キタサンブラックとあの場で別れてからメディアのインタビューに向かった。キングヘイローも何故か準備が遅れていたらしく、メディア連中を待たせてしまったようだった。
手のひらを返したように、と言えば聞こえは悪いが、インタビュアーも俺たちを祝福してくれていた。予想に違わず俺が泣いていたことにも触れられてかなり居心地が悪かった。……俺の泣き顔が全国へ晒される覚悟も決めないといけないようだった。
キングヘイローは得意げに高笑いをすることもあったが、おおむね落ち着いた様子でインタビューを受けていた。隣でそんな彼女の姿を見ていると、大人になったとは言わないがコイツも成長したんだなあと内心で思ったりしていた。
インタビューを終え、キングヘイローは衣装の着替えなど準備をしてからライブ会場へ。
そして今まさにキングヘイローがセンターでライブを行っていた。今日も変わらず、完璧に歌唱とダンスをこなしていた。
俺は観客席の最前列にいるチームのウマ娘の一歩後ろにいた。
~~♪ ~~~~♪♪!
「…………」
急に涙腺が緩んで視界がぼやけてしまう。頑張って引っ込めてもしばらくしたらまた鼻の奥がツンとして涙が目を覆う。そんなことを繰り返しながら俺はキングヘイローのライブを見ていた。
(……俺ってこんなに涙腺緩かったのか? 歳か……?)
誰にもバレないように涙を自力で引っ込めながら、ステージ上で光り輝くキングヘイローを見守っていた。
◇
「少しの間、トレーナーと2人にしてくれないかしら」
控室に帰ってきたキングヘイローはチームのウマ娘たちにそう言った。ダイアナヘイローは何故か俺の方を睨んでいたが、他のウマ娘たちと共に控室を出ていった。
「どうした? 何か話か?」
「いいえ。……お母さまに電話するわ」
キングヘイローはすぐにスマホを取り出して、グッバイヘイローに電話を掛けていた。そしてスピーカーモードにしたスマホからコール音が鳴ること数度。
「ごきげんよう、お母さま」
『……キング』
これまでと変わらない声のトーンでグッバイヘイローが電話に出た。
『何か用かしら』
「お母さまの方こそ、何か私に言いたいことはないの?」
『…………』
母と娘のやり取りを眺める。
担当となる前に母娘の通話を初めて聞いてから、今日のこれは何度目となるだろうか。
少なくともキングヘイローはあの時から変わった。グッバイヘイローの真意は分からないが……あれだけレースを辞めて帰って来いと言っていたのに現役続行の書類に判を押すなど、彼女の真意は測れない。
娘のGⅠ勝利を見届けて、母はどんな言葉をかけるのだろうか。
『なら逆に訊くわ』
「……訊く?」
『あなたが走りながら探すと言っていたものは見つかった?』
──「私は走り続けることで一流のウマ娘が何かを探して、そして証明する」──
──「私が、私だけの一流のウマ娘を見つけていくのよ!」──
間違いなく、グッバイヘイローは菊花賞前にキングヘイローが言い放ったことについて問うている。
その問いにキングヘイローは間を置くことなく答えた。
「ええ。見つかったわ。証明もした……いいえ、私は証明し続ける。この在り方こそ、一流のウマ娘なのよ」
『……在り方。それがあなたの答えなのね』
キングヘイローは必要以上の説明をしていないが、それでも母親には意味が伝わったようだ。
『……あなたは、走って後悔しなかった?』
「…………」
その深い声には何かを惜しむような感情が乗っていた。
キングヘイローはじっとスマホを見つめていた。
「後悔はないわ」
『……あなたにも、辛いことはあったはずよ』
「そうね。決してこの道は平坦ではなかった。厳しい現実に直面して、辛くて悔しいことが多くあったわ。でも、その辛さと悔しさこそが今の私へと成長させてくれたのよ。……もしこの先後悔することがあったとしても、その後悔さえも私は糧にしてみせる」
その考え方はどこか俺とも似ているように思えた。
「何が待ち受けていたとしても、私はこれからも走り続けるわ」
キングヘイローは何の憂いもなく自身の覚悟を言い放った。
『…………そう。あなたは今でも固く手を握りしめているのね』
グッバイヘイローが電話の向こう側でひとつ小さく息をついた。
