底辺キング   作:シェーク両面粒高

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A&S7話 敗北必死/後

 商業施設から車を走らせ、着いたのは同じ区内にある生物園だった。動物園や水族館を規模を小さくしてまとめたような施設で、ある公園の中に建っており、哺乳類だけでなく昆虫や魚、両生類や爬虫類、鳥など様々な生き物がいるようだ。

 

「ショート動画で流れてきて、行きたいなって」

 

 車の中でカレンモエはそう言っていた。

 

 今日は中央のレースを見るかトレーニングの計画を立てるかぐらいしか予定がなく、いつでもできる仕事ばかりだったので、こうしてカレンモエのリクエストに応えた次第だった。

 ウチのチームとしては、先月にカレンモエの函館スプリント、先週にキングヘイローの宝塚記念を終えてあとは夏合宿を待つばかり。ダイアナヘイロー含め3人とも夏に出走予定はなく、レースは秋以降を予定していた。

 

 2人で公園内を通って生物園へと向かった。打ちっぱなしのコンクリートが目立つ武骨な外観をしていたが、施設内は現代風で小綺麗だった。

 受付を済ませて進むと、まずは大きな水槽が待ち構えていた。水槽の中には多くの色鮮やかな金魚が泳いでおり、白やオレンジが宝石箱のようにあちこちで瞬いていた。水槽の中はライトアップされており、下から浮き上がる空気の泡がキラキラと光って幻想的な光景だった。

 

「なかなか綺麗なもんだな」

「うん。……ねえ」

「どうした? ……うおっ!?」

 

 彼女の手が俺の手に触れた。思わず俺は手を引っ込めた。

 

「もしかしてお前……」

 

 手を繋ぎたいって言うんじゃないだろうな……と、言外に目だけで訴えた。

 百歩譲って学生デートとやらを受け入れるとしても、手を繋ぐのは……

 

「……だめ?」

「駄目だ」

「なんで?」

「なんでってお前……駄目なものは駄目だ」

 

 トレセンから多少離れているがここは東京なので、俺たちを知る人がいるかもしれない。プライベートで2人でいるトレーナーとウマ娘は珍しくもないが、手を繋いでいる姿を見られたらアウトだろう……そう彼女へ伝えた。

 

「誰もモエたちのことなんて気にしてないと思うけど。東京なんだからウマ娘だっていっぱいいるし」

「いや、そうかもしれないけどな……」

 

 お前みたいに綺麗で可愛いウマ娘は他人の目を引くんだ……とは、喉につかえて言えなかった。

 

 普通に賑わっている施設内の人々が目に入ってくる。

 

「……モエってさ、今、シニア級2年でしょ。普通なら大学1年の歳」

「ああ……?」

「普通の女の子みたいに、中学生とか高校生の時に男の子とデートしたいって憧れ、モエにもちょっとだけあったんだよ」

 

 中学生まではトレセンを目指して走り、トレセンではレースで勝つことが最優先だったから、そんな機会は今まで無かったとカレンモエは続けた。

 

「今もレースが最優先だよ? でもモエだって、高校生ぐらいの子たちがするデートしてみたかった……」

 

 日々のトレーニングの様子や……まだ記憶に新しい、函館スプリントSで惜しくも2着に負けたカレンモエの姿を不意に思い出していた。

 

「だからフードコートに行ったし、ここにも…………ねえ、トレーナーさん、手繋ぐのだめ……?」

「…………」

「今だけ……この生物園にいる間だけでいいの」

 

 おずおずと遠慮がちに上目遣いで見つめてくるカレンモエ。

 

「誰かに見られて嫌なら、車から帽子とメガネ取ってくる。そうしたらモエだって分かりにくいでしょ……?」

「…………」

「もし誰か知ってる人見つけたらすぐに手離すし、モエも周りの人には気をつけるから…………だめ、かな……?」

「…………」 

「それにトレーナーさんだから……だよ。デートしてみたいのは本当だけど、トレーナーさんとしかしたくない……。モエにはトレーナーさんだけ──」

「分かった、分かったから……」

 

 健気で、いじらしくて、それでいてどこか必死で。

 そんなカレンモエを見ていたら、断ることなんてできなかった。

 

