底辺キング   作:シェーク両面粒高

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時系列的には第69話の後あたりで、キングの宝塚記念を終えて一週間後ぐらいの話です。


A&S6話 敗北必死/前

 季節的には夏、汗ばむ陽気のある日の日曜日のこと。

 正午をとっくに過ぎた午後、俺はカレンモエと東京の北の方にある複合商業施設にいた。ちなみにここへは俺の車で来ていた。

 

 ……勘違いの無いように言っておくが、今日もいつもみたくメシを食いに来ただけだ。なのに──

 

「……♪」

 

 ──俺たちは今、アパレルショップにいた。

 

 目の前では服を手にとって眺めているカレンモエがいた。俺はそんな彼女に連れ添っていた。

 見た目の態度には出さないが、彼女はとても楽んでいるように見えた。本当に服やファッションが好きなんだろう。

 

 

 さっきも言った通り、今日ここへはメシを食いに来ている。しかしなぜ今この店にいるのか、また普段は夕方に出かけるのに今日は昼なのか、それには理由があった。

 

 

 実は昨日のトレーニングにおいて、チームのウマ娘たちに疲れが溜まっていたようでパフォーマンスがみんな全体的に低調だったのだ。

 なので身体的にも精神的にもリフレッシュを兼ねて、今日は午前中に1時間程度軽く身体を動かす程度の全体練でトレーニングを終えた。そのため本日は早めに出かけて昼食をこの商業施設のレストラン街で食べる運びとなったのだ。

 

 

 そこまでは良かったのだが……実は正午ごろのレストラン街は混むどころかどこの飲食店も列ができていて、すぐに入れそうになかったのだ。あまり昼にはこういう所に出てこないので全くの盲点だった。

 

 ただ列に並んで待つのも気が乗らなかったので、カレンモエにどこかで時間を潰してからまたレストラン街に来ようと提案すると、彼女もそれに同意した。

 彼女は服を見たいと言ったので、商業施設に入ってるアパレルショップに来て時間を潰しているというわけなのだ。

 

 今俺たちがいるのはレディース専門の服屋だった。値段を見ていると決して高価ではなく、むしろ庶民的な値段のものが多いようだった。

 

「…………♪」

 

 上機嫌の彼女を一歩引いたところで眺めていた。

 今日の彼女の服装は、キャスケット帽に伊達メガネをかけて、上は袖の短いボーダーのカットソーに下はハイウエストで七分丈のタイト目なパンツを履いていた。

 

「…………」

「何してんだ」

 

 いつの間にか彼女は持っていた服を俺に掲げていた。

 

「俺が着れるわけないだろ。ここ女物ばっかじゃねえか」

「違うよ。トレーナーさんと合うかどうか見てるの」

「はあ?」

 

 彼女が言っている意味が分からなかったので、どういうことか尋ねた。

 

「コーデのバランスを見てるの。トレーナーさんと並んだときの」

「並んだときのバランスだあ?」

「一緒にいる人とのコーデの相性ってあるんだよ。方向性が同じすぎても違いすぎてもお互い損するから。トレーナーさんは暗めの色で落ち着いた服が多いから、モエが明るくて派手な服着てたら悪い意味でどっちとも目立っちゃうし。……これはちょっと合わないね」

 

 カレンモエは持っていた服を元の場所へ戻した。

 今彼女は平然と言ってのけたが、何で俺の服と合わせる必要なんてあるんだ、なんて訊いたら俺の負けだ。そこはスルーして違う話へと持っていった。

 

「悪かったな地味な服しか持ってなくて。服やらファッションに全く興味ねえからな」

 

 今日の俺はモスグリーンの半袖のミリタリーシャツに生地が薄めのカーキ色の長ズボンを着ていた。適当にあった服を着てきただけだが、我ながらおっさんくさい服だと思う。

 

「ううん。そういうのに合わせて服を選ぶの楽しいよ。中には彼氏や旦那さんに自分のコーデに合う服着てほしかったり、自分の好みの服を着てほしいって人もいるかもしれないけど、モエは違うかな。トレーナーさんにアドバイス求められたらコーデ考えるけど、トレーナーさん自身はコーデとかどうでもいいでしょ?」

