底辺キング   作:シェーク両面粒高

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A&S5話 旅路/後

 気を取り直して……という表現が正しいか分からないが、淹れなおした温かいお茶と共に、再びキタサンブラックと話し始めた。

 俺たちが別たれてからの話になるが、DTLの話は彼女が先程してしまったので、今度は俺の番になる。

 

 DTLのレースやライブを流しながら会話を進めた。

 

「最初は門別、それから点々と地方トレセンを回っていた。それで最後、佐賀トレセンにいるときに中央へ戻るよう突然指示があった。それで中央に戻ってきた俺にはスカウトの禁止を言い渡された」

「えっ!? そうだったんですか……」

「だから俺の元へ入って来るのは年末年始の振り分け……つまり、トレセン側が選んだウマ娘だけだった。それで入ってきたウマ娘が……まあ、学内レースの結果が芳しくない奴らばかりだった」

 

 芳しくないと言葉は濁したが、実際には模擬レースでも選抜レースでも常に最下位のウマ娘ばかりだった。そのことに気づくのは1年目のウマ娘全員を退学させて、2年目のウマ娘が振り分けられてからのことになる。

 

「……キタサンをセントライトまで担当して重賞を勝たせていたから、俺にも驕りがあった。勝たせるのに苦労するとは思っていなかった。それで結局1人も勝たせられなくて、色々痛い目を見た」

「痛い目、って……」

「本人に無責任に期待を抱かせて、結果を残せなかったからな。全員じゃないが、ウマ娘本人とも良い別れ方ができなかったり…………親との面談で、結構厳しいことを言われたりな。……あれは本当にきつい」

「トレーナーさん……」

 

 直近ではカレンモエの同期の退学させたウマ娘の親にも厳しいことを言われたことを思い出した。あの栗毛のウマ娘のケースのように円満に面談が終わることは稀だ。

 

「1年目5人全員退学させて、2年目は6人入ってきた。ここで振り分けられるのが()()()()()()()ばかりだと分かった。理由は今でも分からないままだ。それで奢っている自分に気づいて気合を入れ直して……成績自体は向上したが、勝てはしなかった。そして3年目にはまた5人入ってきた」

 

 戻ってきて3年目に入ってきたウマ娘の1人が、俺に最初の1勝をくれる青鹿毛のウマ娘だ。

 

「その年の4月にやっとスカウト活動を解禁された。……けど、実は今でも人数が足りなくて振り分けられるのはそういうウマ娘なんだ。キングの代以降は5人キープ出来ているから今はいないけどな。……知ってたか?」

「……はい。トレーナーさんの元へ入ってくるウマ娘のことはずっと調べていましたから」

「そうか。……まあ、このままじゃいけないと思った俺は2年目のウマ娘を担当する途中から加速度センサーをトレーニングに用いていた。前例が無かったから一から理論を構築していって、時間はかかったが徐々に成績を上げることができた。そして3年目の最後の1人……最後の未勝利戦、あれは小手先の作戦がハマった面もあるが、最初の1勝を上げることができた」

「あのレースは知っています」

「そこまで見てくれてたのか……」

「きっとトレーナーさん、勝たせられなくて苦しんでるだろうなって思ってたので、あたしも……自分のことのように嬉しかったです。でも、新しいウマ娘と歩み始めたトレーナーさんを見て……あたしはもう過去になったんだって、悲しくなりました……」

「……そんなこと、なかったんだけどな」

 

 彼女はどれだけ俺のことを想ってくれていたんだろう。……本当に幸せなことだと思う。

 

「まあ、そんなこんなでモエ、キングとペティ、それでダイアナとスズカが入ってきて今に至るって感じだ」

 

 これで大体は話せたように思う。

 

「何か訊きたいことあるか?」

「……それなら、ペティとキングさんこと教えてもらえませんか? どういう風に過ごしてきたとか、担当になったのかとか」

「あの2人か? 別にいいが……ペティから話すか──」

 

 ペティは俺の担当ウマ娘の成績に興味を持ってチームに入ったが、清島の娘である彼女には俺とキタサンブラックのことを知りたいという裏の目的もあったことを話した。何かのたびに探りを入れられていたことも。

 

