底辺キング   作:シェーク両面粒高

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時系列コロコロして申し訳


A&S8話 1年半ぶり

 キングヘイローのフェブラリーステークスから1週間後、3月初旬のある日の放課後。

 普段通りの平日だが、俺のチームにとってはある重大な日を迎えていた。

 

 俺の目の前にはトレーニングコース上で入念にストレッチをする俺のチームのウマ娘たちがいた。キングヘイロー、カレンモエ、ダイアナヘイロー、そして()()()()()()()()がターフの上に立っていた。

 

「よし、その辺でいいだろ。……じゃあ走ってみろ」

「……はい」

 

 緊張した面持ちのサイレンススズカが目を瞑って大きく深呼吸した。そんな彼女を固唾を飲んで見守る俺たちチーム一同。そして──

 

「……っ!」

 

 ──サイレンススズカが意を決してターフを駆け始めた。

 

 決して全速力ではない。準備運動のジョギング程度だが、サイレンススズカが芝の上を走っていた。

 彼女はゆっくりとコースを一回りして、俺たちのいる場所へと戻ってきた。

 

「トレーナーさんっ……!」

「……良かったな。おめでとう。脚はどうだ?」

「痛みはありません。……本当に、ありがとうございますっ!」

 

 俺のチームにとって重大な日……今日は、サイレンススズカが故障後初めてコースで走る日だったのだ。

 

 

 ──『サイレンススズカに故障発生です!』──

 

 

 あの天皇賞秋から約1年半の時が流れていた。

 

 

 ◇

 

 

 サイレンススズカについては当初より担当の医師と綿密に連携して復帰を目指していた。本人同席にて意見交換の場を定期的に持ち、医師の受傷部の評価と俺が行っているトレーニングや筋力などの身体情報を共有していた。

 去年の秋口に歩行が許され、トレッドミルを用い脚の腫脹や熱感と戦いながら歩行の矯正をしてきて半年が経過した。長く歩行をしていても脚の腫脹や熱感を認めなくなったのが1ヶ月前で、日常生活においても松葉杖なしで過ごすことが許可された。

 同時に全力疾走はまだ無理ではあるが、ジョギングについても許可が出た。意見交換の場にて、ジョギングとはいえ再び走れることを知った彼女は感極まって瞳を潤ませていた。……この長期間、多くの不安や葛藤と戦ってきたのだ。肉体的にも精神的にも本当によく頑張ったものだと思う。

 

 実際にターフで走る前段階として、トレーナー室にあるトレッドミルにおいて走ってもらっていた。脚の状態に細心の注意を払うのはもちろん、フォームのチェックをしながら行った。

 結果、脚の熱感は出たがアイシングなどをして時間が経てば収まる程度のものだった。フォームも左右差があったり崩れている箇所があったが予想した範囲内だった。地道に前段階の歩行で修正してきた効果があったのだと思う。

 

 脚の状態の評価とフォームの修正を行いながら1ヶ月、遂にこの日が訪れたというわけだ。

 

 実践復帰にはまだ程遠い状況だが、彼女は一歩一歩前進を続けていた。

 

 

 本日はコース1周以上は走らせず、脚の状態を見ながら他のトレーニングを課していた。そのトレーニングも終わり、他のウマ娘が全員寮へ帰ったトレーナー室で俺とサイレンススズカはテーブルについていた。

 

「脚の状態も良さそうだな。明日はまたコース1周だけで、悪化しないようなら明後日から距離を延ばしていくぞ」

「はいっ」

 

 サイレンススズカからは普段よりはきはきとした印象を受けた。芝の上を走れたことが大きなモチベーションになっているのだろう。だが──

 

「それでトレーナーさん、改まってお話とは何でしょうか……?」

「これからの話だ。直球に言うならレース復帰に関してだ。大きく2つ、聞いてもらいたいことがある」

 

 ──このタイミングで話をしておく必要がある。

 

 サイレンススズカに今日残ってもらったのは俺の話を聞いてもらうためだ。

 

「言っとくが決定事項じゃない。だがお前の状態と過去に同様の故障をしたウマ娘のケースから導き出した、俺の今の考えだ」

 