『シニア級2年とは思えないぐらい粗削りで未熟な走りだわ。運が向かないと勝てない不安定な走り。高松宮記念を10回やったとして、今日みたいに勝てるかどうか……1回勝てれば良いところでしょう』
「っ! お母さま──」
『けれど』
キングヘイローの声を遮ったグッバイヘイローは──
『良い走りだったわ。キング』
──そんなことを言った。
キングヘイローの目が見開かれる。信じられないものを見るかのように、視線がスマホに注がれていた。
『坂川。そこにいるのでしょう』
「!」
唐突にグッバイヘイローは呼びかけてきた。ずっと声も息も殺してしたのだが……はったりなのかバレていたのかは分からない。
まだ驚いているキングヘイローとアイコンタクトを取ると、彼女は顎でスマホをしゃくった。
「……ええ」
『あなたと2人で話がしたいわ。スピーカーモードを切ってもらえるかしら』
「2人、ですか……」
キングヘイローは眉根に皺を寄せて怪訝な表情をしていた。
俺はスマホを手に取って指示通りモードを切り替えて耳に当てた。
『……娘は聞いてないかしら』
「ええ。大丈夫です」
キングヘイローが近寄って会話を盗み聞きしようとスマホにウマ耳を寄せてくるが、身を捩ったり回ったりして避けていく。
『……あなたのことは最初から気に食わなかった。最初、あなたが娘を導けるとは思わなかったわ』
「はあ……」
あんな失礼な真似をしておいて好印象が得られるわけもない。当然の考えだと思う。
『けれど……』
「はい……?」
『私の勘違いだったみたい。……娘は本当にたくましく成長しました。身体的にも精神的にも、よくここまで娘を導いてくださいました。今の娘があるのは
思いもしなかった言葉だった。
一瞬身が固まったが、キングヘイローがしつこく回り込んでウマ耳を寄せてくるので、手で彼女をあしらって避けながら会話を続けた。
「あなたたち2人に、少しでも応えられたのなら良かったです。私も色々なことを娘さんに教えてもらいました。それと最初の……あの時は失礼なことを申し上げて失礼いたしました。けれど、あなたの大ファンだったのは本当ですので……」
『ふふっ。光栄ね』
なんとも柔らかい声だった。多分、こちらがグッバイヘイローの本来の喋り方なのだ。
娘と話す時もこんな調子で話せばこじれずに済むのではないか、との声が喉まで出かかった。
「……負けても挑み続けたグッバイヘイローというウマ娘の走りがあったからこそ、キングヘイローの母親がグッバイヘイローだからこそ、私と娘さんとの繋がりができたと思っています」
『私の走りが……ね。そう言っていただけるなら、走った私も少しは報われました。トレーナーさん、娘のことをこれからもお願いいたします。それでは』
通話が切れた音を発したスマホを纏わりついてくるキングヘイローに返した。
「電話終わったぞ」
「ちょっと! お母さまと一体何を話していたのっ!?」
すっかりお冠のキングヘイローに上目遣いでじろっと睨まれた。
「これからも頑張れだってよ。意外と素直な母ちゃんだな」
「うそっ! ……何を話したか言う気はないのね」
「保護者とトレーナーの大人同士の会話だからな。ガキは首を突っ込むんじゃねえよ」
「ぐ、くう~~。あなたはいつも私を子ども扱いして……! ……はあ」
怒りを鎮めたキングヘイローは手にしたスマホに目を落とした。
「……初めてだったわ。お母さまが私の走りを褒めてくれたの。レースを走ることを認めてくれたってことなのかしらね」
「まあ、現役続行の書類を用意してくれるあたり、別に強制的に走るのを辞めさせようとはしてなかったしな。お前だって分かってるだろ」
「ふんっ。素直じゃないんだから! お母さまもっ、トレーナーもっ!」
3月26日、高松宮記念。
俺の人生において、大きな意味を持つ日になった。
◇
キタサンブラックは坂川と別れた後に、サトノダイヤモンドの待つ関係者専用の個室へと戻った。
「あ、キタちゃん……!」
「ダイヤちゃん。待っててくれてありがとう」
「そんなの当たり前だよ…………え?」
「? どうしたの?」
「…………だってキタちゃん……」
キタサンブラックの表情から陰りが消失していることにサトノダイヤモンドは気づいた。キタサンブラックは憑き物が落ちたような表情をしていた。