「……今回だけだ。……今だけだぞ」

「ほんとっ? ありがとう! ……えいっ」

「あっ、お前!?」

 

 さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、彼女はふわりと身を寄せて手を繋いできた。彼女の白い指が俺の指に絡ませられ、あっという間に恋人繋ぎが完成した。

 

 まさかさっきのは──

 

「モエ……」 

「なに? ……一生懸命なモエ、カワイかった?」

 

 ──彼女は感情の表出が決して豊かな方ではないが、してやったと言わんばかりに彼女は薄く笑っていた。

 

「でもね、本当だよ。今言ったの、全部モエの本当の気持ち」

「…………おいっ! 帽子とメガネするんだろ!? 取ってこいよ」

「このまま一緒に取りにいこ?」

「ここの中だけだって言っただろうが!」

「……ふふっ、園ではちゃんと繋いでくれるんだ? もしかして、最初から実はモエと手繋ぎたかったの?」

「なっ、そんなわけ──」

「帽子とメガネ取ってくるね」

 

 彼女は手を離してから俺のポケットから車のキーを抜き取り、園を一度出ていった。

 

「…………」

 

 残されて手持ち無沙汰の俺は再び金魚の大水槽に目を移した。俺の目線と同じ高さにいた金魚が、なぜか呆れているように見えた。

 

「……ほっといてくれ」

 

 金魚は「はいはい」と言わんばかりにそっぽを向いて悠々と泳いでいった。

 

 

 

 

 

 しばらくして、キャスケット帽と伊達メガネをかけたワンピース姿のカレンモエが戻ってきた。本人曰くコーデ的にはそこまで悪くはないものの良いわけでもないらしく若干不満げなようだった。

 

「……ほら」

「え?」

 

 俺が手を差し出したのを見てカレンモエがきょとんとしていた。

 

「は? 繋ぐんじゃねえのか?」

「……うん。はいっ」

 

 再び彼女と指を絡ませ手のひらを重ねてから歩き出した。まずは室内の魚や両生類がいる水槽や、大きいリクガメやヘビなど爬虫類がいるブースを回ることにした。

 そこで問題がいくつか発生した。それは──

 

(──クソ歩きにくい……!)

 

 ──手を繋いだ状態だとこの上なく歩きにくいのだ。色気も何もなかった。

 

 生まれてこの方、ガキの頃に親に手を引かれるか弟の手を引くしか経験のない俺は、人と手を繋いで歩くという行為がどんなものか知らなかった。こうして指を絡ませるなんて初めてのことなのだ。

 人と手を繋いでいることを意識すると、どれだけ手を振っていいのか分からない。大体、手を握る強さだって分からない。微妙に力を入れたり、逆に力を抜いたりを延々と繰り返している。手汗も出ていないか心配だ。

 歩く歩幅や速さだってカレンモエに合わせ、歩く方向や立ち位置にも注意が必要だ。横に並んで歩くわけで、狭い通路では道を防がないように、正面から人がやってきたら縦になって躱さないといけない。

 

 世間の手を繋いでいるカップルたちはここまで高度なことをしていたのか。これならウマ娘の走りを見て癖を見つけ出す方がよっぽど簡単だ。

 

 色んなことに悪戦苦闘しながら爬虫類などの展示室を出た。

 

「……ふふっ」

「? なんだ」

「トレーナーさん、手に力入ったり抜いたり面白いんだもん。慣れてないんだね」

「っ!? くっ……」

 

 俺の苦戦はくすりと笑うカレンモエにしっかり伝わっていたようだ。いい歳した大の男が10歳ほど年下の女にこんなことで笑われるなんて何たる屈辱──

 

 ──そういえば、カレンモエは俺みたいに握る力に強弱はなく、ずっと一定の力で握り返してくれていた。 

 

「お前は……上手いんだな」

「そう? だって男の人とは手繋いだことあるから」

「は──?」

「小さい頃に、パパとね」

「…………」

「……くすっ」

 

 全てを見透かされたようなやり取りだった。俺はすっかり彼女に翻弄されてしまっていた。

 