「高2の夏まであいつが先生の娘だって知らなかったしな。体験入学で俺たちが相手したってのも覚えてなかった。だから最初は得体が知れなかった」

「そうだったんですか? てっきり知っておられると思っていました」

「先生も言ってくれなかったしな。まあ俺のことを信用してくれてるし、気を遣われるのも嫌だから言う必要も無かったってよ」

 

 ペティが俺とキタサンブラックがヒーローだと言っていたことを思い出した。

 

「……あの子、あたしが先生の家へ挨拶に行った時とか夏休みで合宿所まで遊びに来ている時に、アタシとトレーナーさんについてよく訊かれました。中学校へ上がるぐらいには訊かれなくなったんですけど……」

「先生からも似たようなこと訊いたな。アイツとも、改めて俺たち2人で色々話した方がいいな。じゃあ、あとはキングか」

 

 キングヘイローとの出会いと担当契約までを話した。俺が親のグッバイヘイローのファンであったこともきっかけであったと伝えた。

 

「3連勝で重賞勝って皐月賞で善戦して、似たような成績だったキタサンのことを思い出してた」

「あたしもキングさんがダービー14着になったのを見て……それでスタンドでうなだれているトレーナーさんを見て、自分とキングさんを重ねて見ていました」

「……ダービーの時、府中にいたのか。てか俺まで……」

 

 流石にあの姿まで見られているとは思えなかった。

 

「逃げさせたのは俺の指示だ。アイツも頑張ってくれたんだが、俺のミス…………いいや、そうだ。()()()はうまくいかなかった。14着になった時俺もキングがキタサンと被って見えたが、アイツに一喝されてちゃんとキング自身を見ることができた」

 

 そしてそのダービーの後、キングヘイローとキタサンブラックが邂逅することになる。

 

 キタサンブラックは静かに口を開いた。

 

「前々から早朝のランニングでキングさんの姿を目にしてはいました。それであの日偶然会って、どうしてもキングさんがあたしに見えて、昔の自分に腹が立って……実力を確かめたいとか最初は思ってたんですけど、本当はあたしのただの八つ当たりです。本当に申し訳ないことをしました。許されないことをして……トレーナーさんも怒って恨んでいるだろうって思ってました」

「……そうだったか。キタサンが俺への怒りをぶつけるためだと思っていた」

「違います。言い訳の余地はありません。あの出来事は全てあたしの責任です。……本当にごめんなさい。キングさんには謝って許してもらえたんですけど、トレーナーさんには……」

「俺には恨むも何もない。キングが許したならそれでいい。……あの後、サトノダイヤモンドが俺の元へ来たんだが、あれはキタサンが?」

「いいえ。あれはダイヤちゃんの独断です。実はあの日家に帰って、身も心もすごく辛くなって、偶然電話をかけてきたダイヤちゃんに全部打ち明けたんです。それで翌日、ダイヤちゃんがトレーナーさんの元へ……」

「……そうか。それ聞くとアイツの様子にも納得だな」

 

 キタサンブラックが俺から離れられて良かっただろうと言ってのけた俺に対し、彼女が激高したのも納得がいった。

 

「ダイヤちゃんから、トレーナーさんがあたしのレースを見てくれていたって知って嬉しくなりました。それだけで十分だって思ったんです。でも、やっぱり本心は誤魔化せなくて、やっぱりレースやライブを実際に見てくれているトレーナーさんをあたしはずっと望んでいたんです。結局走り続けるしか選択肢は無かった。怪我も何とかカバーしながら走り続けてたんですけど、この前のWDT後で次が最後だって言われました。それで高松宮記念の共同会見があった日の夜、夜に走っていたキングさんと偶然会いました」

「……はあ!? あいつと会ってたのか!?」

 

 初耳だった。

 

「彼女と少し話して、レースで賭けをすることになりました。負けた方が勝った方の言うことを聞くって条件でした。あたしはキングさんを通じてトレーナーさんにも謝ってもらおうと思ってました。でも、1200mで負けてしまって……」

「……だからか。センサーのログ見たらコースで一度レースの速度で走ってるデータは残ってたんだ。あいつは走りたくなって1人で走ったって言ってたが……そういうことだったんだな」

「それでキングさんがあたしに言ったのが、高松宮記念のレース後にトレーナーさんに会いに来てってことでした」

「はあ!? あいつが!?」

 