 おそらく彼女の中ではレース復帰に向けての形が見え始めているのと思うので、後手後手にならないようこの手の話は早くしておくのが最善だ。

 

「一つ目、まずは復帰する時期についてだが、途中頓挫することなく順調に行ったとしても今年中に復帰できれば御の字と思っておいてくれ」

「順調で、今年中……」

「脚の状態が悪くなるようならもっと延びる。ジョギング始めたばっかだが、15-15からレース用の全力疾走へと強度を上げていくうえで何が起こるかは分からんからな」

「……はい」

 

 サイレンススズカは真剣な表情で頷いた。僅かに意気消沈の色が見えるのは気のせいではないだろう。あの天皇賞秋から2年かかっても復帰できるかどうか分からないと言われているのだ。

 

 そして二つ目。……これを彼女が受け入れてくれるかどうか。

 

「もう一つ。現状、復帰しても芝のレースを走らせる気はない」

「えっ……!?」

 

 俺の言葉を理解した彼女は驚きで目を開いていたが、その後考え込んだ様子を見せた。一旦冷静になれるあたり、自ら思考できる力が付いているようで感心していた。

 

「……つまりダート?」

「そうだ」

「脚の負担を考えてですか?」

「ああ。いくら治ったとしても芝はスピードが出るしバ場からの反発による負荷が大きい。トレーニングでリスクを低下させることは出来るが、排除は出来ない。お前をもう一度故障させるわけにはいかない。適性云々関係なく、脚のことを考えるとダートがベストだ」

「…………」

 

 彼女の視線は自身の左足へと注がれていた。

 

「……現時点では、なんですよね?」

「考えを改める可能性はある。だが現状可能性は低いと思ってくれ。少なくとも復帰戦は絶対にダートだ。ここは譲れねえ」

「……今日私に芝を走らせたのは、何か考えがあったんですか?」

「久々で芝の走りが一番慣れているからってのが1番の理由だ。……お前も芝の上を走りたいだろうって勝手に俺が思ってたのもある。期待を持たせたならすまない」

「いえ、私も芝を走れて……楽しかったです。それとあの……」

「どうした?」

「私、レースでダートは走ったことが……」

 

 周知の事実ではあるが、サイレンススズカは芝のレースしか経験が無い。

 

「そうだな。だから復帰に向けてダート用のフォーム矯正を始めていく。お前に合って、脚に負担のかからないフォームを探していくぞ。走ってねえ時間が長いから、逆に新しいフォームは身に付きやすいはずだ。芝を走るならまたその時に芝用のフォームに直していけばいい」

 

 昔から未勝利戦で適性を探すために芝やダート替わりのフォーム矯正をしてきたので、そこら辺の経験とノウハウは俺自身多くある。フェブラリーステークスで結果は出なかったが、キングヘイローのダート用のフォーム矯正も上手くは行ったのだ。そこに脚の負担を考えながら調整していけばいい。今はトレッドミルに表面筋電系という力強い味方もいる。

 

「方針としてはこんなところで大丈夫か?」

「…………」

 

 サイレンススズカは下を向いてまた考え込んでいた。

 

「……大丈夫です。トレーナーさんの言っていること、納得はしました。……ダート……」

「……お前にも色々思うところはあるのは分かってる。だから不満や疑問があればいつでも何でも言ってくれ。明日からはコース走るにしてもウッドチップかダートだ。……それでいいか?」

「………………」

 

 サイレンススズカは下を向いて答えない。

 

 沈黙が俺達2人の間にしばらく横たわっていた。

 

 俺はただ彼女の言葉を待つしかなかった。

 

「…………はい。分かりました」

 

 ……表面的には取り繕ってくれたようだ。おそらくだが、本心ではまだ納得してないのだと思う。

 

 だが実際のレースでの脚の負担を考えると、復帰初戦は絶対にダートだ。彼女にも伝えた通りこれだけは譲れない。故障せずとも、レースのダメージも頭に入れておかないといけない。

 ……何があっても受け入れる覚悟はあるが、それは無責任な投げやりとは全く違うものだ。希望的観測なんてもっての外。絶対にそこをはき違えてはいけない。致命的な怪我をするのは俺ではなく、サイレンススズカなのだ。