「……ああ、まあな」

「うん。ならそれで良いと思う」

 

 なぜそこで彼氏や旦那などというワードが出てくるのか。深く考えたらこれも負けてしまうので考えないようにした。

 

 カレンモエはまた次の服を見ていた。今度はスカートがあるコーナーにいた。

 彼女が今手に取っているのはミニスカートだが、流石に丈が短すぎる気がする。あんなの少し翻ったら見えて──

 

「……トレーナーさんは」

「何だ?」

「ミニスカあんまり好きじゃないよね。ロンスカの方が好きでしょ?」

「……はあ?」

「モエがミニスカ穿いてたとき視線くれないし。……そわそわしてるって感じかな。モエが脚出してたら緊張する?」

 

 なぜそこまで分かるんだ。

 

 確かに彼女がミニスカートを穿いていることはあったが、白い生脚をああも放り出されては横にいる俺が緊張するし、何より落ち着かない。あんまりジロジロと見てはいけない気もするし。

 彼女の生脚なんてトレーニングで死ぬほど見てるし触ってるのに……変な話だ。

 

「……まあ、あんだけ脚を放り出してると落ち着かないってのはあるな」

「ミニスカは好き?」

「別に嫌いじゃねえが……何と言うか、キラキラしすぎというか、眩しいというか」

 

 何を言ってるんだ俺は。

 

「下にタイツとか穿いてもいいんだけど、意外とコーデ難しいんだ。一歩間違えたら凄くダサくなっちゃうし……ふふっ、考えるのやっぱり楽しい。ロンスカは好きでしょ?」

「あー、そうだな。安心していられるのは確かだ」

「そうだよね。ロンスカの方がモエに視線いっぱいくれるもんね?」

「…………」

 

 押し黙る。自分では分からないので否定も肯定もできなかった。そんなに視線を彼女へやっていたのだろうか。

 

「トレーナーさんは女の子にも大人しめの服着てほしいんじゃないかな。こういう清楚系コーデ、好きでしょ?」

 

 カレンモエは通りがかったところにあったマネキンを指し示した。そこにはブラウスにロングスカートの清潔感のある服を着たマネキンがいた。

 ……クソッ、本当に好みなのが恨めしい。

 

「清楚系コーデした時が一番モエ見てくれてるしね」

 

 全く気づかなかった。

 

「わざとじゃないんだが……その、なんだ。嫌な思いさせたならすまん」

「…………」

「な、なんだよ」

 

 その青い瞳でじいっと覗き込まれた。

 

「他の男の人なら嫌だけど、トレーナーさんの視線だよ? モエが嫌に感じると思う?」

「…………」

「ふふっ」

 

 カレンモエはふんわりとからかうように笑っていた。

 

 ……からかっているだけではないのも、俺は分かってた。負けそうになった俺は気恥ずかしくなってそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も買わなくていいのか?」

「うん。いいなっていうのはあったけど……今はいいかな。お昼、行く?」

 

 時間を確認すると昼食時の時間を過ぎていた。

 

「この時間なら空いてるだろ。行くか」

「うん」

 

 2人でそう話してレストラン街のある上の階へと向い始めたのだが。

 

「なんか今日、若いやつが多いな」

「本当だね」

 

 おそらく偶然ではあるが、周りには高校生ぐらいの子どもたちが多くいた。同性同士の多人数のグループもいれば、高校生カップルもあちこちにいた。休日なのもあり中々の混み具合だった。

 何かイベントごとでもあるのかと思いカレンモエに尋ねたが、彼女も知らないとのことだった。

 

 群衆とすれ違いながら歩いていると、横にいたカレンモエが俺にこんなことを訊いてきた。

 

「トレーナーさんって、高校生のときはどんな男子だったの?」

「は? どんなって言われてもな……普通だったと思うぞ」

「性格は?」

「何も変わらん。周りから見ても、特に目立ちもしない……いや」

「?」

「トレーナー試験に合格してからは知らん奴らからよく話しかけられたな。あの時はトレーナー試験に合格する人数も少なかったし。だからまあ、学校内でちょっと有名人になったことはあった。……懐かしいな」

 