「……うん。あたしの気持ちも伝えたし、トレーナーさんの本当の気持ちも伝えてもらった。トレーナーさんと心を通わすこと、できたと思う。全部が元通りじゃないけど、また一緒の道を歩もうって」
サトノダイヤモンドは、部外者の自分がもう言えることはないのだと分かった。キタサンブラックはちゃんと坂川健幸の本音を聞いて、その上でこうやって仲を修復できたのだ。
「ありがとうダイヤちゃん、心配してくれて。今日まで、たくさん迷惑かけちゃったね。もう
キタサンブラックの笑顔はあまりにも自然だった。
それに、“大丈夫”が誤魔化す意味でないことを親友のサトノダイヤモンドは悟った。やっと心の底から笑ってくれたことに深く安堵すると、自然と涙が出てきた。
「……っ……うぅ……」
「ダイヤちゃん…………ありがとう」
キタサンブラックは親友をそっと抱きしめた。
◇
高松宮記念から1ヶ月ほど経過した。
俺を取り巻く状況は変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わらない。
変わったことと言えば──
「トレーナーさん! お疲れさまですっ!」
「おう。キタサンもメディア対応お疲れさん」
──こうしてキタサンブラックが俺のトレーナー室へとほぼ毎日来てくれるようになった。
彼女は4月の頭に夏のSDTでの現役引退を正式に発表した。現在は舞い込むメディア対応に追われながらも、ラストランへ向けてのトレーニングに取り組んでいる状況だ。その隙間の空き時間に彼女は俺の所へ顔を出してくれる。
当初は身体の怪我を鑑みてラストランも軽く走る程度の予定だったが、ここに来て状態が上がって来ていた。一桁パーセントの可能性でラストランを全力で走れるかもしれないと。
本人は最後まで全力のラストランの可能性を捨てずトレーニングに臨んでいた。少しでもトレーニングやレースで違和感があったら走るのをやめると言っているので、そう言われたら周りの人間は何も言えなかった。
どうなるかは分からないが、決して無理だけはしないでほしいところだ。
「はあ……」
ちょうどデータの解析が一区切りしたのでPCのモニターから顔を上げると、部屋の壁に飾られている額縁が嫌でも目に入ってきた。中身はある新聞紙だった。新聞紙が額装されて飾られていたのだ。
その新聞紙には俺が中京で泣いている顔が『坂川トレーナー号泣!』との大きな見出しと共に大体的に載せられていた。
「…………」
チームのウマ娘たちがご丁寧にも用意したものだった。
あの高松宮記念翌日の新聞紙はほとんど新聞社がキングヘイローの姿を大きく載せていたが、一社だけ俺の泣き顔をアップで載せていたのだ。不本意ながら、アラサーのおっさんの泣き顔は需要があるとのペティの見立ては間違っていなかったらしい。
……何が楽しくて毎日自分の泣き顔を見なければならないのか。最初あれが飾られたときは勝手に外して没収したのだが、翌日すぐ同じものが即座に飾られていた。どうやらチームの連中が新聞を何部も買い込んだらしい。
俺は頼むから外してくれと懇願したのだが、チームの面々は飾っていた方がいいとの一点張りだった。すでに撤去は諦めているが、外部の人間や新しいウマ娘が来たらトレーナーとしての威厳が云々と思うところである。
俺の泣き顔は表紙にはならないものの雑誌にも載せられていたり、またテレビで流れたりネットに写真や動画がアップロードされていたりと個人的には散々だった。……学園ですれ違った面識のないウマ娘に「あ、号泣トレーナーだ」と言われたことは一度や二度ではなかった。
「……トレーナーさんお疲れですか? あたしがマッサージしてあげますっ!」
「いいや、身体は大丈夫だ」
「でも……」
「そんな目で見んなよ。本当に問題ねえんだ」
……どうにもキタサンブラックといると調子が狂う。彼女の方はそうでもないが、俺の方がまだ距離感を測りかねている感じだった。
まあ、時間が経てば次第に慣れていくだろう。
「……あっ、そうだ。トレーナーさん、これなんですけど……」
キタサンブラックが差し出したのは一通の封筒だった。
「何だ? 手紙?」
ひっくり返して表面を見ると、その送り主である団体のロゴと文字が描かれていた。
「! これ……!」
「大体分かってらっしゃると思うんですけど、開けてもらえれば」