 

 故障する可能性をコンマ1%でも下げるために、詰められる箇所は全て極限まで詰める。それが俺の役割だ。

 

 現状の課題も予測される課題も山積しているが、まずは目の前のものから立ち向かっていくしかない。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 サイレンススズカがコースに出てから2ヶ月ほど経過した5月初旬。

 チームとしては今月中旬にキングヘイローが東京1400mのGⅡ京王杯スプリングカップ、ダイアナヘイローが月末に京都1200mの2勝クラス御池特別への出走を予定している。

 キングヘイローは安田記念の前哨戦という位置付けだ。高松宮記念でGⅠウマ娘となってからの初戦、前哨戦ではあるがしっかりと結果を出したいところである。

 

 サイレンスススズカの現状は、今は15-15(1ハロン平均15秒のペースで走ること)を行えるまでに進歩していた。

 だが問題点があり、やはり脚への負担によりトレーニング後は腫脹や熱感が出ることが多々ある。不幸中の幸いか数日休ませれば収まるという、トレッドミルで歩行をしていた時と似たような状況だった。なので決して15-15に固執するのではなく、遅いペースでの走りや、プールやウェイトなど別のトレーニングに取り組んでもらっていた。

 

 逆に前述したダート用の負担のかからないフォーム矯正については予想以上に成果があった。トレッドミルとダートコースの併用により、既にフォームは固まりつつあった。トレッドミルや筋電計、GPSトラッカーのデータをリンクさせた分析が上手くハマった要因のように思う。大量の解析をした甲斐があったというものだ。

 左右の脚で同じフォームしていても筋電計による筋活動や足圧のバランスが違ったりしていたので、最大限機械やデータの力を借りながらトレーニングや意識的な促しに活かしつつ細部を詰めていった。

 

 

 “走る”ことに関しては最大限のことができている。これからも状態を見極めながら継続していく必要がある。

 サイレンススズカも今のところはダート復帰戦に向けて頑張ってくれている。伝えた当日の様子から察するに何かを抱えてはいるのだろうが、現状は表に出てきていない。本人から言ってくるか、また走りや態度に出てきたらこちらから突っ込むつもりでいる。

 

 そんな俺が目下取り組んでいるのは──

 

「お待たせしましたっ! 新しい資料持ってきました」

「忙しいのにありがとうな、キタサン。本当に助かる」

「このぐらいお安い御用ですっ! 怪我って本当に辛いですから、あたしの経験がスズカさんの手助けなれたら嬉しいです」

 

 ──キタサンブラックの手を借りて、再度の故障を防ぐ知見を得ることだ。

 

 キタサンブラックはここに至るまで多くの故障を経験していた。

 故障をカバーするため、また未然に故障を防ぐために彼女は清島と二人三脚で様々な理論やトレーニング法、ケア方法を学んでいた。文献に留まらず、海外の現地トレーナーの元へ行って教えを乞うたり、更には日本で入手不可能な書籍を購入して参考にしていたらしい。

 俺も日本で手に入れられる文献は大体読んだのだが、それだけでは得られない知見をキタサンブラックは持っている。そんな彼女にサイレンススズカのことを相談すると資料の提供を快諾してくれたのだ。

 そして今日もまた資料を持ってトレーナー室へとやって来てくれたのである。

 

「今日持ってきたのはアメリカのトレーナーやウマ娘の話を纏めた資料です。あとその時に勧められた本もいくつか」

 

 ファイリングされた紙の資料と、英語で書かれた本がテーブルの上に何冊も積み重ねられていた。

 ファイルを取って中身をパラパラと見ていくと、話を聞きにいったと思われる名前に驚きを隠せなかった。

 

「ダホスに……こっちはウェルアームド? それにオールドローズバドの……これは関係者か? すげえ面子だな……」

 

 いずれもアメリカレース史に名を刻む名ウマ娘たちだ。

 ダホスはブリーダーズカップマイルを勝利後に脚の故障で2年の長期休養を余儀なくされたが、懸命なリハビリにより復活して再びブリーダーズカップマイルを勝利したウマ娘。“狂気の天才”と称される名トレーナーの存在も有名だ。