 また声を上げてしまった。どうやらこの一件にはキングヘイローが一枚も二枚も噛んでいたらしい。

 そう言えばキタサンブラックが会いに来てくれた時に、他のウマ娘を先導したのはキングヘイローだった。……なぜキタサンブラックにそう言ったのかは分からないが、とにかくキングヘイローは全部知ってたってことだ。

 

「……ペティだけじゃなくて、キングにもちゃんと話をしておかないとな」

 

 そしてちょうどこの前のWDTのレースが終わり、今はライブを映していた。そのライブももう終わりそうだ。

 

 これでメイクデビューから現在に至るまでの道のりを辿ったことになる。まだまだ話せることはあるかもしれないが、キタサンブラックと必要なことは話せたように思う。

 

「あの、最初にあたし、出会った時のことトレーナーさんに濁しましたよね」

「誤解の無いようにって言ってたやつか?」

「はい。その……あたし、実は好きなものは大抵ひと目惚れなんです。人やウマ娘も同じで、たとえばダイヤちゃんなら初対面でずっと仲良くできるって直感があって、実際あたしたちは親友になりました。清島先生もそうで、この人にならあたしを任せていいって思えて、そして結果を残せました。でも……トレーナーさんにはそんな直感は無かったんです」

「……そうか」

 

 なんかそう言われるとショックだなと思った瞬間──

 

「違います!」

 

 ──彼女が力強く否定した。

 

「は? 何がだ」

「確かにそういう直感はありませんでした。でも、そうじゃなくて……あたしがこれだけトレーナーさんのことを想えているのは、トレーナーさんがあたしのことを想って、たくさん頑張ってくれたからなんです。確かに理屈の無い運命的なものも素敵ですけど、逆にトレーナーさんだから……トレーナーさんの想いや行動があったからこそ、あたしはトレーナーさんのことを…………そういうのも、ものすごく素敵だと思いませんか?」

「…………そういうことか。分かったよ、ちゃんと」

 

 俺の彼女に対する積み重ねた想いが行動が、彼女が俺のことをこれだけ慮ってくれることにつながっていると、そういうことなのだろう。

 

 ……なんか気恥ずかしくなってきた。

 

 お互い同じようなことを思っていたのか、自然と顔を見合わせていた。

 

「ありがとうな」

「いいえ! あたしの想いが伝わって、本当に良かったです」

 

 お互い無言になった。これで大体言い尽くした感はある。

 

「なんかキタサン、思ったより変わってないな。メディアとかの受け答え見てるとしっかりしてるように見えたから、ちゃんと話したらどうなんだろうと思ってた」

「そういう場に慣れただけかもしれません。でもトレーナーさんと話してると、その…………昔に戻ったような気がして。そのせいかもしれません。……トレーナーさんは、なんかぶっきらぼうになっちゃいましたね」

「ほっといてくれ。こっちが素なんだよ。若い頃の俺はキタサンの前では格好つけてたんだ」

「そうなんですか?」

「当時はそんなこと思ってなかったが、今となってはな。キタサンに良く見られたかったんだと思う。服装だってそうだ。あのときは基本スーツ姿だったが、今なんて作業服だぞ。ポケットはたくさんあるし汚れたって大して気にしなくていいし適当に洗えるし楽なんだ」

「あ、あたしに良く見られたかったんですか?」

「当たり前だろ。初めての担当だったし、そもそも学生の頃はウマ娘含めまともに女と接したことなかったし。寮にいた天崎も横水も最初こそあれだったが段々そんな感じしなくなったし」

「……へえ~、そうなんですか、へえ~…………えっと、あの」

「どうした?」

「い、今はどうですか? あたしに良く、見られたいですか?」

「は? ああ、まあな。長く会ってなかったし。……この服だって、普段はあんま着ねえしな」

 

 今日の俺は綺麗目なスマートカジュアルの服装をしていた。

 

「モエと普段メシを食いに行く時なんかはもっと適当な服着てるし」

「……え。……えっと、カレンモエさんと、ごはん食べに行かれるんですか?」

「大体週1回ぐらいはな。週末は俺も外食するし、何回か連れていったら逆に連れて行かない理由もないしな」

「しゅ、しゅういっかい……」

「……あ、もうこんな時間か」

 