「モエ、パパ以外の男の人と手を繋ぐの初めてだよ。……良かったね?」

「……何が良いんだ、何が。次行くぞ」

 

 ここで良かったと言ったら負けなので、誤魔化して次のブースへと向かった。

 

 

 

 

 

 その後、色んなブースを回っていた。スケールの大きい施設ではないものの、様々な生き物がたくさん見られて大人の俺でも楽しめるものだった。

 特に印象に残ったのが、大温室という場所だった。その名の通り規模の大きい温室で、中は森林が鬱蒼と茂っているブースだった。そこには──

 

「わあ……!」

「おお。すごいもんだな」

 

 ──色とりどりの美しい蝶々が沢山あちこちを飛び回っていた。褐色に白い水玉模様、黒と青く光る蛍光色、真っ白、鮮やかな橙色……その他にも多種多様な蝶々がいて、時には順路を進む俺たちを取り囲むように飛んでいることもあった。

 蝶々には触れないように、時々立ち止まっておとぎ話のような光景を眺めていた。

 

「きれい……」

 

 蝶々に目を奪われているカレンモエ。

 俺は蝶々を見つつ、横から視線だけ動かして彼女を見やった。

 

 彼女の提案とはいえ、こうして彼女自身が楽しんでいるのなら来たかいがあったなと思った。

 

「………………」

「ん、どうした?」

 

 彼女の顔がいつの間にか俺の方を見て止まっていた。

 

「……どうぞ?」

「何がだ?」

「彼女が『きれい』って言ってるんだよ? 彼氏なら言ってほしいな」

「はあ? お前、まさか……」

 

 つまり、お前の方がとか言うアレか? 

 

「んな頭が沸いた男の台詞なんて言えるか。歯が浮くどころか全部抜けるぞ」

「……モエと蝶々、どっちがきれい?」

「なっ……」

 

 カレンモエは繋いでいない方の手を俺の腕にすらりと絡ませ体を寄せてきた。ぎゅっと、俺の腕に彼女の身体が押し当てられる。澄んだ海と空のように青い瞳がすぐ近くにあった。

 突然のことで頭の回転が止まり始める。そんなのこいつに……いやいや、回れ、俺の頭。

 

「ねえ、どっち?」

 

 どう答えたら負け……いや、話は単純だ。蝶々と答えたらいいのだ。

 

「……ち、蝶々の方がきれいだな」

「…………」

「なんだよ」

「ふふっ。ううん、トレーナーさん、分かりやすいなって」

「……蝶々の方がきれいだって言ってんだろ」

「くす、ありがとうっ」

「くっ……いいから離れろ」

 

 そうして絡まった腕を引き離し、手を繋いだ状態に戻った俺たちは先へと進んでいった。

 

 

 

 

 屋外ではカンガルーや羊などの哺乳類もいて、あとはフクロウやアヒルなどの鳥類もいた。

 屋外を回って最後に寄ったところで、モルモットのふれあい体験会にカレンモエが参加した。どうやら膝の上にモルモットを乗せて撫でるらしい。

 

「トレーナーさんはいいの?」

「別にいい」

 

 長椅子に座ったカレンモエの膝に厚いひざ掛けのようなものが載せられ、そこに職員が真っ白なモルモットを乗せた。

 ゆっくり優しく毛並みに逆らわないように撫でるよう職員から言いつけられ、それを守ってモルモットをカレンモエが撫で始めた。

 

「……カワイイ……」

 

 モルモットは彼女の膝上で大人しくしていた。真っ白な毛並みでぱっちりとした黒目が映えるモルモットは、目を細めて気持ちよさそうにしていた。

 優しく微笑みながらモルモットを愛おしそうに撫でるカレンモエを眺めていると、言いようのない気持ちになった。なぜか胸がいっぱいになってきたのだ。

 

「ふふっ……」

 

 カレンモエがまるで自分の腕の中にある赤ちゃんを撫でているように一瞬見えた。多分、このモルモットが彼女の芦毛とそっくりな色のせいだと思った。

 彼女が顔を上げると、ずっと彼女を見ていた俺と目が合った。

 