 ウェルアームドはクラシック級時に致命的な故障を負うも1年半の休養の後に復活。シニア級3年時にドバイワールドカップをレース史上最大着差の14バ身で制覇した。

 オールドローズバドは約100年前のケンタッキーダービーウマ娘。ダービーの次走で転倒により故障し一度は実質的に現役を引退したが、2年半以上の休養の後に復活しシニア級7年まで走ってアメリカの年度代表ウマ娘にもなった伝説的存在だ。

 

「ダホスさんとそのトレーナーさん、あとウェルアームドさんには直接話を聞くことができました。オールドローズバドさんはすでにお亡くなりだったので、リハビリに携わった人の子孫の方と会って、当時の資料を見せてもらいました。昔のことなので現代とは考えが食い違うものありますが、当時の視点が新鮮で参考になったので」

「はあ〜、なるほどな。……実際に話を聞けるなんて、トレーナーとしてもだが、アメリカレース好きの俺からしたら羨ましいもんだ」

「なら今度、予定が空いたらお話聞きにアメリカ行きませんか? その……あたしとトレーナーさんの2人で……とか」

「ああ、そうだな。ブリーダーズカップの招待もそうだが、お願いしたい」

「! 本当ですか! 分かりました……!」

 

 キタサンブラックは来賓としてのブリーダーズカップ招待の連れとして俺を選んでくれている(担当たちのレースが重なったら辞退することになってはいるが)。

 今提案してくれた、アメリカのトレーナーやウマ娘と話せる機会を持つなんて、いちトレーナーとしてもいちレースファンとしても非常に興味を引かれるものだった。

 

 深く読み込む前に資料を流し読みしていると、ダホスのあるページで手が止まった。そこには“5年間の休養を挟んで勝利した先輩の存在が大きかった”と彼女自身の言葉が綴られていた。

 

「……スズカにも共有できる存在が必要なのかもしれないな」

「え?」

「独りで抱え込んで進むのはしんどいだろうしな。俺には話しにくいこともあるだろうし、同じ気持ちを共有できる存在がいたら…………」

 

 復帰戦をダートと伝えた時の彼女の様子がまだ脳裏に残っている。

 サイレンススズカを身体的には精一杯フォローできていると思うが、精神的には違う。芝に対しての想いを彼女の口から聞いてはいないのだ。

 ……キタサンブラックを支えていた清島の気持ちも、こんな感じだったのかもしれない。

 

「なあキタサン。折を見てスズカに話をしてもらってもいいか? お前もたくさん怪我をしてたから、どこかで通じるところはあると思うんだ」

「あたしで良ければ任せてください! ……あっ!」

「どうした?」

 

 キタサンブラックは何か閃いた様子だった。

 

「それならあたしの親友が適任です。怪我から頑張って復帰したウマ娘ですから。連絡とってみますね」

「……誰なんだ?」

「それは──」

 

 キタサンブラックはそのウマ娘の名前を口にした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 都心にある広々とした屋外のカフェテラスであたしはそのウマ娘が来るのを待っていた。

 周りにキタサンブラックだとバレないために、髪を編み込んでバケットハットをかぶり、さらに伊達眼鏡をして変装をしていた。

 今日はややゆったり目のVネックのトップスにアンクル丈の長めのスカートを合わせ、筋肉質な四肢や広い肩幅、胸を目立たなくするようなコーデにしていた。

 

 カフェラテを飲みながら景色を眺めていると、あたしに人影がかかった。

 

「待たせた」

 

 目の前に現れたのはサングラスをかけポニーテールにした長髪にキャップを被り、チューブトップの上にジャケット、タイトなパンツを合わせた服装をしたウマ娘だった。彼女も有名人なので変装をしているが、一歩間違えれば自爆しそうなコーデだけれど抜群に着こなしていた。

 

「ドゥラちゃん。久し……ぶりでもないね。この間会ったばかりだし」

 

 向かいの席に座ったのはトゥインクルシリーズでの故障からDTLで復帰した、あたしの同期で親友でもあるドゥラメンテだった。

 

 




メインストーリー2部が終わっちゃったぁ……
3部も楽しみです。
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