 壁に設置してある時計の短針は19時をとっくに回っていた。流石にこれ以上長居するのは彼女に迷惑だろう。

 

「今日はありがとうな。こうしてキタサンと話せて良かった」

「え? あ、帰られるんですか?」

「ああ。あんまり長居するのもどうかと──」

「そんなことありません!」

 

 キタサンブラックの予想だにしない気迫に驚いて、持ち上げかけた腰を下ろした。

 

「トレーナーさんあの、夕食ですけど、食べていかれませんか? あたし今日の食事は自由がきくので作ろうと思ってて」

「いやいやそこまで世話になるわけには──」

「一人分も二人分も変わりません。それに…………まだ一緒にいたいって、思ってるんです」

 

 そう言われたら拒否することはできなかった。

 

「キタサン……。あー、分かった。じゃあメシいただいてもいいか?」

「っ! はいっ! 今すぐ作りますね!」

 

 そうしてキタサンブラックはキッチンへと向かった。

 

 

 

 何か手伝おうかと申し出たが一人でやるから大丈夫だと断られた。彼女はテキパキと調理していた。

 俺の好みなんかも聞き入れてくれて、出来上がった料理は和食を中心にしたメニューだった。使っている食材をざっと見たが、栄養バランスもしっかり考えられているようだった。流石は超一流のアスリートの作る料理だと感心していた。

 肝心の味も美味しかった。薄味ではあるがダシなどでしっかりと味付けをしているようだった。

 

 

 食事が終わった後も少し他愛のない話をしてから帰ることになった。俺は玄関で靴を履いていた。

 

「じゃあなキタサン。今日はありがとう」

「あたしこそありがとうございました。また明日、トレーナー室お邪魔してもいいですか?」

「ああ。いつでも来てくれ。……あ、午前中は集まりや勉強会あるから、できれば午後から来てくれ」

「分かりました。タクシーはマンション出たところに停めてありますから」

 

 彼女からマンションのコンシェルジュを通じてタクシーを配車してもらった。流石の高級マンション、コンシェルジュが365日24時間常駐していて何でも対応してくれるらしい。

 

「トレーナーさん、また明日」

「ああ。また明日な」

 

 手を振る笑顔のキタサンブラックに見送られ、俺は彼女宅をあとにした。

 

 

 

 

「……」

 

 帰りのタクシーの中、キタサンブラックとこういう関係に戻れたことをしみじみと噛みしめていた──

 

「…………」

 

 ──のだが、今は先程の出来事が頭を占有していた。

 

 その出来事とは、キタサンブラックが近くにきたことだ。結局は彼女の膝のタブレットが床に落ちて中断してしまったが。

 

「………………」

 

 あの時、俺はともかく彼女も同じようなことをしようとしていたのだろうか。少なくともそう見えたし、そんな雰囲気に感じた。

 

 ……彼女は他の男ともあんなことをしてきたのだろうか。

 

 どうしてかそんなことを思ってしまった。

 ……そんなことを考えている俺自身のありえないほどの気持ち悪さに気がついた。

 

 大体、彼女もいい年齢の大人の女性なのだからそれが普通のことだ。誰か彼氏や婚約者がいるとか、男の話は週刊誌でもゴシップでも全く目にしなったが、そんなのURAや彼女の周りが握り潰せばどうにでもなる話だ。

 彼女は性格も見た目も良くて、本当に魅力的な女性だ。あの歳になって彼氏の一人や二人いない方がおかしい。それに彼女の立ち位置なら、芸能関係や実業家、エリートアスリートなど社会的地位の高い人物からさぞたくさんのアプローチを受けているだろう。

 

 普通に考えて、あのマンションに連れ込まれたのは俺が初めてではない。きっと今までにも男を連れ込んで、そして──

 

 ──そこまで考えて、坂川健幸がどこまでも救いようがないぐらいの気持ち悪さと気色悪さを併せ持った男だと改めて認識した。

 

「……アホが!」

「? どうしました?」

「!? いえ、何でもないです……」

 

 訝しむタクシー運転手のミラー越しの視線を受け止め気まずくなり、窓の外へと視線を移した。

 

 ……こんなことを考えてしまっている自分が少し分からなくなった。

 

 思考を切り替え明日のトレーニングのことに思いを馳せ、先程までの最悪な妄想を脳内から消した。

 