「トレーナーさんもやればよかったのに。ふわふわで気持ちいいし、カワイイよ」

「…………」

「?」

「いや、何でもない……」

 

 ……母親が自分たちの子どもを愛で、それを父親が見守っているように思えたとは、恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。

 

 

 ◇

 

 

「楽しかったね」

「ああ、結構面白かったな」

 

 ブースを全てを回り終え、生物園をあとにすることになった。幸いにも見る限りでは知り合いには会わなかった。

 最初に入ってきたエントランスに戻り、出口へと向かっていた。

 

 俺たちの手はまだ繋がれていた。

 

「「…………」」

 

 出口が一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「あの……」

「……」

「車まで、このまま……」

「……分かった分かった。車までならいいぞ」

「! うん……!」

 

 もうここまで来て拒否する気にもならなかった。気づけば手を繋いで歩くのに慣れていた自分がいた。

 

 施設を出ると、カレンモエが甘えるように体を寄せてきた。まだまだ暑い夏の斜陽が作る俺たち2人の影が重なった。

 

 車に行ったら終わるので、もう好きにさせておいた。

 

「……ずっとこの時が続けばいいのに」

 

 ……その呟きを、俺は聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 駐車場に着くと、約束通りカレンモエは俺の腕を解放した。名残惜しいと感じるのは、多分気のせいではなかった。

 

 助手席に乗り込んだカレンモエに遅れて運転席へと乗り込んだ。携帯を置き、エンジンスイッチに手を伸ばしたが──

 

「……トレーナーさん」

「うおっ!?」

 

 ──押すことは叶わなかった。

 

 なぜならカレンモエが運転席に身を乗り出してするりと首に手を回してきたからだ。

 

 ワンピースの白いフリルが揺れた。

 

「なんだモエ!?」

「まだデート、終わりじゃないよ」

「何を……離れろ」

 

 キャスケット帽と眼鏡を外した彼女の顔が、今日イチ近くにあった。

 そして、その顔がじわじわと俺に近づいてくるのだ。

 

「何しようとしてんだ!?」

「……言わないでも分かるでしょ?」

 

 俺の視線がなぜか彼女の顔のある一点に釘付けになる。それは白い肌に咲く桜色の──

 

「学生でもデートで普通にするよ。こうやって最期に……とか」

「デートはもう終わっただろうが!?」

「デートは2人が別れるまで。……知らなかった?」

 

 回された腕がさらに深く絡まる。

 彼女の顔と体がさらに迫る。

 

 日中の屋外に置かれた車内のうだるような暑さの中、違う()()が俺たちの間に流れていく。

 

「やめろモエ……こんなとこ、誰かに見られたら……」

 

 ぴたりとカレンモエの動きが止まる。至近距離で、フラットな表情をした彼女に見つめられる。

 青色の瞳の中に俺の顔が映っているが、俺がどんな表情をしてるかまでは分からない。

 

「……トレーナーさんって、モエが積極的になったら同じことよく言うよね。他の人が見てるとか、知り合いに見られたらって」

「当たり前だろ……」

「でも気づいてる?」

「何をだ」

 

 彼女はふっと薄く笑った。

 

「それって、“見られてなかったらモエにしてほしい”って言ってるのと一緒だよ?」

「……は?」

 

 思考が硬直する。

 

「してほしいんでしょ?」

「は、は?」

「……するよ。大丈夫、周りに誰もいないの確認したから」

 

 首に回されていた彼女の両腕がほどけたが、直後に両手が俺の顔に添えられる。もう逃さないと言わんばかりに。

 

 

 

 閉じられる、鮮やかな青色。

 

 

 

 近づいてくる、艶やかな桜色。

 

 

 

(……ど、どうしたら……)

 

 ここは車の中、逃げ場はない。彼女が諦めてくれない限りどうしようもない。

 

 

 ……もういいんじゃないか。俺は頑張った。だって彼女の言うことも決して間違っては──

 

 

(いやいや! 流されたら駄目だ!)