 今から10年以上前、高校3年だった頃の自分を思い出した。彼女に言った通り、トレーナー試験に合格した直後にチヤホヤされた時期はあった。

 

「ま、そんな長くは続かなかったがな。珍しいもの見たさで寄ってくるような奴ばっかだったし」

「そうなの? トレーナーになるって本当にすごいことなのに」

「そんなもんだ。クラスの人気者とかならまた違っただろうが、お生憎様そんな人間じゃなかったんでな。動物園にいる檻の中の動物の気持ちがあの時ばかりは理解できた」

「ふーん。…………じゃあ、トレーナーさんって学生のとき彼女いた?」

 

 女というのは恋愛話が好きだと理解はしているが、急に何でそういう話になるんだ。

 

「…………」

「そっか。いなかったんだ」

「……何も答えてねえだろうが」

「いたの?」

「…………立場が上の男にそういうのをやってもセクハラになるんだぞ、モエ」

「えー、ふふふっ」

 

 なんで教え子に対して過去に彼女がいなかったとカミングアウトをしなければならないのか。

 ……だがまあ、俺とカレンモエの間柄なら今更の話かもしれないが。

 

「ならトレーナーさんは、あんな風に学生のときデートしたことないんだね」

 

 ちょうど俺達の前を歩いている高校生ぐらいのカップルを彼女は見ていた。彼らは手を繋いで俺たちと同じ進行方向へと歩いていた。

 

「彼女いねぇんだから、そりゃそうだろうな」

 

 やっぱりちょっと羞恥心があった俺は、まるで他人事のようにそう言った。

 ……学生でデートどころか彼女がいたことすらないので、デート自体経験がないのだが。

 

「拗ねてる?」

「誰が拗ねるか。言葉にしたら悲しくなっただけだ」

「ふふっ…………あ」

「どうした?」

 

 横を歩いていたカレンモエが何かに気づいたように俺を見上げた。

 

「トレーナーさん、少しあそこで待っててくれる?」

「はあ?」

 

 カレンモエは通路の脇にあるベンチを指差していた。

 

「どうしたんだ?」

「少ししたら戻るから、待ってて。ごめんね」

「? ああ……」

 

 彼女は踵を返して、早足で人混みの間を縫っていった。

 何かあったのだろうか。トイレがある方向とは違うし、理由は分からなかった。

 

「ま、言われた通り待つか」

 

 彼女に指定されたベンチに座って待つことにした。

 

 

 

 

「…………」

 

 スマホをいじったり、目の前を行き交う人々を眺めて彼女を待っていた。あれから20分は経過していた。流石に遅いので、30分を過ぎたら一度電話してみようと思ったところで、近づいてくる足音があった。

 

「はっ、はっ……ごめんね、トレーナーさん。お待たせ」

「モエ、お前一体どこに──」

 

 ──カレンモエの姿を見て、俺は言葉を継げなかった。

 

「お前、その格好……」

 

 彼女は服を着替えていた。少しだけフリルのついた真っ白なワンピースを着ていたのだ。さっきまで見つけていた服はおろか、キャスケット帽とか伊達メガネも無かった。

 

「どう? 似合ってる?」

 

 足首のあたりまであるワンピースのスカートを摘みながら彼女は訊いてきた。

 

 正直、ものすごく似合っていた。

 

「……あ、ああ、似合ってるが、どうしたんだ?」

「今買ってきた。トレーナーさん学生のときデートしたことないって言うから。それならモエがガーリーコーデにしたらトレーナーさんも学生でデートする気分味わえるかなって。さっき前歩いてた女の子、ワンピース着てたから、それで思いついたの」

 

 色々とツッコミどころ満載の話ではある。突っ込んだら負けるところを避け、取りあえず気になっていることを訊いた。

 

「着てた服は?」

「こっち」

 

 彼女は今日着ていた服が入った手提げ袋を掲げた。

 

「あのマネキンの服でもよかったんだけど、ちょっと甘さが足りない気がしたからこっち(ワンピース)を選んだの。下に着るものも選んでたから時間かかってごめんね。……少しガーリーすぎかなって思ったし、トレーナーさんのコーデともあんまり合ってないけど……」

