどんなウマ娘かは2人とも次第に分かってくるだろう。
「以上だそうだ。改めて、キングヘイローとペティ、ウチのチームに来てくれてありがとう。これからよろしく頼む。今日はこれからトレーニングだが、その前に軽くミーティングだ。練習予定とかチーム全体のスケジュールについて粗方説明しておくぞ」
立っていたウマ娘たちに座るように促した。キングヘイローは来客用のソファーへ迷わず腰を下ろして足を組み、ペティとカレンモエは備え付けのパイプ椅子に座った。
俺はホワイトボードを押して3人の見えやすい来客用テーブルの前まで移動させた。
「ウチのチームは基本的に毎日トレーニングがある。レースがある週末や、模擬レースとかでコース使えない場合は別だがな。その都度連絡をいれるから、あとから携帯の連絡先を俺に教えてくれ……何だ?」
ホワイトボードに話した内容を書いてからウマ娘たちの方へ振り返ると、ペティが右手を挙げてこちらを見ていた。
「休みって無いんですかね? テストとかあるときは休み欲しいんですけど……」
ペティはスタッフ研修課程のウマ娘だ。スタッフ研修課程のテストは相応に難しいと聞き及んでいる。
「ウチは決まった休養日がないから、テストに限らず休みたいときは言ってくれ。特にお前はスタッフ研修生で課題もテストも大変だろうからな」
「分かりました。ありがとうございます」
「キングヘイローも分かったな? お前もたまになら休んでもいいぞ?」
「私をなめないでくれるかしら!? キングは一流のウマ娘だもの、課題もテストもトレーニングも全て完璧にこなしてみせるわ! おーほっほっほ!」
「………………」
高笑いするキングヘイローの背中をペティは恨めしく横目で見ていた。受け取り方によってはペティにとってキングヘイローのそれは嫌味のように聞こえたのだろうか。
スタッフ研修課程は課題の量も多くテストの難易度も高いのだから仕方ないと思うのだが。
「トレーニングについては聞くより実際に体験した方が早いから説明は省くぞ。習うより慣れろってやつだ。言っておくが、ウチのトレーニングはハードだぞ。覚悟しておけ」
「望むところだわ!」
「……頼もしい限りだな」
トレーニングを言葉で説明しても煩雑になるだけだから、説明は省くことにした。特にキングヘイローは修正しなければならない課題が数えきれないほどある。あの模擬レースを見ただけでこうなのだから、トレーニングを通して付き合っていくと更に色々課題が出てくることは容易に想像に難くない。
しばらくは付きっきりでトレーニングする必要があるから、カレンモエよりもキングヘイローに付く時間が多くなるだろう。
「モエ、ミーティング終わったら部室まで2人を案内してやってくれ」
「分かったよ、トレーナーさん」
カレンモエは俺に頷きを返してくれた。
そのカレンモエだが、今週末は彼女にとっても重要な日だ。それを2人に伝えることにする。
「よし、じゃあ最後はスケジュールの確認だ。早速だが、今週末は京都レース場でモエ……カレンモエのレースがある。日曜の12R、クラシック級以上2勝クラス、芝1200mのレースだ」
キングヘイローとペティの顔がカレンモエに向けられた。
カレンモエはこれまでと変わらずすました顔で俺の話を聞いていた。
「金曜の昼過ぎにトレセン学園を出る予定だ。折角の先輩の晴れ舞台だ、チームの一員として、お前ら2人も一緒に行くぞ。観客として見るのと、関係者として見るのとは全然違うからいい機会になるだろ。京都レース場の勉強にもなる。2人ともいいな?」
「ええ。構わないわ」
「私も大丈夫ですけど、レースの登録って木曜日じゃありませんでしたっけ? 今日はまだ水曜日なので、出バ投票は明日だから出走は確定していないと思うんですけど、モエさんは出走できるんですか?」
流石はスタッフ研修生といったところか、出バ投票についての知識もちゃんと身につけているらしい。
「そこらへんは大丈夫だ。これまでの成績と前回のレースからの間隔から考えてほぼ100%出走できる。未勝利戦とかと違って、そこまで激戦区というわけでもないからな」
「なら良かったです」
レースにエントリーすれば誰でも出走できるわけではない。出走できる人数には限りがあるので、もし超過した場合には様々な基準により除外されるウマ娘が出てくるのだ。
今述べたように、これまでの競走成績が良かったり、前走から出走間隔が長いと優先的に出走することができる。カレンモエは3ヶ月前の7月に函館レース場で行われたクラシック級以上1勝クラスで1着だったため、問題なく出走できると確信している。
「じゃあ次はキングヘイローのメイクデビューについてだが、俺から提案が1つある」
「ついにキングが華麗なデビューを果たす日が決まるのね! いいわ、トレーナーの立てた計画を聞かせてご覧なさい。覇道を歩むその記念すべき1走目はいつになるのかしら?」
気取った言い方をするキングヘイロー。
キングヘイローのメイクデビューについては、今日の昼休みの後から今までの時間を使って考えていた。トレーニングでの走りの修正期間を考慮に入れると早くても1ヶ月以上先を予定していたのだが、あるものを見てその考えが変わった。
そのあるものとは、カレンモエが出走する日に行われる京都レース場のレース予定表である。
「お前のメイクデビューは──」
その日の2Rにはこうあったのだ。“ジュニア級メイクデビュー”と。
「モエと同日同所。京都レース場、日曜の2R、ジュニア級メイクデビュー、芝1600mだ」
「…………?」
トレーナー室の空気が固まる。間の抜けた顔をしたキングヘイローが面白くて笑いそうになってしまったが、表に出さないようそれを堪えて話を続けた。
「つまり、お前のデビューは4日後の日曜だって言ったんだ。良かったな、覇道だかなんだか知らないがすぐにデビューだ」
「は、はあああああああ!!??」
キングヘイローは大声を上げてあんぐりと口を開けていた。
やはりこのキングヘイローというウマ娘は顔や態度に感情が出やすいようだ。そこまで驚かれると計画立てた甲斐があった。
「よし、そうと決まったことだし早速トレーニングだ。さっさと着替えてトレーニングコースに来い」
俺はそう言って3人を促した。
「ちょっと、トレーナー! あなたね──」
「……部室行くよ」
「キング、早く来ないと置いていきますよ」
「あっ! ちょっと……~~っ! トレーナー、後でちゃんと理由を聞かせなさい!」
すぐに部室へ向かおうと退室するカレンモエの後を追って、キングヘイローもトレーナー室から出て行った。
「……」
あと4日とは言ったが、金曜日の午後に出発するのだからトレーニングの時間は実質的に今日と明日の2日間しかない。そんな2日間で何かできるかというと──
「──ま、特に何もできねえよ」
俺は1人になったトレーナー室でそう独り言ちた。
カレンモエのカチューシャとリボンの配色は実馬のメンコの色からいただきました。