 ……少し落ち着きを取り戻した。

 

「この辺でお願いします」

「はーい」

 

 どうにかそれ以上妄想せずにトレセン前までたどり着いた。財布を開いて料金を訪ねた。

 

「あ、料金なら既にご依頼主からいただいていますよ」

「え。あ、そうですか……」

 

 そうしてタクシーから降ろされた。どうやらキタサンブラックがあらかじめお金を払ってくれていたらしい。どこまでも世話になってしまっていた。

 

「……寮に戻ったらキタサンに連絡しとくか」

 

 そう呟いて夜のトレーナー寮へと足を向けた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……」

 

 トレーナーさんを見送ってからリビングに戻ったあたしはソファへ倒れ込んだ。

 お互いに気持ちを確かめ合えて本当に良かった。ものすごく胸が暖かい気持ちになっていた──

 

「…………」

 

 ──のだけれど、今のあたしはあの出来事で頭がいっぱいになっていた。

 

 その出来事とは、見上げるあたしへと彼が近づいてきたことだ。途中であたしの膝にのせてたタブレットが落ちて、そこで終わってしまったけれど。

 

「………………」

 

 そういうこと、だったんだと思う。でも、あたしにはそういう経験は全然ないし、本当はどうか分からない。

 これまでたくさん言い寄ってくる男性はいた。でも全く興味を持てなかったし、興味を持とうとも思わなかった。何より走ることが第一だったから、トレーニングや仕事を理由にお誘いは全て断っていた。食事でさえ体のことを理由に可能な限り断っていた。

 

「……タブレット落ちなかったら、どうなってたのかな…………」

 

 もの思いに耽りそうになったが、気を取り直そうとした。

 でも、次はまた違うことを考えてしまった。

 

「トレーナーさん、彼女とかいるのかな……」

 

 実はそのことも今日は聞いてみたかった。結婚しているとは聞いてないので、いるなら彼女か……それか婚約者か。

 

「…………」

 

 そんなの考えてもどうしようもないし、分かることでもない。

 

 こんなことを考えているあたしは、やっぱりトレーナーさんのことを……

 

「………………」

 

 出会った当初からこういう感情を持っていたわけではない。なんならこうして仲を修復する最近までそんな気持ちは無かった。ただあたしはトレーナーさんのあの想いや行動とか、もらったたくさんのものへの感謝の気持ちを伝えたり何かを返したかったのだ。この感情があったからそう思ったわけでは決してなかった。

 でもこうして仲が戻って、こうしてお互い何でも話せる関係になって……そうしたら、いつの間にかこの感情があたしの中でいっぱいになっていた。目を逸らすなんてできなかった。

 

 やっぱり、これは元からあったモノなのだろうか。

 

「…………」

 

 トレーナーさんのことを考えていると、彼の話に出てきたあるウマ娘のことを思い出した。

 

「……カレンモエ、さん……」

 

 母親にカレンチャンを持つカレンモエ。トレーナーさんの担当だともちろん知っていたが、実際にトレーナー室に通うようになって近くで会うと、本当に綺麗で可愛い娘だった。肌も透き通るように白くて染みひとつない。身体もあたしみたいに筋肉質じゃないし……

 

「トレーナーさんも、やっぱりカレンモエさんみたいに若い女の子の方がいいのかな……」

 

 それより問題は週に1回食事に行っていることだ。いくら担当でもそれはちょっと……距離感が近すぎないだろうか。トレーナーさんは何も気にしてないように言ってたけど……

 もの静かな娘なのでどんな性格をしているかは分からない。打算とかそんなんじゃなくて、ただ彼女とちゃんと話をしてみたいとは思った。

 

「…………はあ」

 

 おもむろに立ち上がって、出してあったミネラルウオーターを片付けるために冷蔵庫を開いた。そこには普段はない食材が大量に入っていた。

 実は最初からトレーナーさんに夕食を食べてもらう気でいた。今日の食事の自由がきくのは本当だったが、彼のリクエストに応えるために普段は買わない食材も多く冷蔵庫に用意していた。それがまだ冷蔵庫に残っている。

 

「トレーナーさん、お弁当とか作ったら喜んでくれるかな……」

 

 トレーナーさんが来るから昨日美容院で整えた髪の毛をかき上げながら、そんなことを思っていた。

 

 

 

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