「……なんだ?」

 

 カレンモエは上半身を倒して座っている俺に目線を合わせてきた。

 

「トレーナーさん、こういうコーデ好きそうだから。……やっぱり好きなんだ。よかった」

 

 なぜ何も言ってないのに分かるのか。いや、確かに似合っているとは言ったが……

 

「トレーナーさんって、脚出してるのは好きじゃないのに、肩とか腋が出てる服は好きだもんね?」

「…………」

「このワンピ、カワイイでしょ?」

 

 そんな自分の性癖、意識したことがなかった。そして彼女に筒抜けだった。

 どうしようもなかった。そこまで俺は分かりやすいのだろうか。どうすればいいんだ……

 

「今日はね、トレーナーさんもモエも学生みたいな感じで行こ?」

「学生みたいって……」

「お昼もお店に入るんじゃなくてフードコートにしよ。学生っぽいでしょ?」

 

 そうして彼女の言うままに、俺たちは上の階のレストラン街ではなく下の階のフードコートへと向かった。

 

 

 

 

 訪れたフードコートでは、人はまだ多くいたが満席なんてことはなく、普通に2人席を確保できた。

 肝心の昼食だが、カレンモエが学生らしいものが良いと訴えチェーンのハンバーガーセットになった。彼女との食事でハンバーガーを食べるのは初めてだった。

 

 白いワンピース姿になったカレンモエを前にして、ハンバーガーを半分程食べ進めた時だった。

 

「トレーナーさん」

「なん……は?」

 

 俺に向かって、カレンモエはセットについていたポテトを突き出していた。

 

「あーん」

「は? お前……いや、やらねえぞ」

 

 拒否するも、ポテトを持った彼女の手は徐々に俺の口元へ近づいていた。

 

「学生デートなんだから、あーんぐらいするよ?」

「デー…………やらねえって言ってるだろ」

「はい、あーんっ」

 

 なおも彼女は腕を下ろさないでいた。

 

(いや、できるわけないだろ!)

 

 状況的にも立場的にもできるわけがない。

 

 思わず周囲を確かめると、左の方の席に座っているカップルと一瞬だけ目が合った。

 

「……トレーナーさん」

「なんだ。やめてくれる気になったのか?」

「早く食べないともっと他の人に見られちゃうよ。モエ、絶対にやめないから。……はい、あーん♪」

「ぐっ……」

 

 ちらりと左に視線だけよこして先程のカップルを確認すると、女の方がまたこちらを見ているようだった。

 右斜め前の席にいる親子連れもこっちを見ている感じがする。いや、母親とその子どもが「こらっ、ジロジロ見ないの!」とか言いながらガン見していた。

 

 ……不味い。非常に不味い。

 

 そう感じると同時に今になって気づく。コレが狙いでカレンモエはわざわざフードコートでハンバーガーにしようと言ったのだと。

 

「あーんっ♪」

 

 葛藤する。

 

 アラサーのいい歳をしたおっさんが教え子の10代の女の子にあーんをされるなんてあり得ない。何より恥ずかしい。

 だが周りの視線が気になる。これ以上衆目に晒されるのは御免被りたい。だから──

 

「……っ」

 

 ──覚悟を決めた俺は、ポテトをパクついた。

 

「…………」

 

 モソモソとポテトを咀嚼する俺をカレンモエは微笑を浮かべていた。ものすごく満足そうだ。

 

 ポテトの味は、全然しなかった。

 

「ふふっ。ちょっとは学生気分、味わえた?」

「学生気分ってお前……」

 

 改めて、目の前には白いワンピース姿のカレンモエがいた。今日着てきた服よりは幼く見える格好だった。

 

 ……もし学生の頃に彼女がいて、それがこんなに綺麗で可愛い子だったなら──

 

(──って、また何考えてんだ俺は。情けねえ……思春期でもねえのに)

 

「……これで勘弁してくれ」

「モエにもあーんってしてほしかったけど、だめ?」

「駄目に決まってるだろうが」

「じゃ、それはまた今度ね。……あっ、トレーナーさん、この後だけど」

「どうしたんだ?」

「近くに行きたいところがあるんだ。……デートで」

 

 

 

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