 

 坂川健幸とカレンモエはトレーナーと担当ウマ娘という関係だ。俺という存在からトレーナーは切ろうにも切れない関係なのだ。

 

 今日以降も俺と彼女の関係は続いていく。教育者として、現役の教え子に手を出すなんて、いかなる理由があろうともあってはならない。

 

 

 ……もっとも、現役じゃなくなったなら別に──

 

 

(バカが! 今はそういうこと考えてんじゃねえよ!)

 

 

 猶予は数秒も残されていない。俺の視界はカレンモエ以外が映っていない。

 

 考えろ……考えるんだ……彼女が諦めてくれるような──

 

 ──……思いつかない……でも…………いや、これしか思い浮かばん……

 

 

 あと数センチ。カレンモエが少しだけ顔を傾けたところで、俺は口を開いた。

 

 

「……モエ、今日は学生……高校生とか、そんな感じのデートなんだよな?」

「……? うん……」

「なら、中学生とか高校生は()()()()なんかしねえだろ。だって中学生とか高校生が車持ってるわけねえんだからな。それに運転席と助手席とか一番あり得ねえ」

「…………」

 

 カレンモエの動きが止まった。

 

(……どうだ……?)

 

 

 彼女は一旦離れた。彼女特有のフラットな表情で見つめられる。永遠にも感じられるような数秒の時が流れ、そして── 

 

「……確かに、そうかも」

 

 カレンモエの手が俺から離れた。

 

 心の中で安堵のため息をついた。

 

「…………」

 

 カレンモエは助手席の背にもたれて、彼女にしては珍しく口をとがらせていた。

 

「……今回はモエの負け。学生……大学生のデートにしたらよかった」

 

 ……勝った、のだろうか。

 

「…………はあ」

 

 ため息をついたのは俺だった。

 

 ……勝った、ようだ。

 

 なんの余韻もなかった。俺は車のエンジンをかけて、窓を開けた。車内の熱がこもった空気が外へと流れていく。

 次第にエアコンが効いてきたので窓を閉めてから車を出した。

 

 

 ◇

 

 

 帰りの道中、普段の調子のカレンモエと他愛もない話をした。だが、やはり普段よりさらに口数が少ない気がした。

 

 トレセンに着いて、職員駐車場に車を止めた。これで学生のデートとやらも終わりになる。

 車を降りると、先に降りたカレンモエが俺の元へと寄ってきた。

 

「今日、すごく楽しかった。いっぱいワガママ聞いてくれてありがとう」

「ああ」

 

 何はともあれ無事に終えられ──

 

「ねえ」

 

 ──また、彼女の腕が俺の首に回された。

 

 気づけば、妖艶な表情がそこにあった。

 

「モエ!?」

「車降りたよ。……だから、いいよね?」

「もうデートは終わ──」

「デートは2人が別れるまで、だよ?」

「くっ……」

 

 迫られる。

 

 今度は言い返せなかった。もう言葉も浮かんできそうになかった。

 せめて誰かに見られないよう神頼みを──

 

「……なーんて。冗談だよ。今日はモエの負けだから」

「…………は?」

「ふふっ。トレーナーさんの顔、カワイイよ?」

「モエ、お前なあ……」

 

 カレンモエの腕がぱっと解かれ、そして彼女は離れた。

 

「してほしいって言ったら、するよ?」

「言うわけねえだろ」

「……モエの欲しくないの……? 初めて、だよ……?」

 

 カレンモエは自身の口元を指差した。おそらく誰も触れたことがないそれを。

 それが俺以外の他人に渡る……と、そんな思考をしてしまった自分が気持ち悪すぎて吐き気がした。

 

「……い、いるわけねえだろアホ!」

「くすっ。……トレーナーさん、やっぱりこの服好きなんだね。今日いっぱい視線くれたし。……また着るね」

 

 おそらく俺は、この白いワンピースを見るたびに今日のことを思い出すのだろう。

 

 そう思うと、やっぱり少し照れくさい気がした。

 

 

 先に歩き出した彼女の背中を追う。

 

 

 ……果たして、本当に俺は今日勝ったんだろうか? 

 

 

(……いいや)

 

 

「どうしたの? ……モエ、カワイイ?」

 

 

 ワンピース姿のカレンモエが振り向いて笑うのを見て、やっぱり敵わないなと、そう思った。

 

 

 

 

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