ダイヤモンド貼りになっているそれを開くとチケットのようなものが2枚入っていた。そこには大きくこう書かれていた。
「……“Breeders' Cup”……!」
「はい。今年11月に行われるブリーダーズカップの招待状です」
ブリーダーズカップ。2日に渡り複数のGⅠが行われる言わずと知れたアメリカ競馬の祭典だ。その観戦の招待状だった。
「どうしたんだこれ!?」
「毎年頂くんです。日本のDTLで結果を残しているウマ娘に届くみたいで。一度だけ見に行ったことあるんですよ。えーっと……」
キタサンブラックがもじもじしながら話を続けた。
「実は招待されたあたし以外に、同行者一人まで一緒に行くことができるんです。以前行った時はドゥラちゃん……ドゥラメンテと行きました。特別席も用意してもらって、ホテルとかも全部取ってくれるんです」
「至れり尽くせりだな」
「それで……トレーナーさん、アメリカのレース好きでしたよね。良ければ一緒に行きませんか?」
「……は? 本気で言ってるのか」
「はい。どうでしょう……?」
「…………」
ブリーダーズカップは11月の頭、半年先の話だ。
俺はアメリカのダートが好きだが、現地に行って生で見たことはない。何もなければ即答するところだが──
「行きたいが担当の予定が決まってない以上今は決めらんねえな。ウマ娘のレースが被ったら無理だしな。偶然にも予定が空いたら……でいいか?」
「! 分かりましたっ! 予定が空いたらですね、それで大丈夫です!」
「すまんな。中途半端な答えで」
「いいえそんな……っ!」
そこで扉がガラっと音を立てて開かれた。キタサンブラックは何故か超速で封筒を懐に入れた。
入り口に立っていたのはキングヘイローだった。
「お疲れ……あら、あなたも早いのね」
「キングさんか……良かった」
「“良かった”……?」
キングヘイローがやって来たのを皮切りに、カレンモエとダイアナヘイロー、サイレンススズカも揃ってぞろぞろと入ってきた。
入ってきた面子と言葉を交わしていると、一人遅れて何やらニヤついているペティが姿を現した。
「なんで笑ってんだ」
「ふっふっふっ。……ほら、入って入って!」
そうしてペティの後から姿を現したのは、私服の中学生ぐらいのウマ娘がいた。
「今日、あるレーシングクラブが見学に来てて、この子はそのクラブのウマ娘なんです! わたし、学園側のスタッフの一員として今日対応に当たってて、この子と偶然話したらなんとキタサンブラックとキングヘイローに憧れてるらしいんです。今自由時間なので、それならと思って連れて来ました!」
ペティに紹介されたのは白黒リボンをつけたウマ娘だった。
「……運命的なものを感じるかも」「……少し運命的なものを感じるわね」
「「……えっ?」」
そのウマ娘を見て、キタサンブラックとキングヘイローが同じようなことを言っていた。2人は驚いたように顔を見合わせていた。
──“Here's the Titan of the World's turf! She is ──”──
──このウマ娘と坂川が世界を席巻するのは、また少し未来の話。
ペティとダイアナヘイローがやって来たクラブのウマ娘にあれこれ話しかけていた。その様子をカレンモエとサイレンススズカが見守っていた。
キングヘイローとキタサンブラックはそのウマ娘を二度見したあとまた顔を見合わせていた。
「…………」
この光景を見ていると、なぜか胸がいっぱいになってきた。
(なに今更感傷に浸ってんだか)
気持ちを切り替えて立ち上がる。
……色々なものが変わった。
それでも、俺のやることは今日も変わらない。
「お前らさっさとトレーニングの準備しろ。行くぞ」
俺は俺にできることをやるだけだ。
これにて本編完結です!
キングと坂川の一流、キタサンと坂川のすれ違いをストーリーの主軸にして展開してきました拙作、無事に纏め上げることができました。
ここまで読んでいただいた方をはじめ感想や評価、誤字報告をしていただいた方々、本当にありがとうございました!
一応本編完結したので、感想や評価などいただけると嬉しいです!
アフターストーリーとサイドストーリーの方もよろしくお願いいたします!
活動報告の方に後書きっぽいことを書いたので、また読んでみてくださいね。次回作の情報もあります。